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第420話

Author: 雲間探
正雄の姿を見ても、玲奈の表情にはまったく驚きがなかった。

首都スマート交通プロジェクトは大森家にとって極めて重要な案件だった。それを土壇場で奪われたのだから、黙っていられるはずがない。

ましてや、こういったことは今回一度きりでは済まない。

玲奈は、今後も機会を見ては動くつもりだった。

今回の入札はすでに終わった。このプロジェクトに関しては、大森家が奪い返すだけの力はない。だからこそ、正雄が今ここに来た理由は一つ、今後、同じようなことが起こらないように釘を刺しに来たのだろう。

どうやって彼女を説得するつもりなのか?

もちろん、情に訴えるしかない。

なぜなら、それは一番コストがかからないからだ。

だが玲奈にとっては、そんな駆け引きに付き合うつもりは一切なかった。

玲奈は振り返り、彼が再び口を開こうとした瞬間、それを制するように先に言った。「前に大森家のおばあさんが、みんなの前で『あんたは私の孫じゃない』ってはっきり言ったこと、私はちゃんと覚えてる。それに、あなたたちが首都に引っ越してきてもう半年以上経つけど、私と大森さんが顔を合わせたことも何度かあるわよね。でもあなたが人前で『玲奈は私の娘です』って、一度でも言ったことあった?」

そこまで言ってから、玲奈は一度言葉を切り、冷ややかで淡々とした目を彼に向けた。「で、大森さん。あなたが今さら私に話しかけて、何が言いたいわけ?」

玲奈は、もともと彼との間にわずかに残っていたかもしれない父娘の情など、はっきりと言葉で断ち切った。

正雄は一瞬固まったまま、何も言えなかった。だがその時、後ろから聞き慣れた礼二の声が軽く響いた。「そうだよね、ここまで来ておいて、大森さん、あなた本気で玲奈に何が言えるって思ったの?」

正雄は眉をひそめた。「湊さん、これは私と玲奈の——」

「玲奈?」礼二は皮肉げに笑った。「ずいぶん親しげに呼ぶじゃない。だったら、どうしていつも人前では他人みたいな顔してたのさ?」

言うべきことはすでに言った。

玲奈はもう何も言いたくなかった。礼二に向かって「行こう」とだけ言った。

正雄は玲奈の目に浮かぶ冷たさと無関心を見て、ようやく気づいた。彼女はもう、自分を父親とは思っていないのだと。

玲奈はそう言い終えると、振り返りもせずに階段を上がっていった。

正雄には、最初からほとんど口を挟む
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Comments (68)
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せんのはる
う〜ん。。対策が「ちょっと気を付けておけばいいだけ」、、、流石の回答です(笑)この人達って経営能力あるの??ああ、智昭がプロジェクト持って来てくれるからね。名前さえ加えてくれれば、何もしなくても利益にはなるよね
goodnovel comment avatar
千恵
今回の一度きりでは済まさない って玲奈思ってるね。。 よしよし、出る杭は打て!攻防に突入かなー。 家の周りの除草剤的な感じで、出る前に摘む?かな。
goodnovel comment avatar
お神楽
優里のその慢心が破滅へのフラグっぽいよね?契約解除から何も学んでない
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