LOGIN元夫の碓氷海斗(うすい かいと)と再会したのは、彼がうちの病院に、新しい院長として赴任してきた時だった。 海斗は昔、私の親友の嘘のせいで私の気持ちを何度も誤解した。結局、その女が原因で、私たちは離婚することになった。 副院長である私は、退勤時間まで海斗と何事もなく過ごした。 夜、看護師長がある知らせを持ってきた。 「副院長、今夜、市医学会が交流パーティーを開くそうです。どの病院のトップも参加されるそうですよ」 看護師たちが参加するかどうかで盛り上がる中、私も行こうと返事をしかけた。その時、海斗が突然医局の入口に現れたのだ。 「副院長、君は参加しなくていい。今夜は残って、病院の再編案をまとめるんだ」 みんなが見ている前で、海斗は私を院長室に呼びつけた。 デスクの後ろに座った海斗は、冷たい目で私を見つめると、こう言った。「他の者は行ってもいいが、君は残れ。 もし今夜、パーティーに顔を出したりしたら……どうなるか、分かってるな?」
View More「でも、瑠衣が急に訪ねてきて、辞める前に気持ちを伝えたいって言ってきたんだ。俺は断ったよ。だって、俺の心には君しかいないから。でも君は、その一部分だけを見て、誤解してしまったんだ」私は顔を上げて海斗を見た。「じゃあ、どうしてこの3年間、何も説明してくれなかったの?」海斗は力なく笑った。「俺も、怒ってたからだ。信じてくれないことにも、説明させてくれないことにも、腹が立ってたんだ。でも一番腹が立ったのは自分自身さ。どうして、すぐに君を追いかけなかったんだろうってね」私の涙がまたこぼれ落ちた。海斗はそっと私の涙をぬぐった。「もう一度、チャンスをくれないか?もう一度アプローチさせてほしい。そして改めて俺の気持ちを証明させてくれ。今度こそ、君を誤解させたり、悲しませたりはしないから」私は海斗の目を見つめた。その瞳は、真剣な思いと期待に満ちていた。「海斗、知ってる?この3年間、私、すごく辛かったんだよ。難しい症例を見るたびに、あなたと一緒にカルテを検討した日々を思い出してた。手術が終わるたびに、いつも癖で振り向いてたの。あなたに話したくて。でも、あなたはもういないのにね」海斗は私の手を強く握った。「ごめん、全部俺が悪かった」「ううん、私にも悪いところがあったの」私は首を振った。「私が意地っ張りすぎたんだわ。あの時、ちゃんとあなたの説明を聞いていれば……」海斗は私の言葉を遮った。「『もしも』の話はよそう。大事なのは、今、俺たちにはまだチャンスがあるってことだ」その時、看護師がドアをノックして入ってきた。「伊藤先生、救急から重体の患者さんです。診察をお願いします」私が立ち上がると、海斗もそれに続いた。「俺も一緒に行く」廊下を、私たちは並んで歩いた。今度はもう、院長と副院長という関係じゃなかった。もう一度やり直そうとする、二人の男女だった。「美優」と、海斗が不意に私を呼んだ。「ん?」「今度こそ、もう君を手放さない」海斗の迷いのない瞳を見ていると、私の心にふと温かいものがこみ上げてきた。もしかしたら、これが、もう一度やり直すってことなのかもしれない。私は、元の病院に戻ることにした。それは海斗のためじゃない。ただ、ここには私が一番よく知っているもの全てがある
「え?」と思わず、私の手が止まった。「M国へ研修に行くことになって、出発する前に、海斗さんにちゃんと言っておきたかったの」「何をちゃんと言うって?」「海斗さんへの気持ちよ」瑠衣は力なく笑った。「でも、断られちゃった。彼の心の中には、最初から最後まで、あなた一人しかいないって」私の手は震え始めた。「何言ってるの?」「USBメモリに、防犯カメラの映像が全部入ってるの。本当に見たくない?」私は黙って、瑠衣の傷の手当てを続けた。「USBメモリは私のバッグの中にあるから」瑠衣は言った。「持って行って、見てみて」私は受け取らなかった。「もういいの」「伊藤さん、そんなに海斗さんが憎いの?真実を知ろうともしないなんて」医療器具を片付けていた手が、ぴたりと止まった。「憎んでるんじゃないの。ただ、もう疲れちゃったの。この何年間、ずっと憶測して、疑って、不安で仕方がなかった。もうこんな思いはしたくないの」瑠衣はため息をついた。「この3年、海斗さんがどんなふうに過ごしてきたか知ってる?難しい症例を見るたびに、彼は無意識にあなたと相談したがってた。手術が終わるたびに、彼はいつもの癖で振り向いて、あなたと喜びを分かち合おうとしてた。でも、もうあなたは隣にいなかった」私の目の奥が熱くなった。「もうやめて、それ以上言わないで」「あなたがいなくなってから、海斗さんは3日間も院長室に閉じこもってたのよ。あの日、屋上で、彼が私を断った時に言ったの……」「二宮先生!」私は瑠衣の言葉を遮った。「終わったことは、もういいじゃない」それでも瑠衣は続けた。「海斗さんは、生涯で愛した人はあなた一人だけだって言ったの」これ以上聞きたくなくて、私は背を向けて病室を出た。でも、瑠衣の言葉はまだ聞こえてきた。「伊藤さん、誤解が、一生の後悔になるなんて、そんなの間違ってる」医局に戻ると、USBがこっそりポケットに入れられてることに気づいた。何度もためらったけど、結局あのUSBメモリを手に取った。パソコンに差し込んで、動画ファイルを開く。画面には、屋上の端に立つ海斗と、彼に歩み寄る瑠衣の姿が映っていた。「海斗さん、私、M国に行くの」「ああ、頑張ってこい」「行く前に、言っておきたいことがあるの。知っ
そんなある日、病院の廊下で見慣れた姿を見かけた。海斗は看護師ステーションの前で、カルテをめくっていた。「伊藤先生、碓氷院長と知り合いなんですか?」そばにいた看護師が小声で聞いてきた。「うちの病院との提携の話で、いらっしゃったみたいですよ」私は首を振ると、その場を離れようと背を向けた。「美優」背後から、海斗の声がした。私は足を止めたが、振り向かなかった。「何か御用でしょか」「話がある」「お話しすることはありません」しかし海斗は、すでに私の目の前まで来ていた。「昼食に付き合え」それは、有無を言わせない口調だった。私は顔を上げて海斗を見た。「私たちはもう……」「両院の提携プロジェクトのためだと思えばいい」海斗は私の言葉を遮った。その理由では、断れなかった。お昼に、私たちは病院近くのレストランで会った。海斗は相変わらず優雅だった。スーツを着こなし、その立ち居振る舞いには、大人の男の魅力が溢れていた。「最近、どうしている?」海斗が尋ねる。私は頷いた。「元気よ」「二宮先生は、どうしているの?」思わず聞いてしまった。海斗は箸を置いた。「本当に聞きたいか?」私は笑みを浮かべた。「何となく、気になっただけ」海斗が突然、口を開いた。「あの日の屋上でのこと、本当に真相を知りたくないのか?」「知りたくない」私は海斗の言葉を遮った。「仕事の話でないなら、私はこれで失礼するわ」しかし海斗は、USBメモリを取り出してテーブルに置いた。「これは、あの日の屋上の監視カメラの映像。完全版だ」私は鼻で笑った。「今更こんなものを見せて、何の意味があるの?」「意味はあるさ」海斗は私の目をまっすぐ見つめた。「君は、自分が見たい部分しか見ていなかったからな」私は立ち上がった。「海斗、もうやめて。あなたたちの間に何があろうと、私には関係ない。もう終わったことだから」海斗も立ち上がった。「だが、俺は君に真相を知ってもらう必要がある。美優、君は本当に、俺が君を裏切ると思ったのか?」私は海斗を見つめた。「じゃあ、教えて。どうしていつも、困ったことがあると真っ先に二宮先生を思い浮かべるの?どうして彼女から電話一本で、あなたは何もかも放り出して駆けつけるの?私が一番あなたを必要としている時
「瑠衣と俺は……」「言ったでしょ、言い訳は聞きたくないって」私は海斗の手を振り払った。「海斗、知ってる?この3年間、ずっと考えてたことがあるの。もしあの時、あなたを信じすぎていなかったら、こんなに苦しむことはなかったのかなって。もし、もっと早く本当のことに気づいていたら、こんなに辛い思いをしなくても済んだのかなって」海斗の眼差しが、急に複雑な色を帯びた。「君が見たものが、本当に真実だと思うのか?」私はバッグを手に取り、立ち上がった。「真実かどうかは、もうどうでもいいの。さようなら、院長」私が部屋を出ようとした、その時。克哉が慌てて飛び込んできた。「大変です!救急に重篤な患者さんが運ばれてきて、緊急手術が必要です!」私は思わず聞き返した。「どんな状況?」「大動脈解離です。非常に危険な状態です」海斗がすぐに言った。「俺が手術の準備をする」でも克哉は首を横に振った。「患者さんのご家族が、副院長に執刀してほしいと指名されています。以前、副院長に患者さんのお父さんを救っていただいたそうです」私は凍りついた。こんな状況で、断るなんてできるはずもなかった。「わかった。すぐに向かうわ」海斗が後を追ってきた。「俺が助手を務める」手術室で、私たちは再び隣に並んで立った。でも、今回は前回よりもずっと危険な状況だった。一分一秒が、患者の命を左右する。手術が佳境に入った時、患者の血圧が急に下がり始めた。私が何か手を打とうと思った瞬間、海斗はもう必要な器具を私の手元に差し出していた。その阿吽の呼吸に、ふと昔に戻ったような錯覚を覚えた。あの頃の私たちも、こうやって心が通じ合っていた。6時間後、手術はなんとか成功した。私はマスクを外し、疲れきって壁にもたれかかった。「美優……」海斗がそっと私の名を呼んだ。「そんな風に呼ばないで」私は言った。「これが、最後のオペよ」「本当に行くつもりか?」私は海斗を見つめた。「海斗。ねえ、どうして私たちはこんな風になっちゃったのかな?」海斗は長い間黙っていたけど、やがて口を開いた。「俺たちが、二人とも意地っ張りすぎたからだ。君はいつも俺の説明を聞こうとしないし、俺も言葉にするのが下手だった」私は力なく笑った。「今さらそんなこと言って、何