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13.先輩の『特別』

last update Last Updated: 2025-08-11 16:00:59

調味液に漬け込んだ鶏肉に、片栗粉と小麦粉をまぶして揚げる。

まぶして揚げる。まぶして揚げる。まぶして揚げる……。

キッチンで黙々と夕飯のから揚げを作っていたら、先輩が隣に立って顔をしかめた。

「神谷、お前……何か機嫌悪いの?」

「は? 何がです」

「部屋戻って来てから……ていうか試合終わってから、ずっとそんな感じだけど」

「そんな感じって?」

「眉間にしわ寄せて、考えごとしてるっていうか……」

「何か考えてることあるなら、言えよ」と俺のTシャツの袖を引く先輩は、珍しく心配してくれているらしかった。

俺は揚がった鶏肉を皿に盛りつけながら、そっけなく言う。

「べつに、何も考えてないです」

「嘘だ。……ちゃんと目を見て言えよ。俺、お前に何かした?」

エプロンの胸の辺りをつかまれ、無理やり先輩の方を向かされた。

こういうところ、本当に強引……。

「じゃあ……なんで、白雲の部長と連絡先交換したんです?」

「そりゃあ、聞かれたから」

「あいつ、先輩のことライバルみたいに言ってたじゃないですか」

先輩は「なるほど……!」と何かひらめいたみたいな顔をして、俺のことを見上げていた。

「拗ねてるんだ?」

「拗ねてません」

「じゃあ、何なんだよ。……珍しくプレーのことだって褒めたのに」

たしかに……先輩が初めて褒めてくれたことは嬉しかったし、チームとして白雲高校に勝てたことも嬉しかった。喜ぶべきことのはずだ。それなのに、心にかかったもやが消えない。

「……先輩があの部長に個人的に連絡取るのは、嫌なんです」

「なんで」

「わかりません」

先輩は俺の後頭部を軽く叩いた。

「……痛っ!」

「から揚げ、せっかく作ったんだから冷めないうちに食おうぜ。……今日の反省もあるし、あとでゆっくり話そう」

その言葉に、俺は何も返すことができなかった。たくさんの言葉を吞み込んだまま夕飯を済ませ、片づけた後でパジャマ代わりのスウェットに着替える。

気分が晴れないのは、先輩のせいじゃなかった。自分のせいだ。気持ちがうまく整理できない。このまま話しても……自分の中にわだかまったままの気持ちをただ先輩にぶつけるだけになりそうな気がした。

俺は歯磨きを済ませ、スマホを片手にベッドの上に寝転がる。

「……もう寝るの?」

いつもなら、放っておくか黙って電気を消すだけなのに、珍しく先輩が追いかけてきた。俺は薄いタオルケットを被って、そっと壁の方を向く。

先輩はベッドの縁に腰かけ、暇潰しでもするみたいに俺の髪を指でもてあそんだ。

「連絡、取んないよ。……神谷が嫌なら」

「ん」と、気のない返事をする。先輩は小さくため息を吐いて話し始めた。

「今日の試合……最後に俺に出してきた指示で、神谷の読みの深さを知った気がする。負ける気なんてない。けど……お前は俺にないものを持ってるんだって、改めて思ったよ。初めて対戦したときもそうだったっけ」

「……? 初めてって」

「神谷が入部する、1年くらい前かな。俺のランクがまだグランドマスターだった頃、野良で遊んでたら偶然マッチした相手がいた。アカウント名はiori、あの日もお前はルークを使ってた」

(憶えてたんだっ……!)

思わず振り返る。目が合った先輩は、初めて見せるような穏やかな顔をしていた。

「……あのとき、俺のチームは工業団地が本拠地だったから、始めに港を攻略したんだ。そこに味方をひとり残して別の拠点を攻めようと思っていたとき、急に本拠地が攻撃された。俺はすぐ基地に戻ったけど、それが罠だとわかったのは他の拠点がすべて落とされた後だったよ。……正直、やられたって思った」

「まぁ、すぐ取り返されましたけどね」

「そりゃ、取り返すだろ。負けたくないし」

あっという間にふたつの拠点を落とし、給水塔の上に現れたヴァイパー。たったひとりで味方を全滅させた動きは、本当に電光石火って感じだった。

「……あのとき名乗らなかったのは、このゲームを続けていればioriに会えるような気がしたからだ。遊びだけでやってないのは、何となくわかったし」

「雑魚って言われて、ムカつきました」

「そんなの、負ける方が悪いに決まってる」

いつもの口調で吐き捨て、先輩は笑った。

「再会したら、きっと……いいライバルになるんだろうなって、そう思ってた」

「俺は……なれましたか? いいライバル」

そこは、素直にうなずいてほしかったところだけど……先輩はいじわるな顔をして「さぁ」と首をかしげた。

「……神谷が俺に負けたくないって思ってるんなら、そうなんじゃない?」

「先輩はどうなんですか」

先輩はもてあそんでいた俺の髪を、きゅっと指で握った。

「お前にだけは……負けたくないに決まってる」

(それは……俺をライバルだと認めるってことで、いいんだろうか)

お前にだけは、なんて。……まるで、『お前は特別だ』とでも言われているみたいだ。

ゲームには誰だって勝ちたいと思うけれど、先輩はその中でも極めつけの負けず嫌い。だから、高校の対戦相手にも、プロの選手にも……ライバル心は少なからず抱いているんだと思う。

(けど……)

「俺は、先輩にとって特別ですか……?」

そう質問して、はっとする。

(これじゃあ、まるで……)

俺が先輩の特別でいたいみたいだ。

先輩は目を丸くして、俺のことをじっと見つめている。不意に手が伸びてきて、頬をそっと触られた。

「……お前は、俺の特別がいいの?」

そう聞き返されて、どきりとする。

あくまで『ライバルとして』ってことだろう、けど。

先輩の整った顔が近づいてくる。しばらく間近に見つめられていたけれど……先輩の長いまつ毛が伏せられ、そっと口づけられた。唇の柔らかさ。隙間を割るようにして入ってくる、舌の生々しい感触にとまどった。

離れていく先輩の舌先に透明な糸が引くのを見て、変な気分になる。

「……このあいだのお返し。もう寝ろよ」

タオルケットをかけ直され、頭を撫でられる。

火を点けられた、と思った。

先輩を独り占めしたい。どこかに閉じ込めて、俺のことだけを見ていてほしい……。そんな心の奥底にある気持ちを、無理やり自覚させられたような気がする。

俺はタオルケットを跳ねのけ、ベッドの上に半身を起こした。

「先輩って、誰かを好きになったことある?」

先輩のそばに手をつき、その目をまっすぐに見つめる。

「……何だよ、その質問」

「わかんない。けど、なんとなく」

「あるよ。あると、思うけど」

「自信なさげ。先輩の恋愛対象って、女? 男?」

「聞いてどうすんの」

「知りたいので」

視線を彷徨わせる先輩に、もどかしい気持ちを押し殺す。先輩は戸惑った顔のまま、探るような目つきで俺を見た。

「もし……男だって言ったら?」

なんとなく、駆け引きをしているような感じがした。

質問の意図を探りたい先輩。ありのままの答えを知りたい俺……。

この気持ちにいったいどういう名前がつくのか、自分でもまだよくわからなかった。独占欲、愛情、嫉妬、憧れ、支配欲……。

心の奥底に、燃えかけの感情がくすぶっていることだけは確かな気がした。

「……『先輩のタイプに、俺は入ってる?』って、聞くかもしれない」

先輩の喉が鳴る。そして……。

先輩は大げさに首を横に振って、肩をすくめた。

「……やめやめ。ふざけたこと言ってないで、寝るぞ。今日は連携も上手くいったし、この感覚を忘れないよう明日からは大会の練習に入るからな」

「先輩っ!」

大切なことを誤魔化されたような気がする。

自分の気持ちも、先輩の気持ちも……このままうやむやにされて、なかったことにするのは嫌だった。

俺は立ち上がろうとした先輩の手を取り、頬に手を添えて、深く口づけた。先輩の腰が引けても、かまわず追いかけて舌を差し入れる。

「待っ……!」

何か言おうとする先輩の口を塞いだ。先輩は逃れようともがいていたけれど、深く浅くキスを続けていたら、やがて諦めたのかおとなしくなる。

「んっ……んん……」

差し入れた舌に、先輩がおずおずと舌を絡ませてきた。薄目を開けると、先輩の頬が赤く上気しているのが見える。

Tシャツの裾から手を忍ばせた。なめらかな肌に触れたとたん、先輩の身体がそっと離れていく。

「……やめよう。こういうの」

「どうしてですか?」

「本気じゃないだろ。同じ部活だし、神谷がプロのチームに入りたいなら同業者になるかもしれないし。……気まずくなるの、嫌なんだよ」

反論ようとした俺の髪を、先輩はわしゃわしゃと雑にかき乱した。

「……ちょっと、頭冷やしたら? きっと試合で熱くなったの、引きずってるだけだ」

「そんなこと、ないと思いますけど……」

「じゃあ、何? 俺が好き?」

少し考えて、首を横に振る。

「わかりやすい恋愛感情……とは違う気がします。でも、先輩を俺のものにしてみたいっていう気持ちならある」

「……神谷、中学のとき彼女いたって聞いたけど」

恋愛対象が女の子だって言いたいんだろう。

「いたから、何ですか。……俺、たぶん先輩なら抱けますよ」

「……っ!!」

さすがにストレートに言い過ぎたかもしれない。

先輩は顔を真っ赤にして、ふいと背けてしまった。

「チャラい奴」

「どうも」

「……いいから、さっさと寝ろっ」

今度こそ立ち上がった先輩に、強制的に消灯されてしまった。いつもの位置に寝そべって目を閉じる。しばらくすると、着替えた先輩がベッドにやってくる気配がした。

「……ねぇ、先輩?」

「何」と不機嫌そうな声が返ってくる。

「キス、もう一回だけ」

「ダメだ」

即答だった。

つけ入る隙もない口調に諦めていると、仰向けに寝ている俺の左手に何かが触れた。

「…………手ぇ、繋ぐくらいならいい」

(……いや、かわいすぎかよ……)

緊張からか、熱く湿るその手を握って――。

俺は高鳴ったまま治まらない心臓の鼓動を聞きながら、しばらく眠れずに今日の先輩との出来事について考えていた。

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