Mag-log in颯斗はうつむき、鼻の奥がツンとした。無意識のうちに練の辛い過去に触れてしまったことに気づき、颯斗は黙ったまま少し尻をずらして練のそばへ寄ると、そっとその手を握った。「さっきは焦ってて、わざとあんな言い方をしたわけじゃないんだ。気にしないでくれ」練は苦笑を浮かべた。「いや、お前の言う通りだ。俺はこういう人間だからな。時々、理屈っぽすぎて人情味に欠けるところがある」颯斗は練の手を両手で包み込み、優しくさすった。「そんなことないさ。俺はむしろ、お前が羨ましいよ。いつだって冷静でいられるんだから。俺には無理だ。今日だって、お前がいなかったら、絶対にまた大変なことになってた」練は颯斗に向かって、いたずらっぽく片目をつぶった。「だから、俺たちは互いに足りないところを補い合ってるってことだろ」颯斗は力強く頷いた。「当然だろ!」練はふっと笑った。寒さで赤くなった手を伸ばし、颯斗の髪や眉先に付いた氷の結晶をそっと払ってやる。颯斗はニカッと笑うと、犬のように練の首筋へ頭を埋め、すりすりと甘えるように擦り寄った。「練ぇ」「どうした?」「もしかして俺たちって、本当に運命の相手だったりして?」練は寒さで赤くなった颯斗の鼻先を、指で軽く弾いた。「なんだ、その疑問形は。俺もそう思ってる。奇遇だな、同じ考えだ」二人は顔を見合わせて微笑んだ。しばらく無言のまま見つめ合った後、示し合わせたように顔を傾け、そっと唇を重ねる。雪の降る星空の下で、二人は静かな口づけを交わした。北風が二人の頬を撫でていく。それでも今の二人の胸の内は、春のように暖かかった。唇が離れると、練の目尻はほんのりと赤く染まり、颯斗の瞳は熱を帯びて、とろんとしていた。練は病室での博人との会話を思い出すと、その口調を真似て声を低くした。「お前の親父さん、もしかしたら本当に俺を殺すかもしれないな。『お前、うちの颯斗に悪い影響を与えるんじゃないぞ』ってね」その光景を想像した颯斗は、思わず腹を抱えて大笑いした。「やばっ、似すぎだろ!でも、お前のおかげで思い出した。親父、今は監禁されてるんだったな。俺たち、どうする?このまま手をこまねいてるわけにはいかないだろ」練の顔から甘い空気がすっと消え、次第に真剣な表情へと変わっていった。「ああ。俺たちも動かないとな」「親父はどこに閉じ込められ
渡辺の言葉を聞いた瞬間、博人の顔から一気に血の気が引いた。そして、掠れた声で叫ぶ。「手を出したのは俺じゃない! どうして俺が暴行罪に問われなきゃならないんだ!?」「今になっても、まだ自分は無実だと言い張るつもりか」「俺はやましいことなんて何一つしていない! やっていないものは、やっていないんだ!」「証人が目の前にいるというのにか?」「あいつの一方的な言い分だけで、何が証人だ!」「ほう。彼の証言は一方的で、君の証言だけは一方的ではないとでも言うのか?」博人と渡辺が激しく言い争っていると、所長室のドアがギィッと音を立てて開いた。そして、見覚えのある二つの人影が部屋へ入ってくる。他でもない、今日、林業所で博人と壮馬の後をつけていたあの二人の作業員だった。博人はハッと息を呑んだ。この二人には見覚えがある。夜中に壮馬をトランプへ誘い出していたのが、まさに彼らだった。名前までは知らない。だが、壮馬が年上の痩せた男を「河野さん」、もう一人の一重まぶたで鷲鼻の男を「慶太」と呼んでいたことだけは覚えていた。渡辺は二人の腕を掴むと、博人の前へと押し出し、低い声で問い詰めた。「君と壮馬くん、どちらも自分の言い分が正しいと言うのなら、彼らに話してもらおう。お前たち二人も、今日現場にいたそうだな?」先に口を開いたのは慶太だった。「ああ、俺は見たぜ」&
博人はこれ以上聞いていられず、堪えきれないように壮馬の言葉を遮った。「そんなことしていない! 事実は違う!」壮馬も負けじと、赤く腫れ上がった頬と切れた口元を指差した。「じゃあ、これは何なんだ! 証拠はここにあるのに、よくもしらばっくれられるな!」「それはお前が……」壮馬は鼻で笑い、博人の言葉を一蹴した。「俺がどうしたって? まさか逆ギレして、俺がお前に襲いかかろうとしたとでも言うつもりか?俺はお前より力も弱いし、背だって低いんだ。そんな俺がどうやってお前を傷つけるっていうんだ? 自分から恥をさらすような真似をするわけないだろ!」博人は拳を強く握りしめたが、言葉が喉につかえ、一瞬何も言い返せなかった。確かに、今日自分自身が経験していなければ、あれほど人畜無害で誰にでも愛想のいい壮馬が、突然自分に襲いかかってくるなど到底信じられなかっただろう。ましてや、身長百八十センチもある自分のような大柄な男が、年下で背も低く、一見するとか弱そうな相手に襲われたなど、口にするだけでも屈辱的な話だ。認めるにせよ、否定するにせよ、博人にとっては人格そのものを傷つけられるような出来事だった。その時、ずっと沈黙を守っていた健次が、ようやく口を開いた。「博人くん。この件がどれほど重大な問題なのか、君は理解しているのかね」博人は健次の言葉など耳に入っていないかのように、下唇を強く噛みしめたまま、一言も発しなかった。ただ、かつては実の弟のように可愛がっていた後輩の壮馬を、血走った目で睨みつけていた。健
博人と渡辺は小さな雑木林を抜け、グラウンドを横切った先にある、二階建ての赤レンガ造りの建物へと足を運んだ。赤レンガの建物は外見だけを見ればごくありふれたものだったが、こここそが赤峰林業所の中枢である。一階は全面が倉庫として使われ、二階には事務所と所長の私室が設けられている。博人と渡辺が向かった先は、その二階の廊下の突き当たりにある所長室だった。部屋に入った瞬間、博人は壮馬の姿を見つけた。壮馬はうつむいたままソファに座っていたが、博人が入ってきたことに気づくと、弾かれたように立ち上がった。緊張しているのか、両手で服の裾をぎゅっと握りしめ、その表情はどこか強張っている。そして、壮馬の向かい側で険しい顔をして座っている人物こそ、赤峰林業所の所長であり、壮馬の父親でもある小林健次だった。状況が飲み込めず、博人が戸惑っていると、先に健次が口を開いた。「博人くん、今日はどうして無断欠勤したんだい?」予想外の問いかけに博人は一瞬面食らったが、すぐに首を横へ振った。「無断欠勤? いえ、そんなことはしていません、所長。今日は壮馬と一緒に林業所へ行きましたし、大勢の人が見ています」しかし健次は、冷たい声で彼の言葉を遮った。「私が言っているのは午後のことだ。今日の午後、君はどこへ行って何をしていたのか。隠し事をせず、ここにいる全員の前で説明しなさい」博人は完全に困惑した。なぜ自分が皆の前で、こんな説明をしなければならないのか理解できない。仮に所長が本当に自分の行動を確認したいだけなら、相棒である壮馬に直接聞けば済む話ではないか。
「完全に同じというわけじゃない。一部の機能しか搭載されていない、いわば廉価版だ」練はそう言うと、自分も懐からサングラスを取り出して装着した。「おい、なんでお前はハイエンドモデルで、俺は廉価版なんだよ?」颯斗は不満そうに声を上げる。「お前、腕は相当いいんだろ? 他人の記憶に潜り込むワイヤレス装置まで作れるんだから、俺用にハイエンド版のサングラスを作るくらい朝飯前じゃないのか?」練は人差し指を伸ばし、颯斗の額を軽く小突いた。「ハイエンドモデルはSP専用に設計されているんだ。お前の頭じゃ、そんな高性能な代物を持たせても宝の持ち腐れだよ」「どういう意味だよ!」颯斗はむっと顔をしかめ、手を伸ばすと練の頬をむんずとつねった。「遠回しに俺を馬鹿にしてるのか?」壁に押しつけられた練は、金魚のように口をぱくぱくと動かしながら答える。「冗談だよ。そんなに怒るな」颯斗はそこでようやく手を放した。練は頬をさすりながら、真面目な顔で口を開く。「それはそうと、SAとSPの根本的な違いがどこにあるか分かるか?」颯斗は考える間もなく答えた。「アタッカーとサポーター?」「そうとも言える。だが、それが本質ではない」練は続ける。「生まれ持った才能を備えた一部のオールラウンダーは別として、圧倒的な身体能力や鋭い直感に加え、多くのSAは感情を読み取る力や共感能力に優れている。それに
博人が再び目を覚ました時、彼はすでに寮のベッドの上に横たわっていた。ぼんやりと身体を起こし、周囲を見回す。窓の外はすでに真っ暗になっていた。下段のベッドでは同僚たちが集まり、暇つぶしにトランプをしている。しかし、壮馬のベッドだけは空っぽで、本人の姿はどこにもなかった。博人は自分の脚に触れてみる。痛みはまだ残っているものの、先ほどまでよりはずっと楽になっていた。しかも、丁寧に包帯まで巻かれている。「……」博人は眉をひそめた。自分は確か、さっきまで詰所にいたはずだ。それなのに、なぜ気づけば寮へ戻っているのか。それだけではない。何か大切なものを忘れているような、妙な違和感が胸の奥に残っていた。頭の中では、二つのぼんやりとした影がちらついている。だが、手を伸ばして掴もうとしても、指の間をすり抜ける霧のように消えてしまい、何も残らなかった。その時だった。寮の扉がコンコンとノックされた。革ジャンを着込み、小脇にバッグを抱えた中年の男が入口に立っていた。そして、部屋の中にいる者たちへ向かって口を開く。「鳴海博人は誰だ?」その一言で、部屋にいた全員の視線が一斉にこちらへ向いた。博人は痛む身体を引きずりながら立ち上がる。「俺ですが」







