ふとこちらに向けられた顔。口の端から血が出ているところを見ると、もしかして奏芽さんに殴られた?
抱きしめられていて奏芽さんの手元は見えないけれど、素手で……となると、奏芽さんも怪我とかしているんじゃないかと思って気が気じゃない。
男はキョロキョロとあたりを見回すと、すぐに床――私たちの足元に転がったままのスタンガンを取ろうとした。
「あっ!」
私が思わず声をあげたのより早く、それに気付いた奏芽さんが、タッチの差でスタンガンを遠くへ蹴り飛ばした。
と同時に、やっと家の中に踏み込んできた数名の警官が男を取り押さえて、私はようやく心の底からホッとして身体の力を抜いたの。
奏芽さんがそんな私に、「遅くなってすまなかった」って謝ってくる。私は小さく首を振りながら彼の腕に頬を擦り寄せて、そんなことないですという気持ちを伝えた。
「ひゃっ」
思わず変な声を漏らした私に、 「足、痛むだろ。すぐ男がどう出るか分からない状態で、私を抱っこするなんて無理に決まってる。
奏芽さんの判断は間違っていないのに、何でそんな、申し訳なさそうな顔をするの? 先程、立っていた位置を入れ替える際に一瞬抱き上げられたのでさえ私、ヒヤリとしたのに。 あの時だって、私の足のことなんて考えずにクルリと回ることだって出来たはずなのに、緊急時でさえそんな風に私のことを気遣えてしまうところが彼らしくて……頼もしいと思うと同時に心配にもなったの。「奏芽さん、助けに来てくださっただけで……十分幸せです。ありが、とうございます。……私、もうダ、メか……と……。だから謝らないで下さ……っ」
奏芽さんの顔を見上げながらそう言っていたら、さっき鎖を手繰り寄せられて足首を掴まれたときの恐怖がじわじわと蘇ってきた私は、思わず奏芽さんの服をギュッと握る。
身体が小さく震えて、こんなふとこちらに向けられた顔。口の端から血が出ているところを見ると、もしかして奏芽さんに殴られた? 抱きしめられていて奏芽さんの手元は見えないけれど、素手で……となると、奏芽さんも怪我とかしているんじゃないかと思って気が気じゃない。 男はキョロキョロとあたりを見回すと、すぐに床――私たちの足元に転がったままのスタンガンを取ろうとした。「あっ!」 私が思わず声をあげたのより早く、それに気付いた奏芽さんが、タッチの差でスタンガンを遠くへ蹴り飛ばした。 と同時に、やっと家の中に踏み込んできた数名の警官が男を取り押さえて、私はようやく心の底からホッとして身体の力を抜いたの。 奏芽さんがそんな私に、「遅くなってすまなかった」って謝ってくる。私は小さく首を振りながら彼の腕に頬を擦り寄せて、そんなことないですという気持ちを伝えた。 奏芽さんは私の左足首が腫れているのに気付いていらして、男が警察に取り押さえられたのを確認するや否や、私を横抱きに抱き上げる。「ひゃっ」 思わず変な声を漏らした私に、 「足、痛むだろ。すぐ抱き上げてやれなくて悪かったな」 って謝るの。 男がどう出るか分からない状態で、私を抱っこするなんて無理に決まってる。 奏芽さんの判断は間違っていないのに、何でそんな、申し訳なさそうな顔をするの? 先程、立っていた位置を入れ替える際に一瞬抱き上げられたのでさえ私、ヒヤリとしたのに。 あの時だって、私の足のことなんて考えずにクルリと回ることだって出来たはずなのに、緊急時でさえそんな風に私のことを気遣えてしまうところが彼らしくて……頼もしいと思うと同時に心配にもなったの。「奏芽さん、助けに来てくださっただけで……十分幸せです。ありが、とうございます。……私、もうダ、メか……と……。だから謝らないで下さ……っ」 奏芽さんの顔を見上げながらそう言っていたら、さっき鎖を手繰り寄せられて足首を掴まれたときの恐怖がじわじわと蘇ってきた私は、思わず奏芽さんの服をギュッと握る。 身体が小さく震えて、こんな
男は立たせたままの私の身体に沿うようにスタンガンを這いおろしていきながら、私の足元にしゃがみ込んだ。 何をしようとしているのか分からなくて悲鳴が漏れそうになるのを、唇をかみしめて懸命に押し殺す。「――いっ!」 痛む足首に男の指先が触れて、思わず声が漏れる。 声を出すな、と言われていたのに声を出してしまったことに一瞬身構えたけれど電撃は襲ってこなかった。 ややして腫れてきていた足首の圧迫がなくなって、ゴトリという音がした。 その音に恐る恐る視線を下向けると、足枷が外されていて――。「凜が鎖つけたままじゃ、僕まで動きを制限されちゃうからね」 立ち上がった男が再度私の首筋にスタンガンを押し当てながらそう告げてきて、この期に及んでもまだ、この男は私を連れて行こうとしているのだと思い至ってゾッとした。「わ、私、足……痛めてるので……足手まといになります。逃げきりたいなら……置いて……いくべきです」 一か八かでそう言ったのと、この部屋の扉が勢いよく開けられたのとがほぼ同時。「凜子っ!」 ――奏芽……さん……!! 奏芽さんの顔を見た瞬間、彼の名前を呼んで、すぐにでも大好きな彼の元へ駆け寄りたい!って思った。けれど、男は頑として私を離してくれなくいの。 ばかりか、声を出すなとばかりに首筋にグッとスタンガンが押し当てられる。「どうやってここを突き止めたのかは知りませんが、凜は僕と一緒に暮らしますのでお引き取りを」 言って、男は私を引きずって奏芽さんから距離を取るように後ろへ下がる。 足枷こそ外されたものの、青黒く変色して腫れてきている足首は、床についただけで思わず息を飲んでしまうぐらいズキズキと痛んだ。 脅されていて声は出せないけれど、涙目で奏芽さんを見つめ
さっきまでただただ怖くてどうしたらいいか分からなくて震えているだけの小動物みたいだったけど、でも、私、無事に奏芽さんのところに帰りたい。 そのためなら頑張れる!「凜、随分と生意気な口をきくじゃないか。キミは今、自分がどういう状況に置かれているかもっと自覚した方がいいと思うよ?」 言われて一気に距離を詰められそうになった私は、慌てて向きを替えて走った。 と、グンッ!と後ろに足を引っ張られる気配がして、つんのめって転んでしまう。 うつ伏せにつぶれて床に身体をしこたま打ちつけた私は、咄嗟に両手こそついたけれどそこすら捻ったみたいにじんじんと痛んで。思わず全身の痛みに眉根を寄せる。「ね、足に鎖がついていること、忘れてた?」 その言葉に身体を起こしながら後ろを振り返ったら、ベッドに繋がっている鎖の一部を男が持ち上げたところだった。 ジャラ、という音がして、足がグッと引っ張られる。 床に半身起こした状態のまま、私はズルリ、と男の方へ引き寄せられた。「んんっ!」 力任せに引っ張られて負荷のかかった足首が悲鳴を上げて、私、思わず痛くて声を上げたけれどお構いなしで。 つんのめった時に思いきり力がかかったんだろう。 足枷の下でズキズキと足が疼いた。 私の痛みなんて知ったことじゃないと言う感じで、鎖をどんどん手繰り寄せていく男の表情は楽しそうで。「凜はさ、少しぐらい足を怪我してたほうが、今みたいに反抗的な態度を取らなくていいんじゃない?」 鎖の一端を握ったまま、私の方へ歩み寄ることも出来ただろうに。それをせず床に爪を立てて一生懸命抵抗する私を赤子の手でもひねるみたいにどんどん自分のそばに引きずり寄せるの。 痛めた足に負担がかかっていることは承知の上だと言外に含まされて、私は絶望しか感じない。 このまま男の手中に落ちて、好き勝手にされてしまうんだと思ったら、悔しさに涙が滲んだ。 ついに、男の指先が、足枷をはめられた左足に触れて、私はギュッと目をつ
私はあまりの恐怖に男から離れるようにそっとベッドの向こう側に降りて、一歩ずつジリジリと距離をあけた。 足首に取り付けられた足枷が皮膚に擦れて、歩くたびにピリピリと痛んだけれど、そんなことを気にしている場合じゃないって思ったの。 ややして背中に冷たい壁が触れて、それ以上さがれないって分かったのに、諦められないみたいに壁にピッタリ背中を付けて張り付く。 と、男の背後で何かが床にぶつかるような音がして……次いでパタン……と扉が閉まる音がした。 見ると、さっきまで持っていたはずの私のスマホが手に握られていなくて……私から遠ざけるために鎖の届かない所へ投げ捨てられたのだと分かった。 そういうことをしたということは当然、男は私に近付く気満々ということだ。 足に鎖までつけられている私は、正にカゴの中の鳥状態。 どんなに頑張って逃げ惑ったとしても、必ず捕まってしまうだろう。 そう思ったけれど、諦めるなんて出来なかった。 万に1つでも可能性があるならば、私は綺麗な身体のままで奏芽さんと再会したい。***「部屋も暖かくなってきたし、そろそろいいよね?」 私との距離を詰めながら告げられた言葉に、背筋がゾクッとする。 部屋が暖まっただなんて嘘よ。 私、こんなに冷え冷えとした気持ちで、全身に鳥肌が立ってしまっているのに。「凜、どうしてベッドから降りてそんな隅っこに逃げたの? 大人しくベッドで待っててくれたらいいのに。ねぇ、僕を焦らして楽しい?」 焦らしてなんていない。 本気で嫌だから。本気で怖いから逃げてるだけなのに。何でそんなことも分からないの? それとも、分かっていて気づかないふりをしているだけ?「嫌なの、来ないで……」 男から目を離さないままに一生懸命拒絶の言葉を放ってみたけれど、まるで聞こえていないみたいにす
「GPSってさ、スマホの電源を切った地点が表示されるって知ってた?」 私のスマホを弄ぶように見せ付けながら、男――金里明真が問うてくる。 私はその声にハッとして顔をあげた。 この家で電源が切られたんだとしたら……奏芽さんは私の元へ辿り着けると言うこと? 一瞬そう思って希望を抱きかけたけれど、それを知っていながらこの男がそんなバカなことを許すはずがないとすぐに気づいた。「さて、ここで問題です。これは何でしょう?」 ニヤリと笑顔を向けられて、私はその表情のいやらしさに寒気を覚える。 男が部屋の入り口の扉を開けたままそこに立って話しているから、廊下からの冷気が部屋に入ってきているのかも知れない。 でも、それだけではない心理的な悪寒の方が強い気がする。 嬉しそうに見せられたのは、私のバイト先のコンビニのロゴが入ったレジ袋。 今はレジ袋も有料化しているから、それを持っていると言うことはわざわざ買ったんだろう。 そうまでして、そこに行ったのだと私に知らせたい理由があるとしたら――。「凜の携帯の電源はね、セレストアで切ってきたんだ」 やはり、と思う。 セレストアまでは徒歩圏内ではあるけれど、履歴に残った私のスマホのロスト地点はここではないのだと言外に含ませるところに、この男の底意地の悪さを見た気がした。「ホントはもっと遠くまで持って行って切りたかったんだけどさ、キミをあまり長いことひとりぼっちにしておくのも心配でしょ? 凜に内緒でそっと出かけたし……なるべく早く帰ってきたかったんだ」 だから、近場で私がいてもおかしくなさそうな場所、奏芽さんがそう思って惑わされるであろう場所を選んで、そこで電源を切ってきたのだとクスクス笑うの。 心底吐き気がする男だと思った。 そうして、それに振り回されるかも知れない奏芽さんを思うと、私
切りながら、受話器側とは別の手で持ったスマホに片山さんの番号を打ち込んで、ワンコールだけして切る。 そのままもう一度例の追跡アプリを立ち上げて――。 やはり未だに凜子の位置を現す「泣きべそウサギ」がある一点から動かずにロスト表示のままなことを確認した俺は、スマホを握りしめる。 そうしながら白衣を脱ぎ捨てて椅子に放ると、第一診察室へ向かった。「院長、俺、ちょっと今日は診察できそうにないです」 いつもなら、身内という甘えもあって、もっと砕けた物言いになるところだが、今日は――いや、今だけは……そんな甘えで親父に接したくないと思った。「もうじき開院時刻だぞ。何を馬鹿なことを」 スタッフたちも親父と同じ意見らしく、冷ややかな視線が突き刺さる。「音芽が! あなたの娘が切迫した危機的状況にあるって言ったらどうしますか?」 こんな卑怯な手、使いたくなかったが仕方ない。 この親父が、娘を溺愛していることは周知の沙汰だ。 実際には音芽は何ともないんだが、俺にとって凜子は音芽と同じぐらい……いや下手したら音芽より大切なんだ。少しくらいの嘘、許して欲しい。「音芽に何かあったのか!?」 案の定食い気味に俺に詰め寄ってくる親父に、「音芽には旦那が付いてるから問題ないです」と告げてから、すぐに言葉を続ける。「けど! 俺にとって音芽と同じくらい……いや下手したらそれ以上に大事な女性のピンチかも知れないんです。だから――」 行かせてくれ。 そう言おうとしたら、皆まで言う前に「さっさと行け」と追い払うような仕草をされた。 いいのか?と言う言葉も出ないほどに、俺は親父からのその言葉を待ち望んでいたんだと思う。 正直な話、ダメだと言われても行く気満々だった。けど、やはり仕事に穴をあける以上、ちゃんと筋は通したかったから。「恩に着ます!」 言っ