LOGIN近くのアイスクリームショップに行くと、聖愛がアイスを買ってくれた。恭介がお金を出そうとしていたが、約束をしたのは自分だからと、3人のアイスを購入していた。
「ありがとう、聖愛さん」 優子は二段アイスを両手で持ち、ご満悦だ。 「二段アイスなんて初めて。ママ、滅多にアイス買ってくれないし、二段アイスはお腹壊しちゃうからだめって言って、買ってくれないの」 「ええー、そうなの? 優子ちゃんのママは意地悪なんだね。パパから聞いてるから知ってるんだけど、優子ちゃんはいつも勉強頑張ってるんでしょ? それなら、二段アイスくらい買ってあげないと」 不満を肯定してくれる聖愛に、優子の中で好感度が上がる。子供は単純なところがある。欲しい物と言葉を与えてくれる大人を自分の味方だと思い込み、好きになる。 「そうだよね、やっぱりママ、意地悪なんだ」 「こらこら、ママを悪く言うんじゃない。ママだって、お前のために言ってるんだからな。けど、少し厳しいかもしれないな。パパからも、ママに言っておくよ」 「じゃあ、今日はおうちに帰るの?」 恭介は一瞬目を丸くし、曖昧な笑みを浮かべた。 「そうしたいのは山々だけど、仕事がな……」 「残りは雑務ですし、大丈夫ですよ」 「そうか? それなら、今日はこのまま帰ろうか」 「パパ大好き! 聖愛さんも、ありがとう」 「いいのよ。私ばかりパパを独り占めするのは、良くないもんね」 聖愛は優しく優子の頭を撫で、微笑みかける。 優子は思う。水樹が聖愛と仲良くして、一緒にいられたらさぞかし楽しいだろうと。それだけ優子の中で、聖愛は好印象だった。 アイスを食べ終えると聖愛と別れ、恭介は優子の手を引き、帰路を辿らず、おもちゃ屋へ向かった。 「優子、いつも一緒にいてあげられないから、お詫びになにかひとつ、好きなものを買ってあげる」 「いいの?」 「いいよ。そのかわり、聖愛のことは誰にも言わないこと。ママが知ったら、嫌な気持ちになるから。いいね?」 「はーい」 優子はおもちゃ屋の中を恭介と見回る。お試し用のおもちゃで遊んだりしたあと、おしゃべり機能があるうさぎのぬいぐるみを買ってもらった。 それからコンビニでお菓子をいくつか買ってもらい、ようやく家に帰った。 「ただいまー!」 「優子! どこ行ってたの!」 家に帰ると、水樹は鬼の形相で玄関に来た。恭介を見て、渋い顔をする。 「そんなに怒らないでやってくれ。帰りに優子を見かけたのが嬉しくて、連れ回したんだよ。連絡を忘れて、悪かった」 恭介が深々と頭を下げると、水樹はため息をついて優子を見る。正確には、優子が持つぬいぐるみやお菓子を。 「なんでこんなに優子に色んなもの買っちゃったの? ワガママな子にならないように、適度に与えないとダメでしょ! ものを与えて父親の役目を果たした気にならないで!」 「うぅ……ひっく……! 怖いよぉ……」 水樹がここまで怒ったところを見たことがない。恐怖のあまり泣き出すと、恭介がかばうように前へ出た。 「やめろよ、優子が怖がってる」 「あなたが甘やかすからでしょ! 食べ過ぎて不健康になったらどうするの!? お金で解決できる問題じゃないの。本当に優子のことを思うのなら、甘やかさないで」 水樹は息を整えると、優子に鋭い視線を向けた。 「優子、今回は取り上げたりしないけど、お菓子は1日ひとつね。いい?」 「う、うん……」 怖くてうなずくしかなかった。目の前にいるのが、本当に自分が大好きなママなのか疑ってしまうくらい、いつもと様子が違う。 「いい子ね。お菓子はママがしまっておくから、手洗いうがいして、お部屋で宿題しなさい」 水樹は優子からお菓子を取り上げると、恭介と一緒にリビングへ行く。 「パパ、大丈夫かな……」 優子は心配しながら、宿題をしに2階の自室に向かった。「私が思い出を大事にする人ってことも、知らなかったのね」「ふざけやがって……!」 歯ぎしりしながら水樹を睨みつける恭介の前に立つと、優子はスマホを見せた。「月野グループの株、68%購入完了。最近失速してたから、私でも買えちゃった」「なっ!? どこにそんな金が!」「私が高校卒業した時にくれた手切れ金。皆さん、すごいと思いませんか? 手切れ金1億も渡してくれたんですよ」 会場はどんどんざわつき、月野一家はどんどん青ざめていく。「出てけ!」「言われなくても。そうそう、あなたの会社が失速したのは、そこのふたりが勝手に会社の金を使ったからよ」「おかしいと思ったら……!」 恭介が妻と子供を睨みつけている間に、ふたりはそそくさと会場を後にした。 その後、ふわリンゴは大忙しだった。社長である水樹の発言についてのインタビューをしたいマスコミに囲まれ、その度に水樹は笑顔で答える。そのせいで、水樹がやるはずの書類が、優子や他の3人に回ってくる。「大スキャンダルだからって、会社に押しかけられてもねぇ」「それに答える水樹ちゃんも、相当肝が座ってるわ」「ほんとほんと」 3人は呆れ返り、優子は苦笑するしかなかった。 あのあと、月野グループに警察が入り、横領が発覚した。ただでさえ優子が60%以上の株を買い占め、株主になっててんやわんやとしていたのに、警察沙汰になって、会社が機能しなくなったらしい。「で、優子ちゃんはどうするの? 株主でしょ」「私は言われるままに株を買っただけですから。そのへんは母にお任せします」 そう言って笑う優子は、清々しい顔をしていた。
挨拶が終わると、白い布がかけられたマネキンがいくつか運ばれてくる。左側と右側に3体ずつ、計6体。左側に聖愛が、右側に修斗が立つ。「私の妻である聖愛と、優秀な息子の修斗が、ブランドを立ち上げました。是非、御覧ください」 恭介が聖愛に目配せをすると、聖愛は1歩前に出て優雅に一礼をする。「皆様、はじめまして。私は月野聖愛と申します。この度、新ブランドLuxeを立ち上げました。テーマはラグジュアリーです」 スタッフが白い布を取ると、豪華な服を着たマネキンが姿を表す。それぞれ宝石が散りばめられ、照明が反射して眩しい。(ダサいのはどっちだか……) 10年デザイナーとして働いてきた優子には、聖愛のブランドは笑ってしまうくらいしょうもないものだった。ただギラギラ装飾をつけただけ。実用的ではないし、洗うことを考えられていない。3流といってもまだ足りない。それほどひどいものだった。 恭介は妻がデザインした服を初めて見たのか、一瞬渋い顔をする。「次は息子のブランドをお見せしましょう」 修斗は前に出てお辞儀をするが、聖愛のような優雅さはひと欠片もない。雑で、みっともない印象を与えるようなお辞儀だ。「えー、俺のブランドは、これです」 スタッフが白い布を取ると、ダメージ加工し、はねたペンキがついた服が照明に照らされる。「気取らないかっこよさをテーマにしてまっす」 会場は苦笑いとお世辞の拍手。無理もない。出来があまりにも悪すぎる。例えるなら、有名なオーケストラが入るようなコンサートホールに、数名の小学生で結成された音楽隊が演奏するようなものだ。「では、偉大な先輩方から色々学ばせていただきましょう」 恭介が言うと、スタッフ達はマネキンを片付け、プロジェクターを出す。招待状に書かれている数字の順番で、各社3分の紹介が始まる。ふわリンゴは最後だ。 残すはふわリンゴのみとなると、恭介が司会からマイクを受け取り、紹介する。「最後はふわリンゴさん、お願いします」 意地悪な笑みを浮かべて、恭介はこちらを見る。「行きましょう」「うん」 水樹は書画カメラの前に立つと、マイクを片手に握る。「ふわリンゴの社長を務めさせていただいております、真田水樹です。本日は我が社の紹介ではなく、私の過去を紹介したいと思います」 言い終わるのと同時に書画カメラの前に置いてスクリーンに
優子がシェアハウスを始めてから10年。優子は立派なデザイナーとして、ふわリンゴで働いている。あんなにあくせくしていたシェアハウスでの生活にも慣れ、すべてが順調だ。「ねぇ、優子。来月ちょっとしたパーティがあるの。一緒にどう?」「パーティ?」「月野グループが、ファッション業界に進出するから、それを発表するパーティみたいね」 月野グループと聞いて、息が詰まる。おぞましい記憶がフラッシュバックして、気分が悪くなる。「そんな顔しないで。面白いものが見れるから」「そもそもどうやって行くの……」「じゃーん、招待状」 水樹はいたずらっぽく笑いながら、招待状を見せる。招待状には確かに、ふわリンゴの名前と、送り主である月野グループの名前が書いてある。「なんで!?」 思わず大声で言うと、水樹は両手で耳を塞ぐ。「うるさい」「ごめん……。でも、なんで!?」「ふわリンゴはもうすぐ20周年。ファッション業界では、月野グループの大先輩。無視するわけにはいかなかったんでしょ。もちろん、向こうは私だって分かってる」「うわぁ……」「そんな顔しないでってば。行きましょうよ」「はぁ、分かったよ……」 優子が渋々了承すると、水樹は子供のように無邪気に喜ぶ。「でも、やっぱり気乗りしないなぁ」「まぁまぁ。ところで優子。1億はまだある?」「あるよ。なんなら、少し増えた。それがどうかしたの?」「もしいやじゃなかったら、お買い物しない?」 楽しそうに笑う水樹だが、どことなく恐ろしいものがあった。 パーティ当日。広々としたホテルの会場には、経営者、デザイナー、モデルなど、ファッション業界の関係者が溢れかえっていた。「あらぁ、なんだか見覚えがあるような、ないような」 あいさつ回りをしていると、聖愛がニヤニヤしながら近づく。その隣には、若い青年がいる。顔立ちが恭介と聖愛に似ている。きっと修斗だろう。「お久しぶり、泥棒猫さん」「ダッサイ……失敬。独特な服を作ってるふわリンゴの社長さん。と、それは?」 わざとらしく、優子を見てニヤニヤ笑う。不愉快でたまらない。だが、それ以上に聖愛を見て、もったいないと思う。美しさや若々しさは健在だが、最後に会った時と顔が違う。整形して、元々どういう顔だったのか分からないほどに。「私の娘です」「お久しぶりです、聖愛さん」 修斗がぷ
「4人って、そんなに仲良しだったんだ……」「あぁ、私達ね、同じ地区に住んでたの。幼馴染ってやつ」「嘘!?」 予想すらしてなかった真実に、声が裏返る。4人はそんな優子を見てクスクス笑う。「登下校はもちろん、遊ぶ時も、クラブも一緒だったの。いつかこの4人で、会社作りたいねって話してたから」「私達は使用人として、付かず離れずそばにいたってわけ」「それより、今後のことを決めましょう」 女性というのは話好きだ。思い出話やお互いの近況を挟みつつ、話すこと6時間以上。決まったのは、優子が4人と住み、ふわリンゴでバイトをしながらデザインの基礎を学ぶことと、来年は服飾専門学校に通うこと。 そして、古いスマホを水樹に手渡すこと。乃愛としての優子が、彼らとどのようなやり取りをしていたのか知りたいのだと言う。「じゃあ、来月迎えに行くからね」「うん、楽しみにしてるね」 話が終わる頃にはわだかまりは解け、約10年の空白も埋まり、親子らしく笑い会えるようになっていた。 翌月、水樹は優子が住んでいたマンションまで迎えに来る。大きめのキャリーケースとアタッシェケースしか持っていない優子を見て、目を丸くする。年頃の若い女性にしては、荷物があまりにも少ないと感じた。「荷物、それだけ?」「うん。ここ、家電も食器も全部揃ってるから」「へぇ、今のマンションって、すごいのね」 感嘆する母を見て、優子は懐かしい気持ちになる。子供の頃、優子が綺麗な野花や四つ葉のクローバーを持ってくると、大げさに喜んだり驚いていた。「さて、お城に行く前に、優子の日用品を買い揃えに行こうか」「え?」「一緒に住むんだから、ちゃんと専用の食器とかタオル用意しないとね」 水樹は優子をデパートに連れて行くと、タオルや食器、スリッパなどを買い与えた。荷物が増える度に、これから母達と一緒に暮らせるのだという実感が強くなる。「お腹空いたし、なにか食べましょうか」 デパート内のレストランに行き、食事をする。母と向かい合って食事をするのも、久しぶりだ。「スマホ見たけど、本当に酷かったのねぇ」「ある意味自業自得だけどね」 自嘲する優子の手を、水樹は力強く握った。「そんなこと言わないで、優子。あなたはもう、充分罪を償った。それに、何も知らなかったんだから」「何も知らなかったのが、私の罪だったのかな」「
「私はみか」「私はみな」「知ってるだろうけど、私はえり」 3人はファーストネームだけを名乗ると、名刺を差し出す。それぞれローマ字でmika、mina、eriと書いており、肩書はふわリンゴのデザイナーだった。「3人ともデザイナーさんなんて、すごい」「ふわリンゴは私達4人で作ったの」 そう語る水樹の目は前回よりも柔らかで、誇らしげだ。「あの、ママ。これを見てほしくて……」 ドキドキしながら、昔のように彼女が優子と呼んでくれることを祈りながら、発行したばかりの戸籍謄本を渡した。「何、これ」「とにかく、見て」 うまく言葉にできず、震える声で促すことしかできなかった。水樹は一瞬訝しげな顔で優子を見たが、封筒の中を取り出し、目を見開いた。「あぁ、本当に……。優子……!」 水樹は戸籍謄本をテーブルの上に置くと、立ち上がって優子を抱きしめた。10年ぶりの母のぬくもりが、においが、涙腺を刺激する。「ママ、ママぁ!」 優子は母の胸で子供のように大声で泣きじゃくった。その後ろで、3人の元使用人達は戸籍謄本を覗き込んで喜びを分かち合った。「優子ちゃんだ!」「優子ちゃんが戻ってきたんだ!」 3人もふたりに抱きつき、涙を流した。しばらくの間、親子は空白の時間を埋めるようにお互いの名前を呼び、3人はふたりが再び親子としての時間を紡ぐことを喜んだ。 落ち着くと、それぞれが席に座り、アイスティーで喉を潤した。「優子、本当にありがとう。あなたを娘として受け入れるわ」「こちらこそ、ありがとう……」「苗字の件だけど、今度一緒に家庭裁判所に行きましょう。真田の苗字、是非名乗って。戸籍も、親子関係にしましょう」「うん……!」「よかった、本当によかった……」 リラックスルームは、涙と幸福にあふれていた。「優子は、今はどうしてるの?」「女性用マンションに住んでるよ」「仕事とか、大学は?」「してない。ママを探すつもりでいたし、やりたいこともなかったから」「そう……」 水樹は目を伏せ、息を吐く。愛娘の将来を憂いた息だ。「これから、どうしたいの?」「最近ね、手芸教室に通い出したの。ママ達がミシンでなにか作ってたのを見て、自分もやってみたいって思ってたの、思い出して。まだ1回しか行ってないし、刺繍しかしてないけど……」「嬉しい……。もしよかったら、うち
家庭裁判所に行って3週間、母と再会してから半月、審判書謄本が届いた。そこには乃愛が優子になることを認めるといった旨が書いてある。「よかった、よかったぁ……!」 嬉しさと安堵で、涙が溢れる。審判書謄本が涙で汚れないようにテーブルに置くと、クッションを抱きしめ、声を殺して泣いた。嬉し涙を流すのは、短い人生で初めてのことだった。 泣き終わると晴れ晴れとした気持ちになる。希望の光が見えた気がした。「市役所、行かないとね」 顔を洗って薄化粧をすると、乃愛は市役所へ行き、手続きをした。「3日から7日ほどお時間いただきますね」「分かりました。お願いします」 深々と頭を下げると、マンションへ戻る。道中、スマホの通知音が鳴る。見てみると母からのメールで、来週の午後1時に会いたいとのこと。場所は前回と同じく本社だ。「いよいよか……」 スマホを握る手に、力が入る。まるで最終判決を待つ気分だ。 1週間、乃愛は再び悶々とした日々を過ごさなければならなかった。手芸教室は半月に1回で、言われた日時までには1回もない。ようやく見つけた夢中になれる刺繍も、身に入らない。ほんの数分やったら、すぐに手が止まってしまう始末だ。 映画館に行ってもだめで、母親が出てくると、水樹のことを考えて不安になってしまう。 連日寝不足が続き、絶不調の中、水樹と再会する日が来た。 早めに家を出ると、駅ではなく、市役所に向かう。あの時受付は3日から7日かかると言っていた。それなら、もう改名手続きは済んでいるはずだ。 自分でも確認したいという意思があるのはもちろんのことだが、水樹に見てもらいたいというのが1番の理由。 市役所に行くと、戸籍謄本取得申請をする。 そわそわしながら待つこと5分。受付に呼ばれて戸籍を受け取りに行く。恐る恐る見てみると、名前は優子になっていた。「やった……やったぁ!」 受付に咳払いをされ、軽く頭を下げてそそくさと市役所を後にする。再び戸籍謄本を見て、口角が上がる。「よかったぁ……」 封筒に戸籍謄本を戻し、抱きしめると、駅に向かって歩き出した。その足取りは羽のように軽く、気持ちとしてはひとっ飛びでふわリンゴの本社に飛んでいけそうなほど。 じれったいと思いながら電車を乗り継ぎ、速歩きで本社に行くと、えりが待ち構えていた。「久しぶり、乃愛ちゃん」「はい、お久