朝起きて身支度を整え、先輩と一緒に学校まで行く。
授業が終わった、放課後。いつもなら部活に出ている時間だったけれど、今はそろって出禁にされている状態だ。
俺たちはいったん先輩の部屋に戻り、なんとかチームで練習できないかと苦心していた。他の先輩方にSNSのグループチャットでメッセージを送り、オンラインで参加させてもらえないかとお願いをする。
『いや、無理だろ。部長に見つかったら出禁にした意味ないって言われるし』
『それに、ふたりともまだ同士討ちの最中なんじゃない?w』
『とりあえず、それ直してから参加した方がいいだろうな。攻撃チームの連携が取れてないうちは5人でやったって仕方ないだろ』
『それなー。しばらくはふたりのチームでよろ』
『寂しかったら、いつでも連絡してきていいからね☆』
律先輩から陽気なスタンプが送られてきて、会話は終わった。
「クソっ……!」
先輩は机を悔しげに叩いて、スマホを放り投げていた。
「仕方ないですよ。しばらくはふたりでやりましょう」
「復帰したら、あいつら全員背中から撃ち抜いてやる……」
「それやったら、また出禁になりますって」
血の気の多い先輩をなだめつつ、諦めてふたりで練習を始める。
たっぷり3時間。なるべく声をかけ合うように気をつけていたら、相手を背中から撃つようなフレンドリーファイアは3回に1回くらいまで減った気がした。
「そろそろ……腹減らない?」
先輩が聞いたとたん、俺のお腹の鳴る音が響いた。
「減りましたね」
「じゃ、買いに行くか」
「……もしかして、先輩っていつもコンビニのご飯食べてるんですか?」
「……? そうだけど」
まじか。たしかに、キッチンには一通り調理器具があるけど、シンクはぴかぴかだったっけ。
ひとり暮らしで毎食コンビニのご飯となると、栄養的にも偏りそうだった。
「……よければ、ご飯作りますけど?」
「神谷って、料理できんの」
「うち、両親共働きで食事当番があったんで。家庭料理なら、基本的に何でも」
「……っ!」
おおっ……。
先輩がこんなに目を輝かせているのを、初めて見たような気がする。
「じ、じゃあ…………カレー、とか……?」
「あ、得意ですよ。どんなのがいいです?」
「肉入ってて、具材のごろごろしたやつ」
早口に言う先輩は、相当カレーが好きらしかった。
(そりゃあ、家庭の味なんてしばらく食べてないんだろうしなぁ……)
喜んでくれるなら、頑張って作ってみてもいいかもしれない。
「……スーパー、つき合ってくださいね。具材とかルーの種類とか聞きたいんで」
「わかった」
共同生活、2日目。俺たちは初めて一緒に料理を作ることになった。
◇◆◇◆◇◆◇
「だから、にんじんの切り方はそうじゃないって!」
「じゃあ、どういう切り方なんですか!」
「もっとこう……ごろっとした感じで」
「表現があいまいすぎる……!」
ふたりで買い物を済ませて、狭いキッチンで作業をする。調理のスキルがない先輩の指示は、だが、まったく要領を得なかった。先輩の『ごろっとした感じ』はもう何回聞いたかも憶えてない。
「……はっ、もしかして乱切りってことか……!?」
「そう、その切り方! で、大きさは……」
理想のカレーについて、色々と教えてもらっているときだった。
先輩に「貸して」と言われて包丁を渡したのが悪かった。
「……っ!!」
「だ、大丈夫ですかっ! 絆創膏っ……」
先輩はにんじんどころか、指まで切ってしまっていた。左の親指。そこまで深い傷じゃなかったけれど、血が出ていたので、水で流して止血したあと絆創膏を貼った。
「指、大切なんですから、気をつけてくださいよっ!」
つい、強い口調で言ってしまった……。でも、ゲームをやるなら指は大事だろう。先輩もこの時ばかりは、しゅんとした顔でうなずいていた。
途中でトラブルがあったりもしたけれど、無事にご飯も炊け、作ったカレーが完成した。
「……できた! こんな感じでどうです? 先輩」
味見した先輩は、指を押さえつつも「いいと思う」と目を輝かせている。ふたりで盛りつけを終えて、大会の動画でも見ながら食べようということになった。家では具材を小さめに切ったポークカレーを作ることが多かったけれど、先輩が好きなのはチキンカレーらしい。こういうのもなかなか美味しいな、と思って先輩の方を見ると、ちょうど目が合った。
「どうです? 味」
「…………シェフ?」
ゲームをやってるときには見られない、尊敬の混じった眼差しだった。
一杯目のカレーを美味しそうに平らげて、おかわりをしに立っている。
「……すげー、美味しい」
照れているのか、あさっての方を向いて言う先輩に思いがけずキュンとしてしまった。
かわいい。律先輩が、いつか先輩のことを『かわいい』とからかっていたけれど、その気持ちがようやくわかった気がする。いつもつんつんしているから、そのギャップにやられてしまうんだろう。
(また、他の好物も作ってあげよう……)
俺は心の中でそう固く決意して、自分もカレーのおかわりに立った。
「指……大丈夫なんですか」
なにげなく尋ねると、先輩は親指を曲げたり伸ばしたりして様子を確かめている。
「どうだろうな。絆創膏つけてるから問題ないけど、違和感はあるかも。まだちょっと痛いし」
「じゃあ、夜は練習やめた方がいいかもしれませんね……」
「かもな。他のチームの研究するか、あとは……動画とか見るのも参考にはなるか」
「先輩は好きな選手とかいるんですか?」
こういう話をするのは初めてだったけれど、今ならなんとなく答えてくれそうな気がした。
「あー……国内だったら、チームアリゲーターのsigmaとか?」
「去年の世界大会の試合! すごかったですよねっ」
「配信見た?」
「見ましたっ! 1対5の撃ち合いで相手を全滅させたの、鳥肌立ちました」
「あんなプレーができたらいいな、みたいな気持ちはあるかも。あと、個人的に強いなって思ってるのは大山智玄(おおやま ともはる)」
「大山って……カシラゲームズの?」
「あの人、俺の元パートナーだから」
「えっ、新葉高校だったんですか!?」
先輩は「そうそう」と小さく笑って、おすすめの動画を見せてくれる。
知らなかった……。名前を知っているような有名なプレーヤーが、同じ高校の先輩で、しかも小神野先輩の元パートナーだったなんて……。
(そりゃあ、あんなに上手い人が一緒なら、先輩だって自由にやれるよな……)
大山智玄ことharuは、元々別のところから今のチームに移籍したのだが、状況に合わせて使うキャラクターを変えることができる、オールラウンダーな選手だ。どのキャラの特性もしっかりと理解し、練習を積んでいる。先輩と組んでいたときも、きっとヴァイパーと相性のいいキャラクターを使っていたんだろう。
(俺は……。でも、ゆずりたくないしなぁ……)
じつは、俺もルーク以外に使っているキャラクターはあるのだが、先輩のために変えるのは負けたような気がして嫌だった。あのokaPに合わせるなんて、死んでもごめんだ。
(まぁ、先輩もきっと同じように考えているんだろうけど……)
動画の中でharuがキル数を積み上げていく。先輩はカレーの最後の一口を頬張りながら、口をとがらせた。
「……俺は、お前には合わせないからな」
あくまで自分のスタイルを貫くという宣言だった。
「俺だって合わせませんよ」
プロのプレーヤーの話から、俺は、ふと入部初日のことを思い出す。
「そういえば……先輩って、カシラゲームズと契約するんですか?」
「お前……それ、どこで」
「前に、部長と話してませんでしたっけ?」
「ああ、そっか……。いや、契約については話せないことも多いんだけど、高校在学中にどこかのチームには入ると思う。だから……俺にとっては、これが最後の大会」
「秋の大会は出ないんですか?」
「出ないって決めてる。プロのプレーヤーになるよ。ずっと夢だったから」
そう言ってまた頬を緩める先輩が、急に遠い存在みたいに思えて……。
「……まぁ、すぐに追いつくんですけどね」
「出たよ、クソ負けず嫌い」
「当たり前じゃないですか。先輩は俺が公式の場で倒すんですから。……でも、まずは夏の大会ですね」
食器を下げ、皿を洗い始める先輩は心なしか穏やかだった。
「犬桜高校にはリベンジしたいな」
「はい」
「足引っ張るなよ」
「先輩こそ。もう、にんじんの代わりに指切らないでくださいね」
「……っ!」
また殴られるかと思ったけど、カレーの効果なのか、スポンジの泡を服につけられるだけで済んだ。
まぁ、それはそれで嫌だったけど。
「明日からまた練習な。今日は前回の優勝チームの研究」
「はーい。……あ、先輩。明日もカレーなんですけど、好きなトッピングとかあります?」
「…………エビフライ」
エビフライ……!
今ので確信したけれど、どうやら先輩はギャップが相当かわいい人らしい。
「じゃあ、明日はエビフライと目玉焼きでも乗せますか」
「……っ!!」
素直に目を輝かせる先輩に俺は、勝った、と心の中で拳を握る。
(先輩は胃袋をつかめば、意外とちょろそうだぞ……)
ゲームの攻略法を見つけたときみたいに、気分が上がる。
その日は先輩と前回の大会の動画を見てから、おとなしくベッドに入った。
ゲームの中ではまだまだだけど……一緒に生活をすることで、少しずつ先輩と意思疎通が図れてきたような、そんな気がした。
その日は律の店に集まった後、みんなでご飯に行って夜まで遊んだ。別れるときに、チャットのグループをひとつ作った。『新葉高校eスポーツ部』。次に全員で集まれる日がいつになるかはわからないけれど……「またみんなでゲームでもやろう!」という話になった。久々に楽しい集まりだったな、と思う。律と家に帰る途中。ずっとくだらない話ばかりしていたけれど、ふと小神野と神谷――あのふたりの話になって。「久々に会ったけどさ、ぜんぜん変わってなかったね! オカピ先輩といおりん。居酒屋でもずっとケンカしててさぁ……」「あれは、過去一でくだらない争いだったな」前の試合、スナイパーを使って弾を外した神谷に「なんで当てられなかったんだ?」と小神野が素朴な疑問をぶつけたのが始まりだった。次第に言い合いがエスカレートしていった結果、ついにふたりはシュウマイにからしをつけるかどうかでケンカしていた。もう、何でもいいんだろ、それ……。「お酒飲んでたってのもあるかもしれないけどさぁ、まじで笑ったよね」「面白かったな。あれで一緒に住んでるっていうんだから、不思議っていうか」「あれ……玲は気づいてなかった? ふたりの指に、お揃いのリングがあったの」「へっ?」自分の理解の及ばない話に、俺は宇宙空間にいる猫みたいになっていたんだと思う。律が俺の顔を指差して、腹を抱える。「薬指だったから、きっとそういう意味なんじゃないかな」「そういう意味って……えっ、お前まじで言ってる?」「うん。前に一度、配信でも事故ってたからさぁ。指輪つけたままにしちゃって、噂流れてたから知ってはいたんだけど」「まじか……俺、あのふたりが、いちばん仲悪いと思ってたわ……」「不思議だよねぇ。言い合いばっかりしてるくせに、いつも一緒にいるっていうか」律の言葉に、俺はあのふたりのことをもう一度よく思い出してみる。いつからだろう、と思ったが……さっぱりわからなかった。たしかに、ふたりで一緒にいることは多か
「めっっっっちゃびっくりしたね!! まさかオカピ先輩といおりんが野良でやってるとは思わなかった」「だな。サブアカウントはソロでやってて、昨日はたまたまふたりだった、とか……偶然が過ぎるよな」「久々にみんなでできて、楽しかったよねぇ~」俺の部屋。律がジュースを片手に興奮気味に話している。「今度、うちのバイト先にもおいでよってふたりに話してたんだ」「バイト先って……例のeスポーツカフェ?」「そうそう! 店長も現役の選手が来るのは歓迎だって。ふたりが来てくれるなら、イベントでもやりたいよねって話してて」律は大学に通いながら、大学近くにあるeスポーツカフェでずっとアルバイトをしている。カフェが併設されたeスポーツ施設とのことで、ゲーム用のPCがたくさんあり、初めての人でも気軽にオンラインゲームを体験できるらしい。俺もいつも話を聞くだけで、行ったことはなかったから……あのふたりが来るなら顔を出してみてもいいかもしれない、とそう思った。「ふたりとも、いつ来れそうなの?」「来週の日曜日!」「そっか……。じゃ、俺も行こうかな」「まじ!!? 玲も来てくれるの嬉しいんだけど」「そんなに喜ぶことかよ」「ずっと誘ってたのに、来てくれなかったじゃん!!! 当日は萩っちも来るし、笹原部長も来るってさ」「部長も来んの!!?」「彼女ができたから、連れて一緒に来るらしい」「あいつ、彼女できたの!!?」自分でもちょっと思ったけれど、律に「驚くところ、そこ?」と大笑いされた。あの規律にうるさ……厳しい笹原と恋愛なんて、いちばん縁遠いものだと思ってたのに。真面目な性格ではあったから、部内のことに胃を痛めているイメージしかない。「当日、楽しみだね!」そう言って笑う律に、俺は小さくうなずいた。◇◆◇◆◇◆◇大学とインターン先の会社と家、三か所をぐるぐる回っていると翌週の日曜はあっという間にやってきて――。秋晴れ
友達が有名人っていうのは、何だかこう、不思議な感じがする。高校にいるときは、ゲームこそ上手いけれど、ただの部活の仲間って感じで。そいつらを、各種メディアやネットニュースで見る日が来るなんて思ってもみなかった。夏の残暑も落ち着いてきた頃。大学で就活の情報をまとめて家に帰ると、弟・律のにぎやかな声に迎えられた。「ねぇ、玲~!! カシラゲームズ、アジアカップ3位だって!!! もう速報見た?」「まだ。……って、お前もう帰ってたんだ?」「うん。今日はバイト早上がり~。配信見損ねちゃったからさぁー、アーカイブまだ残ってるかな?」「さぁ……どうだろうな?」律は、子どもの頃からゲームで遊ぶのが大好きだ。どちらかというと自分でプレーするのが好きで、誰かのプレーを見るのが好きなタイプではなかったけれど……高校時代の仲間がプロの世界に入ってからは、配信で試合を見たり、チームの情報をこまめに追ったりしているようだった。たまに、小神野や神谷の配信を見に行っては、コメントを残したりしているとか。「あ、そういえば萩っちから連絡来てたよ。『週末、たまにみんなでゼログラやんない?』って」「俊、あいつ今何してんの?」「さぁ……大学とバイトじゃない? 個別塾の先生やってるって言ってたけど」「就職どうすんだろ?」「聞いてみたらいいじゃん」大学4年の今、ありきたりな悩みだけれど、俺は就職先に頭を悩ませていて……。インターンでお世話になっている会社はあるけれど、そこに就職するか、別のところに行くか……。色んな人に話を聞いた上で、今後の進路を決めようと思っていた。「みんなでゼログラやるのさぁ、土曜の夜とかでいい?」律はスマホを片手に、棚からポテトチップスを取り出している。「いいけど」「新マップやってみよ! って話になってんだよねー」楽しげに言うこいつは、高校の頃からちっとも変わってない。悩みもなさそうだし、明るくて、常に人生楽しそうって感じ。…
配信のことで伊織に嫉妬されたあの日は――結局、チームの練習が始まるまでめちゃくちゃにされた。練習が終わった後。ふたりで短い配信をした俺たちは、一緒に住んでることをみんなの前で明らかにした。俺はファンの子たちから『だと思った』『デレデレしてるね』なんて、とんでもなくからかわれることになったけど……俺たちはカシラゲームズの同居組と名づけられ、新たに一定のファンを獲得した。そのうち、俺たちのやりとりは色んな意味で注目を集めるようになって――。久々にチーム5人で練習配信をしたときには、何だか懐かしい気持ちになった。「伊織。工業団地攻めるのに挟み撃ちにするから、給水塔の上に場所取って」「……は? サイレンなのに?」「サイレンでもヴァイパーでも給水塔の上が強いのは一緒だから」「ていうか、アップデート入ってからは向かいの建物の方が強くね?」「おー。やるなら、後で表出な」「望むところ」「いや、その議論は今いらんて……」「始まったよ、同居組の『どっちのポジションが強いかバトル』」防衛隊のノヴァ、ゼノふたりが呆れたように呟いている。コメント欄を見ると『またプロレスかw』と視聴者たちが盛り上がっていた。ハルさんがスナイパーで敵をひとり撃破して、「あとは頼んだっ!」と俺たちに向けて発信する。「伊織っ!! さっさとドローン出せって!!!」「出したからもう!!! 車の陰にひとりいるんだよっ!!!」「それ、今殺ったから!!!」「え、倒したの俺じゃない?? 悠馬より俺の方が強いし」「お前、本気で言ってんのそれ」「仕事は早いんだけど、うるさいんだわ……まじで……」ハルさんが呆れたように言って、敵の消えたフラッグのエリアに乗り込んでくる。配信を見ている人たちも『うるさい』『本当にそれw』と便乗していた。同じチームでプレーするようになって、そろそろ1年が経つ。こうしてプロの世界でプレーするようになっても、俺たちが仲間になると賑やかなのは
伊織と同じ部屋に住むことになった。特に、何か大きなきっかけがあったわけじゃない。話を切り出されたのは、ある日突然って感じだった。「前にした約束って、憶えてる?」「そろそろ……一緒に住まない?」ちょうど、カシラゲームズに移籍して半年が経った頃だった。そう言われた俺がどれだけ嬉しかったかなんて……伊織には絶対にわからないだろう。高校のとき。合鍵を断ったあいつが言い放った言葉を、俺はずっと忘れられずにいた。『先輩より多くの賞金稼いで……先輩を俺の家に住まわせるので』。稼ぐ賞金の額で伊織に負けるつもりなんて、さらさらない。だけど、「いつかそうなったら嬉しいな」という気持ちだけは持ち続けていて――。『一緒に俺の家に住んでよ』なんて言われた日には心臓が止まるかと思ったし、その日の夜は嬉しすぎて一睡もできなかった。我ながら単純だとは思う。それでも、俺にとっては心の底から嬉しい出来事だった。好きな奴と四六時中、一緒にいることができる――。そのふわふわとした幸せは、新居に移ってからもずっと続いているようで。ゼログラのワールドチャンピオンシリーズ、ZGWSプロリーグ予選が春に始まり、昨日の夜はその振り返り配信を個人でしていた。雑談も交えて話していたとき、視聴者のひとりが急に変なことを書き込んできた。●引っ越してからyuma、ずっと何か嬉しそうだよねそんなコメントが目に留まったけれど、普通にスルーしようと思っていた。それなのに――。●それな●機嫌がいい気がする●すぐ怒んなくなったよね●幸せそう●何かいいことでもあった?●口元ゆるんでるぞみんなその話題に触れたかったらしく……何故か盛り上がるコメント欄。「べつに……そんなことないけど」否定したにもかかわらず、流れるコメントは止まることがなくて――。●ひとり暮らし?
「うわっ……これ、PCの配線やばすぎね?」「2台分だもんなぁ。繋ぐだけならいいけど……掃除できんのかな、これ」「って、なんかインターホン鳴ってない?」「鳴ってる! ソファー届いたかも」引っ越しは、世界大会の予選が終わった5月の連休にした。その日は朝から慌ただしくて……午前中から悠馬の荷物の運び込み、午後からは俺の荷物と家具が届くようなスケジュールだ。「悠馬、ソファーってここでいい?」「もうちょい手前~」業者の人にお礼を言って、設置までしてもらう。まだ何もないリビングだけど、テーブルとソファーが揃えば何だかそれっぽくなるから不思議だった。「こうやって見ると、テレビも欲しくなるかも」「でっかい画面でゲームやるのも楽しそうだよなー。映画とか観るのもいいし」「悠馬も映画とか観るんだ」「そりゃあ、見るよ。アニメも観るし」「ちょっと意外かも。一緒にいるとき、観てたこととかなかったから」「たしかに、伊織といるときは話したり、ゲームしてたりすることの方が多かったかも……」「じゃあ、新しいの買ったら、一緒に観る?」「いいね。注文しよ」ネットで良さそうなテレビとテレビ台を見つけた悠馬が、さっそくスマホで情報を送ってくる。新居の入居にかかる費用と引っ越しの費用、家具の購入にかかった費用……。銀行の預金残高を思い浮かべつつ、ざっと計算しようとしたけれど――途中から具合が悪くなってきたので、やめることにした。(使った分は、また頑張って稼げばいいわけだし……)そう言い聞かせて、ゲーム部屋の作業に戻る。部屋に入ると、悠馬が待っていて「こっちこっち」と手で招かれた。PCの電源がついていて、配信で使うカメラがオンになっている。「配信用の画面、今のところこんな感じなんだけど……。ドアとドアノブが映ると、家がバレる気がしない?」「うわっ、たしかにそうかも……!」盲点だった。