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5分後、直人が連れてこられた。かつては高級スーツを着こなし、傲慢に振る舞っていた直人も、今では背中を丸めている。手首には銀色の手錠が光り、目は虚ろで、生気がなかった。椅子に座り、私の姿を認めた瞬間、その目に激しい憎悪が宿った。「寧々、俺を笑いに来たのか?自分が大した人間だと思うなよ。お前は、たまたま金持ちの家に生まれただけだ!俺にも金持ちの父親がいたら、お前なんかより一万倍うまくやれた!」人生が終わろうとしている今も、この男の考え方は何ひとつ変わっていなかった。私は指先で軽く机を叩き、嘲るように言った。「せっかく機会を与えられたのに、ものにできなかったのはあなたでしょう。100億円もの資金を手にして、真っ先に国内の母親名義の口座へ移すなんて。その程度の頭じゃ、物乞いをしても、場所取りにすら負けそうね」直人の頬が激しく引きつった。私を睨みつけ、歯を食いしばりながら言い返す。「俺が何のためにやったと思ってる!お前より劣ってないって証明するためだ!俺は5年間、神谷家で奴隷みたいにへりくだってきた!お前の父親は、上から恵んでやってるとでも言いたげな態度だった!お前だって、普段は指一本触れさせなかったくせに、何を今さら清純ぶってるんだ!もっと早く株を俺に渡していれば、清香みたいな女と寝る必要なんてなかったんだ!」よくもここまで身勝手なことが言えたものだ。浮気も、横領も、殺人未遂も、すべて私のせいだというらしい。収容服を着る身になってまで、まだ責任を押しつけるつもりなのだ。あまりの馬鹿馬鹿しさに、私は思わず笑った。「直人、自分がどうしてここまで惨めに負けたのか分かる?根っから、自分の失敗を人のせいにすることしかできない無能だからよ。人の金で生きて、その恩人まで潰そうとする。自分を物語の主人公だとでも思っていたの?」直人は荒い息を繰り返し、目を真っ赤に充血させていた。だが突然、声を弱め、そのままガラスの前に跪いた。「寧々、俺たちには5年も一緒にいた時間があるだろう?このまま一生ここにいたら、俺の人生は終わる。頼む、少しでも刑が軽くなるよう口添えしてくれないか?ここから出してくれるなら、毎日お前の世話をする。一生尽くすから!」ガラス越しに惨めにすがる直人を見ている
裸足で赤い絨毯の上に立つと、これまでにないほど心が軽くなった。そのとき、会場の外からけたたましいサイレンが聞こえてきた。ほどなくして、何人もの警察官が結婚式場になだれ込んできた。先頭の警察官が警察手帳を示す。「黒川直人さんと森川清香さんはどちらですか。業務上横領および殺人未遂の容疑で、逮捕状が出ています。黒川直人、森川清香。両名を逮捕します」直人と清香の手首に、冷たい手錠がかけられた。直人はとうとう完全に取り乱した。必死にもがきながら、私に向かって叫ぶ。「寧々!俺が悪かった!本当に愛してるんだ!さっきのは、腹が立って口走っただけなんだ!頼む、助けてくれ!刑務所だけは嫌だ!助けてくれるなら、これからは何だって言うことを聞く!」私は直人を冷ややかに見下ろした。「食事にも寝る場所にも困らないところへ行けるんだから、感謝してほしいくらいね。これが私からの最後の情けよ。残りの人生は、中でせいぜい可愛がってもらいなさい」清香も無理やり立たされ、狂ったように叫び始めた。「放して!私は誰も殺してない!お金を手に入れようとしただけよ!寧々、このままで済むと思わないで!あんたなんか、ろくな目に遭わないわ!」二人の女性警察官が清香の両脇を抱え、そのまま外へ連れ出していく。「暴れないで!話は署で聞きます!」つい先ほどまでステージ上で威張り散らしていた二人は、見る影もなく会場から連行されていった。会場は再び静まり返った。招待客たちは互いに顔を見合わせ、息を潜めている。私は振り返り、登壇前に脇へ置いていたブーケに目を向けた。それを拾い上げ、もう一度マイクを手に取る。「本日は皆さまに、大変お見苦しいところをお見せしました。本日の結婚式は、中止とさせていただきます。ですが、せっかくお集まりいただいた皆さまを、このままお帰しするわけにもいきません」私は客席にいる父を見た。父は安堵と誇らしさの入り混じった目で、私を見つめていた。私は深く息を吸い、会場全体に響く声で告げた。「この場をお借りして、正式にご報告いたします。本日付で、私、神谷寧々が神谷グループの社長に就任します。黒川直人が関与したすべての不正案件について、徹底的に調査します。神谷グループは、今日から生まれ変わ
大型スクリーンが暗転し、続いて、鮮明な通話録音が会場いっぱいに流れた。流れてきたのは、背筋が冷えるほど冷たい直人の声だった。「高橋先生、あの薬は本当に検査で出ないんだよね?」「あの老人が処方どおり服用を続ければ、半年以内に確実に心不全を起こして亡くなります」「片がついたら、追加で2億円振り込む。すぐ国外へ出ろ。ほとぼりが冷めるまで戻るな」録音が終わると、会場は水を打ったように静まり返った。誰もが、直人の残忍さに言葉を失った。もはや、単なる浮気や横領ではない。明確な殺人計画だった。録音を聞いた父は、怒りで目を真っ赤にした。勢いよく立ち上がると、手にしていた杖を振り上げ、直人の背中へ思いきり叩きつけた。「この恩知らずが!人でなしにもほどがある!神谷家が何不自由なく面倒を見てきたのに、私の命まで奪おうとしたのか!」直人は悲鳴を上げ、そのまま床に倒れ込んだ。決定的な証拠まで流れた以上、あの二人に逃げ道はもうなかった。追い詰められた直人は、とうとう開き直り、勢いよく立ち上がった。そして父を指さし、堰を切ったように怒鳴った。「そうだよ、俺がやった!それがどうした!俺は5年間、神谷家のために身を粉にして働いてきたんだ!あんたの娘は何も分かっちゃいない。会社をここまで支えてきたのは俺だ!なのに、もらえるのは雀の涙ほどの給料だけ。いつまであんたたちに頭を下げ続ければいいんだよ!」直人の目は血走り、顔つきは醜く歪んでいた。「寧々の何がそんなに偉いんだよ!金持ちの家に生まれたってだけで、俺に釣り合う女でもないくせに!俺は財界の頂点に立つ男なんだ!」あまりにも身勝手な言い分に、私は怒りを通り越して笑った。直人の前まで歩み寄り、手を振り上げる。パンッ!全力の平手打ちが、直人の頬にまともに入った。直人の顔が横を向き、口元から血が滲んだ。「神谷家が手を差し伸べなかったら、あなたは5年前、借金取りに追われて、今頃どうなっていたか分からないでしょう!食べるものも、着るものも、身の回りのものまで、全部うちが用意した。それだけ世話になっておいて、よくこんな真似ができるわね。それを自分の力だと思ってるの?あなたは人にたかって生きることしかできない、ただの寄生虫よ!」直人は頬を押さえな
大型スクリーンが点灯した瞬間、女のあからさまな喘ぎ声が結婚式場いっぱいに響き渡った。会場は凍りついたように静まり返った。次の瞬間、一気に騒然となった。「うわっ、何だよこれ!」「新郎とブライズメイドじゃないか?自分の結婚式でこんな映像を流すのかよ!」「とんでもない修羅場だな!こんなのタダで見ていいのか?」無数のフラッシュが激しく焚かれ、招待客たちのスマホが一斉にステージ上の二人へ向けられた。直人の顔から、笑みが完全に消えた。信じられない顔で、大型スクリーンを凝視していた。「消せ!早く消せ!」直人は映像オペレーターに向かって声を裏返しながら怒鳴り散らした。清香も悲鳴を上げ、顔を覆ってその場にしゃがみ込んだ。「撮らないで!お願いだから撮らないで!」映像オペレーターは額に汗を浮かべ、必死にキーボードを叩いていた。「黒川さん、管理画面がロックされています!こちらからは映像を止められません!」直人は焦った様子でステージを飛び降り、電源コードを抜こうとした。私は待機場所の扉の陰で、冷たく笑った。「どうしたの、黒川さん?あなたが心を込めて用意したサプライズでしょう?」私は勢いよく扉を開き、あの古びたハイヒールを履いたまま、一歩ずつステージへ向かった。会場中の視線が、一斉に私へ集まる。直人は勢いよく振り返り、私を睨みつけた。その目には、動揺と驚愕がありありと浮かんでいた。「寧々!お前がやったんだな!結婚式でこんな捏造映像を流して、俺を陥れるつもりか!」ここまで追い詰められても、この男はまだ白を切るつもりらしい。我に返った清香も、ドレスの裾を持ち上げて駆け寄ってきた。涙をぼろぼろ流し、さも自分が被害者であるかのような顔をした。「寧々、どうしてAIでこんな映像を作ったりしたの?私のことをよく思ってなかったのは知ってる。でも、だからって直人まで巻き込んで、こんな形で傷つけるなんてひどすぎるわ。私たちは何もしてないのに……どうしてここまでできるの?」事情を知らない招待客の一部が、ひそひそと話し始めた。「本当にAIで顔を合成した映像なのかしら?」「今の技術なら、本物と見分けがつかないものも作れるらしいからな」その声を聞いた直人は、助け舟を得たように表情を変えた。す
私はうつむき、画面を素早く操作した。送られてきた会場管理システムのリンクを開く。直人の携帯番号を入力し、続けて複雑なパスワードを打ち込んだ。【ログインに成功しました】画面が切り替わり、式場の映像・音響システムの管理画面が開いた。10年後の私から、すぐにメッセージが届く。【Dドライブを探して。中に「サプライズ」という名前のフォルダがある】【父さんを陥れるために直人が用意した、捏造資料が入ってる】画面をスクロールすると、すぐにそのフォルダが見つかった。中には高画質の動画ファイルがひとつと、捏造された帳簿の写真が何枚も保存されていた。私は迷わず「すべて削除」を押した。それから、スマホの写真フォルダを開く。10年後の私からは、すでに決定的な証拠が山ほど送られてきていた。直人と清香がホテルに入ったときの、顔まではっきり映った防犯カメラの映像。清香が神谷家の財産を移したと認めている、メッセージのスクリーンショット。さらには、直人が医師を買収し、父に少しずつ体を蝕む薬を処方させようとした通話録音まであった。どれも、あの二人を刑務所へ送るには十分すぎる証拠だった。これが、私の切り札だった。私はすべてのファイルをまとめ、一括でアップロードした。そのまま「サプライズ」フォルダの中身と差し替える。ついでに、会場側からは操作できないよう設定を変更した。これで会場の大型スクリーンを操作できるのは、私のスマホだけになった。進捗が100パーセントになったのを確認し、私は長く息を吐いた。そのとき、廊下の先にある扉がゆっくりと開いた。結婚式場いっぱいに、ウェディングマーチが響き渡った。司会者の張りのある声が聞こえてきた。「それでは皆さま、盛大な拍手で新郎をお迎えください!」直人はネクタイを整え、愛情深い夫を演じる顔でステージへ上がった。ブライズメイドの清香も、ドレスの裾を持ち上げ、ぴたりとその隣に続いた。二人がステージに上がった瞬間、会場は大きな拍手に包まれた。今日の招待客は、都内財界でも名の通った人物ばかりだった。大勢の報道陣が、ステージへカメラを向けていた。無数のフラッシュが一斉に焚かれた。直人はマイクを手に取り、私が待機している扉のほうへ視線を向けた。「今日は
私が従うと、直人は鼻で笑った。「最初からそうやって素直にしていれば、怒鳴られずに済んだのにな」清香はすぐに、履いていた古いハイヒールを脱ぎ、私の足元へ蹴り寄せた。「寧々、悪いけど私のを履いて。少し靴ずれするかもしれないけど、裸足で出るよりはましでしょう?」私は床に転がった、表面の剥げた古い靴を黙って見下ろした。甲の部分には、目立つ傷までついている。すべては反撃を成功させるためだ。今は耐えるしかない。私は吐き気をこらえながら、ひと回り大きいその靴に足を入れ、立ち上がった。靴底は硬く、足の裏に食い込んで痛かった。直人は満足そうにスーツを整えた。「行くぞ、花嫁さん」控室を出ると、会場へ続く長い廊下が伸びていた。直人は前を歩きながら、鳴った電話に出た。私が完全に屈したと思ったのか、私に聞かれることすら気にしていなかった。「ああ、国税局のほうは話をつけたか?あとで大型スクリーンに映像が流れたら、同時に告発状を送れ。明日の取引開始と同時に、神谷グループの株を一斉に空売りしろ」すぐ後ろにいた私には、その内容が一言一句はっきり聞こえた。神谷家は、都内財界でも指折りの資産家だ。事業は全国に広がっている。黒川家は数年前に破産している。直人が神谷グループに入れたのも、私との縁があったからだ。父は彼を実の息子同然にかわいがり、目をかけてきた。取締役会で立場を築けるようにと、父は会社の中核事業まで任せていた。今の直人の暮らしは、何から何まで神谷家の金で成り立っていた。それなのに陰では外部の人間と手を組み、会社を潰し、父の命まで奪おうとしていた。電話を終えると、直人はスタッフに呼ばれ、進行の最終確認へ向かった。廊下には、私と清香だけが残された。直人の姿が見えなくなった途端、清香はもう取り繕おうともしなかった。腕を組み、勝ち誇った顔で私を見た。「寧々、全部分かったところで何になるの?結局あなたは、私のぼろ靴を履いて、おとなしく直人と結婚するしかないでしょう?直人はもう、あなたのことなんて見るだけでうんざりしてる。あなたはただの、利用されてることにも気づかない金持ちのお嬢様よ」勝ち誇った浮気相手の顔を前に、私は込み上げる怒りを必死に抑えた。冷たい目で清香を見返す。