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第5話

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暁はドアの外で待たされて、少し苛立っていた。

彼はベランダでタバコを吸っていて、一本吸い終わるところだった。

夜風が微かに吹いていた。彼は苛立ちを抑えきれない様子だった。

その時、携帯のメッセージ通知音が鳴り、彼はメッセージを開くと、チャットに凪咲が送ってきた写真をまじまじと見つめた。そこには黒のストッキングを纏ったスラリと長い足が映っていた。

すると彼はイライラしながらタバコの火を消した。

なぜだか分からないが、彼は今凪咲に対して満足できなくなっていた。

午後、ドレスショップで見た琉花の露わになった腰に、見え隠れするホクロが脳裏に焼きついてどうにも振り払えないのだ。

もしくは、手に入れることのできないものに対する渇望なのか?

しかし、凪咲は今待っている……

暫く沈黙してから、彼は素早く文字を打って返事をした。【待ってて、少し遅れる】

とりあえず凪咲を確保しておいてから、彼はすぐに頭の中を切り替えた。

今夜、もうすぐ琉花を手に入れることができると考えると、彼は得も言われぬ悦に満たされた。

暁は時間を確認し、すでに10分ほど経つというのに琉花がまだトイレから出てこないので、彼は眉間に皺を寄せて、トイレのほうへ向かいドアをノックした。

「琉花、もういいか。もう待たせないでくれよ……」

その中は静かで物音ひとつしなかった。

しかし、暁はなんだか得体の知れない悪寒が全身を這ってくるのを感じた。

再び彼がノックした時、ドアノブがカチャッと軽く音を立て、琉花が出てきて後ろ手でドアを閉めた。

すると暁はすぐに優しい笑みを作り、彼女の手をとった。「どうしてこんなに長かったんだよ。心配したんだぞ」

琉花は気持ち悪さで手をすぐに引っ込めたい衝動を抑え込み、されるがままに彼に寝室へと連れていかれた。しかし、彼女は如何なる反応も示さなかった。暁も彼女の心が自分から完全に離れてしまっていることなど気づきもしなかった。

「酒でもちょっと飲む?それか、映画見るとか?俺たちさ、かなり長い間……」彼の声は低く、その手で彼女の腕をさすり、わざとらしく彼女を誘うような雰囲気を出していた。

琉花は彼が寝室に入りドアを閉めたのを見て、彼女が心血を注いで仕上げた部屋の中をまじまじと見つめていた。この時、心が完全に冷め、ただ嫌悪しか感じなかった。

暁は彼女の様子に気づき、少し不愉快になったが、怒りを抑えて彼女のもう片方の手をとった。

すると指先に違和感があり、下を向いてみると、琉花の左手の人差し指には絆創膏が貼られていた。

「いつこんな怪我したんだ?痛い?」彼は眉をひそめて、そっと彼女の手を握った。彼はまるでこんなに小さな傷でも天地を揺るがす大ごとだと思っているかのように、辛そうにしていた。

琉花「ああ、昼間会社でうっかり切っちゃって」

暁は怒ったふりをした。「琉花、今後はそんな危険なことは他のやつにやらせるんだ。何度も言ったはずだよ、君には幸せに楽しく過ごしてもらいたいんだよ。君が怪我なんかしたら、こっちも辛いんだ」

そう言いながら、彼は彼女の顔に触れようと手を伸ばした。

琉花は少し顔を下に向けて彼に触れられるのを避け、彼には見えないように、皮肉の笑みを浮かべていた。

幸せ?

その幸せとやらは、どっかの誰かにくれてやる!

大崎暁、あんたが少しでも気を配っていれば、その嘘を考える頭を少しでも私のために使っていれば、今この傷がトイレに駆け込む前にはなかったものだと気づいたはずだ。

しかし、彼は全く気づかなかった。

暁は明らかにこれ以上我慢できないといった様子で、その手が空を掴んだ後、彼女のほうへ顔を近づけキスをしようとした。

琉花は彼の興奮した様子の荒い呼吸を聞きながら、彼を押し退けたい衝動をなんとか抑えていた。「家にはないわ……」

「引き出しの中に入ってる。それに母さんはずっと孫がほしいって言ってなかったか?」

彼の唇が彼女のそれに重なろうとしていた。

琉花はこれ以上我慢することができず、力強く彼を押し退けた。「ちょっとワインが飲みたいわ」

暁は激しく唾をゴクリと飲み込み、その欲望をなんとか堪えて、薄ら笑いを浮かべた。「わかった、取って来るよ。ちょっと待ってて」

彼がその場を離れると、琉花は袖で、力を込めてさっき彼に触れられた箇所を擦り、皮膚が赤くなってからようやくその動きを止めた。

大崎暁、あんたの言う「引き出しの中にある」ものとは、一体誰に使うために準備しておいたものだ?それとも、すでに誰かと使った時に余っていたものか?

いつもであれば、暁の頭の回転の良さからいって、すでに彼女がさっき探るように言った言葉がどうもおかしいということに気づいていたはずだ。しかし、彼はもう性欲で頭がいっぱいで考える力がなかったのだ。

琉花はきつく下唇を噛みしめていた。血の味が口の中に広がっていく。

皮肉なことだ……

この時、暁がテーブルに置いていた携帯の画面が光り、LINEのチャット画面が現れた。

琉花は何かに引き寄せられるかのように、その携帯に近づき、手に取るとロックを解除した。

それは凪咲が送ってきた仕事のメッセージだった。【大崎社長、言われていた資料はすでに整えました。お待ちしていますよ】

琉花はそのあたかも普通で、おかしなところなどない仕事のメッセージを睨みつけていた。何を思ったのか、彼女はまたこの携帯にこっそりと隠された「裏の顔」を開いたのだ。

そしてそれとほぼ同時に、凪咲のメッセージが浮き上がってきた。【大崎社長、お待ちしていますよ~】

彼女が画面をタップすると、チャット画面からあからさまなメッセージと写真が目に飛び込んできた。

それは凪咲のセクシーショットと、ホテルの住所だった。それから暁が10分ほど前に返したあの甘えるような言葉が目に映った。

以前、彼女が暁に変わって返事をしていた時に見ていた「仕事のメッセージ」、そのいたって普通の会話だと思っていたものは、なるほど二人がイチャつく時に使っていた暗号だったわけだ。

彼らはこのように、身近なところでうまく隠しながらも、堂々と、スリル満点の方法で裏切っていたのだ!

この時、足音が鮮明に聞こえてきた。

琉花は急いでチャット画面のメッセージを未読にして、携帯を「表の顔」に戻した。

暁はワインの入ったボトルと、二人分のグラスを持って入ってきた。そして琉花が携帯を持っているのを見て、目を鋭くさせた。

「どうして俺の携帯を持ってるんだ?」彼はわざと気にしていないような軽い口調でそう言ったが、琉花には彼の声が少し緊張しているのが分かった。

「さっき携帯にメッセージが届いたから、代わりに見てただけ」琉花はそう言いながら携帯を彼に渡した。

暁は二人のグラスにワインを注ぎ、琉花に近づいてその携帯を受け取った。

ロックを解除してメッセージを確認すると、気づかれないように小さくため息を漏らした。

しかし琉花はそれを見逃さなかった。

「望月さんはとても仕事熱心ね。だから彼女を登用するのも納得だわ」

暁は携帯を閉じ、ポケットになおして座った。「昨日、彼女に集めてもらいたい資料を頼んでいたんだ。人事異動に関しては人事部が手配したものだから、彼女がどのような人なのか俺も知らなかったんだよ」

彼はそう軽く言ってのけた。まるで自分とは関係ない赤の他人の話をするかのようだ。

琉花は淡々とした様子で口を開いた。「そうなんだ」

暁は声のトーンを急に高くした。そうすることで落ち着かない心を隠そうとしているようだ。「何か疑ってるの?」

琉花は自分の心に背いて「いいえ」という言葉を出すことはできなかった。

彼女は暁を見つめていた。その目は冷ややかに道化師かなにかを見ているかのようだった。

暁はそんな彼女の視線に耐えられなくなり、ネクタイを緩めた。その声はどんどん高くなり、額には怒りで青筋が立っていた。

「琉花、そうやっていつも疑心暗鬼になるのはやめてくれないか?そんな態度されるとすっげぇ居心地が悪いんだよ。なんだか信頼されてないような感じで、とても疲れるんだ!」

琉花は相変わらず静かに彼が慌てる様子を見ていた。暫くして、やっと口を開いた。「信頼?」

彼女はスッと軽くそう尋ねたが、暁は思わず体をこわばらせた。

彼はその言葉に刺激されたのか、突然足を踏み鳴らした。「それはどういう意味だ?」

彼は突然大きな声を出した。それで自分の後ろめたい気持ちをどうにか隠そうとしているのだろう。しかし、彼は表情をまたガラリと変えて、薄ら笑いを浮かべた。

そして彼はゆっくりと琉花のほうへ近づきながら、まるでナイフを彼女の胸に突き刺すようにこう言った。

「琉花、長年俺はお前に気を配ってやってきたのに、一度もそれをありがたく思ったことはないのか?お前が俺と結婚したいって言うから、すぐにお前にプロポーズしただろう。家だってお前の希望通りのものを購入したし、ドレスも指輪も好きなようにさせてやった。全部お前の願いを叶えてきたんだぞ。お前に言われたことは黙って聞いてきた。俺のことを管理してきたお前が、不満があるってのか?それとも、会社をお前に寄越せって意味なのか?」
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