ログイン「おらぁっ!」
叫びと共に、強烈な蹴りが炸裂した。
顔面を蹴り飛ばされた人影が、木枠の窓を突き破って外へと投げ出される。醜悪な顔をした緑色の肌を持つ人影──ゴブリンだ。 魔獣《モンスター》と並び、人々の生活を脅かす害獣の如き存在。暴力と略奪しか知らない、知性の欠けらも無い邪悪な者たちである。「マーク、目を閉じろ!」
親友の言葉と同時に、マークはその目を伏せる。戦いの最中に目を背けるなど、本来は自殺行為に等しい。しかし、次の瞬間、眩い閃光が放たれる。
「ナイスだセイザン!」
強烈な光に目を焼かれ、ゴブリンたちが悶絶する。夜目が効く分、目眩しの効果は絶大だ。
セイザンの放った精霊魔術の「閃光《フラッシュ》」は、光の力を凝縮して一気に解放し、周囲に強い光を放つ、彼の十八番《おはこ》である。 身動きが取れないゴブリンたちを、マークが両手に持った大小2本の長剣で斬り伏せていく。「マーク、後ろ!」
3体のゴブリンを倒したところで、レイナの鋭い声が届く。目眩しから回復した1体が、マークの背後に回りこみ、手にした棍棒を振りかざしていた。
「障壁《プロテクション》!」
しかし、その棍棒は青白い光の壁によって遮られる。レイナの魔術によって作られた、意志力の障壁だ。
魔力とも称される意志の力を、特殊な言語──呪文に乗せることで現実を改変する。それが言語魔術である。「ありがとよ、レイナ!」
「ついでに、おまけっ!」
マークの長剣がゴブリンを袈裟斬りにし、さらに追い討ちとばかりにセイザンも背中から剣を振り下ろす。
街の郊外にある廃墟に住み着いたゴブリンの駆除。マークたちが冒険者として依頼された仕事は、これにて完了となった。 その日の夜。 新米冒険者3人の姿は、宿の1階に併設された酒場兼食堂にあった。「やっぱり3人だけじゃ少し厳しいかもしれないぞ」
手にした豚肉の串焼きをクルクルと回しながら、セイザンが話し始めた。
「今回みたいな害獣駆除って話ならともかく、例えば洞窟内の探索ってことになると、特にな」
今回の依頼は、廃墟に居座るゴブリンの駆除という、至極シンプルなものだった。10年以上前に起きた戦争の影響で、街の郊外には放棄された空き家が多い。そこを住処にしてしまうゴブリンは後を絶たず、街の住人にしてみれば脅威だ。しかし、冒険者にとっては比較的楽に日銭が稼げる、定番の依頼でもある。
「こういう仕事ばかりは、ちょっと嫌だしね...」
例え邪悪な存在とはいえ、レイナは命を奪うことに抵抗を隠せない。その様子に、マークは難しい顔をしながら串焼きを頬張る。
「そうなると、必要なのは斥候《スカウト》役ってことか...」
危険を事前に察知し、罠の仕掛けを解き、場合によっては戦闘にも参加する。冒険者パーティの中でも特に重要なポジション。当然、その適性があるものは引く手数多だ。
「あと、できれば神官も欲しいところだな」
セイザンが腕組みをして唸る。
神官が行使する神聖魔術は、祈りの力によって意志力を神々に届け、その力の一端を発現するものだ。特に傷の治療や解毒、身体能力の補助に優れた術が多い。レイナの言語魔術でもある程度の治療などは行えるが、呪文がやや複雑になる上に、その効果は神聖魔術に及ばない。「神官...か」
ふと、レイナは窓の外に広がる夜空に目を向けた。ピンクのポニーテール姿が脳裏に浮かぶ。彼女と別れてから1ヶ月ほどになるが、元気にしているだろうか。
「掲示板に「斥候《スカウト》と神官募集中!」って書いたらいいんじゃないか?」
「お前掲示板見てないだろ。同じような募集ばかり並んでるぞ」
16歳程度の若造3人による新米パーティなどに入ろうとする者は稀有だ。同じ募集を出したところで、見向きもされないだろう。
「じゃあ、どうするってんだよ?」
「それを考えるって話だよ」
「うーん...」
ああでもないこうでもないと、3人はしばらく議論したものの、答えの出ないまま時は過ぎていった。
結局、埒が明かないまま話は終わり、消耗品の補充のために、明日は市場に行こうという結論が出ただけだった。 翌日、街の市場は朝から大いに賑わっていた。果実や野菜といった食材を売る店、様々な雑貨を売る店、刀剣を扱う店など、多種多様な商品が並んでいる。そして、そこに顔を見せる人々も、街の住人から流れの冒険者まで様々だった。「じゃあ、後で宿に集合ってことで」
マークたち3人は、それぞれ何を買い足すか担当を決め、手分けして行動するようにしていた。その方が時間短縮になる上に、余計なものを買う恐れも減る。街に慣れてなく、当初は迷子になりかけたマークやレイナも、この1ヶ月でさすがに道を把握していた。
「さてと、まずは...」
マークは自分の担当となった品を指折り数えながら、人混みの中を歩く。人の多さに驚き、間抜けな表情を浮かべたのも過去の話。スルスルと人の波をすり抜け、目的の店へとたどり着く。剣の稽古で鍛えた足捌きが、こんな形で役に立つとは思わなかった。
手早く買い物を済ませる。割れてしまった火打ち石。夜間に使う松明《たいまつ》。冒険者に必要な物は思った以上に多いと、1ヶ月前は困惑したものだ。「...お、この刃...いいな」
宿に戻る途中、露店に並ぶ小ぶりなナイフに目が止まった。世界一の剣士という志を持つ彼だが、そのせいか刃物に対する好奇心は尽きない。つい手に取って眺めてしまう。
しげしげとその美しい切っ先を見ていると、ふと聞き慣れた声がした。「...レイナ?」
目を向けると、人混みの先に長い黄金色の髪と真っ赤なローブが見えた。何やら困った表情をしているように思える。
「ん...誰だ?」
近付くにつれ、金髪の幼馴染の前に立つ、大柄な男の姿が目に入った。頭に巻いた白黒のバンダナが特徴的な、浅黒い肌を持つ人物。ニヤニヤとした表情をしながら、レイナに声をかけていた。
「お嬢ちゃん、何か探し物? だったら俺が案内してあげるよ、ここには詳しいからさ」
「え、えと...その...」
突然のことに、レイナはどう返答して良いか分からず、口ごもるばかりだ。慌てて、マークは彼女の前に立つ。
「オイあんた、レイナに何の用だ?」
マークも身長は高めの方だが、そんな彼が見上げるほどの長身。たくましく筋肉が盛り上がる身体は、軽装な革鎧で覆われている。
さらによく見ると、使い込まれた様子の短剣が複数本、腰に下げられていた。只者ではないことは明白だが、この男も冒険者であろうか。「おっと、彼氏がいたのかい。これは失礼、レイナちゃん」
険しい表情を浮かべる乱入者に全く臆することなく、その男は飄々とした様子で肩をすくめる。マークはレイナの名前を出してしまったことを迂闊に思う...前に赤面していた。
「か、彼氏じゃない!幼馴染だ!」
「あ、そうなの? じゃあ、俺にもチャンスはあるってわけね」
完全に相手のペース。マークの背後で、レイナはひたすらオロオロするばかりだ。
「そうそう、自己紹介がまだだったな、俺はケーベストっていうんだ」
2人の様子に構わず、ケーベストと名乗った男は無精髭を生やした顎を撫でつつ、再びニヤリと笑った。
「じゃ、お近付きの印ってことで、昼は俺が何か奢ってやるよ。2人とも冒険者だろ? 宿どこ?」
「お、おい、ちょっと...!」
マークとレイナ、困惑する2人を両肩に抱いて、ケーベストは有無を言わさず宿まで案内させてしまうのだった。
宿の食堂に入った瞬間、騒がしい声が2つ響いた。「だからぁ!あれはもう少し値引きできたって!」
「いやいや、あそこは値引きしない方が後々オトクなんだよ!」
片方は聞き慣れた赤毛の少年の声だ。食堂の奥、窓際の席にその姿が見えた。しかし、テーブルを挟んだ向かい側で身を乗り出している人物には、見覚えがなかった。
「ひゅー、珍しい、エルフじゃないか」
ケーベストが感心したように言う。確かに、セイザンの向かいに立つその少女は、彼と同じような鮮やかな緑の瞳と、彼より長く尖った耳を持っていた。森に生きる種であるエルフ族の特徴だ。
軽装な白装束に、黒い肩アーマーの付いたマントを羽織っている。よく見れば、腰にはその小柄な身体には不釣り合いなくらい大きな弓が下げられていた。「セイザン、どうしたんだ?」
「お、マーク、聞いてくれよ、この女がさぁ!」
「何よ、アタシに文句あるって言うの!?」
話が進まないまま、セイザンとエルフの少女の口論は続く。よく聞けば、その内容はとある露店の品の価格についてだったようだが、マークとレイナにはイマイチよく分からない。
「はいはい、お2人さん、そうカッカなさんな」
大人らしい、落ち着いた様子でケーベストが2人の間に立つ。
『誰だよオッサン!』
「おほぉ、息ピッタリ」
同時に、しかもほぼ同じ内容でのツッコミを、ケーベストはしかし余裕な雰囲気で受け流す。
「そうやってピリピリしてても何も始まらんよ。こんな時は美味い飯を食って、気を落ち着かせるのが一番だぜ」
そう言いながら、ケーベストはマークとレイナも同じ席に座らせ、なし崩し的に5人での昼食が始まることになった。
「ハハハッ!なるほどな、そういうことなら納得だぜ、悪かったな!」「いいのいいの、アタシも勘違いしてたところがあったし、おあいこってことにしましょ!」
それからさほど時間も経たないうちに、セイザンとエルフの少女は、さっきまでの喧騒が嘘のように打ち解けていた。カップに入った果実汁を酌み交わし、まるで数年来の友のようである。気がつけばいつの間にか向かい合わせではなく、隣同士に座っている。
「あ、そうだ、アタシはアスリィっていうの」
アスリィと名乗ったエルフの少女は、同時に胸元に忍ばせていた小さな首飾りを見せてきた。それは神官の証とも言うべき「聖印」であった。
聞けば彼女は、自然の神の信徒であり、神殿での修行を終えた後、冒険者になるべく街にやってきたのだという。「し、神官だって?」
話を聞いて、マークが身を乗り出してきた。手にしたパンをつい力強く握りしめ、粉々にしてしまった。
「実は今、オレたち3人は神官と斥候《スカウト》の仲間を探しているところなんだ」
昨日話題になったばかりで、こうして神官に巡り会えたのは実に幸運だと感じた。
「アンタさえ良かったら、オレたちのパーティに入らないか?」
こういう時、マークの真っ直ぐさは武器になる。単刀直入に、なんの含みもなく投げかけられた言葉は、相手の心にすんなり入るものである。
「また唐突に来たわね...まぁ、アタシとしては...」
「お、そうだったのか、それならそうと早く言ってくれよ」
アスリィの答えを遮り、ケーベストが口を開いた。
「何を隠そう、俺は斥候《スカウト》としての自信はそれなりにあるつもりだ。宝の罠から貴族の裏話、果てはあそこにいる給仕のお姉ちゃんの好みのタイプまで、あっという間に調べあげてみせるぜ」
言いながら、店員の女性にバチッとウインクを決めて見せる青年。しかし、女性は怪訝な顔を浮かべそそくさと離れていってしまった。
「...ま、とにかく斥候《スカウト》役が欲しいなら俺に任せてくれよ、役に立つぜ」
ドンと分厚い胸板を叩き、ケーベストは白い歯を見せて宣言した。
斥候《スカウト》と神官。探していた人材がこうもあっさり見つかり、喜ばしいことだと思いきや、マークは疑いの眼差しを向けていた。「アンタ、本当に大丈夫なのかよ...?」
身のこなしや装備品を見れば、少なくともケーベストが素人だとは思わない。しかし、その実力にはまだ疑わしいところがある。アスリィが持つ聖印のように、ある程度力量が保証できる持ち物があるわけでもない。
何より、レイナに対してのあの軽薄な態度が、マークの警戒心を強めていた。「まぁまぁ、その疑問もごもっともだな」
そう言いながら、ケーベストは懐から1枚の紙を取り出した。テーブルに広げて見せたそれは、どうやら冒険者への依頼書だった。
「これは?」
「聞いて驚きな、これは1000年前の古代の遺跡の事前調査依頼さ」
1000年前。善なる竜と、邪悪な魔王による大きな戦乱があったとだけ伝わっている時代のことだ。その遺跡ともなれば、歴史的な価値はかなり高いものになる。
もちろん、いきなり国の研究機関で遺跡を調査するということにはならない。内部がどのようになっていて、どんな脅威があるのかも不明なのだ。事前に冒険者に依頼し、遺跡の内部構造の把握、及び危険の排除を行うのが一般的だった。「遺跡の事前調査だって? オッサン、なんでそんなもん持ってるんだよ」
遺跡というロマンに心躍らせ、セイザンが尋ねる。その横でアスリィが何度も頷いていた。
「まぁ、蛇の道は蛇って言うだろ? あとオッサンじゃない」
含みのある言い方をしながら、ケーベストはテーブルに広げた依頼書をトントンと指先で叩く。
「で、だ...この5人で組んで依頼を果たす...その上で俺の実力ってやつを見極めてくれよ。あ、もちろん報酬は折半な」
この手の依頼は報酬がかなり高くなっている。だいたいは特別大きな危険もなく、遺跡内部のマッピング程度で済むから、割の良い仕事として人気なのだ。
「いやぁ、カワイコちゃん2人と一緒に遺跡調査ができるんだ、俺としては嬉しい限りなんだがね」
そう言われ、レイナは少し赤面し、アスリィは呆れた様子でため息をつく。
「アタシは構わないわよ、報酬も悪くないし、ちょうどどこかのパーティに入れてもらおうかと思ってたからね」
そこまで言われ、マークとしては納得せざるを得なかった。何より、彼も遺跡の調査という仕事には魅力を感じていた。
「よし、やろうぜマーク」
「私も、やってみたい」
セイザン、そしてレイナも承知した。
2人の期待に満ちた目を見れば、マークの答えは1つしかない。「...分かった、じゃあその依頼、この5人で受けてみようぜ」
遺跡という未知の世界、そして新しい仲間という変化に胸が踊るのを、幼馴染3人は抑えきれなかった。
温かな日差しが降り注ぐ大草原。遥か遠方に、雲を冠して連なる山脈が見える。 その大草原の小高い丘の上。1本の木が立つその傍らに、黒髪の少年──マークの姿があった。 彼の腰には、2本の長剣が下げられている。 片や、竜銀で作られた名剣ヴァトラス。 そして、竜の顔が象られた「聖剣」。「それはお前が持つべきものだ」 あの戦いの後、青髪の聖騎士ロアはそう言って、マークに「聖剣」を託した。自分のような未熟者が、この剣を持つ資格などあるはずがない。そう言って何度も断ったのだが、思った以上に彼は頑なだった。「竜を祀る神殿を探せって…また無茶なことを言ってきたもんだぜ…」 何処かにあるとされる竜の神殿。ロアはそこで「聖剣」を授かった。今度はマークがその場所を探し出し、「聖剣」の正式な持ち主として認められなければならない。 魔族の脅威こそ去ったが、「聖剣」の勇者という存在は、この世界には必要なものだと、ロアは語っていた。「まぁ、あてのない気ままな旅だと思えば、気は楽なもんか」 大きく背伸びをして、マークは「聖剣」の鍔を軽く叩く。 あれ以来、あの謎の声は聞こえない。もしかしたら、ただの幻聴だったのかもしれないと、深く考えないことにしていた。「そういえば、あいつらも元気にしてるかな…」 あてのない旅という言葉で、マークは親友の顔を思い出す。 セイザンとアスリィは、2人でトレジャーハンターとして、一攫千金を狙った旅をすることにした。相変わらず、金銀財宝には目がない奴らだと、その話を聞いた時は苦笑したものだ。 一応、マークは一緒に旅をしないかと誘ったのだが、セイザンは自分だけの目的を見つけたいと言って、やんわりと断った。 その際に、あの半魔の青年がアスリィに「頑張れ」などとエールを送っていた気がしたが、マークには何のことか分からなかった。「アルバも、今はどこで何をしているやら…」 気がついたら、いつの間にかアルバの姿は消えていた。アスリィが言うには、「道」とやらを
「お、終わった…?」 ちょうど、腰の矢筒が空になった。 アスリィは階下からの敵が来なくなったことを確認し、脱力してその場に座り込む。 広間の中には、10人を超える敵が倒れていた。「上の方は、大丈夫かな…」 背後の扉の先。上階へと続く階段に目を向ける。 戦っている最中、2度ほど轟音が響き渡り、地震のような揺れを感じた。天井からパラパラと砂が落ち、よもや塔が崩れるのではないかと恐くなった。 いったい、上でどのような戦いが行われているのか。 ここで休んでいる場合ではない。再び立ち上がり、アスリィは共に戦っていた半魔の青年の方に視線を向ける。「アルバ…アンタ大丈夫…?」「…あぁ…」 壁に背を預けながら、アルバはその目を伏せていた。一瞬、気を失っているのかと思ったが、彼もまた少しの間だけ休んでいたようだ。 彼の全身は、無数の傷がつけられていた。 多数の敵を相手にして、戦い抜いた彼の身体は、疲労の境地に至っている。アスリィの回復も、最後の方は間に合っていなかった。「…行こう…くっ…」 立ちあがろうとしたアルバが、左太ももの辺りを押さえて苦悶の表情を浮かべる。見れば、大きな刀傷がつけられ、まだ血も完全には止まっていない様子だった。「ちょっと! すぐに治すから!」 傷のことを黙っていた彼にも、傷に気が付かなかった自分にも腹が立つ。アスリィは慌てて「治癒《ヒール》」を発動させた。 しかし、彼女もまた限界が近く、すぐにふらついた様子で術を中断してしまう。「…無理するな…今ので血は止まった…」 なんとか立ち上がると、アルバは足元が覚束なくなったエルフの少女に肩を貸す。 そして、ゆっくりと上へと続く階段を登り始めた。「セイザンたち…大丈夫だよね…」「…あぁ…きっと、な…」 一歩ずつ、2人は足を進める。身体は休みたがっているが、そんなわけにはいかない。 上で戦っている仲間たちの元へ急がなくては
「大切断《ギロチン》」 巨大な魔力の刃が空中から振り下ろされ、怪物の首が刎ね飛ばされる。青い血を撒き散らしながら、その亡骸が炎となって消えていった。「鉄之処女《アイアンメイデン》」 無数の、まさに数えきれないほどの、しかも目に見えるかどうかというほどに細い針が、怪物を蜂の巣にする。原型を保ったまま、やはり炎となって消える。 魔術師たちの総本山である「塔」。その周囲を取り囲む街を守るべく、魔術師たちの頂点と呼ばれる「四聖賢《しせいけん》」のうち2人が奮闘している。 片や、邪悪な笑みを浮かべながら魔力の刃で確実に敵を仕留める「混沌《カオス》」のミゼー。 片や、涼しげな表情そのままに、洗練されたスマートな魔術を駆使する「魔術博士」のサンジェルマン。 対照的ながら、それぞれの魔術はいずれも強力無比。迫り来る魔族を全く寄せ付けなかった。「あぁ、もう…全くキリがない…!」「ミゼーさん、疲れました? 僕が水薬《ポーション》を飲ませてあげますよ、口移しで」「お前本当に死ね!」 などと言い合いながら戦う2人を見て、防衛を任されていた「塔」の魔術師たちは苦笑いを浮かべる。 とはいえ、余裕があるわけではない。確かに2人は強く、魔族などまるで相手にならないほどだ。 しかし、その魔力とて無尽蔵ではない。まして、魔族を一撃で屠るほどの強大な魔術を連発しているのだ。普通の魔術師なら、とっくに気を失っている。「お主ら、まだ保つな?」 そこに、白い装束を纏《まと》った少女──の姿をした大賢者ファルミナスが現れる。その隣には、双子の姉であるアルテミスもいた。「「聖女様」たちが魔王を封じるまで、何としても死守するのじゃ」「分かってるよ…人使いの荒い婆さんだね」 肩をすくめながら、ミゼーは次の標的を見据える。 街の周囲は魔力の障壁で守られてはいるものの、それとて完璧というわけではない。衝撃を受け続ければ、いつかは破られる。 それほど多くはないが、着実に魔族たちは「塔」に迫りつ
鋭い一閃。 神速とも言える速さで繰り出された刃が、青白い体躯を持つ怪物を沈黙させた。「ふぅ…」 銀髪の剣士が、戦いの終わりを感じて一息入れる。 恐ろしく頑強な怪物だと思えた。いったい何度、剣を振ったことか。 左手に持った長剣の刀身は、もはや使い物にならないくらい刃こぼれしていた。「もう大丈夫ですよ!」 剣士は背後で守っていた村に、大きな声で呼びかける。閉め切っていた扉や窓から、安堵した様子の村人たちが顔を出した。 そして、長い黒髪の女性が駆け寄り、剣士の胸へと飛び込む。「良かった…ご無事で…」「ご心配をおかけしました」 2人がしばし見つめ合う。 その時、村を青白い光が包み込んだ。「こ、これは…?」 魔術の心得のない剣士には知る由もなかったが、その光は魔力を帯びた防壁。同時刻に王都を覆ったものと同様のもの。「な、何が起こっているのです…?」「分かりません…ですが…」 困惑する女性の肩を抱きながら、剣士は空の光を見上げている。 彼は先日、この村から魔術師の老婆が、ローブを纏った数人の男たちに連れて行かれたことを思い出した。その件と、何か関係があるのではないかと。 老婆は村から出る際に、「孫娘のことで用事ができただけ」と言っていた。 その孫娘──黄金の髪を持つ少女レイナは、剣士の弟子2人と共に冒険者として旅立っていた。「マーク…セイザン…」 もしや、弟子たちの身にも何かが起きているのではないか。 銀髪の剣士──ハミルはただ、その無事を祈るしかできないことに、もどかしさを覚えていた──。 アーレスの古城は、縦に長い構造をしていた。 いくつもの塔を、渡り廊下で繋いだような造りで、それぞれの塔の内部は長い階段を使わなければならない。 マークたちのような戦士ですら息を切らすような長い階段。当然、レイナやルビアのような後衛では、もはや歩くこと
「北門、このままでは保ちません!」「東門もです!」 王都の中央に聳《そび》え立つ王城。その中にある広大なホールに、切迫した声が響き渡る。 ホール内の長大な机の上には、王国の各地を記した地図が大量に並べられていた。そしてそのいずれにも、赤いバツ印が書かれている。 それは、すでに陥落したという報告のあった村や町を表わしていた。「大楯隊を北門に向かわせなさい! それでしばらく保ちます! 東門には、デットーリの隊を派遣!」 報告を受け、瞬時に指示を下す声。王国の英雄王と称される女王シャウナは、まったく動じることない様子で戦況を見極めていた。 かつての帝国との戦いにおいて、16歳という若さで最前線を戦い抜いた女傑は、この未曾有の事態にもその冷静さを欠くことはない。 …というのは、彼女の虚勢でしかなかった。 突如として、各地に出現した謎の怪物。報告によれば、それは伝説に聞く魔族だという。 怪物たちはそれぞれが南西に向けて進軍していて、進路上にある人里は例外なく、その強大な力によって壊滅的な被害を受けているとのことだった。 さらに、報告が本当であれば、この魔族たちは帝国にも現れ、同様の被害をもたらしているらしい。 ほとんど前触れもなく、唐突に訪れた国の危機。否、もしかしたら世界的な危機なのかもしれない。それを前にして、全く困惑しない者など、いるはずがないのである。「…いったい、何が起こってるの…?」 白銀の甲冑に身を包み、剣を手に取ったシャウナは誰にも聞かれることのない程度に、小さく呟く。 直後、窓から青白い光が差し込んだ。「っ…あれは…!?」 見れば、空に光が広がっている。それはすっぽりと、王都を覆う形となっているようだった。魔力の光と思しき青白い粒子が、混乱する王都内に降り注いでいる。「まさか、魔力の防壁…? こんなことができるのは…」 シャウナは自然と、その視線を南西の方角に向けていた。「塔」の魔術師たちを統べる大賢者。その1人を思い浮かべる。
マークたち一行、そしてロアも加えた7人は、「塔」の最上階にある「四聖賢《しせいけん》の間」へと足を運ぶ。例の移動する床の仕掛けに、初めてだったレイナやルビアは驚きを隠せなかった。 「じゃあ、俺の案内はここまでだ」 相変わらずの巨大な入り口の前で、アルベルトはそう言って去っていく。この最上階に招待されたのは、「聖女」であるレイナと「聖剣」の勇者ロアのみ。本来、マークらは招かれざる客である。 「「聖女」…いや、レイナさん…俺は君の味方のつもりだよ」 「はい…ありがとうございます」 去り際に、アルベルトは片目を閉じて笑顔を浮かべながら、そう言い残していった。レイナとしては、つい先刻会ったばかりの人物。だが、彼の人柄には好感を持っていた。 「では、入るぞ」 ロアが先頭に立ち、巨大な扉をゆっくりと開ける。 その先は、以前までと変わらぬ闇の空間。青白く光る魔方陣がいくつも浮かび、消えてはまた現れる。 ただ、マークらが前に訪れた時とは異なる点があった。 その空間に、少女の姿をした大賢者だけでなく、さらに3人の人物がいたのである。 30歳くらいの短い黒髪をした、鋭い目つきの女性。真っ赤なジャケットを羽織り、黒のタイトスカートをまとっている。 同じく30歳くらいと思われる、茶髪の爽やかな男性。簡素な茶色のチュニックを纏い、穏やかに見える笑顔を浮かべていた。 そして、空間の中央に立っていたのは、マークらのよく知る老婆の姿。 「お、おばあちゃん!?」 「アルテ婆さん!」 その姿を見て、すぐさまレイナが駆け寄る。マークやセイザン、そしてルビアもそれに続いた。 老婆は紛れもなく、故郷の村で馴染み深かった魔術師アルテ。 しかしその正体は、竜の教団の元幹部にして、17年前に「聖女」を連れ去った







