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第2話

作者: ウェン・ジー
私は目に涙を浮かべながら、心の中で歓喜していた。

それから半年後、神医館に一人の孤児がやってきた。

不憫に思った私は彼を引き取り、その生命力が川の水のように逞しく尽きることのないよう願いを込めて、阿沛(あはい)と名付けた。

阿沛はとても聞き分けの良い子で、聡明でもあり、何を教えてもすぐに覚えられる。

彼は来る日も来る日も、私や兄弟子の後をついて回り、薬草の見分け方や医術を学んだ。

しかも、「母上こそが僕の本当の母上です」と言って懐き、よく私の肩を揉んでくれたり、美しい花を摘んで贈ってくれたりした。

日々は、このように心安らかに過ぎていった。

ある日、山を下りていた兄弟子が戻り、興奮気味に私に告げた。私が崖から飛び降りて「溺死」したことになっているこの一年の間、陸則聞は息子を連れて私の遺体を捜し続け、さらにずっと喪に服しているというのだ。

私は滑稽でならなかった。

「私は彼の母親でもないのに、何を喪に服す必要があるの?」

兄弟子がさらに何か言おうとした時、彼の幼い弟子である阿肆(あし)が伝書鳩を抱えて駆け込んできた。

「師匠!辺境の軍医が不足しています。大将軍が我々に支援を求めています!」

最近、辺境では再び戦が始まっており、軍医は常に人手不足だ。

しかも、我々のような隠遁した医者にまで助けを求めてくるということは、よほど切迫した状況なのだろう。

国家の危機に際しては、民とて責任を負うものだ。

私は総大将が誰であるかなど気にも留めず、即座に兄弟子たちと共に山を下り、支援に向かった。

激しい戦が終わったばかりの軍営は、苦痛に満ちた哀号で溢れかえっている。

私は顔に覆い布を着け、夢中で負傷兵の治療にあたった。

阿肆や阿沛も手分けして救助に回っていたが、しばらくして阿肆が私の元へ駆け寄り、大声で訴えた。

「師叔(ししゅく)(自分の師匠の先輩、或いは後輩のこと)!あっちで腕を折って大出血している兵士がいるのに、軍医が骨つぎもできなくて、しかも患者を厄介者扱いしているんです。早く診てあげてください!」

私は眉をひそめ、何も言わずにその負傷兵の元へ歩み寄ると、手早く彼の腕の骨を繋いだ。

すると、負傷兵の隣に立っていた屈強な男が激怒し、横柄な態度をとっていた軍医を指差して怒鳴った。

「お前、医宗の宗主の愛弟子じゃないのか?他の者は骨つぎができるのに、なぜお前はさっき『こいつの腕はもう使い物にならない』などと言ったんだ!」

医宗(いそう)と申す宗派の宗主(そうしゅ)を務めるのは、まさに私の師匠なのだ。

しかも、師匠が最後に弟子入りを認め、すべての奥義を継承させた関門弟子(かんもんでし)って、他でもない私なのに。

不審に思うと、その軍医は口達者で、すぐさま言い訳をした。

「できないわけではないわ。このような些細な怪我は私が手を下すまでもないと言ったのよ。ほら、私の部下が治したでしょう!」

その声には聞き覚えがあった。たとえ灰になっても見間違えることはない。姜晚だ。

彼女は錦の着物を纏い、その上から白い狐毛の外套を羽織り、頭には金色の簪を何本も挿していた。まるで自分が深窓の令嬢であることを周囲に誇示するかのように。

私は眉を固く寄せた。まさかこんな場所で彼女に遭遇するとは思ってもみなかった。

しかも彼女は、医宗の人間、それも「関門弟子」を偽装しているのか?

私の十数年の令嬢としての身分を奪っただけでは飽き足らず、もう一つの身分まで奪おうというのか。

私の心の中に彼女への恨みなどとうになかったが、事実は正さねばならない。

「私は彼女など知らないし、彼女の部下でもない」

姜晚は怒りに満ちた目で私を睨みつけ、低い声で恫喝した。

「言っておくけれど、私の父は皇帝を補佐する丞相(さいしょう)で、許嫁は大将軍なのよ。私に逆らって無事でいられると思わないことね。大人しく言うことを聞きなさい!」

許嫁?

私は少し驚いた。私が「死んで」から一年も経つのに、あれほど彼女を愛していた陸則聞は、まだ彼女と結婚していなかったのか?

その時、遠くから騒がしい声が聞こえてきた。

顔を上げると、二人の子供が地面で取っ組み合いの喧嘩をしているのが見えた。

一人は身なりの良い頑丈そうな子供で、もう一人は阿沛だ。

私は顔色を変え、急いで駆け寄って二人を引き離すと、阿沛を抱きしめて怪我がないか全身を確かめた。

「大丈夫?怪我はない?」

阿沛は私を見つめ、涙をこらえて強情な顔をしている。彼は幼い頃から孤児だったため、めったに衝動的に手を出したりはしない。よほど悔しい思いをしたに違いない。

「僕は大丈夫。母上に心配かけてごめんなさい」

私が口を開く前に、低く冷たい声が頭上から降り注いだ。

「そこの御婦人、なぜ貴殿の息子は我が子を打ったのだ?」

心臓が大きく跳ねた。私は阿沛を胸に抱き寄せたまま、顔を上げて陸則聞を見た。

彼は冷たい光を放つ甲冑に身を包み、全身から血の臭いと殺気を漂わせている。

一年ぶりに見る彼は、以前よりかなり痩せ細り、やつれていた。その美貌はまるで骨を削いだかのように研ぎ澄まされ、さらに際立っていた。

私と彼が視線を合わせた瞬間、彼は凍りついたように立ち尽くし、呆然と呟いた。

「北梔……」

心臓が激しく早鐘を打った。これほど容姿が変わった私を、彼が一目で見抜くとは思いもしなかった。

私の声色も変えているし、体型も以前、陸家の家政を取り仕切って痩せ細っていた頃とは違い、ふっくらとしている。

その上、顔には覆い布まで着けているというのに、どうして私だと分かったの?

阿沛は、まるで罠にかかった狼のような目で、歯を食いしばりながら松松を睨みつけていた。

「母上、あいつが先に僕を『野良犬』って罵ったんだ!」

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