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私の代役を愛したことを一生後悔すればいい
私の代役を愛したことを一生後悔すればいい
Auteur: 心の底

第1話

Auteur: 心の底
「申し訳ございません、お客様」

電話の向こうから保険会社の担当者の冷たい声が聞こえてきた。「お調べいたしましたところ、車の所有者である相馬潤様は確かにご結婚されているようですが、こちらに登録されているお名前はお客様のものではございません」

相馬ハイテクノロジー社へと向かう途中、小鳥遊莉亜(たかなし りあ)は交通事故に遭ってしまった。

彼女は相馬潤(そうま じゅん)に電話をかけ続けたが、繋がらず、仕方なく保険会社のほうに電話をしたのだ。

彼女が運転していた車は潤名義のものであるが、二人は夫婦なので、保険が適用される。

「相馬様は車をご購入されて保険の加入をされる際に、奥様と一緒にいらっしゃいました。その際に奥様のお名前も伺いましたが、奥様のお名前は相馬美琴(そうま みこと)様とおっしゃっていましたが」

その言葉を聞いた瞬間、莉亜は何かで頭を強く殴られた時のような衝撃を受けた。くらくらするような眩暈を感じ、思わず全身を身震いさせた。

彼女と潤は幼なじみで、相馬家と小鳥遊家は古い付き合いがあり、彼らの暮らす涼ヶ崎では潤が莉亜にべた惚れだと噂になるくらいだ。

潤は周りの人にとっては冷たく近寄りがたい人間だが、そんな彼が、一日でも莉亜から離れたがらないくらい、彼女にぞっこんだった。

三年前、莉亜が海外留学する時に、潤が彼女のために飛行機のフライトを遅らせたこともある。

彼女がエレノワ国にいた三年、潤は彼女のことが心配で、海外ビジネスにも進出した。そして、一万六千キロも離れているのにも関わらず、彼は一週間に一度は彼女に会いに行った。

彼女が肺炎にかかり、症状が悪化し危険な時には、重症患者の入院する病棟に一週間住み込み、自分が感染するリスクを冒しながらも、彼女の傍にいて指輪を取り出し求婚した。

「もし、君になにかあれば、俺も一緒に逝くよ。だから来世でも夫婦になろう」

そんな潤のために、莉亜は大学教授から研究室に残ってほしいと誘われたが、それをやんわりと断わり帰国した。

潤にサプライズを仕掛けようと、心躍らせながら帰ってきた莉亜が、社長オフィスの扉を開くと、そこにはスリムな体型の綺麗な女性が彼の膝の上に跨っていた。

そして純粋そうな可愛らしい顔を上に向けて、悲しげな声でこう言った。

「相馬社長、莉亜さんが帰ってきたら、私はどうしたらいいの?」

潤は社長椅子に腰掛け、高圧的にその大きな体を彼女のほうへ寄せた。この時、その整ったクールな顔は幾分か凶悪な顔つきへと変わった。「お前か?

お前は莉亜の代わりなだけだ。自分の立場を忘れられては困る」

そう言うと彼は女性の顎をクイっと掴み、嘲笑った。「少しくらい似ているだけで、彼女と同等の存在になれるとでも思っているのか」

この時、莉亜が潤のために準備していたプレゼントが床にドサッと音を立てて落ちた。

そしてオフィスの中で繰り広げられていたこのシーンが幕を閉じた。

潤は顔を蒼白にさせ、勢いよくその女性を押し退けた。

この女性こそ、あの美琴という女だ。

二人の関係が莉亜にばれてしまってから、潤はすぐに美琴をクビにし、あらゆる手を使って莉亜を取り戻そうとした。

昔から他人を見下し高慢な態度を取っていた涼ヶ崎の御曹司が、莉亜の前ではなりふり構わず彼女に戻ってきてほしいと許しを請うた。

彼女が目をつけた事業があれば、それがどんなに利益を生む案件であっても彼はすぐに譲った。また、莉亜に会うためなら家の下で雨に打たれても、一週間以上待ち続けることもあった。

「莉亜、俺を許してくれとは言わないから、ただどういうことなのか説明する機会だけはくれないだろうか!

俺はただ美琴を君の代わりとしか思っていなかったんだ。君は長年海外で暮らしていて、俺は本当に君が恋しかった。あの女は傍に置いていただけで、決して一線は越えてないって誓うよ!

君に見られた時は、ちょうど酒を飲み過ぎていたんだよ。そんな時にあの女がわざと俺を誘惑してきて、理性を失ってしまって……

俺はもうあの女をクビにしたから、今後二度と俺たちの前に現れることなんてない。莉亜、頼むから、戻ってきてくれよ」

あのシーンを目撃してしまった莉亜は頑なに婚約を破棄すると言い張ったが、それもある時を境に心を変えることになる。

彼女はライバル会社の人間に拉致され、犯人は自分の要求が満たされないと分かると、彼女を廃棄された工場に閉じ込め、火を放った。

潤は彼女を助け出すために、危険を顧みず火の海に飛び込んだ。燃え盛る火の中、崩れ落ちる鉄筋の壁から彼女を守り、その時に重傷を負ってしまい、半年もの間ベッドでの療養生活を送った。

潤は自分の命を懸けて、ようやく莉亜の許しを得られたのだ。

潤が退院してから、莉亜は彼の求婚を受け入れ、盛大な結婚式を挙げた。

結婚してからの二年間、潤は相変わらず彼女にぞっこんだった。女に関する噂話など一切なく、自分に門限を設けて、毎日決まった時間に家に帰ってきた。他の都市に出張に行った時にも、必ず彼女にビデオ電話をかけていた。

すると取引先はいつも笑って相馬社長は奥さんの尻に敷かれていると言ってきて、潤はそれに対して反論してはいたものの、その顔は嬉しそうに笑っていた。「自分の家庭を大切にできる男こそ、いい男なんですよ」

過去の全て、今まで過ごしてきた日々がまるで走馬灯のように莉亜の頭の中に次々と蘇ってきた。彼女は全身の力が抜け、顔を手で覆って地面にへたり込んでしまった。

この時の彼女は、一体どの潤が本当の潤なのか判断できなかった。

莉亜はこの状況が滑稽に思え、その目に皮肉さを滲ませた。

潤の妻として二年間過ごしてきたのに、この時になってやっと、二人の結婚は偽りだったことを知ったのだ。

莉亜は力強く涙を拭いた。額にはすでに冷や汗が出て髪を濡らしていた。

彼女は目の前で自分を怒鳴りつける車の運転手を無視し、落ち着いて警察に通報した。

すると警察はすぐに駆けつけてきた。

事情聴取を受け、莉亜が警察署から出てきた時にはすでに空は真っ暗になっていた。

携帯には潤から何度もかかってきた未着信記録が残っている。

彼女が電話に出ないので、彼はメッセージを送ってきた。

【莉亜、午後は重要な会議だったし、電波が悪かったんだ。だから電話に出られなかった。何かあったの?

今夜は接待もあるから、遅くなるよ。先方には女性は一人も来ないってもう確認済みだから、安心してね。

君は早く休むんだよ。俺のことは待たないでいいから、愛してるよ】

莉亜はそのメッセージを見つめていた。その言葉の一つ一つが、ただ皮肉のナイフとなって彼女の心に突き刺さった。

そして潤は夜中過ぎにようやく帰ってきた。

全身から漂う強い酒の匂いが、微かに空気に広がる香水の匂いを隠そうとしていた。

「莉亜……」

潤は足元をふらつかせ、よろけながら彼女の元へとやって来て、布団ごと彼女を抱きしめた。「君に会いたかったよ……」

それに対して莉亜は一言も返事をしなかった。潤が完全に眠ってしまってから、音を立てないようにそろりと起き上がり、彼の指紋を使って携帯を開いてみた。

しかし、携帯には疑えるような痕跡は一つも見つからなかった。連絡帳には彼の友人たちの他に、仕事関係の相手だけだった。それに莉亜の名前は「愛する妻」と書かれていて、連絡帳の一番上に設定されていた。

恐ろしいほどに疑える余地のない真っ白な携帯の中身。

それはまるで彼女との「結婚」そのものを表現しているようだった。

莉亜は下を向き、暫く彼の携帯をいじっていると、すぐに潤にはもう一つLINEのアカウントがあることに気がついた。

そのアカウントを開いてみると、あるメッセージが送られているのが目に飛び込んだ。その人物のアイコンは可愛らしいピンク色の子猫で、表示名は「ハニー」だった。

【潤、今夜はほんとにありがと。もしあなたがいなかったら、私はどうしたらいいか分からなかったよ。

実は私ね、人生で一番ラッキーだったのは、あなたに巡り会えたことだって思ってるの。別にあなたの邪魔をする気はないわ、ただ、たまに私に会いに来てくれるだけで、もう満足だから】

莉亜は過去のチャット記録を確認した。前から嫌な予感はしていたが、実際にその目でメッセージを確認して、現実として叩きつけられると、自分ではコントロールできないほど息が苦しくなってきた。

二人はほとんど毎日連絡を取り合っていた。

美琴は毎朝潤におはようの挨拶をし、潤のほうは初めはそんな彼女を無視していたようだが、後のほうになってたまに一言、二言返事をするようになっていった。そして今では連絡があればそれに全て返事をしている。

全身が凍るように冷たくなっていくのを感じた。莉亜は、反射的に携帯を持つ手に力を込めていた。それ以上二人の会話記録を見る必要などないというのに、どんどん過去のチャット内容を確認してしまう。

【潤、ごめんね、私ちょっとだけお酒を飲もうとして、止められなくなっちゃったの。お医者さんはもう大丈夫だって言ってるから、心配しないでね。

莉亜さんのお誕生日パーティーのほうが大事なんだから、彼女の傍にいてあげてね。私は大丈夫だから】

そのメッセージを見た莉亜は目を閉じて、その日のことを思い返した。

誕生日パーティー。

それは潤が一カ月以上かけて計画したパーティーだった。しかし、当日彼はうわの空で、ケーキを切る時に危うく自分の手を切ってしまいそうになった。

莉亜がどうしたのか尋ねると、潤は最近会社のほうにちょっとしたトラブルがあっただけだから、気にしなくていいと返してきた。それから優しく彼女を抱きしめて、願い事をさせた。

そして今、さっきのチャット内容を見てようやく当日何があったのか理解できた。

あの日、美琴がリストカットしようとし、病院に運ばれたのだ。

その瞬間、得も言われぬ苦しみが心を締め付けた。あの日、莉亜が目を閉じて願い事をしていた数秒間、潤は病院にいる美琴の心配をしていたのか、それとも莉亜と一緒に年を取ってもずっと一緒にいたいと願っていたのか。

その答えを、わざわざ彼に尋ねる必要もない。

莉亜はゆっくりと携帯を元あった位置に戻し、熟睡している潤のほうへ視線を落とした。

莉亜が四歳の時に潤に出会い、それから二十年経った。今までずっと潤の自分に対する愛は真実の愛だと疑うことはなかった。それが今、所謂「愛」というものは、外で無料配布されている物のように、誰でも簡単に得られるようなものなのだと悟った。

そのような「愛」なら、もう要らない。
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