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9.スキル【家事】

last update Last Updated: 2025-08-07 16:00:02

朝起きて身支度を整え、先輩と一緒に学校まで行く。

授業が終わった、放課後。いつもなら部活に出ている時間だったけれど、今はそろって出禁にされている状態だ。

俺たちはいったん先輩の部屋に戻り、なんとかチームで練習できないかと苦心していた。他の先輩方にSNSのグループチャットでメッセージを送り、オンラインで参加させてもらえないかとお願いをする。

『いや、無理だろ。部長に見つかったら出禁にした意味ないって言われるし』

『それに、ふたりともまだ同士討ちの最中なんじゃない?w』

『とりあえず、それ直してから参加した方がいいだろうな。攻撃チームの連携が取れてないうちは5人でやったって仕方ないだろ』

『それなー。しばらくはふたりのチームでよろ』

『寂しかったら、いつでも連絡してきていいからね☆』

律先輩から陽気なスタンプが送られてきて、会話は終わった。

「クソっ……!」

先輩は机を悔しげに叩いて、スマホを放り投げていた。

「仕方ないですよ。しばらくはふたりでやりましょう」

「復帰したら、あいつら全員背中から撃ち抜いてやる……」

「それやったら、また出禁になりますって」

血の気の多い先輩をなだめつつ、諦めてふたりで練習を始める。

たっぷり3時間。なるべく声をかけ合うように気をつけていたら、相手を背中から撃つようなフレンドリーファイアは3回に1回くらいまで減った気がした。

「そろそろ……腹減らない?」

先輩が聞いたとたん、俺のお腹の鳴る音が響いた。

「減りましたね」

「じゃ、買いに行くか」

「……もしかして、先輩っていつもコンビニのご飯食べてるんですか?」

「……? そうだけど」

まじか。たしかに、キッチンには一通り調理器具があるけど、シンクはぴかぴかだったっけ。

ひとり暮らしで毎食コンビニのご飯となると、栄養的にも偏りそうだった。

「……よければ、ご飯作りますけど?」

「神谷って、料理できんの」

「うち、両親共働きで食事当番があったんで。家庭料理なら、基本的に何でも」

「……っ!」

おおっ……。

先輩がこんなに目を輝かせているのを、初めて見たような気がする。

「じ、じゃあ…………カレー、とか……?」

「あ、得意ですよ。どんなのがいいです?」

「肉入ってて、具材のごろごろしたやつ」

早口に言う先輩は、相当カレーが好きらしかった。

(そりゃあ、家庭の味なんてしばらく食べてないんだろうしなぁ……)

喜んでくれるなら、頑張って作ってみてもいいかもしれない。

「……スーパー、つき合ってくださいね。具材とかルーの種類とか聞きたいんで」

「わかった」

共同生活、2日目。俺たちは初めて一緒に料理を作ることになった。

◇◆◇◆◇◆◇

「だから、にんじんの切り方はそうじゃないって!」

「じゃあ、どういう切り方なんですか!」

「もっとこう……ごろっとした感じで」

「表現があいまいすぎる……!」

ふたりで買い物を済ませて、狭いキッチンで作業をする。調理のスキルがない先輩の指示は、だが、まったく要領を得なかった。先輩の『ごろっとした感じ』はもう何回聞いたかも憶えてない。

「……はっ、もしかして乱切りってことか……!?」

「そう、その切り方! で、大きさは……」

理想のカレーについて、色々と教えてもらっているときだった。

先輩に「貸して」と言われて包丁を渡したのが悪かった。

「……っ!!」

「だ、大丈夫ですかっ! 絆創膏っ……」

先輩はにんじんどころか、指まで切ってしまっていた。左の親指。そこまで深い傷じゃなかったけれど、血が出ていたので、水で流して止血したあと絆創膏を貼った。

「指、大切なんですから、気をつけてくださいよっ!」

つい、強い口調で言ってしまった……。でも、ゲームをやるなら指は大事だろう。先輩もこの時ばかりは、しゅんとした顔でうなずいていた。

途中でトラブルがあったりもしたけれど、無事にご飯も炊け、作ったカレーが完成した。

「……できた! こんな感じでどうです? 先輩」

味見した先輩は、指を押さえつつも「いいと思う」と目を輝かせている。ふたりで盛りつけを終えて、大会の動画でも見ながら食べようということになった。家では具材を小さめに切ったポークカレーを作ることが多かったけれど、先輩が好きなのはチキンカレーらしい。こういうのもなかなか美味しいな、と思って先輩の方を見ると、ちょうど目が合った。

「どうです? 味」

「…………シェフ?」

ゲームをやってるときには見られない、尊敬の混じった眼差しだった。

一杯目のカレーを美味しそうに平らげて、おかわりをしに立っている。

「……すげー、美味しい」

照れているのか、あさっての方を向いて言う先輩に思いがけずキュンとしてしまった。

かわいい。律先輩が、いつか先輩のことを『かわいい』とからかっていたけれど、その気持ちがようやくわかった気がする。いつもつんつんしているから、そのギャップにやられてしまうんだろう。

(また、他の好物も作ってあげよう……)

俺は心の中でそう固く決意して、自分もカレーのおかわりに立った。

「指……大丈夫なんですか」

なにげなく尋ねると、先輩は親指を曲げたり伸ばしたりして様子を確かめている。

「どうだろうな。絆創膏つけてるから問題ないけど、違和感はあるかも。まだちょっと痛いし」

「じゃあ、夜は練習やめた方がいいかもしれませんね……」

「かもな。他のチームの研究するか、あとは……動画とか見るのも参考にはなるか」

「先輩は好きな選手とかいるんですか?」

こういう話をするのは初めてだったけれど、今ならなんとなく答えてくれそうな気がした。

「あー……国内だったら、チームアリゲーターのsigmaとか?」

「去年の世界大会の試合! すごかったですよねっ」

「配信見た?」

「見ましたっ! 1対5の撃ち合いで相手を全滅させたの、鳥肌立ちました」

「あんなプレーができたらいいな、みたいな気持ちはあるかも。あと、個人的に強いなって思ってるのは大山智玄(おおやま ともはる)」

「大山って……カシラゲームズの?」

「あの人、俺の元パートナーだから」

「えっ、新葉高校だったんですか!?」

先輩は「そうそう」と小さく笑って、おすすめの動画を見せてくれる。

知らなかった……。名前を知っているような有名なプレーヤーが、同じ高校の先輩で、しかも小神野先輩の元パートナーだったなんて……。

(そりゃあ、あんなに上手い人が一緒なら、先輩だって自由にやれるよな……)

大山智玄ことharuは、元々別のところから今のチームに移籍したのだが、状況に合わせて使うキャラクターを変えることができる、オールラウンダーな選手だ。どのキャラの特性もしっかりと理解し、練習を積んでいる。先輩と組んでいたときも、きっとヴァイパーと相性のいいキャラクターを使っていたんだろう。

(俺は……。でも、ゆずりたくないしなぁ……)

じつは、俺もルーク以外に使っているキャラクターはあるのだが、先輩のために変えるのは負けたような気がして嫌だった。あのokaPに合わせるなんて、死んでもごめんだ。

(まぁ、先輩もきっと同じように考えているんだろうけど……)

動画の中でharuがキル数を積み上げていく。先輩はカレーの最後の一口を頬張りながら、口をとがらせた。

「……俺は、お前には合わせないからな」

あくまで自分のスタイルを貫くという宣言だった。

「俺だって合わせませんよ」

プロのプレーヤーの話から、俺は、ふと入部初日のことを思い出す。

「そういえば……先輩って、カシラゲームズと契約するんですか?」

「お前……それ、どこで」

「前に、部長と話してませんでしたっけ?」

「ああ、そっか……。いや、契約については話せないことも多いんだけど、高校在学中にどこかのチームには入ると思う。だから……俺にとっては、これが最後の大会」

「秋の大会は出ないんですか?」

「出ないって決めてる。プロのプレーヤーになるよ。ずっと夢だったから」

そう言ってまた頬を緩める先輩が、急に遠い存在みたいに思えて……。

「……まぁ、すぐに追いつくんですけどね」

「出たよ、クソ負けず嫌い」

「当たり前じゃないですか。先輩は俺が公式の場で倒すんですから。……でも、まずは夏の大会ですね」

食器を下げ、皿を洗い始める先輩は心なしか穏やかだった。

「犬桜高校にはリベンジしたいな」

「はい」

「足引っ張るなよ」

「先輩こそ。もう、にんじんの代わりに指切らないでくださいね」

「……っ!」

また殴られるかと思ったけど、カレーの効果なのか、スポンジの泡を服につけられるだけで済んだ。

まぁ、それはそれで嫌だったけど。

「明日からまた練習な。今日は前回の優勝チームの研究」

「はーい。……あ、先輩。明日もカレーなんですけど、好きなトッピングとかあります?」

「…………エビフライ」

エビフライ……!

今ので確信したけれど、どうやら先輩はギャップが相当かわいい人らしい。

「じゃあ、明日はエビフライと目玉焼きでも乗せますか」

「……っ!!」

素直に目を輝かせる先輩に俺は、勝った、と心の中で拳を握る。

(先輩は胃袋をつかめば、意外とちょろそうだぞ……)

ゲームの攻略法を見つけたときみたいに、気分が上がる。

その日は先輩と前回の大会の動画を見てから、おとなしくベッドに入った。

ゲームの中ではまだまだだけど……一緒に生活をすることで、少しずつ先輩と意思疎通が図れてきたような、そんな気がした。

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