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第一章 前編 「出会」

Author: ユウユウ
last update publish date: 2026-06-26 13:02:36

「おらぁっ!」

 叫びと共に、強烈な蹴りが炸裂した。

 顔面を蹴り飛ばされた人影が、木枠の窓を突き破って外へと投げ出される。醜悪な顔をした緑色の肌を持つ人影──ゴブリンだ。

 魔獣《モンスター》と並び、人々の生活を脅かす害獣の如き存在。暴力と略奪しか知らない、知性の欠けらも無い邪悪な者たちである。

「マーク、目を閉じろ!」

 親友の言葉と同時に、マークはその目を伏せる。戦いの最中に目を背けるなど、本来は自殺行為に等しい。しかし、次の瞬間、眩い閃光が放たれる。

「ナイスだセイザン!」

 強烈な光に目を焼かれ、ゴブリンたちが悶絶する。夜目が効く分、目眩しの効果は絶大だ。

 セイザンの放った精霊魔術の「閃光《フラッシュ》」は、光の力を凝縮して一気に解放し、周囲に強い光を放つ、彼の十八番《おはこ》である。

 身動きが取れないゴブリンたちを、マークが両手に持った大小2本の長剣で斬り伏せていく。

「マーク、後ろ!」

 3体のゴブリンを倒したところで、レイナの鋭い声が届く。目眩しから回復した1体が、マークの背後に回りこみ、手にした棍棒を振りかざしていた。

「障壁《プロテクション》!」

 しかし、その棍棒は青白い光の壁によって遮られる。レイナの魔術によって作られた、意志力の障壁だ。

 魔力とも称される意志の力を、特殊な言語──呪文に乗せることで現実を改変する。それが言語魔術である。

「ありがとよ、レイナ!」

「ついでに、おまけっ!」

 マークの長剣がゴブリンを袈裟斬りにし、さらに追い討ちとばかりにセイザンも背中から剣を振り下ろす。

 街の郊外にある廃墟に住み着いたゴブリンの駆除。マークたちが冒険者として依頼された仕事は、これにて完了となった。

 その日の夜。

 新米冒険者3人の姿は、宿の1階に併設された酒場兼食堂にあった。

「やっぱり3人だけじゃ少し厳しいかもしれないぞ」

 手にした豚肉の串焼きをクルクルと回しながら、セイザンが話し始めた。

「今回みたいな害獣駆除って話ならともかく、例えば洞窟内の探索ってことになると、特にな」

 今回の依頼は、廃墟に居座るゴブリンの駆除という、至極シンプルなものだった。10年以上前に起きた戦争の影響で、街の郊外には放棄された空き家が多い。そこを住処にしてしまうゴブリンは後を絶たず、街の住人にしてみれば脅威だ。しかし、冒険者にとっては比較的楽に日銭が稼げる、定番の依頼でもある。

「こういう仕事ばかりは、ちょっと嫌だしね...」

 例え邪悪な存在とはいえ、レイナは命を奪うことに抵抗を隠せない。その様子に、マークは難しい顔をしながら串焼きを頬張る。

「そうなると、必要なのは斥候《スカウト》役ってことか...」

 危険を事前に察知し、罠の仕掛けを解き、場合によっては戦闘にも参加する。冒険者パーティの中でも特に重要なポジション。当然、その適性があるものは引く手数多だ。

「あと、できれば神官も欲しいところだな」

 セイザンが腕組みをして唸る。

 神官が行使する神聖魔術は、祈りの力によって意志力を神々に届け、その力の一端を発現するものだ。特に傷の治療や解毒、身体能力の補助に優れた術が多い。レイナの言語魔術でもある程度の治療などは行えるが、呪文がやや複雑になる上に、その効果は神聖魔術に及ばない。

「神官...か」

 ふと、レイナは窓の外に広がる夜空に目を向けた。ピンクのポニーテール姿が脳裏に浮かぶ。彼女と別れてから1ヶ月ほどになるが、元気にしているだろうか。

「掲示板に「斥候《スカウト》と神官募集中!」って書いたらいいんじゃないか?」

「お前掲示板見てないだろ。同じような募集ばかり並んでるぞ」

 16歳程度の若造3人による新米パーティなどに入ろうとする者は稀有だ。同じ募集を出したところで、見向きもされないだろう。

「じゃあ、どうするってんだよ?」

「それを考えるって話だよ」

「うーん...」

 ああでもないこうでもないと、3人はしばらく議論したものの、答えの出ないまま時は過ぎていった。

 結局、埒が明かないまま話は終わり、消耗品の補充のために、明日は市場に行こうという結論が出ただけだった。

 翌日、街の市場は朝から大いに賑わっていた。果実や野菜といった食材を売る店、様々な雑貨を売る店、刀剣を扱う店など、多種多様な商品が並んでいる。そして、そこに顔を見せる人々も、街の住人から流れの冒険者まで様々だった。

「じゃあ、後で宿に集合ってことで」

 マークたち3人は、それぞれ何を買い足すか担当を決め、手分けして行動するようにしていた。その方が時間短縮になる上に、余計なものを買う恐れも減る。街に慣れてなく、当初は迷子になりかけたマークやレイナも、この1ヶ月でさすがに道を把握していた。

「さてと、まずは...」

 マークは自分の担当となった品を指折り数えながら、人混みの中を歩く。人の多さに驚き、間抜けな表情を浮かべたのも過去の話。スルスルと人の波をすり抜け、目的の店へとたどり着く。剣の稽古で鍛えた足捌きが、こんな形で役に立つとは思わなかった。

 手早く買い物を済ませる。割れてしまった火打ち石。夜間に使う松明《たいまつ》。冒険者に必要な物は思った以上に多いと、1ヶ月前は困惑したものだ。

「...お、この刃...いいな」

 宿に戻る途中、露店に並ぶ小ぶりなナイフに目が止まった。世界一の剣士という志を持つ彼だが、そのせいか刃物に対する好奇心は尽きない。つい手に取って眺めてしまう。

 しげしげとその美しい切っ先を見ていると、ふと聞き慣れた声がした。

「...レイナ?」

 目を向けると、人混みの先に長い黄金色の髪と真っ赤なローブが見えた。何やら困った表情をしているように思える。

「ん...誰だ?」

 近付くにつれ、金髪の幼馴染の前に立つ、大柄な男の姿が目に入った。頭に巻いた白黒のバンダナが特徴的な、浅黒い肌を持つ人物。ニヤニヤとした表情をしながら、レイナに声をかけていた。

「お嬢ちゃん、何か探し物? だったら俺が案内してあげるよ、ここには詳しいからさ」

「え、えと...その...」

 突然のことに、レイナはどう返答して良いか分からず、口ごもるばかりだ。慌てて、マークは彼女の前に立つ。

「オイあんた、レイナに何の用だ?」

 マークも身長は高めの方だが、そんな彼が見上げるほどの長身。たくましく筋肉が盛り上がる身体は、軽装な革鎧で覆われている。

 さらによく見ると、使い込まれた様子の短剣が複数本、腰に下げられていた。只者ではないことは明白だが、この男も冒険者であろうか。

「おっと、彼氏がいたのかい。これは失礼、レイナちゃん」

 険しい表情を浮かべる乱入者に全く臆することなく、その男は飄々とした様子で肩をすくめる。マークはレイナの名前を出してしまったことを迂闊に思う...前に赤面していた。

「か、彼氏じゃない!幼馴染だ!」

「あ、そうなの? じゃあ、俺にもチャンスはあるってわけね」

 完全に相手のペース。マークの背後で、レイナはひたすらオロオロするばかりだ。

「そうそう、自己紹介がまだだったな、俺はケーベストっていうんだ」

 2人の様子に構わず、ケーベストと名乗った男は無精髭を生やした顎を撫でつつ、再びニヤリと笑った。

「じゃ、お近付きの印ってことで、昼は俺が何か奢ってやるよ。2人とも冒険者だろ? 宿どこ?」

「お、おい、ちょっと...!」

 マークとレイナ、困惑する2人を両肩に抱いて、ケーベストは有無を言わさず宿まで案内させてしまうのだった。

 宿の食堂に入った瞬間、騒がしい声が2つ響いた。

「だからぁ!あれはもう少し値引きできたって!」

「いやいや、あそこは値引きしない方が後々オトクなんだよ!」

 片方は聞き慣れた赤毛の少年の声だ。食堂の奥、窓際の席にその姿が見えた。しかし、テーブルを挟んだ向かい側で身を乗り出している人物には、見覚えがなかった。

「ひゅー、珍しい、エルフじゃないか」

 ケーベストが感心したように言う。確かに、セイザンの向かいに立つその少女は、彼と同じような鮮やかな緑の瞳と、彼より長く尖った耳を持っていた。森に生きる種であるエルフ族の特徴だ。

 軽装な白装束に、黒い肩アーマーの付いたマントを羽織っている。よく見れば、腰にはその小柄な身体には不釣り合いなくらい大きな弓が下げられていた。

「セイザン、どうしたんだ?」

「お、マーク、聞いてくれよ、この女がさぁ!」

「何よ、アタシに文句あるって言うの!?」

 話が進まないまま、セイザンとエルフの少女の口論は続く。よく聞けば、その内容はとある露店の品の価格についてだったようだが、マークとレイナにはイマイチよく分からない。

「はいはい、お2人さん、そうカッカなさんな」

 大人らしい、落ち着いた様子でケーベストが2人の間に立つ。

『誰だよオッサン!』

「おほぉ、息ピッタリ」

 同時に、しかもほぼ同じ内容でのツッコミを、ケーベストはしかし余裕な雰囲気で受け流す。

「そうやってピリピリしてても何も始まらんよ。こんな時は美味い飯を食って、気を落ち着かせるのが一番だぜ」

 そう言いながら、ケーベストはマークとレイナも同じ席に座らせ、なし崩し的に5人での昼食が始まることになった。

「ハハハッ!なるほどな、そういうことなら納得だぜ、悪かったな!」

「いいのいいの、アタシも勘違いしてたところがあったし、おあいこってことにしましょ!」

 それからさほど時間も経たないうちに、セイザンとエルフの少女は、さっきまでの喧騒が嘘のように打ち解けていた。カップに入った果実汁を酌み交わし、まるで数年来の友のようである。気がつけばいつの間にか向かい合わせではなく、隣同士に座っている。

「あ、そうだ、アタシはアスリィっていうの」

 アスリィと名乗ったエルフの少女は、同時に胸元に忍ばせていた小さな首飾りを見せてきた。それは神官の証とも言うべき「聖印」であった。

 聞けば彼女は、自然の神の信徒であり、神殿での修行を終えた後、冒険者になるべく街にやってきたのだという。

「し、神官だって?」

 話を聞いて、マークが身を乗り出してきた。手にしたパンをつい力強く握りしめ、粉々にしてしまった。

「実は今、オレたち3人は神官と斥候《スカウト》の仲間を探しているところなんだ」

 昨日話題になったばかりで、こうして神官に巡り会えたのは実に幸運だと感じた。

「アンタさえ良かったら、オレたちのパーティに入らないか?」

 こういう時、マークの真っ直ぐさは武器になる。単刀直入に、なんの含みもなく投げかけられた言葉は、相手の心にすんなり入るものである。

「また唐突に来たわね...まぁ、アタシとしては...」

「お、そうだったのか、それならそうと早く言ってくれよ」

 アスリィの答えを遮り、ケーベストが口を開いた。

「何を隠そう、俺は斥候《スカウト》としての自信はそれなりにあるつもりだ。宝の罠から貴族の裏話、果てはあそこにいる給仕のお姉ちゃんの好みのタイプまで、あっという間に調べあげてみせるぜ」

 言いながら、店員の女性にバチッとウインクを決めて見せる青年。しかし、女性は怪訝な顔を浮かべそそくさと離れていってしまった。

「...ま、とにかく斥候《スカウト》役が欲しいなら俺に任せてくれよ、役に立つぜ」

 ドンと分厚い胸板を叩き、ケーベストは白い歯を見せて宣言した。

 斥候《スカウト》と神官。探していた人材がこうもあっさり見つかり、喜ばしいことだと思いきや、マークは疑いの眼差しを向けていた。

「アンタ、本当に大丈夫なのかよ...?」

 身のこなしや装備品を見れば、少なくともケーベストが素人だとは思わない。しかし、その実力にはまだ疑わしいところがある。アスリィが持つ聖印のように、ある程度力量が保証できる持ち物があるわけでもない。

 何より、レイナに対してのあの軽薄な態度が、マークの警戒心を強めていた。

「まぁまぁ、その疑問もごもっともだな」

 そう言いながら、ケーベストは懐から1枚の紙を取り出した。テーブルに広げて見せたそれは、どうやら冒険者への依頼書だった。

「これは?」

「聞いて驚きな、これは1000年前の古代の遺跡の事前調査依頼さ」

 1000年前。善なる竜と、邪悪な魔王による大きな戦乱があったとだけ伝わっている時代のことだ。その遺跡ともなれば、歴史的な価値はかなり高いものになる。

 もちろん、いきなり国の研究機関で遺跡を調査するということにはならない。内部がどのようになっていて、どんな脅威があるのかも不明なのだ。事前に冒険者に依頼し、遺跡の内部構造の把握、及び危険の排除を行うのが一般的だった。

「遺跡の事前調査だって? オッサン、なんでそんなもん持ってるんだよ」

 遺跡というロマンに心躍らせ、セイザンが尋ねる。その横でアスリィが何度も頷いていた。

「まぁ、蛇の道は蛇って言うだろ? あとオッサンじゃない」

 含みのある言い方をしながら、ケーベストはテーブルに広げた依頼書をトントンと指先で叩く。

「で、だ...この5人で組んで依頼を果たす...その上で俺の実力ってやつを見極めてくれよ。あ、もちろん報酬は折半な」

 この手の依頼は報酬がかなり高くなっている。だいたいは特別大きな危険もなく、遺跡内部のマッピング程度で済むから、割の良い仕事として人気なのだ。

「いやぁ、カワイコちゃん2人と一緒に遺跡調査ができるんだ、俺としては嬉しい限りなんだがね」

 そう言われ、レイナは少し赤面し、アスリィは呆れた様子でため息をつく。

「アタシは構わないわよ、報酬も悪くないし、ちょうどどこかのパーティに入れてもらおうかと思ってたからね」

 そこまで言われ、マークとしては納得せざるを得なかった。何より、彼も遺跡の調査という仕事には魅力を感じていた。

「よし、やろうぜマーク」

「私も、やってみたい」

 セイザン、そしてレイナも承知した。

 2人の期待に満ちた目を見れば、マークの答えは1つしかない。

「...分かった、じゃあその依頼、この5人で受けてみようぜ」

 遺跡という未知の世界、そして新しい仲間という変化に胸が踊るのを、幼馴染3人は抑えきれなかった。

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