로그인「今回の事件が作り上げられたもの……。だと?」 普段は頭の回転が速い直哉も、使用人が話した内容がすぐに頭に入ってこなかった。 ゆっくりと使用人は首を縦に振る。「凜華の事件は、冤罪だったと言うのか……?」(何度も調査をしたはずだ。有り得ない。宗像、唯衣、凜華の家族も証言している。機密情報を凜華が盗むことが可能だったということを)(妹の唯衣も、凜華が情報を持って行くところを目撃したと言っていた。それに実際に唯衣が証言したところからデータは見つかった) 直哉は、がしっと髪の毛を掻き上げる。「その情報は信じない」 まるでその宣言は、直哉が自分に言い聞かせているようだった。 信じないのではない、信じたくはないのだ。 逮捕される直前の凜華の顔が思い浮かぶ。<私はやっていない。信じて> そう何度も必死に訴えてくる凜華の顔が目を閉じればそこにある。 直哉は凜華が犯人だと疑わなかった。 警察が逮捕状を出すということは、確実に証拠があるということ。<妻を信じます>と言ったところで、数々の証拠の中、無罪を立証することは難しい。 それに桜庭病院の情報を売られ、裏切られたという気持ちがかなりの面積を占めた。「もう一度、当時の事件のことを洗い直せという旦那様の指示により、今回の情報屋が動いたようです。すると当時の調査結果には不自然な点も多く……」「奥様を犯人に仕立て上げたい人間が数人いれば、誰にでも犯人に仕立て上げられる、そんな点が見られたようです」 使用人は直哉の顔色を伺いながらも、情報屋から得られた報告を嘘偽りなく伝えた。 直哉が否定をしても、それが今できる自分の最大の務めだと考えたからだ。「当時、数多くの身内も凜華が犯人ではないかと証言をしている」「あの女は、身内からも裏切られたと言うのか?」(いや。待て。その身内の中に俺も含まれるのか? 凜華のことを信じようとしなかった俺も)(凜華の潔白を伝えることもせず、すべて捜査は任せていた。警察から凜華の行動を聞かれた時も自暴自棄になり、ただ返事をしていただけだった) 使用人は、再び大きく言葉もなくうなずくだけだ。<奥様が犯人で間違いなさそうですか?> そう警察から聞かれた時、裁判中に尋ねられた時も、直哉は「はい」と一言返事をした。「俺も凜華を冤罪へ追いやった人間の一人だと言うのか?」 直
「旦那様。奥様の調査結果が届いております」 凜華の夫、桜庭直哉は自宅書斎にいた。(この前の情報屋は、結局ほとんど何もわからなかった。今回はかなりの金をかけたんだ。それ相応の情報がわかるはず)「持ってこい」 直哉は直接自分の目で確かめようと資料を受け取る。 前回の調査結果では、直哉の知りたい内容は不明のままだった。 ただ二人の男が凜華に好意があり、支援をしているといった情報は、直哉の冷静さを失わせた。(凜華が俺に頭を下げてこないのは、あいつらがいたからか) 考えると、どうしようもない苛立ちを覚える。 妻が逮捕され、どれほど苦労をしたか。 マスコミに追われる毎日。病院の信用も失った。一時、経営が苦しくなった時すらある。 なのに――。(あいつは、謝罪の一つもしてこない) ビリっと勢いよく封筒を破り、資料を直哉は読み始める。 内容が進むにつれ、直哉の瞳孔が大きくなる。「そんなはずは……」(桜庭凜華は、獄中で受刑者や看守からの虐めに遭っていた可能性が高い……。だと?)(統率された機関で、そのようなことが起きることがあるのか?) だが、資料には<可能性が高い>とだけ書かれている。 確定している内容ではないことが伺えた。 直哉には一つ、気になる点があった。 凜華の顔の傷だ。(あの傷は、受刑中についたものだ。この報告が本当だとしたら、受刑者もしくは看守によってつけられた傷であるかもしれない)「あり得るのか? そんなことが……」 思わず、声に出して問う。「あの女の受刑中について、情報屋は直接何か言っていなかったか?」 直接やり取りをしている使用人に直哉は訊ねた。「奥様の刑務所での様子は、なぜか口を閉ざす者が多いそうです。そのため、可能性が高いとの結果だとか」「我々の前に、奥様の情報を操作している者がいる可能性についても示唆していました」「なんだと?」「あくまで推測のようですが。もっと詳しいことを知りたければ、追加で金を払えと要求してきました。なんでも、情報を操作している相手も相当の金持ちらしく。深入りするリスクが高いとのことで」(相手も金持ち? ただ刑務所内での生活を知りたいだけなのに。どうしてこんな簡単なことがわからないんだ)「バカらしい。その情報屋も所詮、金目当てなのだろう?」 ふんと鼻を鳴らす。 直哉は資料の続
涼真の一言一言に重みを感じた凜華だった。 が――。「私だったら、好きな相手を冤罪で刑務所へ送ろうだなんて思わないわ」「それが守ろうとした結果でも……。冤罪で捕まって、私はすべて失ったの。刑務所での日々も毎日が辛かった。だから私はあなたのことを一生恨み続けると思う。消えない傷よ」 凜華は、出所してからはじめて冷静に涼真と向き合った。 涼真が自分のためを想ってとった行動は、許しがたいもの。 例え、直哉や唯衣から命を狙われていたとしても、もっと他に方法があったのではないかと感じた。「悪かった。本当に。一生をかけて償おう」「俺は諦めの悪い男だから、凜華が嫌だと言っても、まだまだ諦めないけどな」 昔からずっと一緒だった幼馴染の涼真。兄のように慕っていた。 憎い相手になったことは変わりない。しかし凜華の心が少しだけ、救われた瞬間だった。「桜庭直哉には気をつけろよ。あと、唯衣……。お前の義理の妹もだ。何かあったら連絡しろ」 社員寮へ到着し、凜華と日葵を降ろした涼真は、部屋へ帰る前に忠告をした。「あと、これはビジネスの話だ。もし考えてくれるのであれば――」 涼真と別れ、久しぶりに部屋へ入った。(病室の方がよっぽど綺麗ね。こんなカビ臭い衛生的に悪い部屋にいたら、また具合が悪くなってしまう)(私だけならまだいい。日葵の身体にも負担だわ) 久しぶりに帰ってきた部屋は、心地よく、安心できる部屋ではなかった。 湿気とカビ、どんなに掃除をしてもどこからか入り込むホコリにシミだらけの壁。(涼真、こんなにもたくさん日葵の物品を用意してくれたのね。私の服とかもあるけど) 涼真は降りる時、かなりの日用品を凜華の部屋へ置いて行った。 袋に入っており、中身が何かわからなかったが、開けてみるとすべて自分たちに必要な物だった。(これ、私が好きだったブランドの服じゃない? もう着ることはないと思ったのに) 凜華が昔愛用していたブランド服まで入っている。(私のこと、よく見てくれていたのね) 嬉しくはない、だけど嫌でもない、そんな複雑な感情を凜華は抱く。 夫である直哉は凜華のことには無関心で、きっと愛用していたブランド一つも答えられないだろう。(もう一度、この服が似合うような女性になることはできるのかな) 服を広げ、見つめる。シンプルなホワイトのワンピース
「えっ?」 凜華は、自分が直哉から嫌われていることは知っていた。夫婦関係が破綻していたのも。 関係性はわからないが、直哉が義妹と仲が良いのも知っていた。<離婚>を提案してくれる日は、いつなんだろうと凜華自身も考えていたこと。「あなた、そうやってまた嘘をついて……」「嘘ではない。俺がお前を桜庭から強引に離そうとしたのは、それが理由でもある」(この人のこと、信じてはいけない。耳を傾けちゃいけない) 涼真の話はまだ続く。「桜庭直哉と義妹の唯衣は、お互いに結ばれたいと思っていた。しかし現妻の妹と再婚したとなれば、桜庭家の評判が落ちるだろう。良い噂は広がらない」(それはそうね。全く違う人と結婚するってなれば、また話は違ってくると思う。だけど義妹と結婚なんて、結婚中から不倫をしていたのではないか?という悪いイメージに繋がってしまう)(私は可哀想な妻になり、いくら権力があろうが、不倫の疑いがある直哉の評判が落ちてしまうかもしれない)「だからって、何も殺そうだなんて考えないわよ」「あいつは医師だ。自然死に見せかけてお前を殺すことなんて、簡単にできることだぞ」 涼真の言葉に、ぞわぞわと寒気を感じた。「いや、桜庭涼真もそうだが。お前の義妹、あいつの方が危険な存在だ。あの二人が結託していた……。その可能性を考えろ?」(唯衣。ずっと家族だと思っていた。だけどいつからか私だけが取り残されていた) 直哉が唯衣を見つめる時、凜華には向けられたことのないような優しい眼差しであったことを思い出す。(たしかにあの二人にとって、私は邪魔な存在だった) ぎりっと凜華は奥歯を噛みしめる。(悔しい。私があの過酷な刑務所生活の中で、苦しくてたまらなかった時、あの二人は優雅な生活を送っていたんだろう)「俺は凜華にフラれて、正直、お前のことが憎かった時期もあった。だが、殺そうだなんて思ったことは一度もない。ライバルである桜庭にお前を盗られて、悔しくて悔しくてたまらなかったけどな」 凜華へ伝えたことは、涼真の本音だ。幼馴染でずっと一緒にいた存在。きっと凜華も自分を将来の相手へ選んでくれると思っていた。 が、それは叶わぬ夢で、勘違いしていた自分が恥ずかしかった。しかも凜華が最終的に結婚相手へ選んだ相手は、ライバルの桜庭直哉。それを知った時、涼真は気が狂いそうだった。 凜華に
「お世話になりました」 凜華の体調は回復し、無事退院することになった。 日葵を抱き上げ、社員寮へ帰宅しようとする凜華を涼真と琥珀は見送る。「俺が送って行く」 涼真は琥珀を病院へ残るように指示を出した。「一人で帰れます」 凜華は極力、涼真と二人きりになりたくはない。 今回のことで何か危害を加えられるという疑念は薄くなったが、それでも人生を壊されたきっかけを作った涼真を心から信じることはできなかった。「ダメだ。久しぶりに外へ出るんだろう。途中でまた体調が悪くなったらどうする?」「それにもう車は用意した」 涼真は凜華の荷物を持ち、いくぞと声をかける。 琥珀は寂しそうにその光景を見守ったままだ。(結局、今回の入院費と日葵ちゃんのベビーホテル代は宗像先生がすべて支払い済みだ。俺が何か手を出すことはなかった)(本当は俺が凜華さんを送って行きたい。だけど、今日の担当医は俺だ)「凜華さん、宗像先生に何かされそうになったらすぐに相談してください」「なんだと!?」 琥珀の言葉に涼真は、ムスッとした顔をし、睨みつける。「琥珀くん、ありがとう。助かったわ」 凜華が琥珀へ声をかけると、同時に日葵も声をあげた。(俺が凜華さんを支えていく気持ちに変わりはない。今日だけは宗像先生に良いところを譲るか) 琥珀は柔らかな視線を凜華へ送りながら、フッと口角を上げた。・・・「凜華」 珍しく使用人ではなく、涼真が運転する車の中、凜華は自分から会話をすることはない。「なに?」 返事はするものの、どこか緊張感が漂っている。 そんな凜華の雰囲気は涼真も感じていた。「俺のところへ来ないか? 不自由な生活はさせない」「またその話? 私は絶対にあなたのところなんて行かない。離婚もしていないのよ」「何度でも誘う。俺は諦めないからな」 ふぅと凜華は自分を落ち着かせるため、息を吐く。「今回のことは感謝している。日葵も大切にしてくれてありがとう」「だけど、あなたからされたことは、忘れることはないし、許すことはできないわ」 涼真は凜華からの<ありがとう>という発言に、一歩進むことができたのではないかと心の中で感動をしている。頑張れば、信用を取り戻すことができるのではないかと期待した。「俺はお前を桜庭直哉から離すために……」「何度も聞いた話よ? もう言わないで」
「宗像と仁王にバレただと?」 とても低く、威圧感のある声音。 使用人はただ返事をすることもできず、震えている。「最後の部分、だから映像を切り取ったのか」 不自然に映像が途切れていた。「俺に嘘の申告をするとは。お前、どうなるかわかっているか?」 使用人の額の冷や汗が床に落ち、シミになる。「申し訳ございません!解雇になることは承知しております。ですが、家族には手を出さないでください」 頭を床につけ、使用人は土下座をした。 長年、時には密偵として仕えてきた使用人は、直哉の怖さを知っている。 気に入らない者はすぐに解雇、そして余計な口を割らないように大切な家族にまで手を回すことを。「俺のことを騙せると思った愚か者にそのような慈悲は……」 その時、同じ映像を回し続けていたスクリーンに日葵の姿が映った。 直哉の視線が日葵に向けられる。「もう二度と嘘はつくな」「は……い」「次はないからな」(まさか、許してくれるとでも言うのか? あの直哉様が?)「宗像と仁王に俺が動いていることが知れた。堂々と凜華に会いにでも行くか」「引き続き、獄中にいた時の凜華の様子とあの子どもの情報を調べろ」(まさかおとがめなしなのか。急にどうしたんだ? 絶対に処罰を受けると思っていたのに) 急変した直哉の態度に使用人は困惑する。(画面に奥様が抱いていた赤ん坊の姿が映し出された時、直哉様の雰囲気が変わった)(何にしても助かった。結果で誠意を見せるしかない) 使用人は立ち上がり、直哉へ深く一礼をする。「ありがとうございます」 スクリーンやカメラを片づけ、書斎を出て行こうとすると「宗像涼真の様子はどうだったんだ?」 映像には映っていなかった涼真について直哉は訊ねた。「宗像氏は奥様のことをかくまっているような様子でした。見ていただいた通り、とても綺麗な病室で、奥様は回復されているようです」「そうか」(やはりおかしい。あいつは凜華を告発した人間。凜華のことをどう思っている? まさか、何か裏があるのか?)(宗像にしても仁王にしても、うかつに手を出せる人間ではない。ここは正面から当たることにするか) 今、完全に直哉の頭の中は凜華のことで占めている。唯衣のことなど頭にはない。 あの男たちから、どうやって凜華を取り戻すか、それだけを考えていた。(これは愛情