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【第一章】地雷系ホスト・みおん 3

Author: すずかん
last update Last Updated: 2026-01-12 16:51:11

こうなってしまったのは、いつからだったのだろう。

彼と出会う前の私は、ホストクラブとは無縁で、夜遊びも知らず、ただ真面目に生きていたのに。

「ねえ、ホスト行かん?」

そんな唐突な誘いが、久しぶりに連絡をくれた中学時代の友人から届いた。長らく疎遠だった彼女からのメッセージに、最初は戸惑いしかなかった。

ホスト――。

興味がなかったと言えば嘘になる。

TikTokで流れてくるホストの動画を、どこか異国の文化でも見るような気持ちで眺めていた。

でも、どこか怖い世界だった。

色恋や金銭、駆け引き、欲望、嫉妬、依存……人の“弱さ”が露呈する場所という印象があったからだ。

そんな場所、一生縁がないと思っていた。

いや、むしろ自分とは相容れない世界だとさえ思っていた。

私は真面目で誠実な人が好きだ。

チャラチャラしたノリや、言葉巧みに距離を詰めてくるようなタイプは苦手だ。ホストなんて、絶対にハマるわけがないし、楽しいはずがない。

だから最初の返事は、

「え、絶対にいや」

だった。

けれど、彼女から返ってきた一言に、心が揺れた。

「でもさ、人生経験として、一度だけ行ってみない?」

――人生経験。

その言葉に、どこか惹かれてしまった。

たしかに、一度くらいなら。

自分の知らない世界を、少しだけ覗いてみるのも悪くないかもしれない。そう思って、私は「うん」と返信してしまった。

まさかそれが、私の平和な日常を静かに崩し始める一歩になるとは、そのときの私はまだ、知る由もなかった。

***

午後六時。

いつもより少し濃いめにチークを入れ、普段は選ばない華やかな色のリップを唇にのせた。

鏡に映る自分に、どこか落ち着かない視線を向ける。

バッグも、持っている中で一番“高そう”なものを選んだ。

──こんなんで大丈夫かな。

心細さを隠すように深呼吸をひとつして、私は、いつもなら家でゆっくり過ごしている時間に外に出た。

冷たい空気が肌に触れると、急に不安が波のように押し寄せてくる。

私は夜に遊びに出かける習慣がない。

在宅での仕事を選んだのも、なるべく人間関係のストレスから距離を置きたかったからだ。

朝は十一時ごろにゆっくり起き、コーヒーを飲みながら仕事を始める。

小さな休憩を挟みながら夜七時にはパソコンを閉じ、夕飯を食べて、お風呂に入って眠る。

そんな静かで淡々とした暮らしが、今の私にとっての“幸せ”だった。

数年前、接客業をしていた頃は違った。

気疲れと人間関係のストレスで心身を崩し、診断されたのは“適応障害”。

だからこそ私は決めていた。

できるだけ心をすり減らさず、平穏な日々を丁寧に生きる。刺激のない日常でも、心が壊れなければ、それで十分だと。

それなのに――

今、私はこの足で“夜の街”に向かっている。

歓楽街のあるその場所に降り立つと、そこはまるで別世界だった。キャッチの声、ギラついた看板、香水とタバコの混ざった空気。

道を行き交うのはほとんどが外国人で、日本語が飛び交っているのに、どこか異国に迷い込んだような感覚に陥る。

胸の奥が、締めつけられるようにざわついた。

やっぱり来るべきじゃなかったかもしれない。

そう思い始めた、その瞬間だった。

「やほやほ〜!」

背後から、聞き慣れない明るい声が飛んできた。

振り返ると、そこには金髪にバッチリメイクを施した、派手な見た目の女性が立っていた。

「えっ……ゆりちゃん?」

「そう! わたしー! 全然違うからわかんないよね?」

彼女はそう言って、にこにこ笑う。

私の知っている“ゆりちゃん”は、黒髪で、どちらかといえば物静かな性格だった。

その面影は、目の前の彼女のどこにも見当たらない。まるで別人。

眩しすぎて、視線を合わせるのにさえ戸惑った。

「話したいこといっぱいあるけど、時間ヤバいから歩きながら話そっか!」

そう言って、彼女は躊躇なく夜の街へと足を踏み出す。キャッチたちが次々と声をかけてくるが、彼女は慣れた手つきでそれをスルーしていく。

この街を歩き慣れているんだな――

そんな思いが胸をかすめた。

私の知っている“ゆりちゃん”と、今目の前にいる彼女のあまりのギャップに、ついていく足が少しだけ重くなる。

「今から行く店ね、そんな大きいとこじゃないから安心して! 担当にも連絡してるから、たぶん店前で出迎えてくれると思うよ!」

――担当。

その響きに、少しだけ現実味が増す。

本当に私、今から“ホストクラブ”に行くんだ。

「まじ、うちの担当パワフルだから、さーちゃん驚いちゃうかもね〜!」

キャハハと笑う彼女の手が視界に入る。

ネイルはゴテゴテに飾られ、ダイヤのようにキラキラと光を反射するパーツや、ミニチュアのリボンがついている。

あれでどうやって日常生活を送ってるんだろう――と一瞬思ったが、それよりも、今の彼女のまぶしさにただ圧倒されていた。

私は夜の街の光に目を細めながら、その背中を追って歩き続けた。

胸の奥では、不安と好奇心が入り混じって、静かに波打っていた。

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