LOGIN「ところで、これなんだ?」
テーブルに置いてあるタブレットを指さし、若桐が問うた。
「あ、これは、カミサンもオンラインで参加させようと思って……」
響野がタブレットの電源を入れる。
「莫迦! 妊婦にいらん気苦労を掛けるな!」
麗子は、いきなり若桐が響野を説教している姿が映し出されて笑った。
「若桐さん、お久しぶりです」
「よう、麗子ちゃん。体調は大丈夫かい?」「はい。実家でゆっくりさせてもらってるので」「気分が悪くなったら、早めに退席するんだぞ」「やだ。若桐さんのほうが旦那より気遣い上手!」うふふと麗子が笑う。
「あの〜、ヒトリモンの若桐さんが、なんでそんなに分かるんです?」
「自分のカミサンじゃなくても、同僚に何人も妊婦がいたからな。がさつな訓練生から、守ってやらなきゃならないんだよ」「さすが名前が〝守〟なだけありますね!」「響野…&he料亭を出たところで、静浜に戻る若桐を送るために、真壁は響野たちと別れた。 二人で連れ立って、駅までの道を歩く。「本当は、守さんが副官になってくれたらな……って思ったんですけど……」「莫迦。副官ってのは、若いのが勉強のために付く職だ。こんなロートルで、席を埋めたら駄目だろう」「はい……。きっと守さんにはそう言って断られるだろうと思ったから……」 そこで真壁は、立ち止まった。 若桐が、気付いて振り返る。「どうした?」「浜松と静浜だって、遠いって思うのに……」「なんだ。今までだって散々遠い所に赴任してただろ?」「……僕、少しでも早く傍に戻りたいと思って、すごく頑張りました」 それは、若桐も痛いほど分かっている。 真壁の昇進が異例の速さだった理由は、当人の努力の賜物だ。 だが、その真意は出世ではなく、希望の赴任先に留まる〝発言力〟が欲しかったからだと知っているから。「……でも、今度の赴任先は市ヶ谷です。いつ戻れる……どころか、もう浜松に戻ること自体が無理かもしれない……」 ぎゅうっと、真壁が両手を握る。 光線の加減で顔は見えなかったが、声の震えは泣いているようにも聞こえた。「あ〜、それだけどな……」 若桐は、後頭部をポリポリと掻いた。「実は、市ヶ谷に来ないかって話。まだ生きてるんだ……」「えっ……?」 立ち止まったままの真壁の傍に、若桐が歩み寄る。「まぁ、会える頻度は、今とあんまり変わらんかも知らんがな」 真壁は、若桐の体を抱きしめた。「莫迦っ、こんな街中で……」
同期の四人に若桐を加えた宴席は、真壁の昇進と響野の第二子誕生を祝って、遅くまで続いた。「そういう狩谷も、二佐に昇進だって?」「じゃあ、三佐は響野だけか……」「いや、この先、真壁の副官として、ばんばん上がるだろ? あっちゅーまに狩谷も追い越されるぞ」 酔いが回った堂島は、狩谷の背中を叩く。「実際、そうかもな。今回の俺の人事は、跡部一佐が抜けたから、席を詰めただけだし」「おまえはウザい上司がいなくなって、清々したろ?」「そもそも、跡部が狩谷に圧掛けてたの、狩谷が真壁の同期だったからだしなぁ」 響野の言葉に、真壁は溜息を吐く。「僕、あんなに跡部さんに嫌われていたなんて、全然気付きませんでした」「いやぁ、あの人が一番拗らせてたの、若桐さんだろ?」「なんで、俺なんだよ?」 不満そうな若桐に対し、響野に同調した堂島が首を振る。「や、絶対若桐教官にでしょ。おかんネットワークに組み込んでもらえなかったって、あんなにがなってたじゃないですか」「おまえらは、本当に分かっちゃないな!」 ぐいっとビールのグラスを空けてから、若桐は堂島と響野にビシッと指を向けた。「あいつは、山城に認めてほしかったんだよ! だからこそ、戒告処分された跡部を、山城が築城に呼び寄せたんだろ!」「えっ? あれって左遷じゃないんですか?」「ちゃうわ! 跡部レベルの佐官が、足の引っ張り合いで虚偽の密告したなんて理由で戒告されたら、もう完全に出世できなくなるだろ? あのまま放っておいたら、本人が依願退職しちまうからって、山城は引き止めるために呼んだんだ」「ええ〜? 俺ならあんなことされたら、幻滅して切りますけどねぇ」「俺はぁ! あの人の拗らせは、藤原教官への恋心だったと思いますけどねぇ!」「うわ! 狩谷、おまえいつのまにウイスキーなんか飲んでんだよ?」「駄目だ、こいつ完全に酔っ払ってる!」 場の空気は、すっかりお開きムードになった。
数ヶ月後。 防衛省の人事発表に、真壁の名があった。「39歳にして、将補に昇進か」「同期として、誇らしいぞ!」 件の料亭で、響野が真壁のために席を用意してくれていた。 席には堂島と狩谷もいる。「おめでとうございまーす」 タブレットの向こうの麗子が、腕に小さな赤ん坊を抱いて挨拶をしてきた。「おおー! 麗子ちゃんこそ、出産御苦労様! おめでとう!」「おめでとうございます」 画面を覗き込み、一同が口々に祝いを述べる。 途端に腕の中の赤ん坊が、ほにゃほにゃと泣き出した。「あ、ごめんなさい。離席するわ」 挨拶もそこそこに、画面が暗くなった。「出産には、立ち会ったのか?」「今回こそはね!」 ふんっと、響野の鼻息が荒い。「奏真(そうま)くんの時は、立ち会わなかったのか?」「里帰り出産だったんですが、俺は百里にいましたし」「あ、そうか」「今日は、いいのか?」「や、カミサンまだ実家なんすよ。俺より親父さんのほうが浮かれてて、帰してくれないんす」「おまえと二人より、実家のほうが子育て楽なんじゃないのか?」「それは言わんでください……」 げんなり顔で響野が言った。「まぁ、そう言うな。これは、俺らから……」 出産祝いと書かれた祝儀袋を、全員がポケットから取り出して差し出した。「すまんなぁ。ありがたくいただく」「おまえ、相変わらずカミサンにアタマ上がらないのか?」「うちのカミサン、最強だから……」 ため息を吐く響野に、堂島が笑う。「そんなら、ズームが切れたの、困ったな……」 ほぼ独り言のように、真壁が言った。「なんだ?」「実は、西條を副官として帯同したいと思って打診をしたら、響野が来るからいやだと言っ
最初に、牧瀬がスッと前に出る。「初めまして。僕は警務の牧瀬と申します。本日は、跡部一佐に内々でお伺いしたいことがありまして……」「ちょ……、待ってくれ! 山城さん! あんまりじゃないですか!」「いや、俺も知らない。……若桐教官、これは……?」 警務と聞いて慌てる跡部と、驚き顔の山城に、若桐は首を横に振った。「俺も頼まれただけでね。だが、そう込み入った話でもない……と、こちらの牧瀬くんは言ってる」「まず、この会話を録音することをご了承ください」 牧瀬は、机の上にICレコーダーを置いた。「待て! こんな酒を飲んだあとで、調書を取られるなんて、冗談じゃないぞ!」「調書ではありません。ただ、少々お話を伺いたいだけです。ご了承いただけない場合は、場を改めてお話を聞くことになりますが?」 牧瀬の言葉に、跡部は目を泳がせたあとに、仕方ないといった様子で〝同意〟を示し頷いた。(牧瀬くん、やるなぁ……) 跡部はてっきり〝会話を録音出来ないなら、事を荒立てて公的に取調べをされる……〟とでも、思ったのだろう。 もちろん、この場を設けたのも若桐である。 牧瀬に、場を仕切っているようなふりをして欲しい……とも頼んだ。(相手が警務の人間なら、気後れするだろうからな) 牧瀬は、おもむろに一枚のコピーを取り出した。「こちらは、先日監査に送られてきた〝密告文〟のコピーです」「じゃあ、あんたは真壁の内偵をしてるのかっ! ……だが、もしそうなら、なぜ本人がここにいる!」「内偵ではありません。僕が調査しているのは、この密告書の真偽の確認です。こちらの文章に見覚えは?」「ない」「ですが、こちらの文章は、市ヶ谷の省内便で監査に送られてきたことは分かっているんですよ
若桐が、料亭の席で待っていると、そこに山城が現れた。「遅くなりまして」「いや、築城の群司令を呼び出して、悪かったなぁ」「むしろ、会って話がしたかったぐらいです」「えっ? なんかあったっけ?」 山城が向かい側に腰を下ろしたところで、若桐はビールを差し出した。 グラスを手に取り、山城は若桐の酒杯を受ける。「俺は、もうちょっと手元で真壁をしごいてやりたかったんですよ。群司令に昇進したとき、飛行隊長を真壁に……と思ったんですが。あいつ、てっきり浜松に戻っちゃって。若桐教官、真壁を甘やかしすぎじゃないですか?」「なんで、そこで俺の話になるんだよ?」「顔に全部、書いてありますよ。……もっとも、真壁は浜松でもしっかり成果を出したようですね。なんですか、俺も追い抜いて将補ですって?」「まだ、決まってないんだって」「いや。さすが若桐教官の肝いり、恐れ入りますよ」 はははと笑う山城は、困り果てている若桐を面白そうに眺めている。「お連れ様が到着なさいました」 仲居の声がして、ふすまが開くと、そこに跡部が立っていた。「山城隊長!」「おお〜、跡部! 久しぶりだなぁ!」「えっ……? 若桐教官? どういう顔ぶれなんです?」「ま、ちょっとした同窓会だ。座れ、座れ!」 山城は跡部を招き入れ、隣に座らせ、さっそくグラスを握らせた。「市ヶ谷はどうだ? 田舎と違って世知辛いだろう?」「まぁ、なんとかやってますよ」 跡部は山城の注いだビールに口をつける。 そこに再び、仲居が声を掛けてきて、ふすまが開いた。「こんばんは」「失礼します」「ご無沙汰してます」 真壁に響野、堂島と狩谷、それに牧瀬と最後に藤原が続いて部屋に入ってきた。「え……?」 跡部が狼狽えるのを無視して、集まった者たちは各々席につい
「角田は、この写真は監査に郵送で送られたことと、その郵便が外部のものではなく、省内便を利用した切手のない封書であったことを調べていました」「彼、調べてたならちゃんと引き継ぎしてから退官しなよ……」 若桐のコメントに、牧瀬が申し訳なさそうな顔になる。「本当に、すみません」「いや、謝らないで。無茶な頼みをしたのも悪かったし……」『ミステリー物なら、外部の郵便を使うところじゃね?』 堂島が、勝手な意見を述べた。「封筒の出どころは、分からなかったのか?」「角田が言うには、市ヶ谷の可能性が高いってことでした。……ただ、あの人、勘働きと称して憶測で物を言うので、本当かどうかは、ちょっと調べてみないとわからないですね」『ところでさぁ、これってなんの集まりなの?』 今更、狩谷がそんなことを問う。「あ、そうか! 狩谷は中途参加だから……」『てっきり、同期のオンライン飲み会だと思ってたけど。違うの?』「全然違う。そもそも、同期のオンライン飲み会に、なんで若桐さんいると思ってんだよ?」『そういや、そうだ。……ああ、俺も響野にツッコミされるようじゃ、オシマイだぁ〜』 狩谷が、ことさら大げさに頭を抱えた。「そもそも、おまえがこんな写真を撮るから!」 響野が件の〝証拠写真〟を、画面に見えるようにぐいとカメラに向ける。『うわ! なっつかしい! 麗しの藤原教官と密会する真壁の図!』「おまえのそのノリが、今、どえらい波紋を呼んでるんだよ……」 若桐が眉間を押さえて、深い溜息を吐く。『えっ? なんです?』 狩谷はきょとんとした顔になった。「実は、真壁が将補の候補に上がったんだ。だが、そのタイミングでこの写真が〝訓練生時代に教官と不倫してた〟証拠写真として、監査に密告された」『えっ&hellip
デートプランを考えていた時には、あれほど〝真壁の情操教育のために、一般的なデートプランを〟と考えていたのに。 自分たちの事情を鑑みたところで、それが不可能だと気付いた。(そもそも掛川って、なんだかんだ同僚がいそうな土地だよな) 真壁のメッセージに、宿泊先のホテル名を送り、時間の指定は特にしなかった。 仕事の都合や交通事情で、到着時間が大幅に狂うことはままある。 若桐がホテルのフロントで名を告げた時、受け付けは「お連れ様は既にご到着です」と告げた。 部屋の扉をノックすると、扉が開く。「若桐さん
熱が引いていく感覚に、若桐はゆっくりと真壁から体を離した。(ああ、全く……) 甘い余韻よりも先に来たのは、「やらかした」という後悔の念。 訓練生ではないが、教え子に手を出すことになるとは……。「若桐さん……」 若桐が起き上がり、体温が離れて気付いたように、真壁がこちらに意識を向ける。 その様子に、己の後悔より真壁への労りが先んじた。「待ってろ。今、ユニットバスに湯張ってやるから」 ベッドから離れようとした若桐を、引き止めるように真壁が手を取る。「おい……」「やっぱり、……若桐さんじゃないと駄目です」 真壁は、へにゃりと笑った。 端正な顔が、突然、少年のように見えた。
仄かな香りに、真壁が気付いたように視線を寄越す。「なん……ですか?」「おまえに、痛い思いはさせたくないからな」 足を開かせ、たっぷりとオイルを馴染ませた指先を、窄まった場所に当てた。「ひゃっ!」「冷たかったか?」「ち……違います……。でも……そんなところ、は……恥ずかしいです……」「どうなっても知らんと、言っただろうが」 クルクルと円を描くように指先で撫で、時々先をつぷつぷと抜き差しする。「わか……若桐さ……」「いやか?」「……その聞き方は、……ずるいです」「痛みは?」「……ないです」「辛かったら、言え」「だい……じょうぶ……です」 真壁が落ち着くのを待って
若桐は、真壁の体をベッドに押し倒した。「本当に、どうなっても知らんぞ……」「若桐さん……」 見上げてくる真壁の瞳が、微かに濡れて揺れている。 若桐は、なんとなく意味も無く、真壁に向かって微笑んだ。 そして真壁の服のボタンに手をかける。 一つ一つ外される様を眺め、真壁は見様見真似で手を伸ばし、若桐の服に手を掛けた。 ベッドの上で、黙々と互いの服を脱がせ合う。 その時間が、二人のあいだの空気を熱く膨らませた。「もう……止められないからな……」 シャツを脱ぎ捨て、真壁の肌を晒したところで、若桐は最後の確認をするように言った。「……はい……」 答えを確認して、若桐は真壁に覆







