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第835話

Author: 風羽
「九条慕美」

澪安の声には、怒りと戸惑いが滲んでいた。

掴みかかりたい衝動を、ぎりぎりのところで押しとどめている――そんな気配。

しばらく沈黙が落ち、そのあと、彼はそっと顔を背け、まるで子どものように低く言った。

「この数年。ずっと探してた。他の女なんて、いなかった」

それは怒りよりも、悔しさに近い言葉だった。

ほんの少しの後悔と、もう少しの未練。

そして――もし別れなかったらという、残酷な仮定。

慕美は横目で彼を見た。

夜の闇に沈む横顔は、美しく、そして寂しかった。

かつて心の底から愛した男。

思慕の父。

――完全に無関係ではいられない。

だが同時に、彼が胸の内で思っていることも、手に取るようにわかっていた。

――もし別れなければ、どれだけ良かったか。

慕美は小さく、微笑んだ。

ゆっくりと顔を窓へ向け、車窓越しの月を見つめながら言う。

「でもね、澪安。私は今の自分が好き」

声は静かで淡く、けれど揺るぎなかった。

「いろんな場所へ行って、たくさんのことを学んで、世界を見ることができた。もう家であなたを待つだけの女の子じゃない。思慕を守り、育てること
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