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第25話

Author: 匿名
火事だ。

朦朧とする意識の中、清良の心にそんな考えがよぎった。

恐ろしい悪夢からなんとか意識を取り戻すと、鼻をつく煙の匂い。

熱波が徐々に広がり、顔に迫ってくるが、どうすることもできない。もがき苦しみ、椅子ごと床に倒れ込んでしまった。

死ぬのか?

清良は、ぼんやりと考えた。

まだ最後に叔母にも会えていないのに……

それに修も。

この前の結婚式で会った時、自分は修に冷たい態度を取ってしまった。

自分たち親子の間には、いつもそんなぎこちない空気が流れている。20年以上もそんな風に過ごしてきたから、急に仲良くなるのは難しい。

それから……

他に誰がいるだろう?

清良の脳裏に、航の顔が浮かんだ。

航、自分の夫。

航になぜほんの数回会っただけで自分を好きになったのか、ずっと聞きたかった。でも、勘違いだったらどうしよう、自意識過剰だと思われたらどうしよう、と躊躇していた。

もう、機会はないのかもしれない……

火の手が迫ってくるようだ。清良の額に汗がにじみ、絶望感が広がっていく。

空港での別れが航との最後になると分かっていたら……

誰かが飛び込んできた。燃え広がる炎も構わず、清良の前に駆け寄り、縄を解いてくれる。

誰?

智也?それとも怜?やっと自分を見つけてくれたの?

「清良?清良!しっかりしろ、寝るな!」その人は手を伸ばし、焦ったように彼女の頬を叩く。

それは智也でもなく、怜でもなかった。

それは……

航だ。

K市に戻る前、少し後ろめたい気持ちの清良は航に、「一緒に来る?」と聞いてみた。

航は軽く鼻で笑い、「行かない」と冷たく言った。

まさか、来てくれたなんて。

自分を見つけてくれて、助けてくれるなんて。

少し意識がはっきりしてきたが、まだ頭は混乱している。

彼女は航の服の裾を強く掴み、心配そうな彼の視線を受けながら、意識を奮い立たせて聞いた。「航、どうして……どうして私を好きになったの?私たちは知り合ってまだそんなに経ってないのに……」

航は、こんな恐ろしい目に遭った後、彼女がどうしても聞きたいことがこれだとは思ってもいなかった。

腕の中の彼女を見つめ、航の目に諦めの色が浮かんだ。「薄情なやつだな、俺のこと、本当に忘れてしまったのか?」

短い期間で築かれた感情は、確かに疑われやすい。

しかし、二人の出会いは、
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