Share

第16話

Author: 三穂
司は息を乱していたが、何も言い返さなかった。

「颯太はまだ子供よ。本人が言いたくもない言葉を無理やり言わせたところで、あなたへの嫌悪感が増すだけだわ」

司は自嘲に満ちた笑い声を上げた。その声は、次第に掠れて途切れ途切れになっていく。

「じゃあ、俺にどうしろって言うんだ?

彩月、俺はただ昔に戻りたいだけなんだ!お前がそばにいてくれたあの頃に戻りたい。そんなささやかな願いさえ、叶えてくれないのか?

俺たち、誰よりも強い絆で結ばれていた二人だったじゃないか!」

私は首を横に振った。「それはあなたがそう思っているだけ。

最初から、あなたの憎しみも、愛も、未練や後悔も、全部あなたの一人芝居にすぎないわ。

司、昔の日々はあなたにとって都合のいい甘い夢だったかもしれないけれど、私にとってはただの生き地獄でしかなかったのよ」

司の声から、深い苦しみが伝わってきた。

ずっと前から、彼が私に対して少しずつ変わっていくのには気づいていた。

司は、自分自身が思っている以上に優柔不断だった。

本当は、私が妊娠する前から、彼はもう私を恨んでなどいなかったのだ。

妊娠中、私は足のむくみで夜
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 私を7年冷遇した夫。今更泣き縋ってももう遅い   第17話

    空港にはまぶしい日差しが降り注いでいた。私はボストンバッグを肩にかけ、飛行機に乗り込んだ。隣の席には、黒髪に緑の瞳をしたハーフのイケメンが座っていた。私がカメラをいじっているのを見て彼が話しかけてきて、プロのカメラマンだと分かった。若々しくて、何歳なのか全然見当もつかない。楽しくおしゃべりをしていたけれど、突然、スマホが鳴った。離陸まであと10分。私は彼に軽くジェスチャーをしてから、電話に出た。司の声は震えていて、早口でまくしたててきた。「彩月、お前が言ってたのは、明後日の朝8時40分だったはずだろ」私は一瞬の間を置き、平然と答えた。「ごめん、便を変更したの。こんなに早く気づくなんて、司、あなたもおとなしく引き下がる気はなかったんでしょう?」司は苦しげに息を呑んだ。「どうしてだ?俺はただ、さよならを言いたかっただけなんだ!」「司、7年も一緒にいたのよ。あなたのことは何でもお見通しよ。ただの挨拶なわけない。搭乗時間を引き延ばして私を引き止める気だったんでしょ?全部わかってるわ」受話器の向こうから、激しいブレーキ音が聞こえた。私のフライト情報を勝手に調べて無理やり引き止めようとするくらい、あの人なら平気でやりかねない。「俺はただ……こんな終わり方にしたくないだけなんだ。愛してるんだ、彩月!俺が悪かったって分かったから!どうして……どうしてそこまで頑なに去ろうとするんだよ!」隣のイケメンは彼の怒鳴り声が聞こえたらしく、[手助けしましょうか?]と手振りで合図を寄こした。私は小さく笑って首を横に振った。「出て行く日に私がなんて言ったか、覚えてる?もう疲れたの。それにね、私もあなたを憎んでいるのよ」電話を切ると、向こうの泣き声も叫びも、すべて頭の隅へと追いやった。飛行機が振動し、轟音とともに大空へ向けて飛び出した。緑の瞳のイケメンが不思議そうに聞いてきた。「厄介な人ですか?」私はあきらめ顔で肩をすくめた。「ちっとも反省しない元夫ですよ」彼は気の毒そうに私を見つめた。私は微笑んで言った。「でも平気です。向こうに着いたら、電話番号も新しくします。もうすぐ、新しい生活が始まりますから」終わり。

  • 私を7年冷遇した夫。今更泣き縋ってももう遅い   第16話

    司は息を乱していたが、何も言い返さなかった。「颯太はまだ子供よ。本人が言いたくもない言葉を無理やり言わせたところで、あなたへの嫌悪感が増すだけだわ」司は自嘲に満ちた笑い声を上げた。その声は、次第に掠れて途切れ途切れになっていく。「じゃあ、俺にどうしろって言うんだ?彩月、俺はただ昔に戻りたいだけなんだ!お前がそばにいてくれたあの頃に戻りたい。そんなささやかな願いさえ、叶えてくれないのか?俺たち、誰よりも強い絆で結ばれていた二人だったじゃないか!」私は首を横に振った。「それはあなたがそう思っているだけ。最初から、あなたの憎しみも、愛も、未練や後悔も、全部あなたの一人芝居にすぎないわ。司、昔の日々はあなたにとって都合のいい甘い夢だったかもしれないけれど、私にとってはただの生き地獄でしかなかったのよ」司の声から、深い苦しみが伝わってきた。ずっと前から、彼が私に対して少しずつ変わっていくのには気づいていた。司は、自分自身が思っている以上に優柔不断だった。本当は、私が妊娠する前から、彼はもう私を恨んでなどいなかったのだ。妊娠中、私は足のむくみで夜も眠れなかった。けれど翌朝になると、いつも不思議と軽くなっていた。こっそり確かめてみると、痛みで私がうなされている間、司が一晩中マッサージをしてくれていたと知った。彼は一心不乱に、でも戸惑いながら手を動かしていた。自分でもなぜそうするのか分からないといった様子で。でも、その無意識の優しさに、私の心はときめいてしまった。本当に、信じてしまっていたのだ。こんな司なら、きっと私を理解してくれる。私たちは幸せな家族になれるはずだと。だけど、彼は私を裏切った。蛍を私の代わりにすると司が口にした瞬間、すべては最悪の結末へと向かい始めたのだ。「せめて……見送りくらいさせてくれないか?」司がようやく口を開いたが、その声はひどく嗄れていた。電話の向こうから、颯太の泣き声も聞こえてくるようだった。私は少し沈黙してから答えた。「分かったわ。明後日の朝8時40分、東都空港よ。司。これでもう、二度と会うことはないから」

  • 私を7年冷遇した夫。今更泣き縋ってももう遅い   第15話

    司と決裂した私は、足早にその場を去ると、すぐさまホテルを手配して移り住んだ。前の場所は知られてしまったし、彼につきまとわれたら厄介だ。A国行きの航空券はずっと前に予約してあり、出発は10日後だった。私は今住んでいる部屋を、新しく取得した別のアカウントを使って、個人間取引ができるマッチングサイトに賃貸物件として掲載した。荷物を全部、スーツケースに詰めた。せっかく泥沼から抜け出せたのだから、二度と戻るつもりはない。私の態度に傷ついたのか、司はあれから何日も姿を見せなかった。つきまとわれないなら好都合だ。早く彼から解放されたかった。だが出発の3日前、突然見知らない番号から電話がかかってきた。出てみると、控えめな女の声がした。「颯太くんのお母さんでしょうか?今週の金曜日に学校で発表会がありまして、保護者の方の参加が必要ですので、ぜひお越しください」私は断った。「先生、私は颯太の父親とはすでに離婚いたしましたので。そちらの件は父親の方にお願いいただけますか?」「えっ?申し訳ありません……ですが、離婚されていても颯太くんの母親であることに変わりはありませんし、ご参加には問題ないかと」私は平然と嘘をついた。「明日出国するので時間がありません。颯太の父親に連絡してください」「で、ですが……」口ごもる彼女の言葉を、私は冷ややかに遮った。「先生、そもそもどうして私の電話番号をご存じなんですか?」電話の向こうで、相手が押し黙った。しばらくして、恐る恐る言ってきた。「ずっとこの番号が登録されていましたので」私は鼻で笑い、その嘘を暴いた。「颯太の担任は今年37歳で、とても厳格な女性の先生よ。調べもせずに騙せるとでも思いましたか?颯太の父親に伝えなさい。これ以上つきまとうなら訴えるって」電話の向こうは、しんと静まり返った。それから、颯太の小さくすすり泣く声が聞こえてきた。「ママ、パパじゃないよ、僕なの……」私は目を閉じ、胸に走った痛みを押し殺した。「颯太、もう二度と電話してこないで。あなたのパパが私の新しい電話番号を勝手に手に入れただけで、警察に通報できるのよ」「僕、ママの声が聞きたかっただけなのに!」颯太の声は詰まり、時折しゃくりあげる音が混ざっていた。「ぼ、僕、ずっとお世話してくれて

  • 私を7年冷遇した夫。今更泣き縋ってももう遅い   第14話

    司はすべてを打ち明けると、悲しげに私を見つめていた。「やっと気づいたんだ、彩月。俺にはお前が必要なんだ……俺も、颯太も、お前がいるのが当たり前になっていた。離婚なんてしたくなかったんだ。お前がいない家は広くて寂しい……お前という存在を、俺の人生の汚点として切り捨てさえすれば、完璧になれると思い込んでいた。でも、本当は……俺はとっくに――」「私を愛してしまっている、とでも言いたいの?」私は冷ややかに言葉を遮り、彼が言おうとしていたセリフを先回りした。司は薄い唇を引き結び、期待を滲ませながら一歩近づいてきた。「そうだ!俺はお前を愛しているんだ。彩月、認めるよ。最初は結婚を迫るお前が憎かった。20歳そこそこで前途洋々だったのに、なぜお前の祖父の遺言のために人生を捧げなきゃいけないんだと。でも、お前は俺の想像とはまるで違っていた。財産にも執着せず、俺の愛情も求めない。何をしても怒らず、気にも留めていないようだった。その頃から、お前が特別な存在になったんだ。笑う顔が見たかったし、泣き顔も見たかった。18歳になる前のお前がどんなだったのか、知りたくなったんだ。以前のSNSの投稿も見たぞ。運動やファッションが好きだったろ?最近のお前を初めて見た時、あまりの美しさに息を呑んだよ」司は、この半年間ぶつける場所のなかった想いをまくしたてた。その熱っぽい表情は、まるで本当に私に溺れ、嫌っていたはずの女に本気になったかのようだった。私は深く息を吸い込んだ。だが、彼から漂うかすかなユリの香りに、抑えきれない吐き気を覚えた。これは蛍が愛用している香水だ。私は我慢できなくなり、植え込みへ駆け寄ってえづいた。司の顔が、一瞬で凍りついた。胃の不快感がようやく治まり、私は息をついて体を起こした。司は言葉を失い、切ない視線を向けていた。「司、そういう都合のいい安っぽい復縁ドラマは小説の中だけにしておいて。口にされるだけで、朝ごはんを全部吐き戻しそうなほど反吐が出るわ。今朝は何も口にしてなくて、本当に良かったこと」私は、容赦なく辛辣な言葉を浴びせた。「私が何も覚えていないとでも思った?甘い言葉を並べれば、昔の侮辱を忘れるとでも?あなたは私を愛しているんじゃない。愛人の蛍さんが、私みたいに言いなりにはならず、あなたのサンドバ

  • 私を7年冷遇した夫。今更泣き縋ってももう遅い   第13話

    すべては2ヶ月前から始まった。司は、またしても寝つけない夜の末に目を覚ました。颯太がまた熱を出したと、使用人に起こされたのだ。颯太の部屋へ駆けつけると、颯太は苦しそうに顔を歪めていた。「ママ……ママ……」と、うわ言のように繰り返している。司は咄嗟に彩月へ電話をかけたが、無機質な呼び出し音が鳴り響くだけだった。嫌な予感がして、慌ててスマホを確認する。案の定、連絡手段はすべてブロックされていた。彩月は本気だった。本当に去ってしまったのだ。その思いが頭の中を駆け巡り、激しいめまいに襲われる。颯太が病院へ運ばれた後も、彼は廊下のベンチで呆然と座り込んでいた。翌日、蛍が駆けつけてきて、司に甲斐甲斐しく気遣いの言葉をかけた。だが司は、颯太が倒れた本当の理由をすでに突き止めていた。颯太には小麦アレルギーがあったのだ。何度も体調を崩し、高熱を出していたのも、すべてアレルギーが原因だった。それなのに蛍は、あろうことかアレルギーの原因となる食べ物を食べさせていたのだ。司に問い詰められた蛍は、口ごもりながら言い訳をした。「う、うっかり忘れちゃってて……司さん、わざとじゃないのよ!」けれど、彩月なら絶対に忘れたりしなかった。司の脳裏に、ふとある言葉が浮かんだ。本当に颯太を愛している人間なら、決して忘れるはずがないのだ。目を真っ赤にして泣きつく蛍に嫌気がさし、彼は疲れ切った声で「出て行け」と言い放った。容態が落ち着いた颯太は、自分が倒れた原因が蛍だと知り、信じられない様子だった。「蛍さんは僕のこと、一番可愛がってくれてるのに!パパ言ってたじゃん。お熱が出た時も3日間看病してくれたって。アレルギーのこと知らないわけないよ!」司はどう説明していいか分からず、ただ無理やり寝かしつけるしかなかった。使用人に颯太を任せ、彼は車を走らせた。もう一度彩月に電話をかけてみたが、やはり繋がらない。人気のない夜の道路で、ようやく彼は自分のしたことへの後悔が押し寄せてきて、目の奥が熱くなるのを感じた。もし離婚に同意していなければ、彩月がすべてうまくやってくれていただろう。颯太が苦しむこともなく、自分も毎晩眠れない夜を過ごさずに済んだはずだ。司は車を路肩に止め、狂ったように彩月の情報を探し始め

  • 私を7年冷遇した夫。今更泣き縋ってももう遅い   第12話

    司は複雑な表情を浮かべ、自分の気持ちをすべて打ち明けた。最初は、望まない結婚生活からやっと解放されたと喜んでいたらしい。蛍も、司のために嬉し涙を流した。「ずっと辛そうにしているのを見てきて、私も息が苦しくなるほど胸が痛かったの。でもよかった。彩月さんにも少しは良心があって、あなたを自由にしてくれて……うぅ……」颯太は小さな両手をいっぱいに伸ばして二人をぎゅっと抱きしめると、お利口な顔をして言った。「蛍さん、泣かないで。あのケチがいなくなれば、これからは僕たちみんなで幸せに暮らせるよ!」蛍は涙を拭いながら、笑顔を見せた。そして、愛おしそうに彼を見つめた。だが司は……急に落ち着かなくなった。本来なら、喜ぶべきことのはずだった。なのに蛍の清楚で美しい顔を見るほど、なぜか焦燥感ばかりが募っていった。その日の夜、蛍は泊まっていきたいとほのめかした。けれど彼は、蛍の期待のこもった表情を見ないふりをして、やんわりと断った。広々とした寝室で一人横たわると、寒色でまとめられた部屋がやけにがらんとして、底冷えするような寂しさを覚えた。司は眠れなくなり、苛立ちながら起き上がって窓の外の月をぼんやりと眺めた。そしてふと、枕元に置かれていた暖色系の手袋に目を留めた。それは彩月がくれたものだった。司は自分が寒がりだと自覚していたが、彩月がそんなことまで気にかけていたとは思っていなかった。ほんのり温かみのある色が、寂しい部屋をそっと灯していた。自分が笑っていることに気づいた司は、思わず彩月の部屋のドアを開けてしまった。彼と彩月は2年半以上も別の部屋で眠っていた。彩月の部屋は彼の部屋と違い、生活の温もりが溢れていたが、何かがぽっかりと抜け落ちていた。司は、彩月が本当に桐生家を出て行ったのだと実感した。自分の元を去ったのだと。そう思った瞬間、胸が締め付けられるように痛み、言いようのない後悔が広がっていった。彩月の去り際を惜しんでいるなんて、彼には受け入れがたかった。翌日、彼は焦るように蛍のもとを訪ね、自分が何も変わっていないと証明するように彼女を抱こうとした。だが肝心なところで、赤らめて期待に満ちた蛍の顔を見た瞬間、頭から冷水を浴びせられたような感覚に襲われた。苛立ちも情欲も、綺麗さっぱり消え失せ

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status