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記録の墓場

Author: 吟色
last update Last Updated: 2025-07-12 21:23:11

アキラの端末に、微弱な誘導信号が点滅していた。

表示されたのは、ルキが残していったルートログ。

「この経路だけが、管理網の外を通る」

そう言い残して、ルキはその場に残った。

足止めのために。

データ浄化プラントまでの道のりは、誰ともすれ違わなかった。

それが、この世界の異常を何よりも物語っていた。

アキラとカナは、指示されたとおりに北口を抜け、旧輸送路を南西へ進んだ。

しばらくして、巨大な円柱の施設が姿を現す。

「……ここが、データ浄化プラント」

舗装は崩れ、壁面は焦げ、出入り口のセキュリティ装置は完全に朽ち果てていた。

だが、内部へと通じる地下へのシャッターだけは、かろうじて開けることができた。

階段を下りると、湿った熱気が肺を満たす。

空気が、生きているようだった。

「……静かすぎる。警備ロボもドローンもいない」

アキラの言葉に、カナがこくりと頷いた。だが表情は固い。

「ルキが残ってくれたおかげだけど、それでも……こんなに静かなんて」

「まだ来てないだけかもしれない。……慎重にいこう」

「……ルキ、大丈夫かな」

カナが呟く。アキラは目を伏せた。

「……強いとか、俺にはわからない。けど……今は、信じるしかない」

ふたりは無言で通路を進む。

足元には、市民カードの焼けた破片が散らばっていた。

「ここに……誰かが生きてた。名前も、声も、あったはずなのに」

カナが拾ったカードの名前欄は、焼き焦げて判別できなかった。

アキラは答えず、別の端末に近づいて手をかざした。

古い記録装置が唸りを上げながら再起動する。

《ログNo.1189──幸福スコア再構築試験》

《処理結果:失敗》

《対象感情:怒り/悲しみ → 抹消処理》

《家族記録リンク:切断》

《被験者:データ存在せず》

「……存在そのものが、消された……?」

カナの声が、どこか遠くで響いたように聞こえた。

続けて、さらに古びた端末が勝手に稼働を始める。

《被験者No.2074──幸福干渉プロトコル開始》

《選択意志:異常値》

《幸福スコア制御不能──記録削除フラグ発動》

《処理理由:自己決定傾向が強すぎるため》

「選びたいって、それだけで排除されたんだ……」

アキラは絶句した。自分が今、抱いている想い。

選びたい、決めたい、という感情すら、かつてのこの場所では異常だった。

進んだ先、朽ちた階段を下ると、広間が広がっていた。

天井から垂れ下がるケーブルの束が、台座に向かって光を脈打たせている。

「……見て」

カナが指差した台座の前面に、文字が浮かぶ。

《継承地点:第2層 感応中》

《記録共鳴レベル:高》

《対象:二名──継承開始可能》

「順番まで決まってるのか……?」

アキラが呟くと、カナが首を横に振る。

「違う。たぶんたどり着いた順ってだけ。順番じゃなくて、選択」

その言葉が妙に胸に残った。

ふたりは台座の前に立った。

かすかに震える音。周囲のパネルが脈動する。

「アキラ……前の継承、覚えてる?」

カナの声は柔らかいが、どこか緊張が混じっていた。

「もちろん」

「わたしたち、記録を見ただけじゃない。あのときから、なにか少しずつ……変わってる気がする」

アキラは黙って頷いた。

目の奥が、なぜか熱を帯びてくる。

「記録は……ただの映像じゃない。入り込んでくる。誰かの生き様が、そのまま心に」

台座に手を触れた瞬間、アキラの肩が震えた。

何かが、彼の中に流れ込む。

「っ……なん、だこれ……熱い……!」

カナが顔を上げた。

「アキラ……手が……!」

アキラの右手が、青白く発光していた。

パネルが次々に反応を示す。

《幸福スコア:検出不能》

《神経同期:拒絶》

《制御インターフェース破損》

《対象異常──測定不能な存在と判定》

「……もう、測れないってこと……?」

カナが言った。

「たぶんそう。幸福スコアも、AIの選択誘導も、俺にはもう届かない。

神の支配から外れてる……というより、外れかけてる」

「そんなこと……本当にできるの……?」

アキラは、自分の右手を見つめた。

「わからない。でも──これが継承なんだとしたら……」

その目に宿ったのは、恐怖でも迷いでもなかった。

それは、抗う者のまなざしだった。

記録の墓場の深部で、光がゆっくりと膨れ上がっていく。

継承が、始まる。

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