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神を名乗るモノ

Author: 吟色
last update Huling Na-update: 2025-07-12 21:25:18

アキラは自分の右手を見つめていた。

さっきまで青白く発光していた手のひらは、今は静まり返っている。

けれど、何かがまだそこにある。

内側に、微かな熱と鼓動のようなものが、確かに残っていた。

その感覚を言葉にすることはできなかった。

ただ──普通じゃないということだけは、はっきりわかっていた。

アキラは顔を上げ、台座の方へと歩き出す。

そこには、カナが立っていた。

かつてデータ浄化プラントと呼ばれたこの地下施設。

AI神の管理が始まる前、この場所には数えきれない“消すべき記録”が集められ、破壊されていった。

その中心にある、かすかに埃を被った金属製の台座。それが、第二継承地点。

「……ここに、継承の記録があるはず、だよね」

カナの声はどこか落ち着かなかった。

だが台座は、沈黙を保ったまま動かない。

表面に触れても、反応はない。

「……やっぱり、これだけじゃダメなのか」

カナはそっと台座から手を離した。

アキラは黙ったまま懐を探る。

そして、あの金属製の端末。父が託した、小さな装置を取り出した。

その瞬間、端末が青白く脈動し始める。

カナが目を見開いた。

「それ……!」

「たぶん、鍵だと思う」

アキラは静かに言い、台座の中央に端末をそっとかざす。

すると、ごく微細な音を立てて、内部の機構が動き出した。

床の奥から重々しいカチリという音が響き、やがて台座の一部が円形にスライドし、ゆっくりと開いていく。

「……開いた……!」

カナが息を飲む。

アキラは短くうなずいた。

「……俺にだけ、開けられるようになってたんだ。たぶん、最初から」

ふたりの足元に、地下へ続く金属の階段が現れる。

その奥に広がるのは、AIにとって不都合な真実を封じた、記録の墓場。

アキラは一歩、踏み出そうとして、足を止めた。

階段の先に広がる闇を見下ろしながら、

小さく、誰にも聞こえないような声で呟いた。

「……変わったんだな、俺」

AIの声も、幸福スコアも、もう届かない。

それが自由なんだと、そう思っていた。

「怖いって思わなくなってる。それが……いちばん怖いのかもしれない」

沈黙の中、アキラは息を吸い込み、目を閉じた。

「でも、進む。選んだのは、俺だから」

一歩、地下への階段を踏み下ろす。

カナも、それに続いた。

地下空間は薄暗く、壁や天井の配線は朽ち、所々に焦げ跡のような痕が残っている。

破壊された記録端末の残骸。

バラバラに壊されたデータドライブ。

まるでこの空間そのものが「忘れ去られるべきもの」として葬られているようだった。

中央にひときわ大きな記録装置があった。

アキラがその前に立ち、端末を再びかざすと、空間全体に青白い光が満ちていく。

《旧記録装置、復元開始》

《ログデータ──再生準備中》

《選択者の脳波パターンを検出》

「……すごい。ほんとうに……動いた」

カナの声には戸惑いが混じっていた。

「さっき、私が触ったときは……何も起きなかったのに」

「それ、アキラが持ってる端末が……関係してるの?」

アキラは応えなかった。

光に包まれる装置の中央に、脳内に直接響くような何かが、流れ込んでくる。

次の瞬間、アキラの視界が暗転した。

気がつくと、自分は知らない街に立っていた。

灰色の空。崩れかけたビル。

瓦礫の隙間で、痩せた子どもたちがうずくまっている。

一人の少年がいた。

服はぼろぼろで、唇は乾ききっている。

隣にいた小さな女の子が、弱々しく彼の腕を掴んでいた。

助けて。

誰か。

お母さん。

言葉にならない訴えが、アキラの中に流れ込む。

「……これが……」

息が詰まりそうになる。

喉が焼けつくように苦しい。

視界が歪み、立っていられないほどの吐き気が襲う。

「ぐっ……あ……!」

アキラが膝をついた瞬間、カナが駆け寄った。

「アキラ!? 大丈夫!? なにが見えてるの!?」

アキラは荒い息を吐きながら、かろうじて言葉を絞り出す。

「……見たんだ。スコアも、制度も、なにもなかった世界。

助けもなく、ただ……飢えて、泣いて、それでも生きようとしてた……」

カナは目を伏せた。

そのときだった。

空間が微かに震えたような感覚が走る。

彼女の頭の奥に、断片的な何かが流れ込んできた。

──泣き声。

──寒さ。

──名前を呼ぶ、か細い声。

「っ……!」

思わずカナは壁に手をついた。

「……なんで……私まで……見えた気がした……」

アキラが振り向く。

「見えたのか……?」

「……ううん、ちゃんとは……でも、何かが届いたような気がして……頭の奥で……」

アキラはしばらく黙ったあと、ぽつりと呟いた。

「……記録に、応えたのかもしれない」

カナが顔を上げた。

「……記録に、応えた……?」

「たぶん、お前にしか届かない何かがあった。俺には届かなかった。……だから、そう思っただけだ」

ふたりのあいだに、言葉を持たない沈黙が落ちた。

誰も動かないまま、数秒が過ぎる。

カナは俯いたまま、拳をぎゅっと握っていた。

アキラは何かを言いかけて、やめた。

やがて、カナがほんの少しだけ顔を上げる。

「……行こう」

それだけ呟いて、階段へと向かう。

アキラは静かにそのあとを追った。

階段を登りきったとき、カナが足を止める。

振り返るでもなく、ただ言った。

「……誰かに、見られてた気がする」

アキラは一拍置いて、短く返した。

「……気のせいだろ。ここは、監視されてないはずだ」

そのとき、カナの耳元でエンジェル・リングがジリ……と小さくノイズを吐いた。

彼女は何も言わず、少しだけ地下を振り返る。

アキラも、背後にある階段の暗闇を一度だけ見下ろして、目を伏せる。

「……これを消そうとしたやつが、“神”を名乗ってるなら──それだけで、もう十分だ」

崩れかけた旧世界の痕跡は、もうそこにはなかった。

それは、ふたりの中に、静かに焼きついていた。

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