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義姉に溺れる夫へ。私はあなたの従兄と再婚するわ
義姉に溺れる夫へ。私はあなたの従兄と再婚するわ
Author: 林檎

第1話

Author: 林檎
「柊馬、莉奈さんのお腹の子……あなたの子なの?」

桐生柊馬(きりゅう しゅうま)を問い詰める上野柚希(うえの ゆずき)の顔は、血の気が感じられないほど、青ざめていた。

7ヶ月前、柊馬の兄が事故で他界した。旦那を亡くし、さらには身重だった桐生莉奈(きりゅう りな)を、柚希は放っておけず、献身的に支えてきたというのに……こんなのは、あまりにも酷すぎる!

ずっと自分を誰よりも大事にしてくれていたあの柊馬が、まさか他の女に走るなんて。そんなこと、柚希は思ってもみなかった。

「はっきり答えて!」

震える声で、ソファに座る男を睨みつける。

部屋の明かりが彼の眉間に濃い影を落とした。いつもの余裕と気品に満ちた姿は消え、そこにあったのは、息苦しいほど張り詰めた重苦しい空気だけだった。

柊馬が深いため息をつく。

「柚希、少しは落ち着け。

桐生家には……跡継ぎが必要なんだ」

その言葉は、まるで刃物のように柚希の胸を貫いた。

3年前、柊馬を庇った事故で、柚希は子宮に深い傷を負い、そのせいで、もう子どもを望めない身体になってしまっていた。

あの時、柊馬は病院のベッドで誓ってくれたのに。「俺には、お前がいればそれでいい。子供なんて一生いらないから」と。

「跡継ぎ?」柚希は引きつった笑いを漏らし、目からは涙が溢れてくる。「だから、莉奈さんを抱いたの?柊馬……あなたって、本当最低!」

パシッ。

柚希の頬に、突然痛みが走った。

柊馬の母親である桐生洋子(きりゅう ようこ)が嫌悪に満ちた声で吐き捨てる。「育ちが悪いくせに、よくそんな口が利けるわね。兄がもういないのであれば、弟が穴を埋めるのは当然のことでしょ?あなたに口を挟む権利なんてないんだから。

そもそもあなた、子供も産めない不良品でしょ?なのに、よくそんなこと言えたものね。柊馬に追い出されないだけでも、ありがたいと思いなさいよ!」

子供が産めない不良品?

頬を押さえながら柊馬を見た。信じられなかった。まさか、彼までそう思っていたなんて……

それに、ありがたいと思えだって?

柊馬が自分を見捨てないことは、そんなにも感謝すべきことなのか?

そもそも、無理に結婚したがったのは自分の方だっただろうか?違う……何度も頭を下げて、必死に結婚を望んだのは、柊馬の方だったくせに!

子供なんていらないと誓い続けたのも柊馬なのだ!

パイプカット手術の書類を差し出して、必死に結婚を迫ったのも!その書類だって、今も金庫の中に残っている……

柚希の赤い頬を見て、柊馬は心を痛める素振りを見せたが、最後にはこう言い放った。

「兄さんがいなくなった以上、桐生家の責任は俺にあるんだから、現実を受け入れろ。それに、お前は子供が産めない……仕方ないんだ。

柚希、お前は子供が好きだったよな?莉奈との子供が産まれたら、俺たちの子供として迎え入れればいい。三人で幸せに暮らそう」

「あのさ……」

柚希は苛立ちから、もう吐きそうだった。「じゃあ、私は感謝でもしなきゃいけないわけ?出産の辛さもなく、母親にしてくれてありがとうって」

「……柚希、俺は真剣に話してるのに、なんでそんな言い方しかできないんだよ?」

柊馬は不快感から、眉間に皺を寄せる。

「本当、生意気な子だね!子供をあげるって言ってるのに、まだ文句があるの?」

洋子が近づいてきて、柚希を思いきり家の外まで押し出した。「出て行って!外で頭を冷やして、桐生家の嫁としてどう振る舞うべきか、ちゃんと考えなさい。分からないなら、二度と戻ってこなくていいから!」

深夜10時過ぎ。雪が降りしきり、外の気温は氷点下を大きく下回っていた。

こんな薄着の自分を、外に放り出す気なのか?

柚希はすがる思いで柊馬を見たが、彼の視線は複雑に濁ったままだった。

柊馬は眉間を揉み、迷う素振りを見せながらも、最後には……柚希から目をそらす。

どうやら、黙認することを選んだらしい。

自分の母親の肩を持ち、そのやり方を拒まなかった。

バタンッ。

重厚なドアが目の前で閉められ、鍵がかかる冷たい音が耳に響く。

一瞬にして、骨まで凍るような寒さが柚希を包み込んだ。

柚希は魂が抜けた人形のように、冷たい石段の上で固まった。

一緒に暮らし始めて3年……

柊馬は、確かに愛してくれていたはずだった。

寝ている間に布団がはだけるたび、柊馬は何度もかけ直してくれた。

ただ雑誌で新作の鞄を見ていただけなのに、翌日にはクローゼットに並べてくれた。

旅嫌いな柊馬だったのに、自分が望めばすぐに仕事を放り出して、どこへでも連れて行ってくれた。

このまま二人で一生を添い遂げるのだと、疑いもしなかった……

だが結局……柊馬の愛情なんて、桐生家の「責任」だの「跡継ぎ」だのという現実の前では、あまりにも脆いものだった。

自分と「桐生家の責任」を天秤にかけたとき、彼は話し合うことすらせず、迷いなく自分を切り捨てたのだから。

柊馬は思い込んでいるのだ。故郷を離れて海鳴市へ嫁いできた自分に、この街では頼れる相手も帰る場所もないことを。

それに、自分が柊馬を愛しているから、簡単には離れられないと。だから、どれだけ傷つこうと、どれだけ惨めでも、最後には涙を呑んで、莉奈が産んだ子供を受け入れると高を括っているのだ。

そして何より、彼が頷かない限り、自分が離れていくことはできない……柊馬は、そう信じきっていた。

だが、柊馬は一つ忘れている。

洋子に言われ無理やり式は挙げたものの、婚姻届はまだ提出していないのだ。

だから法律上、自分は桐生家とは一切関係ない他人だった。

柚希はふっと笑みを漏らした。異様なほど澄み切っている彼女の瞳に残っていたのは、すべてを断ち切る覚悟だけ。

柊馬。

もう、あなたなんかいらない。

柚希はスマホを取り出し、かじかむ指で長いことかけていなかった番号へ発信した。

静かに口を開く。「あの時の話、まだ有効かな?炎真」

――

「奥様、柊馬様。柚希様は車に乗ってどこかへ行ってしまいましたよ……」桐生家の家政婦である山崎恵(やまざき めぐみ)は恐る恐る言った。

「行った?」

洋子は鼻で笑った。「謝りにも来ないで、本当に出て行ったっていうの?頭がおかしいんじゃない?」

「で、でも……今回は、確かにやりすぎかと。私も見てて、心が痛みましたから……

柊馬様。追いかけた方がよろしいのではないでしょうか?今なら、まだ間に合いますよ」

柊馬は外の雪を眺めながら、不快そうに首を振る。「放っておけ」

柚希の性格なら、寂しさに耐えられず戻ってくるはずだ。

それに、単に意地を張っているだけだから、頭が冷えれば、勝手に戻ってくるだろう。

「放っておけばいいのよ。どうせ、明日になれば戻ってくるはずなんだから!」

洋子は、謝ってくる柚希の姿を思い浮かべ、得意そうに言う。「戻ってきたって許さないんだから。二度と生意気な口が利けないよう、きつく教えてやるのよ。

柊馬、あなたが甘やかしすぎなのよ。もう少し、厳しくするべきだわ。

戻ってきたら、あの子にはベビーシッターの勉強でもさせなさい。莉奈ちゃんは身体が弱いから、あの子にやらせればいいわ。それくらい、桐生家のためにしてもらわないとね」

その言葉に恵は息を呑んだ。あまりに酷い言いように、胸がぎゅっと締めつけられる。ここまで踏みにじられて……それでも、柚希様はまだ黙って耐え続けるつもりなのだろうか。

恵には分からなかった。これまでだって、柚希はどれほど辛くても、ずっと黙って耐えてきていたから……

――

翌朝、雪はまだ降り続いていた。

重厚なロールス・ロイス・ファントムが雪を掻き分け、桐生家の門前に停まる。

車から降りてきた柚希。その手には婚姻届受理証明書が握られていた。

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