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精一杯愛したから、もう自由にさせて
精一杯愛したから、もう自由にさせて
Author: 匿名

第1話

Author: 匿名
東都中の誰もが、ある茶番劇が終わるのを待っていた。

セレブ界の御曹司、黒崎雄太(くろさき ゆうた)が、病弱な恋人の内田綾菜(うちだ あやな)と別れる、その瞬間を……

3年だ。

この3年間で、絢香は20回も健康診断を受けていた。そして、その結果で婚姻届が提出できないのも、20回となった。

綾菜は何度も希望を胸に健康診断を受けに行ったが、結局は結果が芳しくなく、項垂れて病院から出てくるのだった。

それでも、雄太は綾菜を世界一大切な宝物のように、甘やかし続けた。

綾菜が初日の出を見たいと言えば、雄太は自分が39度の高熱だとしても、一晩中山頂で付き添い、肺炎になりかけたほどだった。

全国絵画コンクールで、綾菜が最優秀賞を受賞した際、彼女はライバルからひどい誹謗中傷を受けたうえに、実力ではなく、裏でコネを使ったなどと、根も葉もない噂を立てられた。

しかし雄太は、百年続く黒崎グループの名誉にかけて、綾菜の潔白を証明した。

「綾菜の才能は誰にも汚させはしない。今日この場で、これ以上なにか言うやつがいれば、この俺が相手になる」と、人々の前で言ってくれたのだった。

しかし、黒崎家は家柄も釣り合わず、おまけに病弱な綾菜との結婚を許さなかった。そして雄太に、最後通牒を突きつける。

綾菜を諦めて莫大な資産を相続するか。あるいは、この病弱な女と一緒になり、全てを捨てて家を出るか。

雄太は一秒たりとも迷わなかった。

「俺は綾菜を選ぶ」

書類にサインする雄太の手は一切震えておらず、その瞳はまっすぐだった。

20通もの「健康状態に問題あり」という診断書を前に、綾菜の罪悪感は、つる草のように心を覆い尽くしていった。

もしかしたら、これは自分みたいな人間は雄太にふさわしくないという神様からのメッセージなのかもしれない。

綾菜がそう口にする度、雄太は彼女を腕の中に抱きしめ、まるで祈るかのような口調で言った。

「綾菜。どんなお前でも俺はずっと愛してる。たかが診断書一枚だろ?そんなもので、俺たちの愛が引き裂かれることはないよ」

雄太の低く優しい声は、どんな言葉よりも甘く、心を惑わせるようだった。

綾菜は雄太がくれる優しさの中に溺れていった。一生、正式な夫婦になれなくてもいい。ただ雄太の傍にいられるなら、それで構わないと覚悟もしていた。

そう。21回目の、あの日までは……

綾菜は最新の健康診断書を手に病院から出てきた。今度こそきっと大丈夫と、心の中で繰り返しながら。

駐車場まで歩いて行くと、遠くに雄太の車が見えた。

雄太は車の側に立っていた。上質でスタイリッシュなスーツが、非凡なオーラを一層引き立てている。

綾菜が歩み寄ろうとしたその時、冷たい目をした雄太が白衣の医者と話しているのが聞こえてきた。

医者は不可解だと言わんばかりの表情で、一枚の診断書を雄太の手に渡す。

「黒崎さん、私にはどうしても分かりません。あなたと内田さんは誰もが羨むような仲なのに。あの盛大なプロポーズの時も、内田さんには『最高なものがふさわしい』なんて言って、花をわざわざ空輸したんでしょう?

それなのに、いざ入籍するとなると、どうして躊躇うんですか?診断書を偽造するのは、これで21回目ですよ」

綾菜の手から、持っていた診断書がはらりと落ちた。

21回分の診断書が全部偽物?しかも、それを指示したのは雄太?

心臓がどきりと音を立て、大きな疑問が胸に渦巻いく。どうして、雄太がそんなことを?

雄太が煙草に火をつけた。立ち上る煙が、彼の端正な横顔をいっそう際立たせる。

「綾菜を愛してる。その気持ちに、今も昔も変わりはない。でも3年前の事故の時、由理恵が命がけで俺を運転席から引きずり出してくれなかったら、俺はとっくに死んでたんだ」

煙草を一口吸うと、雄太は低い声で続けた。

「由理恵はこの街に身よりもなく、一人でいる。この間酔った彼女が、俺に抱きついて泣きながら言ったんだ……こんなに優しくされたのは生まれて初めてだって。そんな由理恵が、俺が他の誰かと入籍するのを見たら、何をしでかすか分からないだろ?

あんな風に泣かれたら、こっちの胸が張り裂けそうになるんだ。命の恩人を苦しませるなんて、俺にはできない。だから、これは俺が由理恵にできる唯一の恩返しなんだ」

医者は眉間にしわを寄せ、納得いかない様子で言う。

「東都きっての御曹司であるあなたなんだから、恩返しする方法なんていくらでもあるでしょうに。ましてや、自分の結婚を犠牲にする必要はないんじゃないですか?」

雄太がきっと医者を睨む。その眼光は、ナイフのように鋭い。

持っていた煙草を、火花が散るほど強く握りつぶした。

「由理恵はそんな女じゃないんだよ。由理恵の俺への気持ちを金で汚すような真似は誰にもさせない」雄太は一語一句、力を込めて言った。「いつか由理恵の気持ちが落ち着いて俺がいらなくなった時、綾菜とはちゃんと入籍する」

雄太は携帯の待ち受け画面に目を落とした。そこに映っているのは、綾菜と二人で撮った写真。綾菜は屈託なく笑っていて、その瞳はキラキラと輝いている。

「その時が来るまで、綾菜に本当のことは言わない。あいつには、自分の体のせいで結婚できないと思い込ませておく。そうすれば、いざ結婚するとき、綾菜は俺が3年間も待たせたことを責めたりしないだろう。むしろ、見捨てなかった俺に感謝するはずだから」

横山由理恵(よこやま ゆりえ)。3年前、雄太の鶴の一声で、インターンとして特別採用された女性だった。

出張、会食、交渉……雄太がどこへ行くにも、必ず傍にいた。

綾菜は今まで、由理恵は仕事ができるからなのだと、ずっと思っていた。

でもまさか、二人の間にそんな特別な関係があったなんて。

ふと、由理恵がいつも自分に向けていた、あの視線を思い出す。

笑っているようで笑っていない、どこか見下したような、あの目つき。

若い女性のプライドの高さゆえだと綾菜は思っていた。

でも今なら分かる。あれは、自分への挑発だったのだ。

呼び方もそうだ。

会社の誰もが自分のことを「奥様」とかと呼ぶのに、由理恵だけはいつも「綾菜さん」と呼んだ。

その頃はその呼び方に親しみさえ感じ、少し嬉しく思っていたのに。

しかし今は、はっきりと分かった。あの「綾菜さん」という呼びかけは、親しみの表れではなく、雄太の妻として、自分を認めていないという意思表示だったのだろう。

ちょうどその時、雄太の携帯が鳴った。

電話の向こうから、由理恵の甘えるような声が聞こえてくる。

雄太は少しだけ眉を顰め、二、三言応えると、すぐに車に乗り込んだ。

車があっという間に走り去っていく。

すぐ後ろに綾菜がいることなど、全く気づかずに……

数秒後、綾菜の携帯が震える。雄太からのラインメッセージだった。

【ごめん。会社で急用ができたから、先にタクシーで帰っててくれるかな?気をつけてね。愛してるよ】

メッセージに添えられたピンクのハートマークを、綾菜はじっと見つめる。その口元には、ひどく乾いた笑みが浮かんでいた。

顔を上げ、地面に落ちていた診断書をゆっくりと拾い上げる。

【検査結果:各項目、全て正常値。健康状態に問題なし】

もう一度、自分の手に握られた診断書に目を落とす。病院の印が押されたそれは、雄太が渡してきた、偽物の診断書だ。

その瞬間、綾菜はふっと笑った。

しかし、その目からは涙がこぼれ落ちていく。

この数年間、雄太に尽くしてずっと待っていた……

でも、それは全部ただの滑稽な一人芝居だったのだ。

家に帰ると、綾菜は携帯を取り出し、長い間かけていなかった番号に電話をかける。

「中山さん……以前、私と結婚したいって言ってくれたこと、まだ有効かな?」
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