LOGIN【自分の知らない所で画像が拡散されちゃってる🥺どうしよう、どうしたらいいのかなぁ。彼に迷惑をかけちゃう……】 そんな文章を投稿した胡桃は、スマホの画面を消して跳ねるように軽い足取りで誠司がいる寝室へ向かった──。 ◇ 国内、もみじの家。 もみじは弁護士への依頼も済み、デザインコンテストの1次審査の通過も終わり、駅舎のデザインに本腰を入れていた。 依頼主に複数パターン提出していたラフデザインの内、話し合いを経てデザインが決定したのだ。 そのため、依頼主と細かな打ち合わせなどで時間を取られていたもみじは、誠司と胡桃のキスしている写真がネット上から全て綺麗さっぱり削除された事など気付いていなかった。 いや、最早そんな事はどうでもいい、と思っていたのだ。 「──うう、目が疲れた……っ」 長時間パソコンに向き合っていたもみじの目が限界を迎える。 度々目薬を使用していたが、それだけでは解決せず、もみじはぐっと伸びをすると気分転換に出かけようと考える。 「確か、いつも行ってるカフェが新商品のラテを出したのよね?それでも飲みに行こうっと」 そう思い至ったもみじは、いそいそと支度をして家を出た。 最早、常連となっている程通っているカフェ。 このカフェは、もみじの家からも然程遠くなく、気分転換で良く利用していた。 髙野辺もこの辺で仕事をする事が多いのか、良く会う事が多い。 だが、今日は店内にも、外のテラス席にも髙野辺の姿は見えない。 「髙野辺さんと会えたら、久保田弁護士を紹介して下さった事についてお礼を伝えようとしたのだけど……。残念、今日は居ないわね」 偶然会う事が多かったから、もしかしたら今日も会う可能性があるかも、と考えていたもみじだったが、今日はその偶然は訪れなかった。 新商品のラテを注文し、それを受け取ったもみじは客席に向かう。 客席に着いて新しいラテの味をゆっくりと楽しむ。 「これは美味しいわ、リピート確実ね……!」 好みのラテの味にもみじの顔に自然と笑みが浮かぶ。 ラテの味を楽しみつつ、スマホで最近のニュースやSNSを確認する。 時折、外を歩く人達を眺めたりして外で過ごす時間を楽しみ、そろそろお店を出ようかな、ともみじが考え始めた頃。 学校帰りだろうか。 複数の女子が楽しそうにお喋りをしながら入店した。 女の子達
「──は?」 自分の口から間抜けな声が出てしまったが、そんな事を気にしている暇は無い。 「何だ、これは……っ」 誠司の顔が見る見るうちに真っ青になって行く。 震える指先である画像をタップした誠司は、画面にパッと大きく表示された画像を見て絶句した。 「ど、どうしてこの写真が……!」 真っ青になった誠司は、国内でトレンドに入っているそれに目を丸く見開いた。 ハッシュタグを辿って確認していけば「飛行機内で見つけたバカップル」「世紀のバカップルぶりだ」「指輪をしているからバカ夫婦じゃないか」などなど、好き勝手に書かれ、拡散されている。 画像に映る人物は、どこからどう見ても誠司と胡桃だ、と2人を知っている人が見れば一瞬で分かってしまう。 しかも、ただ写真に並んで映っているのならまだしも、写真の2人はキスをしているのだ。 それも何枚も写真が撮られ、拡散されている。 「ふ、ふざけるな……!もみじが見たら……!」 そこまで口にした誠司ははっとする。 もしかして、もみじは既にこの画像を見たからこそこの数週間の間、自分に連絡を入れなかったのでは──。 そんな悪い考えが浮かんでしまった。 「さ、削除依頼を……!こんなもの、肖像権の侵害だ!プライバシーの侵害だ!これを拡散した奴も、最初に投稿した奴も訴えてやる!!」 誠司が顔を真っ赤にして叫び、スマホを操作する。 その間、いくら誠司を呼んでもやって来ない事に痺れを切らした胡桃は、バスルームから誠司がいる寝室のすぐ近くまでやって来ていた。 扉を開けようとドアノブに手を伸ばしていた胡桃は、怒り狂ったように叫ぶ誠司の声を聞いていた。 そして、どんな写真が拡散されているのかをある程度察した胡桃は、バスルームに戻り自分のスマホを手に取って操作する。 少しネットを確認してみれば、誠司と胡桃のキスシーンの画像がすぐに見つかった。 「あら、やだぁ♡」 胡桃はにんまり、と目を三日月形に歪め、歪む口元を隠すように手を添える。 「誰よ、こんな最高な事してくれたのは」 くすくす、と胡桃は楽しそうに笑う。 「これじゃあ、誠司の妻は私だって事が認知されちゃうわ。困ったわね、お姉ちゃんは益々外で誠司の横に立てないわ」 それに──、と胡桃は自分の下腹部をにやにやと
◇ 法律事務所を出たもみじは、清々しい気持ちで振り返った。 「久保田弁護士、凄く良い弁護士だわ」 もみじは渡された名刺を両手で持ち、久保田の名前を見つめる。 「証拠集めは自分でやらないと、と思っていたけど……。法律事務所のスタッフさんが現地まで行って誠司と胡桃の関係を見て、証拠を撮って来てくれるなんて……」 探偵みたいな事もしているのかしら、ともみじは考える。 「弁護士費用も凄く良心的だったし……今後、何かあった時は久保田弁護士に相談させてもらおうかな」 もみじはそう考えていたが、もちろん久保田の弁護費用はもみじに提示されたような格安の料金ではないし、もちろん法律事務所のスタッフが探偵のような仕事をする事など無い。 全ては、もみじが久保田に会う前。 髙野辺が久保田と話を付けていたからそこ、こんなに高待遇なのだが、それをもみじが知る事はきっと無いだろう。 ◇ 自宅に帰宅したもみじは、メールチェックをした。 すると、以前応募したデザインコンテストの主催からメールが届いているのに気が付いた。 「メール……」 ドキドキしながらもみじはメールを開封する。 すると、そこには【一次審査通過】の文字があり、もみじは「やったわ!」とついつい叫んでしまった。 「二次審査の結果が出るには、ひと月近く先ね。その頃には誠司も1度E国から帰国するはず……」 その時に、胡桃との関係を証明するような証拠が揃っていたら。 離婚を切り出してみてもいいのかもしれない。 「ふふ……、今までは誠司から離婚を切り出されていたのに、今度は私から切り出す事になるなんてね。人生、何が起きるか分からないものだわ」 ◇ E国、ホテル。 誠司は部屋のベッドの上に腰掛け、スマホを見つめていた。 その表情はとても険しく、怒っているように見える。 「誠司、誠司〜」 バスルームから胡桃の声が聞こえ、呼ばれているが誠司は胡桃に返事をする事なく、苛立ちを顕に声を絞り出す。 「どうして連絡が来ない……!」 吐き捨てるような、誠司の低い声。 E国に着いてから早数週間。 この国に着いてすぐ、食事や衣服が手配されておらず、誠司はもみじに連絡をした。 それ以降、食事や衣服は問題なく手配され、誠司が泊まっているホテルに問題無く届いている。 だが、その間──。 「どうしてもみじは
久保田の言葉に、もみじは居住まいを正す。 目の前の久保田に真っ直ぐ視線を向け、はっきり口にした。 「──はい。私の財産を守りたいです。夫からも、何も望みません。相手の財産も要りません」 「……財産分与の権利を放棄する、と言う事ですか?」 もみじの言葉に、久保田は驚いたように目を見開く。 久保田が驚くのは無理も無い。 もみじの夫、誠司は会社の社長だ。 2人が結婚期間中、誠司が築いた財産は彼の法的妻であるもみじは、手に入れる権利があるし、請求する事だってできる。 それなのに、夫からはびた一文足りとも要らない。その代わりにこちらにも請求しないで欲しい、と言うもみじの言葉は久保田にとって信じられない事だった。 そんな久保田に、もみじは頷いて答える。 「はい。双方、財産分与の権利放棄を。離婚成立後、相手方に請求しないようしたいです。私の望みはそれだけです」 「……理由を伺っても?」 そう聞かれるのはもみじも分かっていた。 だからこそもみじは自分の築いた財産、名誉──自分がSeaと言うデザイナーである証拠を用意してきた。 「はい、もちろん。夫は私の事をただの専業主婦だと思っています。ですが、私は──」 ごそごそ、とバッグからもみじが取り出したのは、今日のために用意した資料だ。 それらをテーブルの上に並べたもみじは言葉を続ける。 「本当は無職ではなく、デザイナーです。Seaと言う名前で活動しており……財産は、こちらです」 「──!は、拝見します!」 もみじの言葉と、資料に目を見開いた久保田は慌てて資料に目を通した。 そして、目の前に居るもみじが正真正銘デザイナーのSeaだと言う事を確認すると、疑問を口にした。 「──驚きました。新島様があの有名デザイナーのSeaだとは……。……新島様がSeaだと知られれば離婚は渋られますね」 「ええ。いつかは夫に打ち明けるつもりだったのですが……義妹と不倫している事を知り……」 「なるほど……そういった経緯があったのですね」 「ええ。私は、夫と結婚するまではデザイン関係の大学に通っていたのです。ですが、結婚するなら、家庭に入って欲しいと言われ、大学を中退しました。夫は私の事を家事しか出来ない人間だと思っています」 話しているうちに、もみじの心にふつふつと怒りが込み上げてくる。 「妹と一緒に私
久保田が表に返した書類。 それには、何枚かの写真が印刷されていた。 「──これは?」 もみじは、その写真を良く見るためにテーブルに前のめりになる。 そして、写真に映っているのがどうやら飛行機の機内である事。 映っている男女2人が、もみじの良く知った人物である事が分かり、驚きに目を見開いた。 「──誠司と、胡桃……?」 信じられない、ともみじは声を震えさせる。 こんな場所で。 誰にでも見られてしまう場所で、2人がキスをしている場面がしっかりと写真に撮られている。 そして、SNSで拡散されているのだろう。 2人を「バカップル」や「恥も外聞もない夫婦だ」と書かれている文章も写真と一緒に乗せられている。 「……このお2人は、新島さんの夫・新島 誠司さんと、新島さんの妹さんである嶋久志 胡桃さんでお間違いないですね?」 「──っ、はい……。間違いなくその2人です」 こくり、ともみじが頷き答えた事で、久保田の表情が硬くなる。 「……この写真は、夫・誠司さんの不倫の証拠として十分有効です。それと、どうしてこの2人が同じ機内にいるのか、理由はご存知ですか?」 「それは……。妹の胡桃は、デザイナーの卵でして……。今回、海外にデザインの勉強のために渡航しました。そして、夫の誠司は胡桃のサポートと支援をする、と私に。……だけど、夫は海外出張と言う名目で渡航しております」 「なるほど……。実際は不倫相手と一緒に過ごす事が目的なのに、妻の新島様には仕事と嘘をつき、渡航したのですね。その証明は出来ますか?」 「もちろんです。夫が私に食事や着替えの手配をしろ、と言ってきた時に仕事で出張していると言う文言も入っていたと思います……!」 「──!それを見せていただいても?」 久保田の言葉に、もみじは頷くと慌ててバッグからスマホを取り出し、誠司からのメールを呼び出してスマホを久保田に見えるようにテーブルに置いた。 「ありがとうございます、拝見いたします」 久保田は真剣な顔でメールの文章を読むと、すぐに顔を上げてもみじに問う。 「ホテルの住所も記載されていますね……。こちらの文章、私の方でコピーを取ってもよろしいですか?」 「え、ええもちろんです!必要なものがありましたら、すぐに表示します!」 「ありがとうございます。一先ずこちらだけで大丈夫ですよ。
久保田法律事務所。 久保田 時陽弁護士は、国内でも有名な離婚に強い弁護士だ。 彼に依頼したい人は大勢居る。 そして、久保田弁護士は再来年まで依頼で埋まっていて、中々依頼を受けてもらえない、とネットでは噂になっていたのだ。 だが、いざもみじが髙野辺からもらった久保田の名刺に連絡を入れてみると、とんとんと話は進み、あっという間に初回相談日がやって来たのだ。 「新島 もみじさん、お待たせしました。こちらへどうぞ」 「──は、はいっ!」 スタッフだろうか。 もみじの元にやって来た男性が個室に案内してくれて、椅子に座るように促してくれる。 もみじの目の前にお茶を出した男性スタッフは、一礼して部屋を出て行ってしまった。 久保田法律事務所は、何人もの弁護士を抱えている大きな法律事務所だ。 そのため、もみじが案内された部屋以外でも、今まさに弁護士と話をしている人の声が漏れ聞こえて来る。 話している内容までは流石に聞こえないが、もみじは人の多さに緊張していた。 緊張のせいか、酷く喉が乾いたように感じたもみじは用意してもらったお茶を一口飲む。 そうしていると、もみじが居る個室に近付いて来る足音が聞こえ、扉がノックされた。 「は、はい……!」 「失礼します」 扉を開けて姿を現したのは、歳の頃が30そこそこ程の男性。 スラッとした体躯に、ぴしりと隙なくスーツを着こなした知的な印象の男性だった。 「初めまして、新島さん。弁護士の久保田と申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします」 「新島 もみじです。こちらこそ、本日はよろしくお願いいたします」 部屋に入ってきた久保田弁護士は、名刺ケースから名刺を取り出すともみじに渡す。 名刺を受け取ったもみじに、久保田は座るよう促した。 そして久保田も椅子に座ると、手帳といくつかの書類をテーブルに出して話し出す。 「新島様、本日はお話を頂いていた通り、離婚についての弁護依頼でお間違いないですか?」 「はい。夫と離婚したいと考えております。円滑に離婚が進むようにご相談を、と思います」 「かしこまりました」 どうぞ緊張なさらずに、と柔らかい笑みを浮かべてくれる久保田に、知らず知らずの内に緊張で強ばっていた肩から力が抜け、もみじも笑い返した。 「では、新島様。早速ですが私の方でも新島様の夫・新島 誠
もみじがその日、病院で過ごしている間。 昼間に誠司が叫んでいたような事が、実際に起きる事は無かった。 誠司は結局、もみじの入院している病室に姿を現す事は、1度も無かったのだ。 誠司が来なくてほっとしたのは、事実。 だが、もみじはあんな風に髙野辺に対して啖呵をきった誠司が【迎えに来る】と言った事に少しだけ期待してしまっていた。 もし、本当に誠司がやって来たら。 少しだけ、自分は嬉しいと感じてしまうだろう。 だが。 結局、その日は病院の関係者以外、もみじに会いに来る人は誰もいなかった。 それに、揉めるような。 言い争うような声を聞く事もなかったのだ。 それだけで、もみじは
◇ その日の、夜──。 もみじを病室まで送り届けた髙野辺は、もみじにまた明日と挨拶をして部屋を出た。 そして、髙野辺はそのまま病院を出る事なくある場所に向かって歩いていた。 髙野辺が向かったのは、病院の「院長室」 院長室のドアをノックすると、院長自ら扉を開けた。 「髙野辺様!」 「院長、急にすまない」 「いいえ、いいえ!髙野辺様でしたらいつでも!いつもご支援いただき、本当に感謝しております!」 室内に案内された髙野辺は、促されるままソファに腰を下ろした。 院長が髙野辺の目の前にコーヒーの入ったカップを置くと、不安そうに視線を向けてくるのを感じる。 髙野辺は淹れてもらっ
「はっ、はは!無断外泊ときたか!」 「き、貴様!何がおかしい!俺の妻と不倫した間男の分際で──」 誠司が髙野辺に掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ってきたのを見て、もみじはいい加減我慢ならずに叫んだ。 「いい加減にして、誠司!」 もみじの怒声に、誠司ははっとして髙野辺の胸ぐらを掴もうとしていた手をぴたりと止める。 その間に畳み掛けるようにもみじは叫んだ。 「どうしてそんな不埒な考えが出てくるの!私の格好を見て分からないの!?私は昨日、あなたの会社で怪我をして秘書にも不審者だと言われ、会社を追い出されたの!自力で歩けなくなった私を、たまたまエレベーターで居合わせた髙野辺さんが助けて
気丈に振舞っているが、もみじの肩は震え、唇を悔しそうに噛み締めている。 震えているもみじの姿がとても弱々しく、儚く見えて髙野辺はどう声をかけたらいいのか分からず、ただ黙って車椅子を押す事しか出来なかった。 庭にやって来たもみじと髙野辺2人は、気まずい雰囲気の中、少し開けたスペースにやってくると、そこで車椅子を止めた。 髙野辺が立ち止まった事で、もみじは無意識の内に俯いてしまっていた顔を上げた。 「──髙野辺さん。本当に、ごめんなさい。主人が失礼な事ばかり……」 「いえ、俺は大丈夫です。だから本当に気にしないでください……」 髙野辺はそう告げながら、もみじをちらりと見やる。 悲