白雲高校との練習試合の日はすぐにやってきた。
授業が終わったあと、俺が部室に向かうとチームのみんなはすでにそろっていて、いつもよりもピリピリした雰囲気が漂っている。
「来たな、神谷」
「楽しみだね~、いおりん。次は勝とうぜっ」
律先輩に肩を組まれる。奥の席に座った小神野先輩と目が合って、俺は静かにうなずいた。イヤホンの上からヘッドセットをつける。白雲高校のチームも全員が準備を終えているようだった。
「「よろしくお願いします」」
あいさつもそこそこに、試合が始まる。
今回、俺たちに与えられた本拠地は西側にある港だ。他のチームがどう動くかわからない中、先に南の工業団地を制圧しに行く。白雲高校も別のチームの拠点を取りに行き、あっという間に敵チームを殲滅させていた。
お互いに拠点はふたつずつ。これで、新葉と白雲の一騎打ちだ。だが、そこから先の展開は……まるで泥沼にでもはまり込んだみたいだった。
「ダメだ、オカピ先輩っ! こっちの本拠地取られた!!」
「そのまま取り返せない? 律」
「いや無理……相当強いよ、こいつら。同じ3対3なのに」
「じゃあ、律と玲で要塞基地の方を奪還して。萩原はこっち。俺と神谷で白雲の本拠地攻めてるけど、もうすぐ落ちるから」
「「了解っ」」
状況が目まぐるしく変わる。いろんな指示が飛び交ってて、耳が痛くなりそうだった。
そんな状態が、1時間以上も続いた頃だ。均衡していた局面が、急に新葉側に有利に傾いた。先輩がふたりを一気にキルしたからだった。
「小神野、ナイス!」
萩原先輩が叫ぶ。残りは3人。幸い、こっちはまだ誰も死んでない。
(だけど、嫌な予感がする……)
その瞬間――俺は固有アビリティを勝手に使い、フィールド上にどでかい障壁を作り出していた。
「神谷っ!? なんでいきなり壁っ……」
「ここは敵がひとりですからっ、俺に任せて萩原先輩のフォローに向かってください!」
「は!!? 何を突然……」
「いいから、信じてっ!」
今までのプレーで、敵チームの行動パターンは読めていた。この状況でうちと対等にやり合おうとするなら、最低でもひとりはキルする必要があるし、そうなれば狙われるのは拠点をひとりで護衛している萩原先輩だ。
小神野先輩は渋々移動していたが、俺の読みは当たっていたらしい。イヤホンから、すぐに萩原先輩の声が響いた。
「……っ!」
鉄壁の『ブルワーク』と呼ばれる萩原先輩のキャラが、高火力のふたりに囲まれて、ハチの巣になっている。シールドの効果切れギリギリのタイミング。小神野先輩が助けに入り、そこからは互角の撃ち合いになった。
「助かった~! ナイスフォロー、小神野!」
「……おー」
俺が敵との撃ち合いを制し、合流した先輩方ふたりも無事に相手を撃破して……。白雲高校との試合は、俺たちの勝利に終わった。
「イエーイ! みんなナイスぅー」
「勝てたな」
「ナイスゲーム!」
叫びながらやってくるチームのメンバーと拳を合わせる。小神野先輩と目が合った。
「……キル数トップ、ナイスです」
そう言いながら拳を差し出した俺に、先輩は控えめにこつん、と拳を合わせた。
「ナイス連携。……最後の、よかった」
(は、初めて先輩に褒められた……!?)
あのokaPが……あのつんつんした先輩が……俺を褒めた!
俺はとっさに抱きついてしまい――。
先輩がどんな顔をしていたかはわからなかったけれど(きっと、いつもみたいに照れた顔だったんだろう)、すぐにやってきた他の先輩たちにも揉みくちゃにされた。
試合が終わると、白雲高校の部長からアプリ経由で連絡があった。今日のお礼と、夏の大会でリベンジするという決意表明。通話に切り替えた小神野先輩が、白雲高校の部長に「こちらこそ、ありがとうございました」とお礼を言っている。
ふたりは今日のゲームについて楽しげに話していたけれど……白雲高校の部長が、先輩に対してどこか馴れ馴れしいような気がして。不快に思っていると、部長が先輩の名前を呼んである提案をした。
「……もし、よかったら……個人的に連絡先とか聞いてもいいですか」
「えっ?」
「去年の大会から、ずっと気になってて。実力的には、まだ『ライバル』なんて言えないかもしれないけど」
『ライバル』という言葉に俺のセンサーが敏感に反応する。
先輩は最初こそ部長の真っ直ぐな言葉に戸惑っていたけれど、すぐに「じゃあ、ぜひ」と返事をしていた。
「また、一緒にゲームとかしましょう」
「ですね」
その話の流れが、俺にはなぜか耐えがたいほど苦痛で――。
(ライバルは、俺だけなんじゃないの……?)
先輩は、俺にとって特別な存在だ。中学のときに初めてネット上で遭遇して、進学した高校で奇跡的に再会した最強のプレーヤー。
先輩にとっても俺はどこか特別な存在だって、勝手にそう思っていたのに……。
(ライバルって、そんなに必要……?)
俺は意を決して先輩側のカメラに写り込むと、にっこりと外向きの笑顔を作って言った。
「あっ! それ、俺もお願いしてもいいですか?」
「……神谷?」
「白雲の部長さん、すごく強かったんでっ」
「あ、えっと……君は」
「神谷伊織。さっきの試合でルークを使ってた、このチームの次期エースです」
無理やり割り込むのが失礼なことくらい、わかってる。それでも、勝手に身体が動いたし、自分の中にある衝動を止められなかった……。
先輩に対する、このもやもやした気持ちが何なのか?
どうしてこんなことをしてしまったのか――。
部活が終わってからの帰り道、俺は先輩と並んで歩きながら、そのことばかり考えていた。
8月31日、渋谷。2,000人が入る大きなホールは観客で賑わっていて、会場には司会進行役のタレントやゲストの配信者など、有名な人もたくさん集まっているようだった。午前中からバトルソウルの試合が行われ、野田と笹原部長が現在進行形で頑張っている。俺たちは応援もそこそこに、5人で集まって最後のミーティングを開いていた。「さ、さすがに緊張するよね~……。会場も雰囲気あるし、人もいっぱいいるし」珍しく、律先輩が真っ青な顔をしていた。玲先輩が、お兄ちゃんらしく隣で背中をさすってあげている。「落ち着いてくださいよ、律先輩。……いつも通りにやればいいんですから」「えっ、いおりんは逆になんで落ち着いてんの??」「えっ??」「神谷はメンタル強そうだもんなぁ~。俺も正直、手が震えてるよ」萩原先輩も珍しく弱音を吐きながら、苦笑していた。玲先輩が背中をさすりながら補足してくれる。「……この中で全国の決勝まで進んだことがあるのは、小神野だけだからな。俺たちは前回、違うチームだったから」「そうだったんですね。……じゃあ、小神野先輩も」「あー……俺もこういうのは平気。注目される状況は、むしろアガる」「うわぁ……メンタルお化けだぁ……」そう言いながら、「うっ」と吐き気に口元を押さえる律先輩。俺にも何かできることはないかと探していると、ふと、萩原先輩と目が合った。「……そうだ! じゃあ、神頼みでもするか」にっと笑って言った萩原先輩が俺と小神野先輩を並んで立たせ、手を合わせる。「あー、そういうこと……」玲先輩が納得したように言って、同じように頭を下げ、手を合わせた。(どういうこと?)律先輩も「そういうことね」って顔で笑うなり、俺たちを拝んでいる。
暑さも本格的になってきた7月。新葉高校は予選を無事に勝ち抜け、2位で関東ブロックの代表に選ばれた。全国大会になると、レベルがいちだんと高くなる。初戦の中部ブロックとの試合に何とか勝利した俺たちは、ついにグランドファイナルと呼ばれる決勝戦へとコマを進めた。ゼロ・グラウンドは4つの国が争うゲームということもあり、今年から決勝は4チームで行われるらしい。参加する高校は去年とほぼ同じ。京都の犬桜高校、仙台の白雲高校、東京の新葉高校、そして前回大会で優勝した強豪・横浜の龍鳳高校。関東ブロックの代表を決める決勝戦でも、俺たちは龍鳳高校に負けた。だが、まったく届かない実力差でもなかった。全員で力を合わせれば何とかなりそうな――そんな手応えを感じていた。「あとは、作戦だよなぁ~……」部室のミーティングスペース。萩原先輩が宙を仰ぎながら言った。「初動が大事になってくるよな。他の3チームはどう動いてくると思う?」玲先輩が全員を見回して聞いたので、俺は控えめに手を挙げる。「龍鳳高校は間違いなく、新葉を最初に狙ってきます」「ほう。いおりん、その心は?」「小神野先輩がいるからです」龍鳳高校は5人が全員、俺みたいなタイプのプレーヤーだ。戦略ストラテジーには強いが、逆に小神野先輩ほどFPSの上手いプレーヤーはいない。おそらく、撃ち合いになったときに不利になるプレーヤーを早めに潰しに来るはずだった。「犬桜高校と白雲高校はどう出るかな?」「わかりませんが……仮に龍鳳と一緒になって俺たちを潰したところで、あの2校だけで龍鳳と互角にやり合えるかどうかは、微妙なところだと思います。それなら、俺たちと協力して先に龍鳳高校を落とした方がまだ勝ち目がある……」「俺たちとしても、まず龍鳳高校を倒さないと、後がキツイもんな……」「ですね」「色んなパターンを想定して、どう対応するか考えておく必要がありそうだな」「俺、覚えられるかなぁ……」律先輩が不安げな声をあげる。萩原先輩が肩を叩いて、励ましていた。「みんなで少
週明けの部活。俺たちは部室にそろって顔を出し、前回の試合の反省を活かしながら、練習を繰り返していた。奥の席に小神野先輩。その手前に俺。週末は色々あって恋人モードだった先輩も、部活が始まればいつものokaPに戻るわけで……。イヤホンからは俺を呼ぶ「神谷っ!」という怒声が聞こえていた。「お前っ、今なんで先に壁出さなかったんだよっ! ルーク使ってんだろっ!?」「いや、そもそも出すつもりなかったですよっ! 敵のモブ兵士が来たから、分断するために使っただけです。……先輩こそ、なんで俺が壁出す前提で動いてんですかっ!!」「こういうとき、いっつも出すだろうがっ!!」「出しませんよっ! もうちょっと、俺の動きよく見て覚えてくださいっ!!」いつにも増して言い争っている俺たちの隣で、玲先輩がヘッドセットを外しているのが見えた。「あ〝ぁ~~~、耳が痛すぎて、もう無理! ミュートにするか」「ねーねー、何かあったの? あのふたり。何か聞いてる~? 玲」「知らねぇ!」「先週、玲に言われたのもあって、色々話し合ったらしいぞー」萩原先輩があいだに入って、小神野先輩から聞いたことを説明していた。「へぇ~、そうなんだ。まぁ、プレー自体はあのふたりらしくなってきたからいいと思うんだけど……。それにしても、うるさいよね」「ああ。前の3割増しでうるさい」「本音で話し合った結果、意思疎通は図れるようになったけど……その分、言い合うことも増えたんだって」「まじか」「嘘でしょー……」「耳いてー」マイクが音を拾っていて、彼らの会話は俺たちにもばっちり聞こえていた。「聞こえてんぞ、お前らー」小神野先輩が小言をこぼすと、防衛隊3人は「さぁー仕事だ、仕事」とわざとらしく言って、それぞれの持ち場に戻る。この試合は俺たちの言い合いこそ多
「……んっ……」鼻にかかった自分の声で、ふと目が覚めた。まだ寝息を立てている神谷が下着しか見に着けていないのを見て、昨日の夜に何があったかを思い出す。(~~~~~っ!!)急に、恥ずかしさが込みあげてきた。昨晩の出来事を簡単にまとめると、俺は神谷との勝負に……負けた、と言ってもいいと思う。あいつの宣言通り、昨日の夜はあいつがどれだけ俺を好きなのか『わからされた』。(……男は無理だと思ってたのにな)彼女がいたって話も聞いてたし、どこかでまだ、気の迷いなんじゃないかと疑ってた。でも、一晩かけて、本気だってことをしっかり証明されて……。(……恥ずかしい)隠れるようにタオルケットを頭から被ったところで、背中の方からかすれた声がした。「……先輩、起きたの? おはよ」まだ眠そうな声。振り向くと、寝ぼけたままの神谷に腰のあたりから抱き寄せられる。「身体、大丈夫そ?」改めて聞かれると、羞恥心が込みあげてきてくすぐったかった。心臓の鼓動がうるさい。このまま時間が止まればいいのに、なんて……お決まりのセリフが胸をよぎる。額にキスしてくる神谷の胸に頭を埋めると、神谷の匂いがした。パジャマではないけど、同居生活の夢がひとつ叶ったような気がして嬉しい。「あれ……今日って、学校……?」「まだ、寝ぼけてるみたいだな。今日は休み。月曜は明日」「そっか……」眠そうに目をこすって、へらっと笑う神谷は今日もカッコよくてかわいかった。「じゃ、先輩とずっとこうしててもいいんだ」じっと見つめられて、唇にキスされる。明るいところで見られるのが恥ずかしくて背中を
先輩の部屋に着くまで、俺たちはひと言も言葉を交わさなかった。部屋に入って、ローテーブルを囲んで座ったところまではよかったけれど……今日の試合の反省会なんて、ちっとも始まる気配がない。(……いや、始めるつもりがないのかもしれないな)俺たちの問題はそこじゃないと、お互いが何となくわかっているから。「……先輩、怒ってます?」そう切り出した俺に、先輩は不機嫌そうに聞いた。「なんで」「あの日の夜……俺が先輩を無理に、その……抱くみたいになったから」先輩はぴくりと肩を震わせ、そっけなく答えた。「……べつに。合意だったし」「じゃあ……今、何を考えてるんですか? 俺、先輩の考えてること、少しもわからないです」そう伝えてみたものの、先輩は下を向いて何か考えるばかりで……。俺は深く息を吐いて、先を続けた。「どうして、俺を部屋から追い出したんですか。……怒ってないなら、なんで」「……それは……これ以上、距離詰めんのは違う気がして」「は?」「だからっ、距離が近くなり過ぎるのはダメだと思ったんだよ」「なんで」そもそも、『意思疎通を図れるようになろう!』という目的で共同生活をしたんじゃなかったんだろうか?(本当に、何を考えてるのかよくわからん……)俺はいよいよ頭を抱えつつ、自分の気持ちを吐き出した。「……俺はわりと嬉しかったですけどね。先輩と一緒に過ごせて。前よりは先輩のことをよく知れたような気がしますし、一緒にご飯作ったり、終わった後でゲームしたりするのも楽しかった」「俺だって、あの
先輩はベッドの上で静かに寝息を立てていた。その身体にタオルケットをそっとかけ、俺は荷物をまとめて部屋を出る。明け方、まだ日が昇り切っていないくらいの時間だった。「クソっ……」つい、そんな言葉が口からもれる。昨日の自分は、衝動的だった。避けられているのが悔しくて……つい言葉で先輩のことを追いつめ、手を出してしまった。結局、最後まではしなかったけれど……俺の提案にうなずいた先輩が、いったいどんな気持ちだったのかまではわからない。(やったよな、これ……)今日も放課後には部活がある。間近に迫った、夏の大会の予選に向けての練習だ。(どんな顔して、会えばいいんだよ……)俺は顔を手のひらで覆いつつ、自宅までの道のりを、荷物を片手に歩き続けた。◇◆◇◆◇◆◇「ねぇねぇ、玲。……あのふたりさぁ、何かあったの?」「さぁ……?」「あ、それ……俺もさっきから気になってた」「萩っちも気づいてたかぁ~。昨日も変だったけど、今日はもっと変だよねぇ?」「そうだな。ゲームに影響がなきゃいいんだけど……」部活での俺たちは、簡単に言うと、超・腫れもの扱いだった。何かあったんだろうということはわかるが、聞けるような雰囲気でもない。実際、俺と先輩とは気まずい以外の何物でもなかった。考えないようにと気をつけていても、つい昨日のことを思い出してしまう。先輩は先輩で、平静を装っているように見えたけど、何やら考えごとをしている時間が増えた気がする。そして、試合中の連携は……何とか機能していたけれど、ヒヤリとする場面が多かった。「これは……」「フレンドリーファイア