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#33.第八話「正しき立場」③

Auteur: あともす
last update Date de publication: 2026-08-10 19:00:21

 その日の晩。司祭館を抜け出したアーサーは、昼間のトーマスとのやり取りをウルフに報告した。話を聞き終えたウルフは、みるみるうちに顔を紅潮させ、怒りに任せて声を荒げた。

「ふざけるな! 勝手に俺を教会の『慈善の庇護下』に入れるんじゃない! 償いだと? 俺は貴様の教会に施しを受ける筋合いも、頭を下げるいわれもない!」

 普段無口なウルフが、怒りのあまり尾を踏まれた狼のように声を上げ、その怒気が夜の森をざわつかせる。アーサーは子犬のように肩を落とすが、それでも目を逸らさなかった。

「俺は誰の飼い犬でもないのに、貴様は俺の行動に『教会の公的な必要性』という鎖を掛けた。……おかげで、あの代官の監視を正面から受けることになったんだぞ。これで俺の居場所は、かえって危うくなったんだぞ!」

 これまで距離を測られるに過ぎなかったウルフの存在は、アーサーの一言によって、公然と監視の対象へと引き上げられた。静かに暮らしたいという望みからは、最も遠い位置に追いやられたに等しい。

「ごめんよウルフ。君が憤るのも当然だと思う。僕も本当は君

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  • 神父と白い野獣   #33.第八話「正しき立場」③

     その日の晩。司祭館を抜け出したアーサーは、昼間のトーマスとのやり取りをウルフに報告した。話を聞き終えたウルフは、みるみるうちに顔を紅潮させ、怒りに任せて声を荒げた。「ふざけるな! 勝手に俺を教会の『慈善の庇護下』に入れるんじゃない! 償いだと? 俺は貴様の教会に施しを受ける筋合いも、頭を下げるいわれもない!」 普段無口なウルフが、怒りのあまり尾を踏まれた狼のように声を上げ、その怒気が夜の森をざわつかせる。アーサーは子犬のように肩を落とすが、それでも目を逸らさなかった。「俺は誰の飼い犬でもないのに、貴様は俺の行動に『教会の公的な必要性』という鎖を掛けた。……おかげで、あの代官の監視を正面から受けることになったんだぞ。これで俺の居場所は、かえって危うくなったんだぞ!」 これまで距離を測られるに過ぎなかったウルフの存在は、アーサーの一言によって、公然と監視の対象へと引き上げられた。静かに暮らしたいという望みからは、最も遠い位置に追いやられたに等しい。「ごめんよウルフ。君が憤るのも当然だと思う。僕も本当は君の自由を勝手に縛るような言葉を使いたくはなかった。でも、あの場は仕方なかったんだ」 アーサーは一度息を整え、言葉を選びながら続ける。「代官殿は、君を『領民の恐怖の源』として攻撃し、そこから僕を追い詰めようとした。だから僕は逆に、『君は教会の慈善の対象であって、私情ではない』と位置付けた。あれが唯一の論理的な盾だったんだ。……君とルーシーを守るためには」 ウルフはすぐには返さず、低く息を吐いた。怒りは消えていないが、ぶつける先を見失ったように背を向ける。  アーサーはその前に回り込み、真っすぐ目を見て言った。「その代わり、犬の件では譲歩を引き出せた。これは時間稼ぎだ。僕たちには、まだやるべきことがあるはずだろ」 胡坐をかくウルフの膝に置かれた大きな手に、アーサーはそっと自分の手を重ねる。「今のうちに体調不良の本当の原因を突き止めよう。流浪人の呪いでも、バートンの警備犬でもないと証明できれば、君への干渉の口実は消える」 ウルフは一瞬その手を見下ろし、わずかに眉をひそめた

  • 神父と白い野獣   #33.5.八話の補足:何故、流浪人ウルフの存在が自治体レベルで揉めるのか

     今回はこの作品を読むに当たって、非常に野暮な話をします。  真面目に話すと、そもそも論で本編を読む邪魔になるので「こまけぇことは良いんだよ!」と、話の展開を純粋に楽しみたい方は、ここで解説を読むのを止めてください。  そのくらい野暮な話をします。 よろしいですか?  ここから先は引き返せませんよ?  では〝何故、流浪人ウルフの存在が自治体レベルで揉めるのか〟についての解説をします。 まず。何故、流浪人(定住せず放浪している存在)が忌み嫌われていたかなのですが、以下の理由になります。1.定住共同体の外にいるため、身元保証がない。  中世の村社会では、人は家・土地・主人・教区・隣人集団の中で把握されます。流浪人はそこから外れるので、責任の所在が不明になります。2.治安上疑われやすい。 盗み、暴力、放火、逃亡者、追放者、兵崩れなどと区別しにくい存在でした。3.施しと救貧の負担になる。 教会や共同体には貧者への施しの義務感がありますが、よそ者まで受け入れる余裕は限られます。4.宗教・道徳面で疑われる。 教区に属していない、礼拝や告解を受けているか分からない、身元不明である、という点が警戒されます。5.災厄の原因にされやすい。 病、家畜の死、盗難、不作などが起きたとき、共同体の外部者は疑いの対象になりやすいです。   現代でホームレスと呼ばれている人たちも、浮浪者と呼ばれて忌避されることがありますので、時代は変わっても不審者への警戒は変わらないと思いますが、今よりも人間そのものに人権が無かったので扱いは酷かったと思います。 そんな不審者と、私生児とは言え(公的には実子だが)貴族であるアーサーが関わるのは、善意とか司祭の慈悲で収まる問題ではありません。

  • 神父と白い野獣   #32.第八話「正しき立場」②

     トーマスはアーサーの論理的な言葉を聞き終えると、わずかに唇の端を吊り上げ、冷たい笑みを浮かべた。「ふむ。流石は我が教え子、司祭殿。理路整然とした弁舌の冴えは健在と見える。領民の動揺の原因を、私の警備犬に求めるとは」 トーマスはアーサーの指摘に対して反論は難しいと判断すると、犬の件は受け流してすぐに別の話題で反撃に移った。「司祭殿、貴方こそが最近、村人の真の不安の種となっているものに不適切な庇護を与えているではないか」 「それは……」 トーマスの言わんとすることを察してアーサーは若干顔色を悪くする。  アーサーの怯んだ隙を見逃さず、トーマスは座ったまま前にやや身を乗り出し、声を一段と落として迫った。「噂の真偽はどうであれ、得体の知れぬ流浪人の存在こそが、体調不良や不穏な噂の源だと、怯えが広がっている。そして先日、あのルーシーという女が毒草を薬に混ぜたと疑われた時、貴方はその流浪人を、護衛か何かのように横に立たせていたではないか。どこの馬の骨とも知れぬ者を、教会の権威の側に立たせるなど、代官としての私の目から見ても見過ごしがたい軽率な行為だ」「……」 痛いところを突かれてアーサーは言葉も無い。  議論を「公務」から「不適切な私的交友」へと切り替えられ、アーサーは今までの議論における優勢を一転させて追い込まれてゆく。トーマスは犬の問題を受け入れるフリをしてアーサーを油断させていた所に流浪人(ウルフ)の存在という、アーサーにとってより個人的で防御しにくい問題を突いて遣り込める手腕は見事で、彼は流石代官を任されるだけはあるだろう。  戸惑うアーサーに対しトーマスは畳みかける。「司祭殿、まずはご自身が連れ添っている『不必要な恐怖』を排除することから始めるべきではないか。それが、目上への敬意を持って私に『指導』を求める、聡明な教え子の振る舞いというものだ」 トーマスは最後に「聡明な教え子の振る舞い」という言葉を使い、目上としての権威をもってアーサーの私生活の欠点を厳しく指摘し、圧力をかけた。この反撃は、公的な治安と私的な交友の境界を曖昧にし、アーサーの立場を非常に危うくするものだった。

  • 神父と白い野獣   #31.第八話「正しき立場」①

     アーサーが犬をモフモフしながらウルフと密談をした数日後。アーサーは村人の数人を連れてトーマス・バートン邸を訪れていた。  代官邸の石壁は昼の光を受けてもどこか冷たく、門をくぐるだけで空気が一段重くなるように感じられる。連れてきた村人たちも、自然と口数が少なくなっていた。(ウルフの汚名を晴らすためにも、僕が出来る事を頑張らなくては) 村に広がる体調不良の原因をウルフが調査している間、彼の動きに代官トーマスの目が向かぬよう、アーサーは自分に出来る問題の対処に取り組むことにした。  今の立場でトーマスに働きかけられることがあるとすれば、やはり森に放たれた犬の件だろう。  村の夜警に犬を導入するなどという重要な話を、村の司祭である自分が知らぬまま進められれば──今後も教会への相談なく物事が決められていくことになる。  それは、いずれ教会そのものが村の運営に口出しできなくなることを意味していた。  信者たちの最後の拠り所を失うわけにはいかない。  そのため、森で犬を目撃した村人を探し出し、本日は証言者として同行させていた。  訪問者一同は、謁見まで通された小部屋で待機させられていた。窓は小さく、光も薄い。壁際に立つ村人たちは落ち着かない様子で手を擦り合わせたり、足元を見つめたりしている。  やがて扉が静かに開き、トーマスの妻、ヘレナ夫人が姿を現した。「お待たせいたしました。こちらへ」 柔らかな物腰でそう告げると、彼女は一同を謁見室へと導く。  重い扉が押し開かれる。  広い室内はよく磨かれているが、どこか冷ややかで、声が響く前に飲み込まれてしまいそうな空間だった。  アーサーが足を踏み入れると、トーマスが椅子から立ち上がり、慇懃に一礼する。「これは司祭様、お忙しい中、すぐにお越しいただき恐縮至極にございます。お先ぶれを頂戴し、すぐにお迎えの準備が整いました」 普段の傲岸さが嘘のような丁寧さだった。  その視線の合図だけで、従者が静かに動き、椅子を引く。  同行した村人たちは別の従者に促され、入口脇に整列させられた。  ア

  • 神父と白い野獣   #30.14世紀イギリスが十倍楽しめる!アッシュワース村ガイド⑦

    ■ 14世紀イングランド:カトリック教会の仕組み(一般的な基礎知識としてのです) Ⅰ.広域の統治機構(中央・階層構造)  イングランド全土を統括する、高位から順に並べた権力構造です。 教皇(Pope):全教会の頂点(ローマ)。 枢機卿(Cardinal):教皇の最高顧問。 大司教(Archbishop):国内教会の長。イングランドではカンタベリーとヨーク。 司教(Bishop):【重要】 地域の絶対権力者。独自の裁判所を持ち、司務の任免権を持つ。 司教次官(Archdeacon):司教の代理。各教区を巡回し、司祭の規律や帳簿を監査する実務の責任者。 Ⅱ.聖職者の階級(オーダー)  一人の聖職者が叙階(任命)によって昇っていく、霊的な位の順序です。 司教(Episcopate):最高位の叙階。 司祭(Priesthood):ミサを執り行い、秘跡(サクラメント)を授ける権限を持つ。 助祭(Diaconate):司祭の補助。 副助祭(Subdiaconate):上級聖職の末端。 下級聖職(Minor Orders):侍者、祓魔師、読師、門番。まだ「司祭」ではない段階。Ⅲ.一般教会の運営組織(村の現場)  村の「教区教会」を実際に動かしている、役割ごとの実態です。 【聖職者側】◎教区司祭(レクター / ヴィカー) レクター:什一税の全額を受け取る権利を持つ「教区の主」。 ヴィカー:レクターの代理として実務を行う司祭。 役割:儀式の執行、村人の魂の管理、および「内陣(祭壇側)」の維持。 教区書記(パリッシュ・クラーク) 立場:下級聖職者。読み書きができる実務者。 役割:典礼の補助(鐘鳴らし、聖水運搬)と、経済的記録(什一税の受領リスト、資産目録)の管理。 【信徒側】 教区委員(チャーチウォーデン) 立場:村人から選ばれる2名の代表。

  • 神父と白い野獣   #29.第七話「噂と兆候」③

    「ウルフ、いるかい?」  彼のテントの近くでアーサーが声を掛けると、テントの中からではなく外から返事が帰って来て驚く。  闇の向こうで、犬の気配がざわりと揺れた。 「なんだ」 「ウ、ウルフ……さん?」  アーサーが森の闇に目を凝らすと、そこにはランプの淡い光の中で、十頭近い犬を周囲に侍らせて座るウルフの姿があり、アーサーはさらに驚きの声を上げた。 「い、犬!? どうしてこんなにたくさん!」 「……ハア」  ウルフは目を白黒させているアーサーを一瞥しては、面倒そうに溜息を吐くばかりだ。 「その犬どうしたの?」 「最近夜になるとやってくるんだ。はぐれて野犬になると危ないから、迎えが来るまでこうやって面倒見ている」 「迎えが来るってことは、まだ野犬じゃないの、その犬達は……」 「いや、野犬というには手入れも躾も行き届いている」 「そう、なんだ……」  アーサーは最初、犬の群れを野犬か何かかと思ったが、ウルフによると飼い犬らしい。どの犬も定期的に手入れされている形跡があり、朝になると迎えが来て一斉に帰ってしまうとのこと。  迎えに来るってことはわざわざ夜の森に放っている人間がいるわけだが、そんな大事な報告をアーサーや教会の人間は一切聞いていなかった。 「犬を森に放すなんて話を、僕は聞いていないぞ。飼い犬なら、そもそもどこの犬なんだ?」 「何だ、何も知らないのか。だとしたらやっぱりアレか」  アーサーが何も聞いていないと知ったウルフだが、他に思い当たることがあるらしい。  ウルフに思い当たりがあったとしても、アーサーにはさっぱりだったので、彼に説明を促した。 「アレって?」 「俺への嫌がらせだ」 「何だって!?」  聞き捨てならな

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