Masuk大型連休、私は夫の谷口湊(たにぐち みなと)と旅行に行く予定だった。しかし、湊は今回も急に地方出張が入ったと言い、私との約束を直前になって反故にした。だが、彼の秘書である原田睦月(はらだ むつき)のインスタには二人がビーチで寝そべる写真が上がっていたのだ。 【うちの社長、この前の連休は一緒にお月見をして、今回の連休は一緒に海に来てくれた。次の連休は、どこについて来てもらおうかな。みんな、映える場所教えて!ちなみにうちの社長、かっこよすぎ】 コメント欄もかなり盛り上がっていた。 私は画面を見つめ、冷静にこう書き込む。【役所がいいんじゃない?写真も撮れるし、入籍もできるから】 私がそんな投稿をすると、事情を知る同僚たちが、私が湊と大喧嘩するんじゃないかと勝手に心配して連絡してきた。 すると、私が連絡する前に、先に湊から電話がかかってきた。彼は呆れた声でこう言った。 「こんな些細なことで、いちいち騒ぎ立てやがって。一緒に日光浴くらい何なんだ?出張先で息抜きしちゃいけないのかよ? ただお前と旅行に行けなかっただけだろ?それなのに、大げさすぎ。今すぐさっきのコメントを消せ。睦月がみんなにどう思われるか…… そもそも、俺たちはもう入籍してるんだから、これから一緒に過ごせる休日なんて腐るほどある。次の休みは付き合ってやるからさ」 この言葉、今までにどれだけ聞いただろう。私は皮肉な笑みを浮かべた。 次なんてもうないのに。 連休が終われば、離婚届受理証明書が手元に届くのだから。
Lihat lebih banyak隆はまるで湊に見せつけるように私の手を強く握りしめると、満面の笑みを浮かべた。湊の顔から血の気が失われていく。「ふざけるな!」彼は隆を指さし、半狂乱になって叫んだ。「瑠衣と離婚することになったのは、お前が何か吹き込んだからだろ?卑怯者!俺と正々堂々勝負しろ!」隆は笑いながら、二人で繋いだ手を掲げる。「もうそれは過去の話ですよね?それに、僕たちは既に付き合ってるから、勝負する意味なんてないと思いますが。それに、瑠衣と会って一度きりの僕にすら勝てないなら、8年連れ添ったあなたには、もはや勝機なんてないんじゃないですか?」湊は言葉を詰まらせた。ただ、その場に立ち尽くしている。8年という歳月がゴミのように捨てられる、その絶望を湊もようやく思い知ったのだろう。湊が何かを言い返そうとしたその時、彼のポケットでスマホが鳴った。秘書からの電話だったらしい。湊は電話に出ると、相手の言葉も聞かずに言った。「来月には会社を移転させる」そう言って、湊は挑戦的な視線を私に向けた。移転先の住所を湊が言おうとした途端、電話の向こうの秘書がパニック状態で叫ぶ。「移転なんてしてる場合じゃないです!社長、早く戻ってきてください!こっちは、大変なことになってるんですから!」そう言われた湊はその電話を切ると、悔しげな表情を浮かべながらも、その場から立ち去っていった。後で聞いた話によると、睦月が湊の会社から巨額の資金を持ち逃げし、会社のキャッシュフローが完全にストップしてしまったのだという。睦月は、誰もが知る湊のお気に入りであり、全幅の信頼を置かれていたので、彼女が会社の金に手をつけても、誰も疑わなかったらしい。でも、資金を凍結するチャンスもあったにはあったのだ。睦月が銀行で送金手続きをした際、一度だけ審査に引っかかっていた。その時点で通知が来ていたのだが、その時期、湊は丸1か月も会社に顔を出していなかった。その前にも、チャンスはあった。それは、睦月が適当なことを言って、湊に真っ白な紙にサインをさせていた。そして、彼女はそのサインを悪用し、委任状を偽造していたのだった。そんなことがあり、審査に引っかかっていたお金は、1日後にいとも簡単に睦月の口座に振り込まれたのだ。今の会社はもう形だけだった。借金の催促に苦情の山。さらには、取引
「あなたを恨んでなんかないよ」だが、湊に期待させるわけにはいかない。私は淡々と言った。「でも、もう愛してもいない。正直に言うね。今のあなたは私にとって過去の人でしかないの。あなたがどれほど苦しんで、悲しんで、後悔して、私を愛そうが、もう私には関係ない。だからね、湊。もう連絡してこないで」しかし、湊は諦めきれず、激しく首を振った。「そんなこと信じない。そんな薄情なこと、お前がするはずがない」彼が未練たっぷりに食い下がるのは目に見えていた。私は深入りせず、淡々と言い放つ。「もう付き合っている人がいるの。だから、あなたが信じようが信じまいが、もう私の前に現れないで。今の恋人に誤解されたくないから」すると、湊はまるで落雷でも受けたかのように、その場に呆然と立ち尽くした。彼は引き攣った笑みを浮かべ、唇を震わせる。「嘘だ。冗談だよな?8年も一緒にいた俺たちが、そんな簡単に終わるわけないだろ?俺は信じないぞ。瑠衣、強がってるだけだよな?俺を悲しませたいだけって知ってるから。分かったよ、認める。俺は本当につらい。後悔もしている。ここずっと、何をしても上の空で仕事も手につかないんだ。お前の代わりなんてどこにもいない。お願いだ、戻ってきてくれないか?どうか許してほしい」湊はうわずった声でまくし立てる。「思い出してくれよ。結婚を決めた時、一生かけて守る、一生愛しぬくって誓い合ったじゃないか?それに、お前旅行が好きだったよな?旅行のプランだって練ってあるんだ。ほら、これからの1か月、お前とずっと一緒にいるよ。お前が許してくれるまで、どこへだって付き合うから」そう言いながら、湊は慌ててスマホを取り出し、スケジュール表を見せてきた。彼の言う通り、1か月分の旅行の予定が埋まっていた。日付や目的地、そこで食べるものや見所まで、丁寧にまとめられている。湊は細かいことが嫌いで、旅の準備などはいつも私の役目だったから、それには少し驚いた。彼なりに必死なのだろう。だが、遅すぎる。私が何かを言おうとすると、不意に男性の声が聞こえてきた。「瑠衣、映画を観に行こうって約束してたのに、まだこんなところで立ち話してるの?」白シャツに黒のパンツ姿の明るい雰囲気の男性が私に近づいてきて、笑いながらそっと肩を抱き寄せる。彼はあの宿のスタッ
すると、部長は私のスマホを持ったまま、また眠り込んでしまった。私は苦笑して、手からスマホをそっと抜き取り、電源を切る。湊とはもう何の関係もない。ずっと前に消すべきだったのだが、仕事が忙しくて後回しになっていた。さっきのは、消去する良いタイミングだっただろう。これで湊が懲りたと思っていたが、仕事から帰宅してホッと一息ついた時、知らない番号から着信があった。電話が切れ、ホーム画面に戻ると、そこには不在着信がいくつも残されている。それに、湊からの止まらないメッセージ通知。自分が悪かったと気づいたのか、着信拒否をしたことに対しての文句は一つもなく、ただひたすら縋るような内容だった。【瑠衣、俺が悪かった。ずっと冷たくしてごめん。許してくれないか?】【戻ってきてくれよ。本当にお前のことが恋しくてたまらないんだ】【戻ってきてくれるなら、今度こそ何でもお前の言う通りにするから】【睦月が裏でしていたことも分かった。あいつはずっとお前に酷いことをしてたんだな。もうあいつとは一切連絡を取らないから】【瑠衣、ごめん。最後にもう一度だけチャンスをくれないか?】【……】このような連絡が来ることは予測できていた。だけど、もう遅い。私はその通知をすべて消し、新しいその番号もブロックリストへ追加する。その後は、心機一転して仕事に集中した。湊や睦月のような複雑な人間関係もなく、同僚たちは本当に優しく接してくれた。新しいプロジェクトでも、丁寧に要点を教えてくれる。職場のグループチャットも、互いに天気予報を教え合ったり、風邪をひかないようにと気遣い合う、温かい雰囲気だ。ふと、前に湊が傘を忘れて帰れなくなった時のことを思い出した。私は彼が雨に濡れては大変だと思い、仕事終わりに急いで傘を持って行ったのに、湊は結局ずぶ濡れになって帰ってきた。私は心配して「どうしたの?」と聞くと、湊は「傘を失くした」とだけ言った。しかし翌日、実は彼が自分の傘を睦月に貸していたことを知ったのだ。湊自身も気づいていなかったのだろう。睦月を優先することが、とっくに彼の中では当たり前の習慣になっていたことを。しかし、今となっては、そんな日々続いた苦痛も消え、とても穏やかに過ごせている。まさかそんな日々に、湊が直接会いに来るなんて思いもしな
「あなたは私を連れ回して街中を転々としたよね。その時私はすごく疲れていたから、ソファで寝てもいいからもう休もうって言った私に、あなたは意地でもそうさせなかった。それに、結婚するまでは一線を越えないって約束も私にした。それなのに、どうして今はそんな曖昧なことをしているの?絶対に間違いを起こさない自信があるのかしら?それとも、もうとっくに関係ができているとか?」私が淡々とそう告げると、湊の顔はもう真っ青になっていた。私はもう彼への未練なんて微塵もなかったので、冷たく尋ねる。「で、他に何か話すことはある?ちゃんと聞いてあげるよ」湊は黙ったまま。彼は奥歯を噛み締める。「瑠衣、お前がそうとしか考えられないなら、俺にはもうどうしようもないよ」そう言い捨てると、湊は苛立ちを隠さずに、背を向けて出て行こうとした。私は彼の前に立ちふさがった。「ちょっと待って」すると、湊の目に少し希望が灯り、彼が何か言いかけようとしたが、私は彼が持ってきた食べ物を指さす。「これ、持って帰ってくれる?得体の知れないものを食べてお腹を壊すのは嫌だから」湊は私を睨みつけ、さらに怒った様子で荷物をひったくると、扉を力任せに閉めて去っていった。その夜、湊はインスタに9枚の写真を投稿した。その中には、睦月と楽しそうに自撮りをする一枚も含まれていた。【振り返れば、こいつはいつもそこにいてくれる】コメント欄は大盛り上がり。これまで睦月は、湊と写った写真を匂わせる文章とともに何度も投稿していた。周囲も薄々勘づいていたが、湊本人が沈黙を貫いていたので誰も触れずにいたのだ。それが今回は、湊自身の投稿だった。たくさんのコメントが溢れる。【ついに認めた?】【おめでとうございます!ゴールインですね】【じゃあ、社長は本当にもう離婚したってこと?】【……】彼らに対し、湊は余計な言葉は交えず、「照れ笑い」と「ウィンク」のスタンプで返信をしていった。湊が私を嫉妬させようとしているのは分かった。でも私は全く興味がなく、そもそも友達が報告してこなければ、その投稿さえ見ずにいただろう。しかも、その投稿に気づいた時には、すでに新しい勤務地の街へ移動し、入社手続きまで終えた後だった。新しい会社は待遇がこれまでの10倍も良く、初日には、さっそく部署のメン