Mag-log in和真が袖をまくろうと手を伸ばしてきた時、夕凪は気まずさのあまり、慌てて腕を引っこめた。「瀬戸部長!そちらの方は彼女さんですか?」同じテーブルに座っていた男性が、たまらずからかいの声を上げた。和真は夕凪をじっと深く見つめ、優しく微笑んで言った。「瀬戸さんは仕事の能力が高いだけでなく、地道で、落ち着いていて、純粋な方です……私としては、ぜひこんな素敵な女性に彼女になってもらいたいものですが、自分にそんな幸運なご縁があるかどうか!」夕凪は返す言葉を失い、危うく口に含んだ飲み物を吹き出しそうになった。この時になって、夕凪はようやく悟った。和真がこれほど自分に尽くしてくるのは、そういう下心があったからなのか……さっきまで、ただ社交的で世話焼きな人なのだとばかり思っていたのに。夕凪の胸の中は激しく波立ったが……すぐに落ち着きを取り戻し、顔を赤らめたまま礼儀正しく微笑んで言った。「瀬戸さん、お褒めいただきありがとうございます!もし私の元夫が、瀬戸さんのように人を見る目を持っていたら、私たちも離婚せずに済んだんですけどね!」夕凪が皮肉交じりに自嘲すると、案の定、テーブルの人々からどっと笑い声が上がった。すると、和真の隣にいた若い女性が、突然大きな声でわざとらしく驚いてみせた。「えっ、瀬戸さんって、もう離婚されていたんですかぁ!」夕凪は彼女を一目見て、大体の事情を察した。和真が自分の隣に座って以来、この若い女性はずっと和真にぴったりと寄り添うように座っていたのだ。二人の会話から、和真とこの女性が同じ会社の同僚であることは夕凪にもわかっていた。確かにその若い女性は自分よりも年齢が下で、化粧や身なりも洗練されていて美しかった。そして、彼女が和真に想いを寄せていることも明白だった……だが、和真は彼女にはまったく興味がないらしく、すべての神経を地味な夕凪の方へ集中させていたのである。若い女性の甲高い声は、たちまち周囲の注目を集めた。夕凪が顔を曇らせ、何か言い返そうとするよりも早く、隣の和真が口を開いた。和真は事もなげに言った。「離婚して何か問題があるのかい?今の時代、結婚や離婚なんてごく当たり前のことじゃないか。瀬戸さんほど素晴らしい女性と離婚するなんて、その男は頭がおかしいか、よほど見る目がないかのどちらかだね!」一蹴
てっきり、真相が明らかになれば、峻はすぐに謝ってくるものだとばかり思っていた。もしあいつが謝ってきたらどう返してやるか、私はすでに完璧な台詞まで用意していたのだ。――御堂さん、あなたの謝罪は受け入れません。冤罪で三年間も刑務所に入れられたこと、あの心の傷や苦痛は……あなたがどんな方法を使おうと、絶対に埋め合わせられるものじゃないわ!――もちろん、あなたがわざとやったんじゃないことはわかってる。清音が意図的に偽の証拠を残してあなたを誘導し、私を人殺しだと思い込ませて刑務所へ送ったんですものね。――だから、私はあなたを恨みません!でも、許すことも絶対にありません!ただ一つ望むのは、これから先、二度と関わらず、二度と会わないこと!もしどこかで偶然会ったとしても、赤の他人として振る舞うこと!私の願いは、それだけです!恨んでいないわけがないだろう?もちろん、心底恨んでいる!三年という果てしない時間、青春の三年、あの地獄のような昼と夜……だが、「恨みを抱き続ければきりがない」という言葉には、それなりの理がある。私には、もっとやるべき大切なことがある!自分のための人生があるのだ!だからこそ、あの男にもうこれ以上、一秒たりとも無駄な時間を費やしたくなかった!それなのに、峻は最初から最後まで、一言も謝ってこないのだ!おかげで、思い切り振り上げた拳を柔らかい綿の束に打ち込んだような……やり場のない深い無力感ばかりが募っていく!「瀬戸さん、こちらの席は空いていますか?」突然、隣から男の声がした。夕凪は反射的に体をずらした。「あっ、はい、誰もいません!」答えてから、少し戸惑った。反射的に顔を向けると、一人の男がそばに立っていた。「私のこと、ご存じなんですか?」夕凪は不思議そうに尋ねた。「さきほどの瀬戸さんの堂々たるお姿は、皆が拝見していましたから!」男は爽やかな笑みを浮かべて言った。男は紺色のジャケットに黒のカジュアルパンツという装いで、峻ほど背が高く、顔立ちが整っているわけではないが、とても清潔感があり、見ていて好感の持てる雰囲気を漂わせていた。夕凪には、彼も視察団のメンバーで、企画運営会社の代表だったような記憶がおぼろげにあった。男は夕凪の隣の椅子を引き、腰を下ろした。「瀬戸和真(せと かずま)と申
夕凪は焦るあまり、集団の後ろで必死に背伸びを繰り返し、ひょこひょこと跳びはねて前を覗き込もうとしていた。人だかりの中心にいた峻が、ふいに足を止めた。「造園設計の代表はどこだ?」上質なビジネススーツに身を包んだ峻は、頭に安全ヘルメットを被っていてもまったく違和感がない。それどころか、その眼差しはいっそうの力強さを増し、重厚で落ち着いたオーラを際立たせていた。周囲の者たちは一瞬ぽかんとし、すぐに顔を見合わせた。「ここです、ここ!ここにいます!」名指しされた夕凪は力いっぱい腕を挙げ、大きな声で答えながら人だかりの中へ押し入ろうとした。しかし今度は、まったく苦労する必要はなかった。全員がすぐさま彼女のために道を空けたのだ。「役員の皆様!御堂社長!お疲れ様です!涼崎創博造園設計会社の代表として参りました、瀬戸と申します!」夕凪はすぐさま礼儀正しくお辞儀をし、いかなる時も自社をアピールし、会社のイメージを保つことを忘れなかった。こんなに頑張っているのだから、年末の忘年会ではぜひ「企業イメージ向上貢献賞」でも表彰してほしいくらいだ!役員たちは不思議そうに峻へ視線を向けた。さきほどまでプロジェクトの規模について話し合っていたというのに、なぜ急に造園設計の担当者を呼び出したのだろうか。たかが造園設計の段階など、今ここで話し合う必要はないはずだが。峻は夕凪を見据え、落ち着いた表情と淡々とした口調で言った。「朝峰町は自然豊かな町だ。ここでどんな事業を進めるにせよ、生態環境の保護を最優先しなければならない。君たち造園設計会社は、この自然環境や生態系を活かすことを第一に考え、過度な開発を避けるように」峻の言葉が終わると、周囲の者たちは一斉に深く納得したような顔をした。なるほど、そういうことか!地元自治体の役員たちも、深くうなずき満足そうな笑みを浮かべた。そのとおりだ。この町の開発において、彼らが最も懸念していたのが生態環境の保護だった。利益や規模ばかりを追求し、最終的に自然を破壊してしまった開発事例は過去にいくつもあり、そのたびに痛ましい思いをしてきたのだ。「おっしゃるとおりです……」峻は再び夕凪へ顔を向け、淡々と言い放った。「だから、君は俺のそばについてしっかり話を聞き、記録をとっておくように」夕凪は目を丸くし、心
夕凪は意識が朦朧とする中、目の前で大勢の人がせわしなく行き交い、パトカーの赤いランプが激しく点滅しているのを感じていた……耳元で、優しくも切羽詰まった声が響き続ける。「夕凪!夕凪!目を覚ましなさい!絶対に死んではいかん……!」後になって病院で目を覚ました時、彼女はあの時耳元で何度も呼びかけていたのが、祖父である宗正だったと知った。……夕凪が失踪したと聞くやいなや、宗正は進行中だった重要な商談をすべて放り出し、警察とともに血眼になって彼女の行方を捜し回ったのだ……涼崎の街を隅から隅まで、ほとんど自分の足で歩き尽くすほどに。そして、同じく後になって知ったことだが、自分が失踪して生死の境をさまよっていたまさにその日。清音が仕事で大きなミスをしてひどく落ち込んでいたため、彼女を心配した峻は、その晩ずっと涼風家に付き添っていたのだという。峻はあの大きな体を、涼風家のリビングにある窮屈なソファに小さく縮こまらせて一晩を過ごした。どんなに寝苦しく、みっともない姿になろうと、彼は清音のために、嬉々としてそうしていたのだ。「夕凪?」峻は、夕凪がぼんやりとして何か別のことを考えているのを見て……たちまちその整った顔をさらに険しく、冷たく曇らせた。俺がこうして、死ぬほど心配して目の前に立っているというのに……午前中を丸ごと潰し、視察団や警察も巻き込んで、この朝峰町中を血眼になって捜し回ったというのに……この女は少しも心を動かされることなく、あろうことか別のことを考えて心ここにあらずだと?「あっ……すみません、その……昨夜SNSのショート動画を見ていたら、あるグルメ系の配信者が朝峰町の日帰り観光ガイドを紹介していて、ここの肉うどんがすごく美味しいって言っていたんです。それで、どうしても我慢できなくて、今朝早くここへ食べに来てしまって……」夕凪はハッと我に返り、慌てて弁解した。「ご迷惑をおかけして、本当にすみません……」あの過去の記憶の中では、峻のせいで危うく命を落としかけたと思っていた……だが、今こうして冷静になってよく考えてみれば、実は彼には何の関係もないことだったのだ。すべては当時の自分の独りよがりであり、あまりにも無知でわがままだったからこそ、あんな理性を欠いた行動に走ってしまっただけだ。峻には何の責任もない。もしあ
朝食会場で峻が食事を取っていると、血相を変えた柊吾が近づき、声を潜めて報告した。「社長、瀬戸夕凪さんの姿が、どこにも見当たりません!」どこにもいないだと?生きている人間が、何の前触れもなく突然姿を消すはずがない。峻は手にしていたスプーンを粥の椀へ置いた。だが、その指先がかすかに震えていることには、誰も気づかなかった。もしその指に触れれば、峻の体が氷のように冷え切っていることがわかっただろう。峻は険しい顔で、柊吾へ冷たく尋ねた。「神崎修一は、どうやってホテルを出た?」柊吾は一瞬、答えに詰まった。だがすぐに質問の意図を理解し、慌てて説明した。「昨夜、視察団がホテルへ到着した直後、神崎社長はすぐにお出かけになりました。一方、瀬戸夕凪さんがいなくなったのは今朝です。ホテルのフロントで確認したところ、今朝の六時頃、瀬戸さんはお一人でホテルを出て行かれたとのことでした」つまり、夕凪がいなくなったことと修一の動きには、何の関係もないということだ。柊吾は、峻のこれまでの性格からすれば、この報告を聞いてまた不機嫌になるだろうと高を括っていた。社長は夕凪のことをよく知っている。夕凪は昔から、わざと姿を消して相手の気を引こうとするような面倒な女だ。社長が本気で心配するはずがない。そんな夕凪の小細工を煩わしく思い、嫌悪感を募らせるだけだろう、と。ところが、峻は勢いよく立ち上がり、凍りつくような声で命じた。「何をしている。すぐ人を出して捜せ!それから、警察にも連絡しろ!」柊吾は言葉を失った。呆然と、その場に立ち尽くした。待て。社長の夕凪に対する態度が、どうして突然ここまで変わったのだ?しばらくしてようやく我に返り、柊吾は戸惑いながら言った。「け……警察ですか?ですが、いなくなってからまだ二時間ほどしか経っていません。警察に相談しても、事件性が確認できなければ、すぐに本格的な捜索に動いてくれるとは限りません……」いくら何でも、大げさすぎやしないだろうか。ところが峻は突然、激しい怒りを爆発させた。「二時間だから何だと言うんだ!?万が一のことがあれば、ものの数分で……!」そこまで言いかけたところで、峻は急に言葉を詰まらせた。喉の奥に何かがつかえ、息もできないようだった。その大きな体が、抑えきれずにまた小さく震え
「問題ない」峻は淡々と言い放った。企画運営会社の責任者の目が、たちまち輝いた。興奮のあまり、危うく席から飛び上がりそうになったほどだ。長年この業界にいて、数え切れないほどのクライアントを相手にしてきたが、初期案が何一つダメ出しされずに一発で通ったことなど、これが初めてだった。それも、相手は御堂グループという超大物のクライアントなのだ。信じられない。自分たちのチームは、本当にそれほど優秀だったのか!だが、責任者は知る由もなかった。今の峻は完全に心ここにあらずで、プロジェクトのことなど一ミリも聞いていなかったのだ。御堂グループが毎年手がける数多くの開発プロジェクトの中で、これはごくありふれた一件にすぎない。もともと自ら視察に赴く必要などなく、本来なら吉岡社長が現場の責任者を務めるはずだった。ところが、知景のあの話を聞いた峻は、会社が現在進めているプロジェクトをすべてリストアップさせ、一件ずつ洗い直した末に、わざわざこの事業を選び出したのだ。つまり視察など単なる口実にすぎず、峻の本当の目的は別にあった。ただ一つ想定外だったのは、修一までがなぜかこの視察団に同行してきたことだ。自分でさえ自ら出向く必要のない規模のプロジェクトである。ましてやエリア全体の開発を担うクライアントの立場である修一が、わざわざ一つのプロジェクトの視察団に同行する必要など、なおさらなかった。修一もプロジェクトそのものを目的に来ているわけではないことだけは、峻にも直感でわかっていた。だが、修一がこの視察団に加わった本当の狙いが何なのかは、どうしても見当がつかなかった。三時間後、飛行機は南嶺空港へ着陸した。朝峰町の現地事業部が手配した数台の送迎ワゴン車が、すでに空港で一行を待っていた。視察団が朝峰町のホテルへ到着した時には、もう夜の十時を回っていた。一行は空腹と眠気と疲労でくたくたになっており、簡単に食事を済ませると、それぞれの部屋へ戻って早々に休んだ。翌朝、峻が部屋を出ると、柊吾がすぐに近づき、声を潜めて報告した。「社長、今しがた情報が入りました。昨夜、神崎社長は、こちらでご用意したホテルの部屋にはお泊まりになっていません。どちらへ向かわれたのかも不明です」峻は淡々と、「そうか」とだけ答えた。すべて予想していたことだった。修一がここ
だが、夕凪はすぐに飛びつくことはしなかった。不安げに眉を寄せる。「でも……」言いかけて、口をつぐんだ。桐生家と御堂家は商売敵だ。この男の厚意を素直に受け取っていいものか。司はにやりと笑った。「そんなに警戒するなよ。大荷物抱えて仕事を探し回ってるってことは、行く当てがないんだろ?俺はただ、困ってる人間に手を貸してやろうってだけだ」それでも夕凪の警戒は解けない。司はその様子を見て、声を上げて笑った。「あんたを利用するつもりなら、今すぐ御堂さんに電話してるさ。わざわざこんな地味な仕事を回す必要がどこにある?まあ、働くか出ていくかはあんたの自由だ。好きにしろ」そう言い残
嫁ぎ先には怖くて戻れない。実家にも帰れない。――行き場が、どこにもない。夕凪はあてもなく、身を切るような寒風の中を歩き続けていた。鼻先は真っ赤で、体の震えが止まらない。ふと、子どもの頃に読んだ「マッチ売りの少女」を思い出した。寒くて、腹が減って、一文無しで――今の自分は、まさにあの少女そのものだ。足が止まった。目の前に、二十四時間営業の看板を掲げたファストフード店がある。窓越しに見える店内には、夜を明かすホームレスたちの姿があった。もう、ここしかない。夕凪は歯を食いしばり、迷惑を承知で店に入った。隅の席を見つけ、テーブルに突っ伏す。外で凍え死ぬよりはマシだ。けれ
二十分後。忠はアクセルを踏み抜かんばかりの勢いで車を飛ばし、ようやく最短時間で峻を本家へ送り届けた。玄関をくぐるなり、御堂グループの次期総帥ともあろう峻が、またしても祖母にこっぴどく叱り飛ばされた。峻は一言も言い返さず、黙って叱責を浴びていた。が、頭の中では別のことを考えていた。御堂家の先代当主と夕凪の外祖父――瀬戸グループの創業者は、血の繋がりこそないが義兄弟の契りを結んだ仲だ。夕凪は幼い頃からしょっちゅう本家に遊びに来ていた。静江には三人の息子と一人の娘がいて、孫も五、六人、さらに外孫娘もいる。けれど昔から誰よりも可愛がっていたのは、血の繋がりのない夕凪だった。御堂家の
刑務所を出た夕凪が真っ先にしたことは、銭湯へ行って湯につかることだった。まずはこの身にまとわりついた穢れを、きれいさっぱり洗い流したかったのだ。浴槽に足を踏み入れ、熱い湯の中にゆっくりと体を沈めていく……ああ、気持ちいい。思わず目を閉じて、浴槽の縁に頭をもたせかけた。あまりにも穏やかで、あまりにも安らかで――ずっと張り詰めていた糸がふっとほどけた途端、記憶の底に沈めていたものが、ひとりでに浮かび上がってきた。六年前、御堂グループは突如として経営危機に陥った。窮地を脱するため、峻は自ら夕凪のもとを訪れ、プロポーズした。瀬戸グループに支援させるための政略結婚だった。父は反対して







