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縁語り其の十六:浄魂の祈りと、穢れた血

Penulis: 渡瀬藍兵
last update Terakhir Diperbarui: 2025-05-19 18:47:49

僕の意識は、あの壮絶な記憶の奔流から、ゆっくりと、けれど確かに現実へと引き戻された。

「美琴……今のは……!?」

記憶の中では妙に落ち着いていた心臓が、現実に戻った途端、激しく脈打ち始める。

美琴は、長いまつ毛を伏せたまま、その白い頬を静かに涙で濡らしていた。

「誠也くんの記憶を、見ることはできましたか?」

「……うん。辛すぎる過去だった……」

「……本当に……辛い過去でしたよね」

彼女の声はひどく小さく、そして、心の底からの同情で僅かに震えていた。

こんなにも小さな子供が、たった一人で、どれほどの寂しさと恐怖を抱えたまま、この冷たく暗い廃墟の地に、永い間、縛られていたというのだろう。

もう──僕の目に映る誠也君の姿は、得体の知れない恐ろしい霊的な存在なんかでは、決してなかった。

ただ、そこにいるのは、温もりを求める、いたいけな一人の男の子だった。

美琴の膝の上で、誠也君は、今はもう穏やかに目を閉じている。

あのボロボロになった木彫りの犬の人形を、まるで宝物のようにその小さな胸にぎゅっと抱きしめながら、彼自身から発せられるかのような、温かく清浄な光に優しく包まれていた。

『……誠也……やっと、みんなに……会える、の……?』

その、か細く、そして期待に満ちた問いかけに、美琴が穏やかな優しい微笑みを浮かべて、深く頷く。

「うん。もう、大丈夫だよ、誠也くん。もう、何も怖がることはないから」

まるで祈りを捧げるかのような、静かで、けれど確かな力強さを秘めた声で、美琴は厳かに言葉を紡ぎ始めた。

「──浄魂の祈り……汝、汚れを知らぬ純なる魂よ──今こそ全ての苦しみから解き放たれ、浄土へと、穏やかに還りなさい…」

美琴のその詠唱に応えるように、彼女の身体から、鮮やかで、けれどどこまでも優しい“紅い光”がふわりと広がる。

その光は、誠也君の小さな身体を、まるで母親の温もりで包み込むかのように、やさしく、やさしく包み込んでいく。

月明かりが差し込む薄暗い院長室の中で、光に包まれた誠也君の姿は、ゆっくりと揺らぎながら、その輪郭を次第に淡く、そして周囲の空気へと溶け込ませはじめる。

(これはなんだ…?何が起きているんだ…?)

でも、成仏に向かっている事だけは、理解できた。

『……ありがとう……お兄ちゃん……お姉ちゃん……本当に、ありがとう……』

その、心の底からの感謝の言葉が、僕たちに向けられた。

『……あっ……あれ……? みんなが……お父さんも、お母さんも、お兄ちゃんも……みんなが、見えるよ……!』

誠也君が、驚きと、この上ない喜びに満ちた声で、ぽつりとそう呟いた。

その表情は、もう苦痛も寂しさもどこにもなく、ただ純粋な子供の笑顔。

そして……その小さな両手を、まるで天から差し伸べられた誰かの手を掴むかのように、あるいは、大好きな誰かに抱きしめられるのを心の底から嬉しそうに受け止めるかのように、そっと、ゆっくりと、虚空へと広げる。

その、あまりにも無垢で、美しい姿のまま、彼の身体は静かに揺らぎ続け、やがて、降り注ぐ月明かりの中に、ゆっくりと、そして完全に──その存在が溶けて消えていった。

***

「……今の、は……?」

「きっと……誠也くんのご家族が、迎えに来てくれたのでしょうね……」

美琴が、どこまでも優しい眼差しで、誠也君が消えていった天井の辺りを見上げて、そっとそう言った。

(そっか……そうなんだ……。彼は、ようやく……本当に、ようやく、大好きな家族のもとへ、温かい場所へ、帰ることができたんだ……)

僕の胸の中は、不思議な達成感と、そして静かな感動で、どこか温かく満たされていた。

彼がこうして安らかに旅立てたことが、心の底から嬉しかった。

美琴はそっと、いつの間にか床に落ちていた木彫りの犬の人形を拾い上げようと、床に手を伸ばした。

彼女は、すぐに人形をぎゅっと握りしめ、愛おしそうに、自分の膝の上にそっと置く。

その仕草は、どこか寂しげで、それでいて、言葉にできないほどの深いあたたかさに満ちていた。

僕は、静かに長く息を吐き出し、床に手をついて、ゆっくりと立ち上がる。

まだ、身体の節々が痛む。でも、それ以上に、心が軽くなっていた。

そのとき、自然と、僕の口から言葉がこぼれ落ちた。

「それより美琴……さっきの不思議な力は……?」

あの、全てを浄化するような、温かい紅い光。

そして、僕の額に触れて、他者の魂の記憶を鮮明に映し出した、あの不思議な力。

これらは、決して普通の人間ができることじゃない。

美琴が、ほんの一瞬だけ、ぴくりと動きを止めた。

窓から差し込む月明かりが、彼女の美しい横顔を、神秘的に照らし出している。

彼女は、ゆっくりと僕の方へと視線を向けた。

「私は……古くから続く、巫女の血を引いています」

その、凛とした、けれどどこか重い響きを持った言葉に、僕は思わず息を呑んだ。

「巫女………?」

美琴は、その大きな瞳を伏せることなく、僕の目を真っ直ぐに見つめ返し、小さく、けれどはっきりと頷いた。

「はい。ただし……それは、決して誇れるものではありません。私のこの血は……“穢《けが》れた血”なんです」

その声は、まるで夜の静かな風に溶けていくかのように静かで、そして、どこか自分自身を深く責めるような、痛切な響きを帯びていた。

「巫女の血が……穢れた血って、それは……一体、どういう……?」

僕の問いかけに、美琴は目を伏せたまま、絞り出すように、静かに答える。

「私の遠い先祖は……決して許されない、大きな禁忌を犯しました。だから、この私に流れる力もまた……本来の清浄さを失った、“穢れたもの”なんです」

その、淡々とした声。けれど、その言葉の一つ一つが、まるで重い鉛のように、僕の胸に深く、深く沁みこんでくる。

何を聞いてはいけないのか。どこまで、彼女の心の奥深くに踏み込んでいいものなのか。

今の僕にはまだ、それが、どうしても分からなかった。

だけど──。

そんな僕の葛藤を見透かしたかのように、美琴が、ふっと、本当に儚げに、でも確かに微笑んだ。

「でも……それでも、私は、この力を使います。この血が、どれほど穢れてしまっていたとしても…」

「私の目の前で、誰かが助けを求めて、苦しんでいるのなら──私は、この力で、その人を救いたいんです」

月明かりの下で、美琴のその美しい横顔は、どこまでも儚く、触れたら壊れてしまいそうなほど繊細で、それでいて、どんな困難にも立ち向かっていける、どこまでも強く、そして気高く見えた。

僕はただ、その彼女の姿を、言葉もなく、見つめることしかできなかった。

──────────

掌に残る あの日のかたち

愛されしこと 忘れずとも 逢えぬ日々

ただ祈りを 胸に宿して

名を呼ぶ声 ついに届き

いまこそ 還りゆかん

──琴音

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