LOGIN智哉がふっと笑った。 「俺の息子がすごいんじゃなくて、姉さんの反応がわかりやすいんだよ。姉さん、あの仮面の男を疑ってるのか?」麗美は曖昧に首を傾げた。 「そうね、どうしても誰かに似てる気がするの。ただ……多分本人じゃないと思う」「姉さんの安全のためにも、こっちで調べるつもりだったんだ。数日中に知らせるよ」「わかったわ。ねえ、今夜佑くんに私と一緒に寝てもらってもいい?」この言葉を聞いて、佑くんは小さな手を叩いて大はしゃぎした。 「いいよいいよ!おばちゃんと寝るの大好き。おばちゃんのところにはきれいなお姉さんがいっぱいだもん!一緒に遊べるでしょ」麗美は笑いながら彼のほっぺをつまんだ。 「こんな小さいのにもうきれいなお姉さんを追いかけるの?大きくなったらとんでもなくモテ男になるわね」佑くんはぱちぱちと大きな目を瞬かせて聞いた。 「モテ男ってなに?」「モテ男っていうのはね、多くの女の子と仲良くなりすぎちゃう人のことよ」すると佑くんはすぐに手をぶんぶん振った。 「おばちゃん、そんなこと言っちゃだめだよ!僕のお嫁さんが聞いたらヤキモチ妬くんだから!」その一言に麗美は堪えきれず笑った。 「お嫁さん?どこにいるの?おばちゃんに見せてよ」「今、僕のところに走って来てるとこなんだ。生まれて来たらおばちゃんに見せるね!」晴臣が笑いながら彼のお尻を軽く叩いた。 「君のお嫁さん、もう来ないってさ。君がおねしょするから嫌になって、空の上に飛んでっちゃったよ」この言葉に佑くんは目をむいて晴臣を睨んだ。 「晴臣おじさん!なんで奥さんがいないのか知ってる?それはね、おじさんが約束を守らない人だからだよ!僕に『言わない』って約束したのに、どうしてペラペラ言っちゃうの?僕に酸素チューブ抜かせたいの?」その言葉に場の全員が大笑いした。 晴臣は笑いながら彼のほっぺにキスした。 「わかったわかった。晴臣おじさんもう言わないから、酸素チューブ抜かないでね」佑くんは小さな腰に手を当てて、ふんっと鼻を鳴らす。 「ふん、これからの態度次第だね!」晴臣は彼の頭をくしゃっと撫で、優しい声で諭すように言った。 「明日な、晴臣おじさんがディズニーランドに連れてってやるよ。どうだ?」その言葉を聞いた途端、佑く
麗美は男の仮面の顔をじっと見つめていた。 少しぼんやりしてしまう。 彼女はいつも、この冷たい仮面の下には灼けるような熱を秘めた瞳があると感じていた。 その瞳には、自分では理解できないほどの熱情が満ちている。 この眼差しが何を意味するか、麗美にはよく分かっていた。それは心の底からの好意。 もし彼と麗美が本当に初めて出会ったのだとしたら、一目惚れ以外に説明はつかない。でなければ、彼はずっと前から自分を想っていたことになる。 そう考えながら、麗美は感情を表に出さずに彼を見据え、声に疑念をにじませた。 「私たち、本当に初めて会うの?」 ムアンは小さく笑い、熱い吐息が麗美の頬をかすめた。 彼がそっと麗美の頬を撫で、低くかすれた声で囁く。 「気になるんだろ?だったら早く俺を好きになれよ。そしたら真実を教えてやる」 その触れ方に、麗美は少しも拒絶を感じなかった。 むしろ頬に電流のような痺れが走り、一瞬だけ呼吸すら止まってしまう。 十数秒後、彼女はふっと小さく笑った。 「これは政略結婚だわ。お互いに必要なものを取るだけで、愛なんてない……あなたもそこまで本気にならないで」 ムアンはポケットから一片の玉を取り出した。八卦の形をしたお守りだった。 彼が軽く割ると、それは二つの片に分かれた。 そしてその一つを麗美の首にかけ、耳元で囁く。 「これはお寺で祈願してもらった陰陽八卦の玉だ。君の一生の無事を守るだけじゃない。俺たちの縁も守ってくれるんだ。麗美……信じて、必ず幸せにしてあげる」 そう言って、彼は麗美の額にそっと口づけを落とした。 その品のある、抑えられた仕草に、麗美の胸の奥が不意に震えた。 心臓がまるで兎のように暴れ出す。 前にこんなふうに胸が乱れたのは、玲央と一緒にいた時だった。 長い年月を経て、すっかり忘れていた感覚に、彼女は戸惑いさえ覚えた。 玲央と別れてから、自分は二度と心を動かされないと思っていた。 愛なんてもう信じないはずだった。 だが目の前の男は、確かに彼女の心を揺さぶり、惹きつけている。 仮面の下の素顔を見たい――そんな期待すら生まれてしまう。 だがさすがに、もう少女の時代は過ぎている。 感情に任せて突っ走ることなどしない。 心の奥の動きを巧み
彼女はまるで何年も前、バーで初めて玲央を見た時のような気持ちに戻ってしまった。 長い間凍りついていた心が、僅かに震えて動き出す。 彼女は男の顔をじっと見つめ、やがて男がゆっくりと歩み寄ってくるのを見守った。 深く腰を折り、温かな声で告げる。 「女王陛下、私はウィリアム家の末子、ウィリアム・ムアンです。兄たちのような才覚はございませんが、歌うことができます。そして何より、女王陛下と共に人生を楽しみたい。その機会を、私にくださいますか」 麗美の心臓はその言葉に鋭く刺されたように痛んだ。 それはかつての夢――愛する男と共に、穏やかな人生を楽しむこと。 なぜこの男の言葉は、彼女の心を正確に突くのか。 偶然か、それとも……計算か。 麗美はその顔を凝視し、低い声で問う。 「どうして仮面をつけているの?顔に何か欠点でもあるのかしら」 男は口元をわずかに弯めて笑った。 「女王に欺瞞があるなら、私は祖国で最も重い刑罰を受ける覚悟です。仮面をかけている理由はただ一つ……この顔は、女王陛下お一人のためだけに見せたいからです」 その説明は麗美の好奇心をさらに強く刺激した。 自分の心がすでに彼に揺さぶられているのを、麗美ははっきりと自覚していた。 彼の姿から、まるで玲央の影を重ねてしまう。 しかし断言できる――彼は玲央ではない。 ウィリアム家はM国の百年名門、玲央と関わるはずがないのだ。 麗美の感情が揺れ動くのを見て、智哉は彼女の手の甲を軽く叩き、低く言った。 「姉さん、この男が気になるなら、俺が素性を調べてくる」 麗美は一瞬も迷わず答えた。 「お願い」 四王子はすぐに身を屈め、言葉を添える。 「麗美、ウィリアム家は百年の名門だ。もし縁を結べば、我が王室にとって大きな助けになる。彼らは金鉱や石油をいくつも掌握している」 「分かっているわ。では、彼にしましょう」 四王子は笑みを浮かべ、宣言した。 「ムアン、女王陛下と踊っていただけますか」 場にいた誰もがその意味を悟った。 喜びの顔もあれば、肩を落とす顔もある。 ムアンは恭しく手を差し出した。 「女王陛下、ご一緒できて光栄です。どうぞ」 麗美は彼の手を取って舞踏の中央へ。音楽に合わせ、華やかに舞い始める。 男の黒曜石
王宮は女王の婿選びのために、特別に私的な宴を開いていた。 招かれたのは、皆M国の王侯貴族たち。 息子がいる家は連れてきて、息子がいない家はとりあえず様子を見にやってくる。 何せ女王と結ばれるとなれば、それはこの上ない栄誉であり、一生栄華を享受できるのだから。 麗美は智哉と話していたが、その時執事が近づき報告してきた。 「女王陛下、賓客は皆揃いました。そろそろご出場を」 「もう少し待って。まだ一人来てないわ」 ちょうどそう言い終えた時、晴臣が長い脚で堂々と入ってきた。 「待たなくていい。俺が来た」 麗美は佑くんの手を引いて前を歩き、智哉と晴臣がその後ろにつく。 四人が揃えば、誰もが振り返るほどの華やかさで、その場の賓客は思わず感嘆の声を漏らした。 この宴の進行役は王宮の四王子であり、麗美にとってはおじさんの世代。 四王子は麗美の隣に立ち、にこやかに言った。 「麗美、俺たちおじさんで何人か貴族の若者を選んできた。これから一人ずつ紹介するから、気に入った者がいれば教えてくれ」 麗美の顔に感情は浮かばない。こうなることは前から分かっていた。 早く来ようが遅く来ようが、結局同じこと。 どうせ政略結婚、本当の愛なんて出会えるはずもないと分かっている。 彼女は淡い微笑みを浮かべて唇を曲げた。 「おじさん、ご苦労さま。始めてください」 麗美は主座に腰を下ろし、佑くんを抱きかかえ、左右に智哉と晴臣が並ぶ。 まるで二人の護衛が控えているかのような光景だった。 智哉は今やZEROグループの社長であり、M国経済の大部分を握り、各名家とも深く関わっている。 一方、瀬名グループは医薬業界の頂点に立つ存在。 その両者が麗美を護っている今、彼女の前で無礼を働ける者など誰一人いない。 佑くんはお菓子を食べながら、黒いつぶらな瞳で次々と入ってくる王侯貴族を観察していた。 彼らは皆きちんと正装し、立ち居振る舞いも紳士的で誇り高い。 だが、麗美に自己紹介する時には、まるで自分の体毛の本数まで語りかねない勢いだった。 確かに気品ある者もいれば顔立ちの整った者もいた。 しかし麗美の心は微動だにしない。 魅力を感じないどころか、嫌悪感すら湧いてくる。 もし彼らと一生を共にするのなら、自分は永
その言葉を聞いた瞬間、晴臣はカッとなって、佑くんのつるんとしたお腹にガブリと噛みついた。 笑いながら言う。 「じゃあやっぱりいらないな。そうすれば、もうちょっと長生きできそうだ」 佑くんはくすぐったそうにゲラゲラ笑った。 「晴臣おじさん、くすぐったいよ、助けて~」 「じゃあ俺の酸素チューブはもう抜かないか?」 「抜かないよ」 二人でじゃれ合っていると、突然ドアがバンと開いて、智哉が入ってきた。 床に転がっている二人を見て、すぐさま声を上げる。 「お前、俺の息子を床に寝かせたのか?」 晴臣は思わず睨み返した。 「何言ってやがる。お前の息子がやらかしたんだぞ、俺、溺れかけたんだよ」 そう言い終えるか終えないかで、佑くんが彼の口を手で塞ぎ、ぱちぱちと目を瞬かせた。 「晴臣おじさん、言ったこと守らないと、僕、嫌いになっちゃうよ」 智哉はそばまで歩いてきて、佑くんの服を確かめると、ひょいっと腕に抱き上げ、軽くお尻をポンと叩いた。 「昨夜、こっそり飲み物飲んだろ?」 犯行を突かれ、佑くんは黒い大きな瞳をぱちぱちさせながら、甘えた声で答えた。 「花音お姉ちゃんが飲みきれないって言うから、僕が代わりに手伝ったの。おばあちゃんが『食べ物を粗末にするのはだめ』って言ってたから、これは助けてあげただけなんだよ」 もっともらしい口ぶりに、智哉は呆れ笑いを漏らし、子どもの首筋に軽く口づけした。 「理屈をこねるのは大したもんだな。さすが弁護士の息子だ……よし、パパと一緒にお風呂入って、そのあとおばさんに会いに行こう」 「やったー!また王宮で遊べる!」 朝ごはんを終え、晴臣は花音を学校へ送り届け、智哉は佑くんを連れて王宮で麗美に会いに行った。 佑くんは今日はアイボリー色のミニスーツに黒い蝶ネクタイ姿。髪もきちんと後ろに撫でつけ、整髪料できらりと光っていた。 天使みたいに可愛らしい顔立ちと相まって、通りかかる人たちはついつい足を止めてしまう。 彼は堂々とパパの手を引き、たくさんの人々がいる王宮の中でも一切物怖じせず、ごく自然に挨拶して歩いていった。 本来なら荘厳で張り詰めた空気の場だが、突如現れたこの愛らしい子どもに、周囲はざわめいた。 「これが女王陛下の甥御さん?可愛すぎる、連れて帰りたいくら
智哉は淡々とうなずいた。 「俺は先に二階に行って佳奈に電話する。佑くん、食べ過ぎはダメだぞ。食べ過ぎたらまたお腹痛くなるからな」 ちょうど麺を一本口に運んでいた佑くんは、その言葉を聞いた瞬間びくっとして慌てて麺を口に放り込み、ぶんぶんと首を縦に振った。 「これで最後の一本だよ」 花音は彼の口の周りにべっとりついたソースを見て、その姿があまりに愛らしくて思わず笑ってしまった。 ティッシュを取って彼の口元を拭きながら微笑んだ。 「お父さんは上に行っちゃったし、じゃあお姉ちゃんの分を食べなさい。私は食べきれないから」 佑くんがキラキラした目で瞬いた。 「花音お姉ちゃん、もしお姉ちゃんのジュースをちょっと飲ませてくれるなら、今夜一緒に寝てもいいよ」 その言葉に晴臣は思わず吹き出した。 「なんだよ、一緒に寝るのは君の気分次第なのか?」 「そうだよ。晴臣おじさんがお魚もう一口くれたら、一緒に寝てあげてもいい」 「お断りだ。寝相悪いし布団蹴っ飛ばすし、この前一晩付き合ったら俺は一睡もできなかったんだぞ」 佑くんは小さな手を伸ばして、晴臣の頬をぺちぺち叩きながら、偉そうに言った。 「それは晴臣おじさんに奥さんがいないからだよ。奥さんと子どもがいる幸せを知らないんだ、大バカ」 「誰が大バカだって?かじり倒すぞ」 晴臣はそう言って、佑くんの首筋に顔を寄せてキスの真似をした。 彼はくすぐったそうにゲラゲラと笑い転げた。 結局その夜、佑くんは晴臣と一緒に寝ることになった。 翌朝。 佑くんはむくりとベッドから起き上がって、目をこすった。 あれ? どうしてお尻丸出しで寝てるんだ?パンツがどこにもない? それに晴臣おじさんはなんで床に寝てるの? 佑くんは首をかしげながらベッドから降り、晴臣の横に腹ばいになった。 頬杖をついて彼の寝顔をじっと見つめる。 すると、顔に何かがかかったような感覚がして、晴臣が目を開いた。 目の前に飛び込んできたのは、全裸の小さな天使みたいなわんぱく坊主。 ぱっちり大きな瞳を瞬かせて、きらきらこちらを見つめている。 あまりの可愛さに心臓が撃ち抜かれそうになる。 思わず抱き上げて頬ずりしようとしたが、ふと昨夜の記憶が脳裏に浮かんだ瞬間、笑みは消えた。