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第29話

Auteur: Hayama
last update Dernière mise à jour: 2025-11-18 17:30:00

「何も思い出せないんです。会社のことも、あなたのことも…」

その言葉が静かに落ちた瞬間、胸の奥がひどく冷たくなった。

湊さんと秘書の関係を知っているから、余計に。

彼は、湊さんにとって“仕事の右腕”だった。

社長としての湊さんを、最も近くで支えてきた存在。

業務の流れも、判断の癖も、彼の言葉の裏にある意図さえも、誰よりも理解していた人。

時に意見を交わし、時に沈黙を共有しながら、長い時間をかけて築かれた信頼関係が、そこにはあった。

私はその空気を、何度も見てきた。

そんな彼のことすら思い出せないのなら、私のことなんて、思い出されるはずがない。

「…そうですか。本日は、社長がご不在の間の業務についてご報告をと思っていたのですが」

秘書の言葉は、あくまで事務的で、感情を交えないように整えられていた。

けれど、その語尾にわずかな揺らぎがあった。

ちらりと私を見るその視線には、わずかなためらいと、線を引くような静かな意思が宿っていた。

私に聞かれたくない話。そんな思いが胸をよぎった。

職務に関する話は、他者を介さず直接伝えるべきもの。

そう分かっているのに。

“部外者”として扱われているその事実が、思いのほか堪えた。

湊さんの隣にいるのに、まるで“外側”にいるような感覚に包まれた。

「私は席を外しますので、どうぞゆっくり」

その声は穏やかだったが、胸の奥では、言いようのない孤独が静かに広がっていた。

私は、湊の妻であり、今の彼を一番近くで支えている存在だと思っていた。

なのに、今この場にいてはいけないような気配を感じたことが、どうしようもなく寂しかった。

いや、現実を突きつけられた気がした。

湊さんの過去に触れられず、未来にも踏み込めない。

ただ、今この瞬間だけを共有しているだけの存在。

そんな自分の立ち位置が、急に不安定に思えて、足元がふわ
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