そして父親はついに闇金から借金をした。 だけどその金額は膨らんでいくばかりで、一切減ることはなかった。
返済するためにお金を借りても、結局返せなくて……。利子ばかり増えてしまって、返すのも間々ならないくらいになってしまった。ある日、父は母親と私を残して首を吊って自殺した。 父親が死んで悲しむ暇もなく、母親もなんとか借金を返すために毎日朝から晩まで必死で働いた。
それでも借金は少ししか減らなくて……。ついには過労で倒れてそのまま亡くなった。そして私は一人になり、家族を失った。 なのに今度は、借金取りが私の所へやってきて、もう限界だった。 家賃を払うのが精一杯で、生活なんて出来やしなかった。
それを助けてくれたのは、爽太さんだった。爽太さんが私を地獄から救ってくれた。
だから私は、爽太さんと夫婦になって、少しでもいい思い出を残したいと思っている。 ニ年間という期限付きなら尚更、楽しい思い出をたくさん残して、爽太さんと夫婦だったことを思い出せるようにしたい。少しでも爽太さんと距離を縮めたい……って、そう思っている。
「紅音!」
「爽太さん……!」
仕事を早く終えた爽太さんと待ち合わせをした夕方17時半すぎ。爽太さんは私を見つけて慌てて駆け寄ってきた。
「すまない。遅くなってしまった」
「いえ、大丈夫です」
初めてデートとした時の緊張感みたいなものが、いつもある。
「さ、行こうか」
「はい」
爽太さんはいつも、どこかに行く時には必ず手を繋いでくれる。 夫婦なら当たり前のことだけれど、それがいつも嬉しく感じるのは、なぜなのだろうか……。
夫婦だからこそ、私たちはこうして夫婦らしいことを出来るのは嬉しい。「紅音、今日メイク変えた?」
「え、分かりますか……?」
確かにいつもよりもメイクを少し変えた。デートということもあり、アイメイクを少し濃いめにしたのだけれど……。
まさか気付いてくれるとは思ってなかった。「もちろん。そのメイクも可愛いよ」
「……ありがとう、ございます」
【可愛い】と言われると、それこそちょっと照れるけど、やはり嬉しい。
「紅音、今日は過ごしやすいな」
「そうですね……。過ごしやすいです」
手を繋ぎながらこうして歩くのは、なんだかそれだけでも幸せに感じる。
「爽太さんの手……温かいです」
「そうか?」
この温もりは、ずっと忘れたくない。……そう思ってしまう。
「紅音、どうした?」
「……いえ、何でもありません」
爽太さんと私は、たったニ年間という期限付きの夫婦だ。それでも私は、このニ年間を大切にしたい。
例えニ年間だとしても、私はその期間を爽太さんと夫婦でいられたことを誇りに思うだろう。「紅音、今日はバイキングに行こうか」
「バイキング……?」
バイキングか……。バイキングなんて、一回だけしか行ったことないな……。
それもいつ行ったかなんて覚えていない。「ああ。加古川からもらったんだよ、バイキングのチケットをね」
「あの、加古川先生から……?」
救命医の加古川先生……。もう名前を覚えちゃった。
「ああ。本当は奥さんと行くはずだったんだけど、奥さんが妊娠中でつわりがひどいみたいでさ。行けないからってくれたんだ。しかも期限、今日までなんだ」
「そ、そうだったんですね……」
だから今日、爽太さんは外でご飯を食べようって言ってくれたんだ……。
「せっかくもらったんだ。たくさん食べよう」
「はい」
バイキングなんて私が行くようなところじゃないと思ってたよ……。「まだ予約の時間まで時間があるな。……ちょっとそこのお店でも見てみようか」
「はい」
私たちが入ったのは、素敵なアンティークショップだった。
雰囲気が素敵で、なんかこう、懐かしい感じがした。「……これ、可愛いかも」
私が見つけたのは、小さなオルゴールだった。 そのオルゴールを見た私は、なんだか懐かしい気持ちになった。
「オルゴールか……」
昔両親から、誕生日のプレゼントにオルゴールをもらったことがあった。そのオルゴールをずっと私は、大切にしていた。
だけど両親が死んでから、私それを捨てた。 思い出すのが辛くなるから。だからわたしは、オルゴールを見ると少しだけ悲しくなる。
「それ、ほしいのか?」
オルゴールをジッと眺めていたら、爽太さんが後ろからそう問いかけてきた。
「あ、いえ……。そういう訳では……」
「ほしいなら、買えばいい」
「……え?」
私は爽太さんの顔を見上げた。
「オルゴール、好きなんだろ?」
爽太さんからそう問いかけらた私は、一瞬戸惑った。
好きなのかどうか、答えられなかった。「貸してみろ」
「え? あ、ちょ、爽太さん……!?」
私手からオルゴールを抜き取った爽太さんは、そのままそれをレジへと持っていってしまった。
「い、行っちゃった……」
そしてあっという間に会計を済ませた爽太さんは、その袋を私に笑顔で「ほら」と渡した。
「あ、ありがとう……ございます」
袋をそっと受け取った私は、それを少しだけギュッとしてカバンの中に入れた。
「……爽太さん。オルゴール、大切にします」
「ああ。 そろそろ行こうか」
「……はい」
私たちはまた、手を繋いでバイキング会場へと向かった。 何十年ぶりのバイキングなのか分からないけど、会場に入っただけでとてもワクワクした。「すごい……」
「すごい料理の数だな?」
「は、はいっ」
まるで子供みたいに、わたしはワクワクした気持ちになった。
「予約した小田原です」
「小田原様ですね。お待ちしておりました」
予約席と書かれたそのテーブル席に案内されたわたしたちは、荷物を一旦椅子の上に置いた。
「俺荷物見てるから、先に取ってきていいぞ」
「え?でも、いいんですか?」
「ああ。なんだ、レディーファーストってヤツ?」
爽太さんはそう言って笑っていた。
「ありがとうございます。では、行ってきます」
荷物を爽太さんに任せて、私は料理を取りに行った。
「どれも、美味しそう……」
サラダにお肉料理、オムレツやカレー、デザートなどのたくさん料理が並べられている。
見てるだけでテンションも上がる気がする。あまり取りすぎても食べ切れない気がしたので、少しだけ料理を取り席に戻った。「お待たせしました」
「え、それだけでいいのか?」
私の料理の乗ったお皿を見て、爽太さんはそう言ってきた。
「あ、あんまり取りすぎて食べられなかったら、あれなので……」
私は遠慮がちに爽太さんにそう答えた。
「食べきれなかったら、俺が食べてやるから大丈夫だ」
「あ、ありがとうございます」
「俺も取ってくる。先に食べててもいいから」
私はそう言われて「分かりました」と答えた。
席を立った爽太さんの背中を少し見つめた後、手を合わせて料理を口に運ぶ。「お、美味しいっ」
何このサラダ!ドレッシングがめちゃくちゃ美味しい……!
野菜も新鮮でシャキシャキしていて、ドレッシングもとてもさっぱりしていて美味しい。 なぜだかぺろっと食べれてしまう。「これも、美味しい……」
オムレツもふわふわトロトロで、生クリームが入っているからコクもあって、ケチャップとの相性が抜群だ。
そして何よりこのローストビーフ。口に入れた瞬間にとろけるような食感で、食べた瞬間に感動してしまうような、そんな美味しさだった。 それにこのローストビーフにかかっているソースも、クリーミーでまろやかでとても美味しい。「どうだ?紅音」
料理を持ってきた爽太さんは、頬張る私にそう問いかけてきた。
「めちゃくちゃ美味しいです。 こんなに美味しい料理、食べたことないです」「そんな、大袈裟じゃないか?」
「本当ですよ! ここの料理、全部美味しいです」
あまりにも美味しすぎて、お箸が止まらなくなるくらいだ。
「そっか、ならよかった。 加古川に感謝しないとな?」
そう言って爽太さんは、ニコニコと微笑みながら食事に手を付けた。
「ん、本当だ。美味いな」
「ですよね? こんなに美味しい料理食べさせてもらえるなんて、私本当に幸せ者です」
私は爽太さんに向かって微笑みを向けた。
「まあ、正確に言うと俺じゃなくて、加古川のおかげなんだけどな?」
「……た、確かに」
元々は加古川先生が行くはずだったものだし、加古川先生に感謝しなくちゃ……。
ありがとう、救命医の加古川先生。「さ、遠慮なく食べるといい。好きなもの持ってこい」
「……じゃあ、遠慮なく」
私はその後、あまりの料理の美味しさにお寿司やパスタ、デザートなど好きな物をとことん食べ尽くした。
そんな食べる姿の私はを見て、爽太さんは「本当に美味しそうに食べるな、紅音は」と言って八重歯を見せて笑っていた。「ごちそうさまでした」
デザートまでしっかりと食べてしまい、お腹いっぱいになってしまった。
それから三年が経った。 相変わらず私たち夫婦は、仲良しでやっている。 莉音もだんだんと大きくなり、だいぶ言葉を話せるようになってきた。 莉音が本当にかわいいのか、爽太さんは莉音にメロメロだ。 それだけではなく、一年後に産まれた第二子の女の子【莉子(りこ)】にもメロメロなのだ。 莉子も間もなく二歳になるところだ。 爽太さん自身男の子がほしいそうだけど、もはや二人の女の子に恵まれて幸せそうなので、もう一人出来たら今度は男の子がいいと言っている。「まーまー!」「どうしたの?莉音」「りこがりおんのえほん、かえしてくれない!」 莉音が莉子に絵本を取られてしまいいじけているが、それを私は「莉音、莉音はお姉ちゃんなんだから、今は莉子に絵本貸してあげなさい」と告げるが、莉音は「やーだー!」と駄々をこねている。「莉音、絵本はいつでも読めるでしょ」「やーだー! いまよみたいのっ!」 最近の莉音は莉子にベッタリな私がイヤなのか、よくこうして駄々をこねるようになった。「莉音、莉子だって絵本読みたいのよ? ママと約束したでしょ?莉子には優しくするって」「だって、さきにえほんよんでたのは、りおんだもんっ!」 これは困った。 こうなると莉音は、なかなか機嫌を直してくれないのだ。「莉音、莉子に貸してあげなさい」「なんでりおんはだめなのに、りこはいいのー?」 莉音も物心が付いてきたのか、最近はこうしてわがままを口にするようになった。 もちろん、ダメなものはダメだと言い聞かせているのだけど、なかなか言うことを聞いてくれない。「りこは妹なんだから、譲ってあげるのは当たり前でしょ」「なんでー? りおんのがさきだったもんっ!」 私はため息を付くと、莉音に「じゃあ、ママが莉音と莉子に絵本読んであげる。 だから一緒に絵本飲むのはどう?」と提案してみると、莉音も諦めたのか「じゃあ、ママがりおんとりこにえほんよんでくれるの?」と聞いてくれるから、「そうだよ。それなら二人で見れるでしょ?」と言ってみる。「じゃあ、ママがよんでっ」 良かった、それで納得してくれようだ。 今日は爽太さんが出張で大阪に行っていていないので、ワンオペなので特に体力が必要になる。「じゃあね、莉音も莉子もママのところに来てね」「はーいっ!」「まーまー!」 莉子も私の元へと走ってくる。「じゃあ
もちろん、今までも幸せだった。だけど今の方がもっともっと幸せだ。 こうしてまた、爽太さんと会えたから。これ以上ないってくらい、幸せになりそうな予感がする。「今まで一人で苦労を背負わせてしまって、すまない。……これからは俺も、ちゃんと父親になるから。前よりももっと、いい旦那になれるように頑張るからさ」 爽太さんからその言葉がもらえただけで、私は充分だった。それでも、幸せだと感じたからだ。「爽太さん……私たちはまだ、親になったばかりですよ。 だから二人で一緒に、手を取り合って支え合って、これからも莉音を立派に育てていきましょうね」「ああ、そうだな。……任せておけ」 爽太さんは、嬉しそうに微笑んだ。「頼りにしてます、パパ」 「パパか……。良し、新米パパ、頑張るか」「はい。私も新米ママとして、頑張っていきますので」 こうしてまた、二人一緒に生きていくことが出来ることを、幸せだと思う。 一年間単身赴任みたいな感じになったけど、またこうして再会出来たから。「……紅音、俺の結婚指輪、まだ持ってるか?」 そう問いかけられた私は「もちろんです。……ここにありますよ、ずっと」とネックレスに付いた爽太さんの結婚指輪をそっと見せた。「……良かった。 ありがとう、失くさずに持っててくれて」「爽太さんも、私の指輪……持ってますか?」「当たり前だ。ずっと持ち歩いてたよ」 爽太さんは私の結婚指輪を同じくネックレスにした状態から取り出すと、それを外した。「……紅音。あの約束、覚えてるか?」 あの約束……。その約束を、忘れる訳がない。「もちろんです。……またプロポーズ、してくれるんですよね?」 帰ったらまたプロポーズしてくれると、爽太さんは約束してくれた。……私はそのプロポーズを、ずっと待ち続けていたのだから。「紅音、愛してる。 これからもずっと、一緒にいよう。今まで以上に大切にすると約束する」「……はい」 そんなの、当たり前だよ……。 ずっと大好きなんだから、爽太さんのこと。この出会いは、私にとって運命なの。 爽太さん以外、考えられない。「紅音、俺ともう一度家族になってください。……今度こそ、ずっと一緒にいる。 もう離れたりしないと、約束する」 爽太さんから結婚指輪を受け取った私は、「……はい。よろしくお願いします」と返事をして、
それから時は過ぎ、一年後ーーー。「さ、莉音(りおん)、ご飯にしようね」 生後半年を過ぎた娘、莉音(りおん)を育てながら、私は莉音と二人で生活していた。 莉音は本当に可愛くて、フニフニしていて、癒やしの存在だった。 だけど夜泣きもひどくて、毎晩夜泣きに悩まされている。 寝る時間もあまりないし、どうしたらいいのかわからない。「美味しい?莉音」 もぐもぐとご飯を食べる莉音のその姿は、可愛くて仕方ない。「あらら……。こぼしちゃダメでしょ」 赤ちゃんの育児をするのって、とても大変で……。一人だと自分の時間もないから、なかなか時間が作れない。「莉音、ご飯もういらないの?」 莉音にご飯を食べさせた後は、私も自分でご飯を食べる。 最近は食事を作る余裕もなくて、コンビニでお弁当とかを買ったりして食べている。「莉音、おねむになった?」 ご飯を食べて眠そうにしだした莉音を抱っこして、布団に寝かせる。「さ、お昼寝しようね、莉音」 莉音の横に私も横になり、子守唄を歌いながら莉音が眠るまで寝かしつけていく。 二年で離婚する予定だった私たちだけど、二年という時を経て本当の家族になれた。 それは離婚したくない気持ちが、お互いにあったからというものあるし、家族になるために努力出来たからだ。 だから私たちは、こうして家族になれた。「はあ、やっと寝てくれた……」 莉音は本当に寝なくて、寝かしつけるのが大変だ。「爽太さん、会いたいな……。何してるかな」 莉音は出産した時は、あまりにも嬉しくて、その感動から涙が溢れた。幸せだと感じたし、とても嬉しかった。 莉音が産まれた後、すぐに爽太さんにも莉音の写真を何枚も撮って送ったりしていた。 爽太さんはとても喜んでくれて、電話もしてきてくれた。私に【出産、おめでとう。お疲れ様】と言ってくれた。 それからはちょこちょこ、爽太さんにも莉音の写真や動画を送ったりしている。 その度にいつも送られてくるのは、私たちへの愛の言葉だった。 【愛してる】とか【早く会いたい】とか【愛おしい】とか、そんな愛のある言葉をたくさんくれた。 私はその言葉をもらう度に幸せを感じて、そして勇気をもらえた。 離れていても心は一つなんだって、そう思えるくらい大切な人……。早く会いたい。 会って、抱きしめて
それから数日間、私たちは二人での時間を過ごしていた。 明後日になったら、ついに爽太さんはイギリスへと旅立ってしまう。 寂しいし、本当は行ってほしくない。ずっと一緒にいたい。 だけど爽太さんとは、これからもずっと一緒にいれるんだ。 愛してる人とずっと一緒にいられる。 それって素晴らしいことだって思ってる。 だから爽太さんのことを信じて、これから私は生きていくの。後はこの子を産むために、一生懸命頑張るだけだ。 赤ちゃんが産まれる瞬間を、一緒に見たかったけど……仕方ない。「……爽太さん、明日、見送りに行ってもいいですか?」「え、来てくれるのか?」「はい。爽太さんを笑顔で、見送りたくて」 私は爽太さんにそう告げると、爽太さんは「ありがとう、紅音」と微笑んでいた。「俺はイギリスに行っても、紅音のことを絶対に忘れないからな。 毎日紅音のことを思いながら、向こうで頑張るよ。後、子供のこともな」「はい。そうしてください」 私は爽太さんから預かった結婚指輪を、ネックレスにして首にかけていた。 爽太さんからの愛の証を、常に身に着けていたいから。「紅音、愛してるよ。これからもずっと」「はい」「一年間、待たせてしまうし、色々と大変な思いをさせてしまうけど……待っててくれるか?」 その問いかけに、私は「当たり前です。だってこの子は、私たちの子供なんですよ?……大切に大切に、育てていきますから」と答えた。「ああ。……帰ってきたら、お前たちをギュッと抱き締めていいか?」「はい、もちろんです。 ギュッと抱き締めてくださいね」 だけど離れてもしまっても、私たちはまた必ず会える。 こうしてお互いを思い合う気持ちがあれば、私は頑張れる。この子と一緒に、爽太さんのことを待つ。「日本に帰ってきたら、赤ちゃんのこと、抱いてあげてくださいね」「いいのか?」「当たり前じゃないですか。 この子の父親は、爽太さんだけなんですよ?」 そう話した私は、爽太さんに抱きついて、爽太さんの温もりを感じた。 「……大好き、爽太さん。愛してる」 明後日になったら、爽太さんはイギリスに行ってしまう。 とても寂しい。 それまで爽太さんの温もりを感じることが出来なくなるから、いっぱい温もりを感じたい。 しばらく抱き締めてもらえないし、キスもしてもらえないから。✱ ✱ ✱
爽太さんがイギリスに発つまで気が付けば残り一週間となっていた。 あと一週間後、私たちは離れてしまう。「爽太さん、もうすぐですね」「ああ。そうだな」 こうしてニ年間一緒に生活してみて、すごく思い出がたくさんあった。楽しいこと、面白かったこと、色々と思い出が蘇ってくる。 泣いたこともあった。辛かったこともたくさんあった。「私、爽太さんのことずっと大好きですから。……離れても、ずっと」「ああ、俺もだよ」 私たちのお互いを思うその気持ちは、これからもずっと変わらない。 私は爽太さんのことを愛している。この子の父親として、爽太さんは必ず帰ってきてくれると言ってくれたから。 待ってる、この子と二人で……。「そろそろ、向こうに行く準備しないとですね」「そうだな。もうそろそろ、やらないとな」「はい」 爽太さんと離れるのは、正直寂しい。本当のことを言うと、離れたくない。 ずっとずっと、一緒にいたい。「もしかしたら紅音のことを、もう少し待たせてしまうかもしれない。……けど、必ず迎えに行くから」 爽太さんからそう言われた私は「約束ですよ?……必ず、迎えに来てください」と言って爽太さんの手を握った。「ああ。 だって俺には、守らなきゃいけないものがもう一つあるからな」 それは私だけでなく、赤ちゃんもという意味だ。「だって私たちの赤ちゃん、ですからね」 大切な大切な、私たちの宝物。この子を守るためにも、私は爽太さんの分まで頑張らないといけない。 この子の成長を見届けて、爽太さんとまた再会した時、笑顔でまた会いたいから……。「帰ってきたら、二人を思いっきり抱きしめたいよ」「……はい。抱きしめて、あげてください」 私たちは、またさらに家族になるんだから。またこうして再会した日から、みんなで家族になるんだから……。「紅音、俺はこれからも、君のことを……。いや、君たちのことを大事にする。今度はこんな風に離れたりしないと約束する」 爽太さんの言葉は、私を強くしてくれる。心の奥まで、温かくしてくれる。「……約束、ですからね」 今度もし離れるようなことがあった時には、私はどうしようもなく、泣いてしまうかもしれないな。「紅音、俺の結婚指輪……持っててくれないか?」「え? でも、いいんですか?」「ああ。持っててほしいんだ、紅音に」 爽太さん
それからというもの、徐々にカウントダウンだけが進んでいった。 確実にその日は、やって来ようとしている。 以前よりもお腹は大きくなっていき、本当に妊娠しているのだという自覚が出てきた。 最近はよく、赤ちゃんがちょっとだけど、お腹の中で動くようになってきた。 その度に赤ちゃんがちゃんと生きてるんだって感じて、なんだか嬉しくなる。私たちの赤ちゃんは、こんなにも元気なんだって感じる。「紅音、お腹……触ってていいか?」「いいですよ」 最近の爽太さんは、よくこうして大きくなってきたお腹を触るのが日課になっている。 そして赤ちゃんに話しかけながら、嬉しそうな表情をしているんだ。「お、赤ちゃん今、動いたな」「動きました?」「ああ、動いた。……すげえ、嬉しいもんだな」 爽太さんは幸せそうに笑みを浮かべながら、そう言っていた。「爽太さんもすっかり、父親の顔になってきましたね」 と言うと、爽太さんは「だって俺、この子の父親だからな」と言っていた。「確かに、そうですね」 爽太さんが父親というだけで、この子はきっと幸せだ。……爽太さんは離れていても、私しとこの子のことを一番に思ってる。 そう言ってくれたから、信じることが出来る。「俺はこの子のために、いい父親になりたいって思ってる」 爽太さんは突然、そんなことを言ってきた。「……大丈夫ですよ、爽太さんならなれます」 私は爽太さんの言葉に、そう返した。「そう思うか?」「はい。……だってこの子の父親に相応しいのは、あなたしかいないんですよ?」 あなただけが私の夫であり、家族になる人なんだから……。 この子の父親として、爽太さんはきっと私たちを幸せにしてくれると信じてる。「そうだな……。俺はこの子の父親、だもんな」「そうですよ。この子もパパが爽太さんだと分かって、きっと喜んでくれてると思いますよ?」 あなたの父親は、とても優しくて心の温かい人なんだって……ちゃんと伝えたい。「そうだといいな。……俺もたくさん、愛してやりたい。紅音のことも、この子のことも。世界一幸せにしてやりたい」「それは嬉しいです。 きっとこの子も、嬉しいと思います」 お腹に手を当て優しく撫でながら、こうやって微笑み合うのももう少しか……。 この一瞬を、この瞬間を、大切にしていかなきゃって思う。爽太さんとは一年間、