登入朝の日差しは、残酷なほどまぶしかった。テーブルの向かいで修司が、きれいに焼けたトーストへ薄くイチジクのジャムを塗っていた。
「紗月、今日はやけに顔色が悪いな。昨日、遅くまで頑張りすぎたんじゃないか?」
声はどこまでも優しく、目には妻の体を気遣う色が浮かんでいた。けれど、その優しい指が検索窓に打ち込んだ言葉は、焼き印のように私の目にこびりついていた。
【喘息患者に致命的な無色無臭のオイル成分】
【配偶者の死亡保険金 2億5000万円 一括受取の手続き】
「ちょっと疲れてるだけ。今日、会社のデータを新しいシステムに移すの。抜けがないか確認しなくちゃいけなくて」
カップを持ち上げ、温かなアールグレイをゆっくりと口に含んだ。舌を流れるほろ苦い紅茶の香りで、修司の襟に染みついた、あの消毒薬の匂いを打ち消そうとした。
「無理するなよ。来週の金曜には、二人で別荘に行くんだから。そのときはゆっくり休めばいい」
来週の金曜日。私の命が終わる予定の日を口にしながら、修司は目尻を下げて柔らかく笑った。私はその笑顔を、初めて会う人を見るように、長いこと見つめた。
会社へ着くなり、研究室のドアに鍵をかけた。ブラインドを下ろし、二枚のモニターへ昨夜撮った画面を映す。ぼやけた写真は拡大し、読めない文字は空欄のままにした。
修司の検索語とアクセスした時間帯、それから以前確認した法人カードの取引先を、Excelのシートへ移した。確認できた事実と疑わしいだけのことは、別の欄に分ける。画面に残った空白を見つめていると、自分が知っていることがすべてではないと、はっきり思い知らされた。
空欄を勝手に埋めることはしなかった。夫の表情を思い浮かべるだけでは、確かめられないことばかりだ。日付の重なる取引から、もう一度見直していった。
修司の殺人計画は、いくつもの異なる事故死の筋書きに分かれていた。
喘息発作。浴室での転倒。ブレーキの故障。浴槽での感電。今、確認できているのはこの四つ。検索がどんな順番で実行に移されるのかは、まだわからない。
修司は、これらを事故に見せかけられると信じているらしい。薬品を手に入れる取引先を知っていることと、捜査を逃れられることは別問題だった。私はまず、検索語の横に、実際に用意した品があるかどうかを記した。
***
午前十一時。私はサイバー犯罪と複雑な刑事事件を専門に扱う弁護士、久世崇文の、霞が関にある法律事務所を訪ねた。
大きなガラス窓から裁判所の建物を見下ろす応接室で、久世は私が渡したタブレットの資料を、黙ってめくっていた。眼鏡の奥の眼差しが、冷たく沈んでいく。
「桐谷さん。殺人の準備や謀議も、処罰の対象になり得ます。検索語だけで断定はできませんが、この通話の内容と準備の形跡は、捜査を求める根拠になり得る。まずは、ご主人と離れて暮らすべきです」
久世は通話が録音された時刻を、もう一度確かめた。私の表に記した推測と、実際に確認した事実を指でたどり、その手を止める。
「おっしゃることはわかります。今日はまず、資料をお預けしに来ました」
書類封筒から保管用の外付けハードディスクを取り出し、テーブルへ置いた。
「写真と録音の元データを保管してください。いつ、どんな状態で手に入れたものかも、記録しておいてほしいんです。夫が用意した罠は……夫とあの女が、自分たちで踏むことになりますから」
久世の濃い眉が、わずかに上がった。
「保管できるかどうかと、適法かどうかは別です。桐谷さんが相手の持ち物や場所に直接手を加えれば、ご主人の犯行とは別に、あなたも捜査を受ける可能性があります」
「それでも、あの人が実際に動くところを確かめないと」
「確認はしても、介入はしないでください。手に入れた資料はこちらで保管します。危険だと感じたら、すぐに通報を」
話し終えても、私はハードディスクから手を離せなかった。久世がはっきりと線を引くほど、自分がその外側に踏み出すことを考えているのも、はっきりしていった。
***
研究室に戻った午後三時。モニター上の追跡ボットが、修司個人宛ての荷物の配送通知をリアルタイムで検知した。
発送元は、修司の取引先である特殊有機化学試薬の研究所。届け先は、私たちの家の玄関だった。
【品名:研究用高濃度エッセンス】
修司が私を殺すために注文した、最初の凶器。それがついに、家のドアの前まで近づいていた。
数週間後、判決公判が開かれた。東京地方裁判所の法廷は、静まり返っていた。裁判長が判決文を開き、被告人たちを見た。紙をめくる小さな音がした。法廷中の息遣いとざわめきが、一斉にぴたりと止まった。「主文。被告人桐谷修司を懲役十五年に処する。被告人白石玲奈を懲役八年に処する」裁判長の声が、はっきりと響いた。「被告人らは、桐谷修司の配偶者である被害者の命を、巨額の死亡保険金を詐取するための手段とし、複数の殺害方法を話し合い、実際の犯行に及んだ。収集されたデジタルフォレンジックの証拠には確かな信用性が認められる。犯行の残虐性、反省の姿勢がまったく見られないことを考慮すれば、重い刑は避けられない」判決が言い渡された瞬間、修司は脚から力が抜け、被告人席の冷たい床へ崩れ落ちた。「十五年なんて……裁判長、お願いです、一度だけ慈悲を! 紗月、許してくれ! 頼む、俺を出してくれよ、紗月!」傍聴席の私へ向かって立ち上がろうとした修司を、刑務官が制止した。彼は何度か名前を呼んだが、私は顔を向けなかった。玲奈は唇を噛んだまま、修司から体をそむけた。二人が護送用の通路へ消えると、法廷はまた静かになった。私はゆっくりと服を整え、席を立った。久世弁護士が近づき、丁寧に握手を求めてきた。長い手続きを終えた安堵が、その顔に浮かんでいた。「一ノ瀬さん、この刑事事件はいったんここまでです。離婚と財産の問題は別の手続きで整理されましたし、保険契約も効力のないものとして処理されています」「ありがとうございます。私が提出した資料も、最後まで確認してください」久世は短くうなずいた。私の行動の一部についても、別件で確認の手続きが残っていた。最初から彼に警告されていた部分だった。修司と玲奈に刑が言い渡されたからといって、私の選択がすべて正当になるわけではない。もう、『返しただけ』という言葉で覆い隠さないと決めた。捜査で尋ねられた順に答え、求められた元データも、そのまま出した。裁判所の大きなガラスの正面扉へ向かう足取りは、三年間の鎖を断ち切ったように軽く、確かだった。後ろで誰かに名前を呼ばれた気がして、一度足を止めた。振り返りはしなかった。指に残った指輪の跡を、親指でなぞった。ドアを押して外へ出ると、法廷の音は、それ以上ついてこなかった。澄んだ初秋の日差しが、肩へまぶしく降り注いだ。
数か月後、東京地方裁判所の刑事法廷。証拠調べが続くその日、修司と玲奈が刑務官に付き添われ、被告人席へ入ってきた。勾留中の修司は青い服を着て、右肩に白い包帯を巻いていた。うつむき、ゆっくり歩いている。隣の玲奈も、顔に残った痛々しい火傷の痕を隠すためマスクをつけていたが、焦点の定まらない目は、刑罰のような恐怖と不安に揺れていた。修司は傍聴席を見回し、私を見つけると、すぐに目をそらした。玲奈は最後まで、修司のほうを見なかった。傍聴席には、記者や一般の傍聴人が座っていた。「被告人、桐谷修司の弁護人。ご意見を述べてください」裁判長の言葉に、修司側の弁護士が立ち上がった。「被告人は、被害者との長年にわたる夫婦間の葛藤によって、重いうつ状態とストレスに苦しんでいたにすぎません。殺意も、明確な実行の着手もありませんでした。ポルシェの事故と山中湖の別荘で起きた火災も、偶発的な過失にすぎず、法の許す限り、最大限寛大な判決を……」私の陳述の番になり、席を立った。手にした資料の端が、強く握ったせいでつぶれていた。修司のほうを見ず、裁判官へ向き直った。「偶然、夫の検索履歴を見たときから、実際に私の車が傷つけられるまで、私は記録を残しました。自分がしたことも隠さず、捜査の際に提出しています」陳述が終わると、検察官が提出資料を画面へ映した。久世が保管履歴をまとめ、引き渡した資料だった。私は席へ戻り、画面を見た。ザッ。法廷中央のスクリーンに、資料の一覧が順に表示された。裁判官たちは、画面と書面を交互に確認した。「被告人が使用していたノートパソコンの閲覧履歴と、当時の画面を撮影した資料です」検察官は、入手の経緯と、その後の保管状況を説明した。久世が整理した日付が、画面に映った。「最初の撮影資料には、発見前の十日間の閲覧時刻と検索語が残っています。薬品の配送資料、駐車場の映像も併せてご覧ください」画面が切り替わり、修司が取引先を通して受け取った高濃度アンプルの送り状データと、山中湖の別荘の地下室で200V系統につないだ銅線の写真が、4Kの鮮明な画像で映し出された。続いて、地下二階の駐車場で、装具をつけた修司が私のセダンの下へ潜り、ブレーキホースをダイヤモンド錐で傷つける赤外線映像が、そのまま再生された。映像の修司は、車から離れながらつぶやいた。「紗月……これで
救急隊と警察の照らす光が、二階の浴室へ入ってきた。強い白色光が、濡れた床と散らばる物を、一度に浮かび上がらせた。一人の救急隊員は、まず入り口で電源が切れているか確認し、ほかの隊員たちは、修司と玲奈へ動かないよう声をかけた。冷たく濡れた浴槽の底で、かろうじて意識を取り戻した修司が、血の混じった泡を吐き出した。震える手で縁をつかみ、床へ這い出してきた。全身の筋肉と神経が引き裂かれるような、しびれを伴う痛みに、爪が剥がれそうなほどタイルをかいた。血の混じる咳を、何度も吐いた。「げほっ……た、助けて……頼む、助けてくれ……」ぼやけた視界に、開いたドアの前の、きちんとした靴先が入った。黒い革のオックスフォードシューズに、濃紺のスーツ。紗月だった。その後ろには、救急隊員と警察官が入り口を埋めていた。久世は通報を受けて少し遅れて到着し、階段のそばに立っていた。「紗月……!」修司は血まみれの手を宙へ伸ばし、吐き出すように卑劣な嘘を並べた。「あ、あの玲奈が、俺を殺そうとして、配電盤からこっそり電線をつないだんだ! 俺は被害者だ! 紗月、頼む、助けてくれ……救急に運んでくれ、お願いだ!」最後まで、玲奈のほうを指さしていた。私は答えなかった。まず隊員が二人の状態を確認できるよう、脇へ退いた。現場の安全確保が済むと、刑事が二人を離した。すでに確保されていたブレーキへの細工の映像と、別荘内の状況を踏まえ、逮捕理由を告げた。「桐谷修司さん、白石玲奈さん。殺人未遂などの容疑で逮捕します。弁護人を選任することができます。弁解はありますか」修司は刑事の言葉より先に、紗月を見た。久世は警察に求められるまで、口を開かなかった。「な……何だって? 逮捕って……何で俺が殺人未遂なんだよ!」顎がこわばり、細かく震えた。刑事が二人近づき、修司を押さえた。一人は怪我した右腕を確認し、もう一人は、また起き上がろうとするのを止めた。カチリ。修司の手首に、手錠がかかった。浴槽の中で震え、うずくまる玲奈の手首にも、同じ手錠がかけられた。刑事は二人の状態を見ながら、隊員が先に処置できるよう、場所を空けた。玲奈が話を途切れさせて咳き込むと、質問も止まった。修司は久世を見、それから私へ視線を移した。誰も、彼の一言で手錠を外してくれそうにはなかった。しばらくして、別の刑事が私のほうへ来
安全ブレーカーが落ちたあとも、浴槽の中は混乱していた。修司は壁を探りながら起き上がろうとし、玲奈はその肩をつかんで、先に出ようとしていた。濡れた服が底に貼りつき、二人とも、まともに立てなかった。「電気、ちゃんと切れたんでしょうね? 修司さん、確かめて! また流れたらどうするの!」「お前が離さないと、外に出て見られないだろ!」一瞬の閃光が、恐怖を何倍にも膨らませていた。あの電線は、修司自身が地下室でつないだものだ。どこに触れれば危険なのか、一番わかっているのも修司だった。玲奈の手を振り払い、浴槽の縁をつかんだ。怪我した肩のせいで力が入らず、出かけた罵りを噛み殺した。玲奈は先に逃げようとしていると思ったのか、また襟を引いた。今や二人は、紗月よりも互いを恐れていた。「あなたがつないだんでしょう。どこを触ればいいかも、わかってるんじゃないの!」「だから動くなって! お前が引っ張るから、出られないんだろ!」自分で作った危険を説明する羽目になると、修司の声はさらに大きくなった。玲奈は、わざと時間を稼いでいるのではないかと疑った。どちらも、相手の言葉を最後まで聞かなかった。廊下でそのやり取りを聞いていると、思い描いていた場面と、現実とが、まるで違う方向へ進んでいるのを感じた。私は二人が互いを壊していく姿を見たかった。けれど、火花が散った瞬間から、制御しているという言葉そのものが、嘘に思えた。***浴室の外の廊下で、私はタブレットの電源状態を確かめた。非常用の回路が再び生きないよう、全体の遮断を維持した。指先が濡れ、画面がうまく反応しなかった。手袋を脱がずに、遮断状態を二度確認した。中では修司と玲奈が、浴槽の縁をつかんで押し合っていた。修司がつないだ電線はそのままだったが、ブレーカーが落ちてから、火花は二度と散らなかった。私は携帯の緊急通報画面を開いた。あらかじめ保存しておいた別荘の住所とともに、通話ボタンを押す。息を整えて、ようやく最初の言葉が出た。「二人、怪我をしています。電気設備が危険な状態です。警察と救急、両方お願いします」通報を終えても、手の震えは止まらなかった。電話の向こうの担当者は、現場に近づかず、電源から離れるよう繰り返していた。私は浴室の敷居から、さらに下がった。通報したと知った修司が、顔を上げた。「紗月、警察を呼んだのか?
玲奈は私の言葉を聞くなり、体をひねった。「修司さん……あなたなの?! 私を殺そうとして……!」悲鳴が闇を裂いた。暗闇の中、目の前を塞ぐ男へ向けて、血のついた爪を鉤のように立て、激しく飛びかかった。「この人殺し! 私を感電させて殺して、二億五千万を独り占めするために、浴室へ押したんでしょう!」「ぐあっ! やめろ! 玲奈、俺まで殺す気か!」修司は痛みに叫び、怪我した腕で相手を乱暴に打ち払った。だが、完全な闇の中で極度のパニックに陥った玲奈には、どんな弁解も届かなかった。手術した鎖骨のあたりを殴られ、修司は息をのんだ。声で玲奈だとはわかったが、手を離せなかった。離した途端にまた殴られそうで、彼女の腕を押さえつけた。「玲奈、俺だ! 落ち着け!」「あなたの言うことなんて、もう一つも信じない!」「俺じゃないって言ってるだろ! まず手を離せよ!」二人は狭い浴室で、互いの腕や襟をつかみ、もつれ合った。玲奈は修司の頬を爪でえぐり、装具の下の傷を押しつぶした。修司は玲奈の首を乱暴に締めつけ、上半身を大きなジェットバスへ、力任せに押し込んだ。「死ねよ! お前さえ死ねば、この地獄も終わるんだ!」「先にくたばれ、この化け物!」先に相手を押しのけなければ、自分が立っていられない。それだけだった。血まみれになりながら髪をつかみ、互いの肉に噛みつき、よろめいた二人は、ついに深い浴槽の縁を越え、底へ激しく転がり落ちた。ガタガタッ、ドン! ゴキッ!***二人が絡み合ったまま浴槽へ落ちた、その瞬間。私は廊下の壁に設けられた、デジタル水栓の制御パネルへ触れた。ウィーン。浴槽の水栓から、冷たい水が勢いよく流れはじめた。修司は音のするほうへ手を伸ばしたが、玲奈の腕に遮られた。水が二人の服と顔を濡らしていった。ザーッ! 水は止まらなかった。排水口へ流れる水の上で、二人の手足がもつれ合っていた。底にたまった水が動くたび、膝や脇腹へ冷たく触れた。修司は濡れた浴槽の縁をつかんだが、手が滑った。「うっ……冷たい! 何で水が出てくるんだよ!」「修司さん……っ、げほっ! 水、止めて! 息ができない!」冷たい水を浴びて、ようやく二人は互いの首から手を離した。それでも、すぐには起き上がれなかった。狭い浴槽の中で脚と服が絡まり、身じろぎするほど、また相手を押すことになった。
別荘の二階の廊下には、水の抜ける音だけがかすかに聞こえていた。浴室のドアの前で、修司が壁のスイッチへ手を置いた。手術した右肩の骨がうずく痛みを、奥歯を食いしばってこらえた。レバーに乗せた人差し指は、冷や汗で濡れ、滑り落ちそうなほど震えていた。力を入れては緩める。それを繰り返していた。一階のソファであえいでいた玲奈も、手すりにつかまり、よろめきながら木の階段を上がってきた。二階で手すりを握り、息を整える。顔の包帯の隙間からのぞく目が、修司の手と浴室のドアを交互に見た。「修司さん……入ったの? あの女、ちゃんと湯船に浸かってるんでしょうね。一秒だって、無駄にできないのよ」「静かにしろ。水の音がするだろ。入ったのを確かめるだけだ。スイッチは俺が上げるから、お前はじっとしてろ」声を落とそうとしても、修司の息は何度も途切れた。紗月が浴槽へ入りさえすればいい。繰り返し自分へ言い聞かせた。そうすれば、すべてを事故で片づけられる気がした。少し前まで、リビングで助けてくれと泣いていた男だった。それがドア一枚を挟んだ途端、また優しい夫の声で妻を呼んでいる。玲奈は、その姿を見ても止めなかった。二億五千万円という数字より、今はこの夜から逃げ出したい。その思いが、二人をいっそう急き立てていた。しかし、一分たち、二分たっても、ドアの向こうからは、水をかく音も人の気配も聞こえなかった。異様な沈黙だけが漂っていた。「紗月? どうしたんだ、まだ入ってないのか? お湯が熱すぎた?」焦りに耐えられなくなった修司が、乱暴にドアノブを回した。ガチャリ。浴室のドアが大きく開いた。だが、中は修司が期待した光景ではなかった。白い大理石のジェットバスには、ほとんど湯が残っていなかった。開いた排水口へ、最後の水が流れ込んでいる。少し前まで立っていた湯気の跡だけが、鏡に残っていた。そしてタイルの中央には、外出用のスーツを着た紗月が、スマートフォンを握って立っていた。私は修司の顔より先に、その手を見た。まだスイッチから、完全には離れていない手だった。「紗月……何で、服を着たまま……どうして湯船に入らないんだ……」修司が空の浴槽と紗月を見比べ、後ずさろうとした、その瞬間。***私はスマートフォンの中央に表示した、赤い【主電源強制遮断】のボタンを、ためらわずに押した。ブツッ、ジッ。別荘