Mag-log in白鳥は、真壁の着ていたシャツにそっと手をかけた。
汗で肌に張りついた白布を、ゆっくりと剥がす。 滑らかに露わになる背中──その曲線に、思わず息を呑む。──ほんと、背中だけで説得力あるんだよな、この人。
真壁の体は、決して華奢ではない。
むしろ、均整のとれた骨格と、抑制のきいた筋肉の付き方は、どこまでも理性的で静謐だった。 だが、その静けさが、逆にひどく艶めいている。服の上からでは分からなかった。
制服越しに見ていたものは、ほんの断片にすぎなかったのだと、白鳥は思い知る。伸びたうなじから、肩甲骨へ。そこからしなやかに腰へと続くライン。
触れずとも美しいその軌道に、どうしようもなく心を奪われる。「……やっぱり、綺麗だ」
呟きは、誰に向けたものでもない。
ただ、抑えきれない胸の高鳴りが言葉を紡がせた。白鳥は、背骨にそっと唇を落とす。
触れた瞬間、真壁の肌が小さく震えた。「教官の背中、好きです。入ったときから、ずっと」
「……気持ち悪いな」真壁は、少しだけ声を震わせてそう言った。
だが、拒絶ではない。 この距離にいて、触れてもなお、突き飛ばされない──それが答えだった。白鳥は、まるで壊れ物を扱うように、真壁をベッドへと誘導した。
官給品のパイプベッドは、ギシリと音を立てる。 ゆっくりと身体を倒し、シーツの上にその身を横たえさせた。一度、肌から唇を離したあと、改めてそっとキスを落とす。
鎖骨から肩、肩甲骨の縁、そして腰のくびれに至るまで、熱を乗せるように触れていく。そのたびに、真壁の肌がわずかに波打つ。
声には出さずとも、確かに反応がある──その沈黙が、むしろ官能的だった。白鳥は、ポケットから取り出したローションを手に取り、片手で馴染ませながら、真壁の双丘へと指を這わせた。
入口をやわらかく撫でるたび、呼吸が浅くなるのを感じる。壊したくなるほど、欲しい。
それでも、乱暴にしてしまえば、きっとこの人は二度と触れさせてくれない。 その思いだけが、白鳥を慎重にさせた。濡れた指を、奥へと沈ませていく。
ぬるりとした感触の中に、真壁の体温が絡みつく。 その熱に、自分自身の欲望がぞくりと反応する。「……んぁ……っ!」
白鳥の指に翻弄されて、美しい背中がのけぞる。
真壁の反応から、初めてではないことが伺えた。「教官……入れますよ」
「……好きにしろ」投げやりにも聞こえる声が、返される。
それが、どれだけの許しだったか──。 白鳥は胸の奥でその重さをかみ締め、そっと自身をあてがう。静かに、深く、体を沈ませていく。
狭い内部に押し込むたび、真壁の背中が弓なりに反る。「く……っ、ぅ、あ……」
真壁が、白鳥の質量に息を呑むのが分かる。
シーツを掴んだ手に力がこもり、あの背中が更に美しい弧を描いた。 白鳥は、思わずその背骨にキスをする。 ゆっくりと、深く沈み込むたび、奥に熱がこもっていく。「……すごく、あったかい。……奥、きついです」
「黙れ……っ」真壁の声が震えている。
痛みと快楽のはざまで、揺れているような声音だった。白鳥は、無理な動きはしなかった。
まるで大切なものを抱くように、ゆっくりと、深く、何度も沈めていく。「もっと……ちゃんと感じてほしい」
白鳥は、真壁の手を探し、そっと指を絡めた。
「今日、触れたときから、これが夢じゃないって証拠が欲しくて……ずっと、この瞬間を想像してた」
「……お前、ほんとに……」その先の言葉は、唇の震えに消えた。
やがて、真壁の口元から、押し殺した声が洩れ出す。「あっ、あっ……ん、んんっ……!」
顔を背けながらも、甘く震えるその声に、白鳥の心がふるえた。
「気持ちいいんですね……教官」
「……っ、黙れ……」 「……嫌です。もっと教えて。あなたの全部が、ほしいから」唇が、肩甲骨の上をなぞり、軽く吸いつく。
微かな赤が、肌に刻まれていく。「……やっぱり、好きです。ずっと、触れたかった……」
動きが、徐々に深く、速くなる。
つながった場所が、ぬちっと濡れた音を響かせた。「ふ……ぁっ……! や……あっ……っ!」
「可愛い……真壁さん……」強く、背中から抱きしめる。
熱にもだえるその体を抱きしめながら、白鳥は自分の想いまでも伝えるように腰を沈めた。──誰にも、この背中を見せたくない。
なのに、同時に、世界中に知らしめたいほど美しいと思った。
その矛盾が、胸を裂くほど愛しかった。しばらくの沈黙のあと、真壁がゆるゆるとまぶたを開いた。「貴雄……、僕は、生きているか?」 その問いにびっくりして、白鳥は真壁の顔を見る。 真壁は真顔で、ジッと白鳥を見つめていた。 微かに表情を崩し、白鳥は頷く。「はい、生きてますよ。俺の最高の恋人は、確かに俺の腕の中にいます」 その答えに、真壁はひどく安堵したような顔で微笑んだ。「愛してる」 唐突な言葉に、白鳥は一瞬、頭が真っ白になった。「ふえっ!」「なんだ、言っちゃ駄目だったか?」「いえ! いえ、いえ、いえ! 言ってください。どんどん、たくさん、何回でも!」「莫迦。そう何回も言えるもんじゃない……」 ふいっと、視線を逸らしはしたが、真壁の耳が赤くなっている。「百合緒さん、俺も……。俺も、百合緒さんのこと、愛してます」「知ってる。……だから、生きて戻れて良かったと思ってる」「はい」「僕は……、だがきっとまた、貴雄に迷惑を掛けると思う」「迷惑って……?」「夜中に叫んで起きたり……とか」「そんなの、へっちゃらです。てか、悪夢で目が覚めたら、メールでも電話でも、してくれていいんですよ?」「スクランブル要員で夜勤してるやつに、そんなことできるか!」「そうですね。すぐに返事はできないかもですけど。……でも俺、百合緒さんの隣を歩くって決めてますから。甘えてもらえると、嬉しいです」 真壁は、困ったような顔をしたが、そのまま白鳥の胸に頬を預けたまま目を閉じた。終わり
不用意に、若桐の話を振ってしまったことを反省し、言葉を探している白鳥の頬に、真壁の指が触れる。「きょ……教官殿?」「黙れ……」 短く言って、真壁は静かに身を寄せる。 唇が触れた瞬間、白鳥の呼吸が止まった。 それはいつもの〝受け入れるキス〟ではない。 生きていることを確かめ合うような、熱を帯びた口づけだった。「んんっ?!」 そのまま、真壁はゆっくりと姿勢を変えて、ほとんど白鳥に馬乗りになるような形になった。 それでもなお、貪るように角度を変え、息をするのを惜しむように、口づけが続いている。「百合緒さん……、今日は……」「触れたい……。僕が、貴雄に触れて欲しい……」 真正面から、真顔で言われて、白鳥は驚きに目を丸くする。 その間に、真壁は白鳥の膝から降りると、スラックスのベルトに手を掛けて、白鳥のそれを取り出していた。「ちょ、百合緒さん?!」「嫌か?」 上目遣いに問われて──。 白鳥が、拒絶できるわけがなかった。「でも、絶対、無理は駄目ですよ」「当たり前だ」 答えて、真壁は取り出したそれに──ほとんどむしゃぶりつくようにして口の中へ迎え入れた。 白鳥と真壁の行為は、基本的に真壁が白鳥のすることに身を任せているのが普通だった。 そもそも付き合い始めた理由が、白鳥から強引に口説きに来ていることもあるが、そうした行為に真壁が積極的になることはほぼない。 それが、白鳥のそこを愛しげに舐め、しゃぶり、喉の奥まで迎え入れて奉仕している。 その行為に、様子に、白鳥は考えるよりずっと煽られた。「ちょ……百合緒さん、もう……っ!」「ん……」 最後に裏側の筋を、
真壁は、それからリハビリのための通院を含めて、半年ほど休職した。 医者から「実地訓練指導は駄目だが、地上勤務なら可能」の許可をもらい、復職した日は、響野から花束をもらった。 タイミングが合わず、白鳥と会えたのは真壁が復職してから、2週間後だった。「おかえりなさい、教官殿」「心配をかけた」 ビジネスホテルの部屋で、相変わらずコンビニ飯を並べ、ソファに並ぶ。「アルコールは、駄目ですか?」「元々好きでもない。飲めなくても問題ない」「そう言うと思ってました」 白鳥は、コンビニ袋から高価なカップアイスを取り出す。 実は真壁が甘党なことを、周囲の者はほとんど知らない。 白鳥とて、付き合い始めてしばらくして、そのことにようやく気付いたほどだ。「すまんな」「快気祝いつったら、少しは豪華にしませんと」 ぱくりとアイスを口に運んだ真壁の口角が、微かに上がる。 その様子を見て、白鳥は嬉しくなった。「本当に、心配をかけた」「仕方ありません。俺らの仕事には、付きものの不安ですし」「それでも……、最後に諦めたのが、申し訳なくて」 真壁は正面を向いたままで、白鳥の顔を見ない。 その横顔に浮かぶ後悔に、むしろ白鳥は喜びしか感じなかった。「俺は、教官殿が生きて帰ってくれたのがご褒美だと思ってますし……。それに、教官殿が俺に申し訳ないって思ってくれるのは、意外に俺のこと好きでいてくれてるんだなって思えて、嬉しいです」 振り返った真壁は、困惑した表情のまま、頬を赤く染めている。「そんな顔、しないでくださいよ。……今日はゆっくり時間過ごすだけって決めてるのに、……触れたくなっちゃいます」「触れないのか?」「当たり前でしょう。教官殿、鎖骨と肋骨、バラバラだったんですよ?」「バラバラってほどじゃない。鎖骨は左だけだし、肋骨が5箇所だ」
ピッ、ピッ……という、電子音が耳に入る。 胸部に痛みがあったと思ったが、実際に痛みはなく……。 意識はぼやけ、視界は霞み、手足は鉛のように重い。「ドクターを!」「……意識が……」 なんとなく騒がしい周囲の声に目をやると、白衣の看護師たちが忙しげに動き回っている。「わかりますか? お名前は?」「ま……かべ……」 声を出そうとした瞬間、夢の中で感じた痛みが胸を貫く。「ゆっくりでいいですよ。唇を動かすだけで」「……まかべ……ゆりお……」 真壁が名を告げると、室内の空気が一気に和らいだのがわかった。§ 真壁が、ICUにいることを教えられたのは、意識が戻ってすぐだった。 痛み止めの影響なのか、すぐに眠りに落ち……。 次に目覚めた時には、病室に移されていた。「ホンットに、ホンットに、ほんっとうに! 心配したんですよ!」 ようやくの休みをもぎ取って、白鳥が見舞いにきている。 隣には、偶然行き合った響野もいた。「すまない……。心配をかけた」「狩谷に感謝しろよ」 狩谷は、響野と同じく真壁の同期で、現在同じ静浜で教鞭を執っている同僚でもある。「なぜ狩谷に?」「おまえとは別に、チェイスで飛んでたんだが。おまえのバードストライクの報を聞いて、訓練生を帰投させ、自分はおまえの機体を追って墜落地点をいち早く連絡してきたんだ。おかげですぐに見つかったんだぞ」「でも、真壁さんの落ち方も良かったんですよ。頚椎も脊髄も、奇跡的に無傷でしたし」 狩谷一人を褒める響野に、白鳥は不満そうに言った。
警告のアラートがけたたましく鳴り響く。 高度計が目まぐるしく数値を告げ、急速に機体が落ちる。「教官! エンジン再起動、無反応! 再点火しません!」「こっちも駄目だ……。スロットル無反応、推力ゼロ!!」──守……さん? そういえば、なんであの日、自分は複座にいたのだろう? ふと、そんなことを考えて。 それから、改めて俯瞰するように見えている機体に目をやると、真壁は自分が主座に座っていることに気付いた。──記憶……違い……? だが、それは普通に考えれば当然だった。 訓練生は主座に座り操縦をして、教官は複座でその指導に当たる。──なんで今まで、思い出さなかったんだろう……? 機体から、真壁が射出される。 後部シートの若桐は、バイザーとマスクに覆われているにもかかわらず、不敵にニヤリと笑っているのがわかった。──強張りきっていた僕とは、大違いだな……。守さんは、自信満々に機体を海まで運んで……、生きて帰るつもりだったに違いない。「そんなこと、あるか。阿呆」 背後から声がして、真壁はびっくりして振り返った。 教育棟の廊下。 そこに、フライトスーツの若桐が立っている。「守さんっ!」「訓練生だった百合緒から見りゃ、自信満々に見えただろうさ」 そういって、若桐は眉尻を下げた。「だけどそれはいつだって、カッコつけてただけだって」 スッと、若桐が指を差す。 廊下の床の下に、炎上したエンジンから煙をたなびかせて飛ぶ、機体が見えた。「ほら、見てみろ。おまえだってちゃんと、機体を海まで運んだぞ」「それは……、守さんの指導が徹底していたからですよ」「いや、おまえの矜持が、本物なんだよ。
その日は、実機での訓練が組まれていた。 PTSDを発症した直後は、機体のエンジン音を聞いただけで身が竦み、座席に座ると吐いたが──。 今はもう、複座で指導を行える。 もっとも、完全に心の整理がついたわけでもなく……。 思うところはあれど、仕事と割り切って座れるようになっただけだ。「反応が早すぎる。もうちょっと落ち着いて対応しろ」「はい、教官」 訓練生の返事は落ち着いている。──西條は、少し慎重すぎるが、優秀だな。 指導方法を考えながら、方向を指示したところで、真壁はハッとした。「西條。バード群、左前方低空。気をつけろ」「えっ?」 一瞬、西條の反応が遅れた。 鈍く大きな音が聞こえた……と同時に。 機体が右に煽られ、計器の針が乱れた。「うわっ! うわあっ!」 前座席で、西條は悲鳴を上げパニックに陥っている。「バード! バード! バード!」 真壁は通信機に向かって、機体がバードストライクしたことを基地に通信した。──くそっ! 操縦権を後席に切り替え、スティックを握る手に力を込める。──落ち着け。……落ち着け! 脳裏にフラッシュバックする、あの日の記憶。 しかし今は、自分が訓練生を守る立場になっている。──守さん。西條を助けてください! 心で祈り。「西條! イジェクト準備しろ!」「は……はい、教官!」 真壁の声と、機体が水平を取り戻したことで、西條は少し落ち着きを取り戻したようだ。 はっきりとした答えが返ってくる。「よしっ! 出ろ!」 爆裂音と共に、主座の風防が飛ぶ。 一気に襲い掛かる、時速800kmの暴風。 バイザーとマスクで辛うじて頭部の安全は守られているが、西條の座席が射出された
真壁の身体は、火照っているのに、どこか震えていた。 半脱ぎのフライトスーツを脱がそうとすると、さすがになにをするのか分かったらしく、俺のフライトスーツのジッパーに手を掛ける。「真壁、本当に良いのか?」 今更だが、問うた。「指導をお願いしたのは、僕です」 ホントに分かってんのか? と小一時間問い正したい真っ直ぐな目で、真壁が答えた。 息が詰まるほど、愛しい。 俺がキスをすると、真壁はやっぱりたどたどしく返してきた。 舌が絡み、肌の熱が上がるような気がする。 真壁
真壁は、ぐったりと俺の腕に身を預けていた。 浅く揺れる吐息、湿った額。「……大丈夫か?」「なんか……ふわふわします」 上気した頬の色と、濡れた前髪がやけに色っぽい。 だが、まぶたがふと開いて、黒い瞳と目が合った瞬間──。 もう、視線を逸らせなかった。 潤んだその目は、わずかに揺れながら、まっすぐにこちらを見ている。 ピンク色の唇はうっすらと開き、わずかに濡れていて──。 その吸引力に、俺は抗いきれずに口づ
「じゃあ……、教えてください。どうしたら、僕も教官みたいな、ちゃんとした男に、なれますか?」 その言葉が、どこまでの意味を持っているのか、本人は分かっていない。 だが、俺にはわかってる。 さらに言えば、俺には真壁のこの態度の根底が透けて見えていた。 体格の悩みとか、童貞とか、そんな話ではない。 こいつには、〝誰かに頼ってもいい〟という経験が決定的に足りてない。 俺は真壁の手を取ると、そっと萎えたところに触れさせた。「こういうの、全然やったことないのか?」
訓練の終わった夕暮れ時。 連休前とあって、訓練生の大半は帰省している。 教官室の窓から眺める滑走路の向こう、赤く染まった雲がゆっくり流れていた。 どこか、気の抜けた静けさだ。 もちろん、教官たちもあらかた出払っている。 部屋の中には俺ひとり。普段の喧騒が嘘みたいに、がらんとしていた。 俺──若桐守は、教官室で冷めた茶をすすりながら、窓の外をぼんやり眺めていた。 要するに、職員室だ。 整然と並んだ机の上には、それぞれが〝片付けたつもり〟の痕跡が残り、湯沸かしポットは