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第195話

Author: 春うらら
拓海は断られたくなかった。

結衣が事務所を辞めてから、彼は自分の気持ちをはっきりと伝えなかったことをずっと後悔していた。そして、彼女が最も困難な時期に、両親に連絡して助けてもらわなかったことも後悔していた。

この間、彼は毎日仕事に身が入らず、いつも結衣のことばかり考えていた。

彼女を忘れようともしたが、どうしても忘れられなかった。

結衣はまず眉をひそめ、やがて口を開いた。

「拓海くん、私のところでアシスタントをするより、朝陽法律事務所に残った方がいいと思うわ。

朝陽は総合的で、発展性もある良い事務所よ。私の事務所は登録したばかりで、いつ倒産するか分からない。あなたの将来を無駄にしたくないの」

拓海は彼女の目を見つめた。

「結衣先生、俺は先生を信じています。先生の事務所が倒産するなんて思いません」

彼の真剣な眼差しを見て、結衣は唇を引き結び、心の中で少し感動した。

何しろ、彼女自身でさえ未来に確信が持てないのに、拓海はこんなにも自分を信じてくれているのだ。

「私の事務所に来たら、朝陽にいるよりずっと大変よ。色々な雑用をこなさないといけないし、残業も頻繁にあるかもしれない。もし私があなただったら、朝陽に残り続けるわ」

大きな法律事務所にいる方が、設立されたばかりで前途も定かではない個人事務所にいるより、ずっといい。

「結衣先生、先生が俺をアシスタントとして受け入れてくれるかどうか、それだけを教えてください。

他のことは全部考えました。もし覚悟が決まっていなかったら、今日、先生に会いに来たりしません」

その言葉を聞いて、結衣は残りの言葉を飲み込んだ。

彼女は口元に笑みを浮かべ、拓海に手を差し出した。

「私の個人事務所へ、ようこそ」

彼女の白く細い指先を見て、拓海も微笑み、その手を握った。

「結衣先生、俺をアシスタントにして、絶対に後悔はさせません」

拓海が来てくれたおかげで、結衣はもうアシスタントを募集する必要がなくなった。当面は、経理と清掃員を一人ずつ募集するだけでいい。

午後、拓海は退職手続きのために朝陽法律事務所へ戻った。

結衣は少し考えた後、やはり渉に電話をかけ、拓海をアシスタントとして迎えることを伝え、ついでに謝罪した。

何しろ朝陽は彼女の古巣だ。この件で気まずくなれば、今後顔を合わせる時に気まずい思いをするだろう。
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