Share

第6話

Author: シゼン
実は、私たちは四年間、記念日を祝ったことがなかった。

けれど今年だけは、なぜか急に祝いたくなった。

かつて夢見ていた通りに、部屋の隅々まで飾り付けをした。

風船を膨らませるだけで、午後の時間いっぱいを費やしたほどだ。

分刻みで時間を計算し、すべてを「完璧」に整えた。

祝い終えたら、この五年間の恋にピリオドを打とうと決めていた。

だが、私の思いは結局空しく終わった。

広夢は帰ってこなかったのだ。

「幸与の具合が悪い。看病しなきゃいけない。俺を待たなくていい」

彼は知らない。嘘をつくとき、決まって不自然になる。

その微かな違和感を、私はずっと覚えていた。

彼の投稿を見ようと思ってインスタを開いた。

しかし彼のアイコンを押した瞬間表示されたのは、「ユーザーが見付かれませんでした」。

私はブロックされたのだ。

裏アカに切り替えて、彼の最新投稿を見た。

ふたりが手を繋いで鏡に映る。

テーブルいっぱいに並ぶ料理。

赤ワインとステーキ、キャンドルの灯り。

キャプションは――【来年もお前がそばにいますように】。

私は黙って「いいね」を押し、Lineで彼にメッセージを送った。

【うん、わかった】

もう待たなくていい。ならば、私は完全に去ればいい。

私がいなくなれば、二人はついに結ばれる。

広夢にとっても、それは幸運なことだろう。

鍵をテーブルに置き、ドアを閉めた。

空港へ向かう途中、二人の親密な写真や曖昧なやり取りを、私のすべてのSNSに投稿した。

友人たちは、彼らの醜く偽りの姿を目にするだろう。

そう思うと、静まり返った心に、ようやく波紋が広がった。

搭乗前、広夢に最後のメッセージを送った。

【私たちの五年は、終わりだ】

私たちの関係も、これで終わり。

飛行機に乗り込んだその瞬間、ようやく「離れる」という実感が湧いた。

高揚と苦さが入り混じった。

彼は一度も「愛してる」と言わなかった。

だから私は「別れよう」とも言わなかった。

あいまいに始まり、あいまいに終わる。それでいいのかもしれない。

愛に狂ってした愚かなことも、結局は私自身の自業自得。

客室乗務員が電源を切るよう促したその一秒前、広夢の電話が狂ったようにかかってきた。

滅多に通知が来ないトークルームが、爆撃のようにボイスメッセージで埋まった。

ひと
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 結婚するだけで、何をそんなに慌てるの?   第10話

    ナイフが私に届こうとしたその瞬間、広夢がどこからか飛び出してきた。幸与は手を引こうとしたが、すでに遅かった。ナイフは広夢の腕にかすり、血の滴を連ねた。しかし彼はそれに気づかず、ただ私を心配そうに見つめていた。「和音、大丈夫か?」私は答えず、彼の背後にいる幸与を見た。「あなたの両親の死は、自業自得だ」もともと血色のない彼女の顔はさらに青ざめ、前に出て私を掴もうとしたが、広夢に一気に地面に押さえつけられた。「あなたたちは最初から、彼が宗像おじさんの隠し子だと知っていたんでしょ?彼を迎えに行ったのも、彼を宗像おじさんのところに連れて行き、高額な報酬を要求するためだったんでしょ?今回のDNA鑑定の結果もあなたが送ったんでしょ?ずっと彼のそばにいたのも、この日を待っていたからじゃないのか?」彼女は頭を振り、凄惨な形相で私を黙らせようとした。一方、広夢はその言葉を聞き、唇を震わせながら呟いた。「そ、それは……本当なのか?」その時、私は正城との約束の時間になった。いつもべったりしていた二人は、今や醜い内輪もめを始めていた。もう見る気にもなれず、私は直接正城の車の助手席に乗り込んだ。広夢は私を止めようとしたが、幸与が必死に彼のズボンを掴んでいた。彼は彼女の泣き声を顧みず、肩に蹴りを入れた。「触るな!汚い女!」その光景、どこかで見覚えがあった。ただ、あの時地面に跪いていたのは私だった。正城は外の様子を見ても何も尋ねず、ただ私の手を握った。私は微笑み、彼に安心するように合図した。車窓の外では、広夢がまだ車のドアを引っ張っていた。わずか一枚の窓越しに、彼の謝罪や泣き声がはっきりと聞こえる。車が発進すると、その声は次第に小さくなり、やがて完全に消えた。日常は再び以前の穏やかさを取り戻した。そして、私と正城の結婚式の日が訪れた。私たちの結婚式は盛大で、ほぼすべての名士を招待した。宗像家も当然、招待されていた。私は自分でデザインしたウェディングドレスを身にまとい、バージンロードを歩いた。スポットライトの下、彼は笑顔で手を差し伸べ、私を迎え入れた。自然と顔に幸福の笑みが浮かんだ。ちょうど司会者が私たちに相手との結婚を誓うかどうか尋ねた時、場違いな声が響いた。

  • 結婚するだけで、何をそんなに慌てるの?   第9話

    正城とのお見合いは驚くほど順調に進んだ。両家はあっという間に婚事を取り決め、五年も引き延ばされてきたこのお見合いは、ついに完璧な幕を下ろしたのだ。私の夢は、自分の手で作ったウエディングドレスを身に纏うことだった。けれども広夢は、私のデザインしたドレスを「俗っぽくて耐えられない」と一蹴し、結婚式に出すことを許さなかった。そのせいで、私の夢は押し入れの奥にしまい込まれてしまったのだ。今、私が嫁ぐ相手は広夢ではない。私は再び、途中までしか仕上げていなかったあのドレスを取り出した。ところどころ欠けている部分もあり、買い足しが必要だった。正城は「結婚式は二人のものだから」と言って、どうしても一緒に行くと譲らなかった。広夢の冷淡と比べれば、その言葉は胸の奥を温かくするのに十分だった。私は昔からの習慣を大事にし、新しいことを試すのが苦手だった。買い物もいつも同じ店ばかり。だが今日の店員は、ことさらに熱心だった。彼女は私の手を引いて、しつこく新商品を勧めてきた。もう店を出ようとしているのに。私は特に気にせず、ただ業績のためだろうと考え、いくつか多めに買ってやっただけだった。そして店を出た瞬間――夜空に花火が咲いた。人混みの中、広夢が大きな薔薇の花束を抱えて立っていた。「和音、俺はお前が好きだ」通りすがりの人々は囃し立て、ついさっきの店員まで一緒になって声を上げた。「俺の彼女になってくれないか?」この告白、私は何度も夢に描いてきた。五年もの間、私は何度も彼に「一度でいいから告白してほしい」と願った。だが彼はその都度適当に答えては、一度も行動に移してくれなかったのだ。花を抱えた彼は私の目の前に来ると、ジュエリーボックスを開けて差し出した。ダイヤモンドの指輪が陽の光を浴びてきらめいていた。「俺と結婚してくれないか?」その瞬間、場の空気は最高潮に盛り上がり、大勢の人々が「承諾しろ!」と騒ぎ立てた。けれどその中心で、私と正城だけが居心地悪そうに立ち尽くしていた。私は広夢の手から花束を受け取った。彼の顔には感極まったような笑みが浮かんでいた。――が、次の瞬間、その花束は地面に叩きつけられ、私の足で無惨に踏みにじられた。周囲は一瞬にして静まり返り、彼の心が砕ける音すら聞こえてく

  • 結婚するだけで、何をそんなに慌てるの?   第8話

    広夢の母は、かつて家の家政婦だった。私が家を飛び出した後、雇った最初の家政婦でもある。雇用関係ではあったが、彼女は私にとても優しかった。生活の細部に至るまで世話を焼き、まるで母親のように「もっとご飯を食べなさい」「水をちゃんと飲みなさい」と小言を言った。冷たく無機質だった家も、少しだけ家庭の温かさを帯びた。その頃、私は広夢と出会った。広夢は大学に進学せず、早くから社会に出て、不良のような風貌をしていた。そういう人間とは、なるべく関わりたくなかった。しかし、彼の母親が重病になったとき、私が彼女の医療費を支払い、毎日病床で看病した。彼の母親が亡くなる前日、私の手を握り、必死に懇願した。「出羽さん、どうかこれから広夢の面倒を見てあげてくれませんか……?私たちの雇用関係の縁もあることですし、お願いです……」そう言って、跪こうとしたため、私は慌てて支え、彼女の切実な視線の前で頷いた。その日から五年、私はその約束を守った。しかし、その代償として、自分自身を犠牲にしたのだ。思考が途切れ、兄の呼ぶ声に気づいた。彼は疑問の色を浮かべ、私を見つめていた。「和音……和音?」私は呆然と顔を上げ、手にワイングラスを持った正城を見た。作り笑いを二度ほど漏らし、礼儀として軽くグラスを合わせた。グラスの酒がほとんどなくなる頃、彼は私のグラスを手で支えた。手が触れた瞬間、まるで電流が走ったかのように手を跳ね上げ、よろめきながら言った。「少……少し飲みすぎだ、胃に良くない」私は彼の恥ずかしそうな様子を見て、思わず笑ってしまった。もしも、あの頃家族の言う通りにしていれば、こんなことは起こらなかったかもしれない。遠くで兄が手を振ってくれたので、私は礼儀正しく手を振り返して立ち去った。食事会の会場では、絶え間ない挨拶と社交的な笑顔に、私は少し疲れていた。こんな日常から逃げるために家を出たはずなのに、今になって出て行ったことを後悔する自分がいる。私は「トイレに行く」と言い訳をして外に出ると、タバコに火をつけた。いつからか、タバコを吸う習慣がついていた。彼が戻らない夜には、数え切れない吸い殻だけが私を伴った。指先に煙が漂い、やがて消えたその時、見慣れた顔が目に入った――広夢だ。彼は

  • 結婚するだけで、何をそんなに慌てるの?   第7話

    兄はバックミラー越しに私を見つめ、その瞳には痛ましさが滲んでいた。見合いは急に決まったため、私の荷物は多くなかった。相手に良い印象を与えるために、兄は私を頭からつま先まで丁寧に整えてくれた。鏡に映る化粧の行き届いた自分を見て、ふと現実感を失った。いつからだろう。私の心のすべてが広夢に囚われてしまったのは。彼に喚き散らすただの口やかましい女になり、彼の召使いのように、呼べばすぐ駆けつける存在になっていた。一番輝くはずの年頃なのに、まるでみすぼらしい女のように生き、毎日髪はぼさぼさ、顔は脂ぎっていた。兄は目を赤くしながらも、無理に笑顔を作って冗談を言った。「俺の妹がこんなに綺麗だ、入江家の坊っちゃんもきっと夢中になるぞ!」ふと思い出したように、私の肩を軽く叩きながら励ました。「もう調べた。入江正城さんは悪くない男だ」私は小さく頷いた。目には死んだような諦めが宿っていた。――これ以上、悪くなることはない。誰でもいい。もうどうでもいい。……西洋料理店に入ると、正城はすでに来ていた。記憶にある姿とは少し違っていた。少年のあどけなさは消え、落ち着いた雰囲気を纏っている。「久しぶりだね」そう言って笑うと、口元にふたつのえくぼが浮かび、冷ややかな顔に柔らかさが差した。「私に会ったことが?」「一度だけ。あの食事会で」その言葉に少し驚いた。料理が運ばれるたび、驚きはさらに深まった。どれも、私の好物ばかりだったのだ。彼はステーキを切り分けて私に差し出した。二人はしばし無言。空気が気まずさで沈んでいく。やがて、彼は言いよどみながらも口を開いた。「ぼ、僕は君に満足してる……君は?僕に……満足してるか?」その瞬間、彼の瞳に星が瞬くように光った。私はその視線に溺れ、無意識に頷いていた。遠くで見守っていた兄が、その場面を写真に収めた。そしてSNSに投稿した。「ついに妹に婿ができる!」投稿されるやいなや、鋭い目を持つネットユーザーが正城を認識した。関連ワードは瞬く間にトレンドの上位へ。【#入江グループ未来の奥様】【#入江社長ゴールイン間近】写真には、向かい合う私たちの横顔だけが映っている。柔らかな光が輪郭をなぞり、見つめ合う姿は本当にお似合い

  • 結婚するだけで、何をそんなに慌てるの?   第6話

    実は、私たちは四年間、記念日を祝ったことがなかった。けれど今年だけは、なぜか急に祝いたくなった。かつて夢見ていた通りに、部屋の隅々まで飾り付けをした。風船を膨らませるだけで、午後の時間いっぱいを費やしたほどだ。分刻みで時間を計算し、すべてを「完璧」に整えた。祝い終えたら、この五年間の恋にピリオドを打とうと決めていた。だが、私の思いは結局空しく終わった。広夢は帰ってこなかったのだ。「幸与の具合が悪い。看病しなきゃいけない。俺を待たなくていい」彼は知らない。嘘をつくとき、決まって不自然になる。その微かな違和感を、私はずっと覚えていた。彼の投稿を見ようと思ってインスタを開いた。しかし彼のアイコンを押した瞬間表示されたのは、「ユーザーが見付かれませんでした」。私はブロックされたのだ。裏アカに切り替えて、彼の最新投稿を見た。ふたりが手を繋いで鏡に映る。テーブルいっぱいに並ぶ料理。赤ワインとステーキ、キャンドルの灯り。キャプションは――【来年もお前がそばにいますように】。私は黙って「いいね」を押し、Lineで彼にメッセージを送った。【うん、わかった】もう待たなくていい。ならば、私は完全に去ればいい。私がいなくなれば、二人はついに結ばれる。広夢にとっても、それは幸運なことだろう。鍵をテーブルに置き、ドアを閉めた。空港へ向かう途中、二人の親密な写真や曖昧なやり取りを、私のすべてのSNSに投稿した。友人たちは、彼らの醜く偽りの姿を目にするだろう。そう思うと、静まり返った心に、ようやく波紋が広がった。搭乗前、広夢に最後のメッセージを送った。【私たちの五年は、終わりだ】私たちの関係も、これで終わり。飛行機に乗り込んだその瞬間、ようやく「離れる」という実感が湧いた。高揚と苦さが入り混じった。彼は一度も「愛してる」と言わなかった。だから私は「別れよう」とも言わなかった。あいまいに始まり、あいまいに終わる。それでいいのかもしれない。愛に狂ってした愚かなことも、結局は私自身の自業自得。客室乗務員が電源を切るよう促したその一秒前、広夢の電話が狂ったようにかかってきた。滅多に通知が来ないトークルームが、爆撃のようにボイスメッセージで埋まった。ひと

  • 結婚するだけで、何をそんなに慌てるの?   第5話

    広夢が幸与を抱きかかえて去っていくまで、私は一言も謝らなかった。二人の絡み合う背中を見つめていると、込み上げる吐き気をもう抑えきれず、洗面台に身を伏せ、嗚咽と共に頭がぐらぐらと揺れる。迷った末、タクシーを呼び、病院へ向かった。わざわざ家から遠い病院を選んだのも、二人に会いたくなかったからだ。けれど、皮肉なことに、やはりそこで鉢合わせた。広夢が幸与をお姫様抱っこし、彼女は彼の額の汗を気遣わしげに拭っている。通りすがりの若い娘たちが羨望の眼差しを向けた。「うわぁ、羨ましい!」中には、自分の彼氏に文句を言う者もいた。「見てよ、あの男!彼に比べてあなたったら…ちっ」幸与はそう言われて顔を赤らめ、照れくさそうに「あら、もう降ろしてよ」と広夢に甘えた。だが、広夢は頑なに抱き続け、離そうとしなかった。そんなとき、廊下の椅子に座る私を目に留めた。彼の動きが一瞬止まり、だがそのまま彼女を抱き続けたまま、低い声で問いかけた。「どうしてここに?」ふいに思い出したように口元を歪め、嘲るように笑った。「今さら謝っても、もう遅い」さらに言葉を続けようとした彼の視線が、私の手元に落ちた。薬箱を見て、眉をひそめた。「病気か?医者は何て言った?」その声に焦りが滲んでいて、一瞬だけ、彼が私を心配している錯覚を抱く――けれどすぐに打ち消した。「胃がちょっと……悪いだけ」彼がまだ問いただそうとした瞬間、幸与の甘え声が響いた。「広夢くん、痛いの……」広夢の視線はたちまち彼女へ移り、彼女の手にふっと息を吹きかけた。私は席を立ちかけたが、そこへ看護師が注射器を手に現れた。顔色がさっと青ざめ、身体は勝手に縮こまり震え出した。私は針が怖い。心の奥底から凍りつくような恐怖。広夢も気付いたのだろう。低く優しい声で囁いた。「和音、怖がるな。もう終わったんだ……」それでも私は顔を上げず、固く体を丸めて、動けなかった。彼の表情が不安に翳るのが見えた。幸与も彼にそっと降ろされた。「幸与、少し待ってて」そう告げて、彼は私を抱き締めようと身をかがめた、が。幸与の嗚咽が遮った。「広夢くん……手が、すごく痛い……」涙がぽろぽろと床に落ち、まるで彼の心を直撃するかのように。広夢は再び立ち

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status