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祖母の最期の願いを裏切った婚約者

祖母の最期の願いを裏切った婚約者

By:  伊吹Completed
Language: Japanese
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祖母は病床に横たわり、しゃがれた声で「ただ一つの願いは、遥が結婚する姿を見ることだ」と告げた。 私・菅田遥(すだ はるか)は悲しみのあまり、泣き声すら出せなかった。その場にいた家族たちの視線が、私の後ろに立っていた黒崎蓮(くろさき れん)へと一斉に向けた。 蓮はため息をつくと、そっと私の頬の涙を拭うい、そのまま私の手を引いて病室の外へ出た。 けれど、ドアを閉めた途端、彼の表情は一気に冷たくなった。 「俺たち、もう七年も付き合ってるだろ。分かってるはずだ。俺は誰かに強いられるのが一番嫌いなんだ。 結婚は俺たち二人の問題だ。ほかの誰かの考えに左右されるべきじゃない」 彼は宥めるように、私の髪を優しく撫でた。 「結婚の話は会社が上場して状況が落ち着いてからにしよう。 今夜も会議があるんだ。とりあえずお前の家族にはうまく対応しておいてくれ。仕事が終わったら、何かプレゼントを持って帰るから」 私が言い返す間もなく、彼はそのまま女性の秘書と一緒に立ち去ってしまった。 エレベーターの扉が閉まる直前、秘書が背伸びをして彼のネクタイを整えるのが見えた。それはまるでいつものことであるかのように、あまりにも自然な仕草だった。 そして彼も、それを避ける様子さえなかった。 私は涙を拭いて病室に戻ると、笑顔を作って祖母の手を握った。 「おばあちゃん、安心して。私、三日後に結婚するよ。 結婚式の日には、絶対に見ててくださいね」

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Chapter 1

第1話

祖母は病床に横たわり、しゃがれた声で「ただ一つの願いは、遥が結婚する姿を見ることだ」と告げた。

私・菅田遥(すだ はるか)は悲しみのあまり、泣き声すら出せなかった。その場にいた家族たちの視線が、私の後ろに立っていた黒崎蓮(くろさき れん)へと一斉に向けた。

蓮はため息をつくと、そっと私の頬の涙を拭うい、そのまま私の手を引いて病室の外へ出た。

けれど、ドアを閉めた途端、彼の表情は一気に冷たくなった。

「俺たち、もう七年も付き合ってるだろ。分かってるはずだ。俺は誰かに強いられるのが一番嫌いなんだ。

結婚は俺たち二人の問題だ。ほかの誰かの考えに左右されるべきじゃない」

彼は宥めるように、私の髪を優しく撫でた。

「結婚の話は会社が上場して状況が落ち着いてからにしよう。

今夜も会議があるんだ。とりあえずお前の家族にはうまく対応しておいてくれ。仕事が終わったら、何かプレゼントを持って帰るから」

私が言い返す間もなく、彼はそのまま女性の秘書と一緒に立ち去ってしまった。

エレベーターの扉が閉まる直前、秘書が背伸びをして彼のネクタイを整えるのが見えた。それはまるでいつものことであるかのように、あまりにも自然な仕草だった。

そして彼も、それを避ける様子さえなかった。

私は涙を拭いて病室に戻ると、笑顔を作って祖母の手を握った。

「おばあちゃん、安心して。私、三日後に結婚するよ。

結婚式の日には、絶対に見ててくださいね」

私の言葉を聞いて、病室にいた親戚たちは皆、ほっとしたように息をついた。

祖母は目尻を赤くしながら、「そうかい、よかった」と何度も繰り返した。

両親を車で家まで送り届けた後、母に書斎へと呼び出された。

「ずっと迷っていたんだけど、やっぱりあなたに話しておこうと思うの」

母は言いづらそうに言葉を切り、痛ましそうに私を見つめていた。

「先月のあなたの誕生日のことよ。蓮さんはお祝を届けに来てくれたけれど、ほんの数分で帰ってしまったでしょう?

その三十分後くらいにね、私の友人が南町のペットクリニックで彼を見かけたの。部屋着姿の女性に付き添って、犬の診察に来ていたそうよ。その女性が、神崎香月(かんざき かづき)という秘書の方だったみたいで……」

母は友人とのトークルームを開いて、一枚の写真を見せてくれた。

そこには、包帯を巻いた子犬を抱えた香月が、何かを楽しげに話している姿が写っていた。

蓮は彼女の隣で少し俯き、真剣な表情で彼女の話に耳を傾けている。その眼差しには、隠しきれない包容と甘やかな愛しさが満ちていた。

二人の仕草そのものは決して親密すぎるものではない。けれど、まるで見えない糸で固く結ばれているかのように、人混みの中でもひときわお似合いに見えた。

写真の中の蓮を見つめながら、私は少し意識が遠のくような感覚に襲われた。

かつて、彼はあんなふうに真っ直ぐで、熱を帯びた眼差しで私を見ていた。私の喜びも怒りも哀しみも、そのたびに彼の感情を揺らしていた。

それなのに今は違う。私が悲しみのあまり涙を流していても、彼はただ、感情的になるな、これ以上面倒をかけるなと言うだけだった。

「あなたたち、もうこんなに長く付き合っているのよ。本当に蓮さんは結婚する気があるなら、とっくに自分から言い出していたはずでしょう。

今日みたいに無理やり結婚を急かしたところで、あなたが幸せになれるとは思えないわ。お母さんは心配なの。だから、いっそ……」

母の言葉を遮るように、私は淡々と告げた。

「お母さん、私は結婚したいの。でも、もう蓮と結婚するつもりはない」

実家から戻った頃には、もう夜もかなり更けていた。

玄関のドアを開けると、意外なことに蓮がまだ起きていた。彼は部屋着のままソファに座り、パソコンで米国株のチャートを見ていた。

私の帰宅に気づくと、彼はパソコンを閉じ、眼鏡を外して詰問するような視線を向けてきた。

「今日は随分と遅かったじゃないか」

何か言い返そうとして、言葉を飲み込んだ。あなたのほうが、私より遅く帰ることなんていくらでもあるじゃない――そう言いたかった。

けれど、今さら彼と言い争うことに何の意味もない気がして、私はただ適当にこう返した。

「別に……お母さんと少し長く話してただけ」

蓮は視線を落とすと、テーブルにあったジュエリーボックスから、きらきらと輝くネックレスを取り出し、こちらへと歩み寄ってきた。
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第1話
祖母は病床に横たわり、しゃがれた声で「ただ一つの願いは、遥が結婚する姿を見ることだ」と告げた。私・菅田遥(すだ はるか)は悲しみのあまり、泣き声すら出せなかった。その場にいた家族たちの視線が、私の後ろに立っていた黒崎蓮(くろさき れん)へと一斉に向けた。蓮はため息をつくと、そっと私の頬の涙を拭うい、そのまま私の手を引いて病室の外へ出た。けれど、ドアを閉めた途端、彼の表情は一気に冷たくなった。「俺たち、もう七年も付き合ってるだろ。分かってるはずだ。俺は誰かに強いられるのが一番嫌いなんだ。結婚は俺たち二人の問題だ。ほかの誰かの考えに左右されるべきじゃない」彼は宥めるように、私の髪を優しく撫でた。「結婚の話は会社が上場して状況が落ち着いてからにしよう。今夜も会議があるんだ。とりあえずお前の家族にはうまく対応しておいてくれ。仕事が終わったら、何かプレゼントを持って帰るから」私が言い返す間もなく、彼はそのまま女性の秘書と一緒に立ち去ってしまった。エレベーターの扉が閉まる直前、秘書が背伸びをして彼のネクタイを整えるのが見えた。それはまるでいつものことであるかのように、あまりにも自然な仕草だった。そして彼も、それを避ける様子さえなかった。私は涙を拭いて病室に戻ると、笑顔を作って祖母の手を握った。「おばあちゃん、安心して。私、三日後に結婚するよ。結婚式の日には、絶対に見ててくださいね」私の言葉を聞いて、病室にいた親戚たちは皆、ほっとしたように息をついた。祖母は目尻を赤くしながら、「そうかい、よかった」と何度も繰り返した。両親を車で家まで送り届けた後、母に書斎へと呼び出された。「ずっと迷っていたんだけど、やっぱりあなたに話しておこうと思うの」母は言いづらそうに言葉を切り、痛ましそうに私を見つめていた。「先月のあなたの誕生日のことよ。蓮さんはお祝を届けに来てくれたけれど、ほんの数分で帰ってしまったでしょう?その三十分後くらいにね、私の友人が南町のペットクリニックで彼を見かけたの。部屋着姿の女性に付き添って、犬の診察に来ていたそうよ。その女性が、神崎香月(かんざき かづき)という秘書の方だったみたいで……」母は友人とのトークルームを開いて、一枚の写真を見せてくれた。そこには、包帯を巻いた子犬を抱え
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第2話
「今日、お前の家族といる時のあの雰囲気、マジできつかったよ。対応してくれてありがとう、助かったよ。信じてほしい、お前と結婚するのは本気だ。ただ、今はまだその時じゃない。お前には最高の、誰よりも盛大な結婚式を挙げてほしいと思っているから……」蓮はそう言いながら、いつものように私を抱き寄せ、ネックレスをつけようとした。付き合い始めてからというもの、彼は私に後ろめたいことをした時、いつも埋め合わせのようにプレゼントをくれた。だが前は、たとえ当時の彼には不釣り合いなほど高価な贈り物であっても、ちゃんと申し訳なさを滲ませ、心から謝りながらどうにか私を喜ばせようとしてくれていた。しかし今の彼は、顔に何の感情も浮かべず、目の奥にもすべてを掌握しているような冷静さしかなく、優しさの欠片すら見えない。そんな彼の姿が、酷く見知らぬ他人のように思えた。私は顔をそむけ、彼の手を、そしてその抱擁を拒んだ。「こんなこと、もうしなくていい。私たち、終わりにしよう」蓮の顔色が、みるみるうちに険しくなった。「どういう意味だ?お前はそんなに感情的になる人じゃないだろう。すぐに結婚できないと言ったから、へそを曲げているのか?それとも、家族と口裏を合わせて俺を脅しているのか?」彼の瞳に宿る怒りを見つめながら、私の心は驚くほど静まり返っていた。「脅してなんていないわ。本当に、もうあなたとは一緒にいられないの」彼の表情はさらに険しくなる。「俺たちは七年も付き合ってきたんだ。お前がどれだけ俺を大切に思っているか、俺が一番よく知っている。駆け引きのつもりか?そんな手に乗るほど、俺は甘くないぞ」彼は、私がただ拗ねているだけで、しかも祖母の病気を利用して自分に譲歩を迫り、今すぐプロポーズさせようとしているのだと思い込んでいた。そんな彼の顔を見ていると、ただおかしくてたまらなかった。こんな人と何年も付き合ってきて、今さらになってようやく、この人がどれほど薄情で自分勝手な人間なのかを思い知った自分が、滑稽だった。「駆け引きなんかじゃないわ。あなたが、あまりにも自分本位すぎるだけよ。あなたはいつだって自分のこと、自分の会社、自分の体裁のことしか考えていない。私や私の家族がどう感じているかなんて、一度だって考えたことがないでしょう」
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第3話
ドアがバタンと乱暴に閉められた。玄関に飾ってあった結婚写真が落ち、粉々に砕け散った。このマンションは、私たちが付き合って三年目に買ったものだった。内装は私が一から手をかけて整えた場所で、その隅々にまで、かつて私が結婚に抱いていた期待が詰まっていた。けれど今のここには、失望しか残っていない。あの頃のぬくもりは、もうどこにもなかった。私はクローゼットを開け、自分の服を取り出して、一枚ずつ丁寧にたたみ、あらかじめ用意しておいたスーツケースに詰めていった。書斎ではマイナンバーカードだけを持ち出し、それ以外の物には一切手をつけなかった。荷造りを終えると、私は当日配送のサービスを使って、スーツケースを先に借りておいたマンションへ送った。新居に落ち着いてから、私はソファに座ったままぼんやりしていた。すると、スマホがふいに震えた。画面を開くと、香月が投稿を上げていた。【生理でお腹が痛すぎる……でも、痛み止めを買ってくれる人がいて、本当に幸せだわ】添えられていたのは、キッチンで撮られた一枚の写真だった。写真に写っていた男は体格がよく、きっちりとしたスーツ姿の上にエプロンまでつけて、カメラに背を向けたままコンロの前に立っていた。顔は見えなくても、その仕草だけで彼が今どれほどリラックスしてくつろいでいるかが伝わってくる。私に向ける冷たい態度とは、まるで別人のようだった。以前の私なら、香月の挑発に取り乱し、感情を爆発させて、蓮に説明を求めていただろう。けれど今の私は、ただ指先を伸ばして、その投稿に何気なく「いいね」を押しただけだった。それから蓮と香月のSNSアカウントを両方ともブロックした。ほどなくしてドアがノックされ、一通の封筒が届いた。中には、赤い台紙に箔押しが施された招待状が入っていた。それと同時に、スマホに浅倉悠真(あさくら ゆうま)からのメッセージが届いた。彼は親戚の紹介で知り合った投資家で、落ち着いた物腰の人だ。三日前、私が結婚を決めたその夜に、彼と「契約結婚」を一緒に進める話をまとめていた。【招待状は届いた?君が選んだデザインだけど、見本を見て気に入ってもらえると嬉しいんだが】私は少し目を見張った。まさか彼がここまで手際よく、しかも細やかに進めてくれているなんて思ってもみなかった。こんなふうに地に足の
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第4話
「それはもちろん、心からの祝福よ。ブロックしたのは、もう私たちは別れたんだから、連絡先を残しておく必要もないと思っただけ」蓮の怒りは、さらに増した。「祝福だと?お前があの投稿に『いいね』を押したせいで、香月は一晩中落ち込んでたんだぞ。ずっと俺に謝ってたよ。お前に誤解を与えてしまって、本当に申し訳ないってな」あまりにも馬鹿げていて、私は思わず笑ってしまった。「本当に申し訳ないと思ってるなら、謝る相手は私でしょう。でも、もう私はあなたとは何の関係もない。だから、あなたと香月の間に何があろうと、もう私には関係ないの。彼女がどんな気分でいようと、それを気にかける義理もないわ」蓮は私をきつく睨みつけ、怒りで歯を食いしばった。「いいだろう。少しは意地があるみたいだな。いつまでそうやって強がっていられるか、見ものだ」そう言うと、彼は手を上げて、出ていけとでも言うように私を追い払った。デスクに戻ってまだ十分も経たないうちに、社内グループチャットに最新の人事異動の通知が流れた。私のプロジェクトディレクターの職は解かれ、その後任に香月が就くという内容だった。このプロジェクトは、私が半年かけて進めてきたもので、間もなく実行に移せるという段階まで漕ぎ着けていた。なのに私はバックオフィスへ異動となり、重要でもない雑務を任されることになっていた。通知の文面を見つめながら、胸が勝手にきゅっと痛んだ。もともと私は退職届を出すつもりでいた。ただその前に、このプロジェクトだけはきちんと形にしてから去りたかったのだ。これまでのキャリアの全て、私の心血のほとんどを、このプロジェクトに注ぎ込んできた。たとえ感情は冷めても、共に会社を立ち上げた情義くらいは残っている――私はそう思っていた。けれど今になってみれば、それもただの独りよがりだったらしい。まあ、それならそれでいい。むしろ蓮ときっぱり縁を切るには、ちょうどよかった。私はパソコンを開き、退職届を書き終えたところで、悠真の秘書からメッセージを受け取った。【菅田様、お世話になっております。浅倉よりお伝えするよう申し付かっております。ウェディングドレスがご寸法に合わせて仕立て上がりましたので、お仕事が終わりましたら、店内にてご試着いただけます。何かございましたら、いつでもご連絡ください
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第5話
「誤解するな。香月がどうしてもウェディングドレスを着てみたいって言うんだが、ほかに頼める男友達がいないらしくて、仕方なく付き添ってあげただけなんだ。分かるだろ、女ってさ。誰かがドレスを着てる動画でも見たら、つい自分も試してみたくなるものなんだよ」かつて私が、どうしても一度でいいから一緒にウェディングドレスを見に行ってほしいと何度も頼み込んだ時、彼は私がネットの情報に洗脳されているだけだと言った。ウェディングドレスなんて、しょせんはただの服にすぎない。そんなことで大げさに騒ぐ必要はない、と。それなのに今は、香月のためなら時間を割いて、一緒にドレス選びにまで付き合っている。私はもう彼とこれ以上話す気にもなれず、そのまま背を向けて立ち去ろうとした。すると香月が足早に追ってきて、私の手首をつかんだ。「遥さん、社長の言うことは本当なんです。もしまだ怒ってるなら、私を殴っても構いませんから!」私が状況を飲み込むより早く、彼女は体をぐらりと傾け、そのまま床へ倒れ込んだ。そしてすぐに甲高い悲鳴を上げる。「きゃっ!」彼女はわざとらしく足首を押さえ、顔を青ざめさせ、今にも泣き出しそうなほど苦しげな表情を浮かべた。「蓮くん、足をくじいたみたい……すごく痛いの……」それを見た蓮は、すぐに私を突き飛ばし、そのまま香月のもとへ駆け寄って彼女を支えた。そして振り返るなり、怒りに満ちた目で私を睨みつけていた。「なんてひどいことをするんだ!」彼は一切ためらうことなく、香月を抱き上げ、そのまま店の外へと急いで出ていった。私は慌ただしく去っていく彼の背中を見つめながら、ただ可笑しくてたまらなかった。香月がこんなふうに私を陥れたのは、これが初めてじゃない。かつての私は、蓮は彼女に騙されているだけだと思っていた。けれど今になってようやく分かった。彼は騙されていたわけじゃない。ただ、最初から彼女をひいきしていただけなのだ。彼は一度だって私を大事に思っていなかった。だからこそ、いつも事情も確かめずに、香月の肩ばかり持ってきたのだ。仮住まいのマンションに戻ると、スマホにはひっきりなしにメッセージが届いていた。全部、蓮の仕事用アカウントからだった。【今すぐ病院に来て香月に謝れ。でなければ、俺たちの結婚式は無期限延期だ。たとえ今回、本当にお前
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第6話
蓮はその場に立ち尽くした。胸の奥に、これまで感じたことのないほどの恐慌が広がっていく。この七年間、遥がどれほど自分を愛していたか、彼は痛いほどわかっていた。彼女はこれからもずっと真心を捧げ、いつまでも自分を待ち続ける――そう信じて疑わなかった。自分がどれほど冷淡に振る舞おうとも、彼女はこの家を守り、自分の約束を信じ続けてくれるのだと。だが、目の前にあるこの招待状は、彼の独りよがりな思い上がりを無残に打ち砕いた。彼はよろめきながら一歩後ずさり、震える手で遥に電話をかけた。だが受話器の向こうから聞こえてきたのは、冷たく無機質な着信拒否のアナウンスだけだった。諦めきれず、今度はLINEで通話をかけてみた。けれどどうしてもつながらなかった。あらゆる連絡手段を試したが、どれもがすでに彼女によって遮断されていた。一切の余地も残さず、完全に。蓮の胸に渦巻く不安は、もはや抑えようのないほど強くなっていた。彼は慌ててマンションを飛び出した。頭の中にあるのはただ一つ――遥を見つけ出し、結婚式を取りやめさせること。他の男に嫁ぐなんて、そんなこと、絶対に許せない。車を走らせ、彼は猛スピードで遥の実家へと向かった。これまでの七年間、仕事が忙しいという口実でまともに顔も出さず、彼女の家族をずっとないがしろにしてきた。今の彼には、もう彼らにすがるしかなかった。ようやく車を菅田家の前に停めたその時、遥の父親が立ちはだかった。「何の用だ?」その態度には、家の中へ入れるつもりなどまったくないことがはっきり表れていた。蓮は息を切らしながら、切羽詰まった声で言った。「お義父さん、遥に会いたいんです。彼女は家にいますか?話したいことがあるんです」父親は鼻で笑い、露骨な軽蔑を浮かべた。「お義父さんなんて呼ぶな。お前はもううちとは何の関係もない。遥はいない。二人はもう別れたんだ。これ以上、あの子につきまとうのはやめてくれ」蓮は父親をかわして中へ入ろうとしたが、すぐに腕を伸ばして止められた。追い詰められた彼は、ついにプライドをかなぐり捨て、目を赤くしながら頭を下げる。「お義父さん、全部自分が悪かったんです。もう過ちに気づきました、ごめんなさい!これまで遥をないがしろにしてきたこと、ちゃんと改めます。すぐにでも遥と結婚します。だから
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第7話
蓮は魂が抜けたように車に戻り、長い沈黙に浸った。頭の中に浮かぶのは遥の面影ばかりだった。若かりし頃、笑いながら彼の胸に飛び込んできた姿。会社を手伝っていた時の、真剣な横顔。夜遅く帰宅する彼のために灯していた明かり。そして最後に彼を見つめた、あの静かで冷えきった眼差し……これまで彼が当たり前のように受け取っていた彼女の献身は、今この瞬間、すべて鋭い刃となって、深く彼の胸をえぐっていた。……結婚式の前日、私は悠真と一緒に式に関わる各会場を回り、進行の確認や細かな打ち合わせをしていた。どれほど手間のかかる作業でも、彼はずっと私のそばにいて、辛抱強く、そしてきめ細かくあらゆる問題に対応してくれた。どの段取りも、まずは私の考えを聞いてくれて、いつだって私の気持ちを一番にしてくれた。大切にされていること、ちゃんと心にかけてもらえていること――そんな感覚は私にとってどこか不慣れで、それでも暖かかった。私たちの間に余計な会話はなかったし、わざとらしいロマンチックな演出もなかった。ただ、結婚式に関わる物事を一つひとつ着実に進めていただけ。悠真は私が派手な飾り付けを好まないことをちゃんと覚えていて、進行も私が納得できるところまで簡略化してくれた。その気遣いはすべて、目に見える行動として表れていた。決して大げさではないのに、それが何より私を安心させてくれた。夕方、私は祖母のお見舞いに病院へ向かった。それまでずっとぼんやりしていて、話すことさえつらそうだった祖母が、その時はなんとベッドの上で上体を起こし、目を輝かせていた。顔色もよく、すっかり元気を取り戻したようで、まるで別人のようだった。私が入っていくのを見ると、祖母は手を伸ばして私を招いた。「遥、こっちへおいで」私はベッドのそばまで歩み寄り、祖母の手を握った。「おばあちゃん、今日はずいぶん元気そうだね」祖母は微笑みながらうなずき、慈しみに満ちた目で私を見つめた。「遥がお嫁に行くんだもの。ちゃんと元気でいなきゃ、晴れやかに嫁ぐ姿をこの目で見届けられないでしょう」そばにいた看護師の話では、祖母は今朝になって急に元気を取り戻し、食欲も出てきて、私の髪を結ってあげたいと何度も口にしていたのだという。胸が熱くなるのと同時に、少し切なくもなった。それでも私は必死に笑って、涙
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第8話
「信じてくれ。俺はもうあいつの本性を見抜いた。今朝一番であいつはクビにしたし、もう二度と俺たちの前に現れることはない。会社の上場だって止めてもいい。今すぐ手配する。計画なんて全部後回しでいい。俺は何だって捨てられる。だから頼む、その結婚式を中止してくれ。あの男とは結婚しないでくれ!」蓮は一歩、また一歩と私に近づいてきた。祖母は髪を梳く手を止めると、厳しい口調で彼に言った。「あなたがやり直したいと思ったからって、相手がいつまでもその場で待っていてくれるわけじゃないんだよ。遥はあなたのせいで、もう十分すぎるほどつらい思いをしてきたの。これ以上あの子を困らせるのはやめてちょうだい」蓮は祖母のほうを向き、焦ったように言った。「おばあさん、俺が悪かったことはわかっています。これからは絶対に遥を大切にします。彼女に一番いい暮らしをさせます。どうか、彼女を説得してください」「説得することなんて何もないわ。私は、あなたからの『一番いい暮らし』なんて望んでいない」私はようやく顔を上げ、蓮の目を真っ向から見据えた。「前にも言ったはずよ。私たちはもう終わったの。私が欲しかったのは、あなたのその場しのぎの妥協でも、その遅すぎる埋め合わせでもない。私が欲しかったのは、この七年間のあいだ、あなたがちゃんと私を心にかけてくれること、それにつらい思いをした時に、私の気持ちを気にしてくれることだった。でも、あなたは一度だってそれをくれなかったわ。あなたの目にあったのは、自分の仕事とプライドだけで、私が何を望んでいるか、何を感じているかなんて気にも留めなかった。今になって謝りに来て、全部捨ててもいいなんて言われても、もう何もかも遅いのよ」自分でも驚くほど、私の声は穏やかだった。怒りはもう、ひとかけらも残っていなかった。本当に心が冷え切ってしまえば、その相手のことで感情が揺れることすらなくなるのだ。蓮の顔は真っ青になり、さらに取り乱した様子で言った。「まだ遅くない!お前が結婚式をやめてくれさえすれば、俺たちはまたやり直せる。俺は全力で埋め合わせをする!お前が欲しいものは何でもやる。お前のためなら、俺は何だって捨てられるから!」彼がさらに近づこうとしたその時、悠真が私たちの間に割って入った。「黒崎さん、ここは病室です。それ
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第9話
彼女はさらに長文の投稿まで載せ、自分と蓮がずっと前から恋人同士だったかのように匂わせた。それどころか、自分は彼のために多くを尽くしてきたのに、今になって冷たく捨てられたのだと、被害者めいた言い方までしていた。その内容はネット上で瞬く間に拡散され、あっという間にトレンド入りした。もともと蓮の会社は上場準備の最中だっただけに、こんなスキャンダルが突然持ち上がれば影響は大きい。株価の見通しにも陰りが出て、投資家たちが次々と状況説明を求めて押しかけてきた。それを見た蓮は、怒りをさらに募らせた。彼はすぐさま法務部へ対応を命じた。「ただちに内容証明を送れ。香月を悪質な名誉毀損で訴える。公開謝罪と、虚偽の投稿の全面削除を徹底させろ」電話を切ったあと、彼は会社の公式アカウントから声明を発表した。【ネット上で拡散されている親密そうに見える写真は、悪意ある盗撮および切り取りによるものです。私と神崎香月は上司と部下の関係にすぎず、業務の範囲を超える交流は一切ありません。虚偽の情報を流布した行為については、すでに法的手続きを開始しており、断固として責任を追及します】同時に、蓮の弁護士チームは、例の写真の元動画も公開した。その結果、一見親密に見えた写真は、どれも意図的に切り取られたものであり、実際の状況は香月の説明とはまったく異なることが明らかになった。声明が出ると、世論は少しずつ逆転し始めた。【この女、勝手に上司に惚れられてるって思い込んでただけじゃないの?】【でもこの黒崎社長も問題ありそう。彼女がいるのに、女性の秘書と距離感おかしくない?】【どっちもろくでもないでしょ】さらに、弁護士が香月を調べていく中で、思いがけない別の証拠まで見つかった。まずは削除されていた彼女のパソコン内のファイルを復元し、いくつかの防犯カメラの映像を確認したところ、彼女が何度も私から蓮へ送った業務報告や私的なメッセージを勝手に削除していたことが判明したのだ。そのせいで蓮は私が仕事でミスをしたのだと思い込み、さらには私が彼に対して冷淡な態度を取っていると誤解していた。それだけではなく、香月は私の企画書を競合相手に漏らし、そして匿名で私が業務上のミスをしたと通報までしていた。そのうえ裏では私の友人たちにまで連絡を取り、私が蓮の財産目当てで近づいて
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第10話
「俺たちが一緒に起業した頃、狭くて古いマンションで暮らして、毎日カップ麺ばかり食べてた日々を忘れたのか?初めてお前の誕生日を祝った時、お前は泣きながら、ずっと一緒にいようって言ったじゃないか!俺が悪かった。あの女に騙されてたんだ。お前にあんな冷たい態度を取るべきじゃなかった。もう一度だけチャンスをくれ。やり直そう、なあ……頼む……!」その声には絶望と諦めきれない執着が滲んでいた。彼は何度も何度も私の名前を呼び、ずっと忘れていたはずの過去を、縋るように繰り返していた。騒ぎを聞きつけた父が立ち上がり、外へ出ていった。「いい加減にしろ!遥はお前と七年も付き合って、その間どれだけ苦労して、どれだけ傷ついてきたと思ってるんだ!お前はあの子に安心できる暮らしも与えられなかったし、気持ちを大切にしたことも一度もない!今になって、他にちゃんと大事にしてくれる人が現れたからって、何の立場で邪魔をしに来る!今さら後悔したって遅いんだ。こんなところで見苦しい真似はやめなさい。さっさと帰れ!」扉の向こうの騒ぎはやがて少しずつ静まっていった。残ったのは、蓮の荒い息遣いだけだった。私は深く息を吸い、静かに立ち上がった。悠真が私手を差し伸べ、私はそっとその腕に自分の手を添え、肩を並べて披露宴会場へと向かった。宴会場の扉がゆっくりと開き、厳かな結婚行進曲が流れ始めた。参列者たちは一斉に立ち上がって、私たちへ視線を向けた。顔を上げると、隣にいる悠真の優しい眼差しと目が合った。大丈夫、俺がついている――そう語りかけてくるような温かい眼差しだった。私は背筋を伸ばし、まっすぐに赤いバージンロードを踏みしめ、一歩、また一歩とステージへ向かって歩いていた。これまでの痛みも、終わりの見えない待ち続けた日々も、この瞬間をもってすべて終わるったのだ。私たちがステージの中央に立つと、司会者の声が響き、式の開始が告げられた。悠真は指輪を手に取り、私の手を優しく包み込んだ。その時、会場の脇の扉が突然乱暴に突き破られ、蓮がひどく乱れた姿で飛び込んできた。警備員の制止を振り切ったのだろう。髪は乱れ、シャツは汗でぐっしょり濡れ、狂ったようにステージへ向かって走ってきた。「やめろ!遥、そいつと結婚するな!」警備員たちがすぐに追いつき、彼を取り押さえて、そ
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