LOGIN柊馬が結婚式会場から運び出されると、洋子と莉奈が駆け寄ってきた。洋子は、魂が抜けたようになっている柊馬を見て憤慨し、閉ざされた扉に向かって罵声を浴びせる。「柚希ったら、一体何を考えてるの!炎真と柊馬が宿敵同士だって知りながらあんな男と結婚するなんて!わざとに違いないわ。どこまで腐りきった女なのかしら!」莉奈は心の中で狂喜乱舞し、今すぐにでもこの場で祝いたい気持ちだった。しかしそんなことはお首にも出さず、いじらしく柊馬の怪我のない方の腕にすがりつく。「柊馬くん、落ち着いて……もうこうなっちゃったことは仕方ないんじゃないかな。お披露目会ももう始まってるし、たくさんの方が待ってるんだよ?今日が台無しになってしまったら、あの子が将来何を言われるか……まずは戻って本来の目的を果たそう?他のことは、あとで考えればいいから」そう言って、莉奈は柊馬を連れて行こうとした。だが柊馬は莉奈の腕を振り払い、拒絶したのだった。手を振り払われた莉奈は驚き、傷ついた顔で柊馬を見上げる。柊馬はそんな彼女を無視し、虚ろな視線を彼女が抱いている子供へと向けた。そこにはもうかつての慈愛はなく、すべての元凶を見るような……氷のように冷たく無機質な眼差し。「俺が間違ってたみたいだ」柊馬は悔しさに奥歯を噛みしめ、掠れた声で言った。「お前との間に……この子を作るべきじゃなかった」柊馬はようやく理解したのだ。柚希が、どれほどこの子供を気にしていたかを……莉奈の心はどん底に沈んだ。慌てて子供を抱きしめ、涙声で訴える。「柊馬くん!そんなひどいことを言わないで!この子はあなたの子なんだよ!ショックなのはわかるけど、今はしっかりして。この子の将来も考えないと……」洋子もそれに同調する。「そうよ!この子こそ桐生家の跡取りで、何より大事なんだから。柚希のために今日のお披露目会を台無しにして、一生後ろ指さされるようなことになったら、洒落にならないわよ」柊馬は赤ん坊から冷酷な視線を外し、柚希と彼を隔てた重い扉を見据えて決断を口にした。「お披露目会は、中止だ」「これ以上過ちを重ねれば……柚希を完全に失うことになる」——夜。スカイ・ペニンシュラの新居にて。巨大な掃き出し窓からは海鳴市の輝く夜景が見え、室内には穏やかな花の香りとウッディ系の
炎真もわずかに目を細めた。周りの空気が一瞬で、危険で凍てついたものに変わる。柊馬は柚希の前に歩み寄ってきて、その腕を掴もうとした。激しい感情のあまり、声が裏返る。「もう遊びは終わりだ!柚希!いい加減にしろ。今すぐ俺と帰るんだ!」柚希は素早く一歩下がり、柊馬に触れられることを避け、冷ややかな眼差しで彼を見つめる。「遊び?柊馬、まだ私がふざけてるとでも思ってるの?」「これがふざけてないって言うなら、なんだって言うんだよ!結婚は遊びじゃない。炎真さんはお前が俺を怒らせるための道具じゃないんだぞ!冷静になれ!」柊馬は胸が張り裂けんばかりの想いで吼えた。「お前は俺の妻だ。もう結婚式だって挙げただろ!」「法律上、私とあなたには何の関係もない」柚希は冷静かつ残酷に告げる。「それに、あの雪の降る夜、あなたのお母さんが私を家から追い出すのを、あなたが黙認した時点で、私たちの関係は終わってるの」「あれは……仕方なかったんだ。あの場を収めるには、ああするしかなかったから。俺はお前を愛している。お前なら、俺の事情もわかってくれるだろ?」柊馬はしどろもどろになりながら、必死に説明しようとした。だが、口にすればするほど、その言葉はむなしく響くだけ。今さら何を言っても、何の意味もない――彼自身が、それを痛いほど分かっていた。「申し訳ないけど」柚希は柊馬から目をそらし、炎真の腕にそっと手を添えた。「私はもう、炎真の妻なの」「柚希。頼むよ、そんなこと言うなって……」柊馬が再び腕を掴もうと手を伸ばしたが、一歩前に出た炎真によって阻まれた。炎真の視線は鋭い刃のように柊馬の顔に刺さり、低く威圧感に満ちた声が響く。「柊馬。俺の結婚式で、俺の妻を奪おうとはいい度胸だな」炎真は一度言葉を切ると、一言一句柊馬に叩きつけるように言った。「こいつは俺の妻だ。お前の兄嫁になるんだぞ?」「炎真さん!」柊馬の目は真っ赤に充血し、怒りで息も荒くなっている。「あなたは柚希が俺の妻だと知っていますよね!なのに、なぜ彼女と結婚するんですか?従弟の嫁を奪うなんて、世間に何を言われるかわかりませんよ?」「従弟の妻を奪う?何を言ってるんだ?俺が嫁にしたのは、戸籍上未婚の女性だ。それに比べて、お前は……」炎真は軽蔑をあらわにして、続けた。「自分の兄の嫁と子
だが、次の瞬間、必死に首を振り、そんな馬鹿げた考えを打ち消そうとした。いや、あり得ない。あれは京香だ!今日は炎真と京香の結婚式なんだから!あれが柚希に見えるなんて、自分は頭がおかしくなったのか?「柊馬!もう始まるよ。何そこでぼさっとしてるの?」洋子が会場から出てきて、不満げに催促する。「あの、役立たずな女が意地張って来ないなら好都合じゃない!あの子がうちの孫の母親になるなんて、こっちから願い下げよ!」しかし、柊馬は眉をひそめ、食い下がった。「もうちょっと待つ。あいつは来るはずだから」自分は柚希を理解している。あいつは優しいから、こんな非情なことするはずがない。子供を抱いていた莉奈は、心ここに在らずの柊馬を見て目を細めた。こっそりと手を伸ばし、子供の柔らかい太ももを力一杯つねる。「おぎゃあー!」子供が張り裂けんばかりに泣き出した。洋子は即座に、眉を下げながら子供を抱き抱える。「もう、こんなに可愛いのに、どうしてそんなに泣いてるの?よしよし……」彼女は不満げに柊馬を睨んだ。「ほら見なさい!あなたがそんなところにいるから、泣いちゃったじゃない。今日はこの子のための日でしょ?柊馬、ろくでもない女のために、自分の息子の大事な日まで台無しにする気?」洋子の胸で顔を真っ赤にして泣き続ける息子と、自分の音沙汰もない携帯を見て、柊馬は心の中で葛藤した。しかし、最後は力なく溜息をつき、メッセージを一つ送った。【柚希、今回はやりすぎだぞ】そうして洋子に言った。「行くよ。入ろう」ちょうど二人が身を翻して会場へ向かおうとした時、シックなパンツスーツに身を包んだ凛とした女性が、高級そうなギフトボックスを抱えてやって来た。彼女は笑いながら、柊馬に声をかける。「あれ、まだ始まってない?私、遅刻してないよね。柊馬、洋子さん、おめでとう!これ、息子くんにプレゼント。お寺でご祈願済みの健康守り」柊馬は声のする方を振り返った。その人物を見た瞬間、落雷を受けたような衝撃を受け、瞳孔が収縮する。「京香?!」なぜ彼女がここにいるんだ?!しかもスーツ姿で。「お前……どうして……」柊馬の声は震えていた。「今日はお前の結婚式じゃないのか?!」京香は怪訝そうな顔をしたが、すぐ豪快に笑い出す。「笑えるんだけど。何を言ってん
柚希は眉をひそめ、電話を取る。受話器の向こうからは、莉奈の勝ち誇った、興奮を隠そうともしない甲高い声が聞こえてきた。「ねえ柚希ちゃん、ニュースは見た?今日、海鳴市で一番のホテル『ホテル・マジェスティック』で、息子のお披露目会をやるの。それに、史上最高に豪華で盛大にやってくれるって、柊馬くんが言ってくれたんだ。海鳴市の有名人はみんな駆けつけてくれるんだから!今日から皆が知ることになるわ。私の息子が柊馬くんの正真正銘の跡取りだってことをね!私と柊馬くんの関係は、誰にも邪魔できない。私たちは強い絆で結ばれた家族なの」莉奈の挑発を受けながら、柚希は鏡の中に映るウェディングドレス姿の自分の輝きを見て、どうしようもない滑稽さを感じた。「ねえ莉奈さん。本気で今、私を挑発してるの?」柚希は赤い唇をかすかに歪め、冷え切った声で告げた。「柊馬は今も必死になって、私をそのお披露目会に呼びたがってる……もし今から私が会場に乗り込んだら、どうなると思う?」莉奈は、尻尾を踏まれた猫のように喚いた。「来れるもんなら、来てみなさいよ!」「ふっ」柚希は鼻で笑った。「あなたが苦しむなら、行くのも悪くないかもしれないね。もし私に来てほしくなかったら、携帯に向かって大声で『私桐生莉奈と桐生柊馬は禁断の関係にある』って3回叫んでよ。声の大きさによっては、考えてあげてもいいから」「なんなの!」莉奈は怒りで息を荒らげ、電話越しにも歯ぎしりの音が聞こえてきそうだった。柚希はからかうように口角を上げる。「3つ数えるよ。叫ばないならすぐに行くからね。3!2!1……」「私桐生莉奈と桐生柊馬は禁断の関係にある!私桐生莉奈と桐生柊馬は禁断の関係にある!私桐生莉奈と桐生柊馬は禁断の関係にある!」電話の向こうから、莉奈の絶望したような声がした。「これでいいでしょ?」微かな笑みを浮かべた柚希。「録音したから」「何してるの!!!」柚希はそのまま通話を切り、音源を保存してから、冷たくも満足げな笑みを浮かべた。健一が優しく促す。「奥様、そろそろお時間です。会場へ向かいましょう」ドアが開くと、制服を着た4人のスタッフが入ってきて、柚希の重厚なウェディングドレスの裾を慎重に持ち上げた。柚希は一度深呼吸をすると、鏡の中の自分を見据え、その瞳に強固な決意を
そう言い終えた途端、柊馬の携帯が震えた。それは男友達とのグループチャットだった。「柊馬!ニュースだ!炎真さんの初恋相手、京香が帰国したみたいだぞ!」「だから言っただろ!炎真さんが昔、京香のせいで命まで落としかけたんだから。あの子が海外に行ってからというもの、炎真さんはずっと女を避けてたし。それが今急に結婚するなんて言うんだ。もしその相手が京香じゃなかったら、俺は自分で腹を切ってもいい」「よかったな、柊馬。炎真さんにはこの数年、弱点が一つもなくて、桐生家を牛耳ってお前を抑えつけてたんだろ?でも、今炎真さんの想い人が帰ってきたんだ。きっと何かが起こるぞ?だから、お前はその隙を狙うんだ」柊馬は画面の文字を凝視していた。張り詰めていた神経が一気に緩み、糸が切れたように身体の力が抜けていく。そうか、一ノ瀬京香(いちのせ きょうか)だったのか……どうして自分は忘れていたのだろう。炎真のような冷徹な男が、京香以外の相手と結婚を決めるはずがない。柚希……あいつは本当に京香のウェディングドレスの試着を代わりにしていただけなんだ。本当、自分に呆れる。まさか柚希が……柊馬はふう、と深く息を吐き出すと、安堵の表情を見せた。秘書が横から尋ねる。「桐生社長、例の調査は……」「もういい」柊馬は手を振って、軽やかに答えた。「ただの勘違いだった。調べる必要はない」柊馬の安堵した表情を横目に、莉奈の胸中では、嫉妬の炎がよりいっそう激しく燃え上がっていた。子供まで生まれたのに、柊馬はまだ柚希のことを気にしている。このままでは、子供すらここに残れないかもしれない。莉奈はトイレへ立つふりをして、再び陸へと電話をかける。今、自分を助けてくれるのは、陸しかいない。しかし、受話器から聞こえてきたのは、相変わらず冷たい、電源が入っていないことを告げる機械音だけ。「なんなの!」莉奈は毒づき、手のひらに深く爪を立てた。胸をよぎる不吉な予感が、毒蛇のようにじわじわと絡みついてくる。——結婚式当日。ホテル・マジェスティックのメイクルーム。巨大な掃き出し窓から陽光が差し込み、部屋を明るく照らしている。柚希は、大きな鏡の前に立っていた。トップデザイナーの手によるウェディングドレスには、小さなダイヤモンドと真珠が散りばめられ、彼女
「お前……よくもこんな。俺が怪我してるっていうのに……!」柊馬の声は震えている。柚希は素早く後ずさり、柊馬と距離を置くと、冷たく言い放った。「私が炎真と結婚するって信じられないの?だったら、本人に直接聞けばいいよ」炎真に折られた腕は、骨がさらに砕けるような激痛に襲われ、ギプスからはみ出た部分ですら、みるみるうちに赤紫色に変色し、腫れがひどくなっていく。柊馬は目の前に立つ、まるで見知らぬ人のような女を呆然と見つめた。混乱と深い悲しみが入り混じった複雑な表情で問い詰める。「柚希、どうしてこんな風になっちゃったんだよ?莉奈に俺たちの子供を産ませただけなのに、なんでこうやって騒ぎ立てるんだ?一体いつまでそんな態度で俺を困らせるつもりだ?」言葉が通じず、自分のことばかり主張する柊馬を見て、柚希は言いようのない苛立ちを覚えた。視線を柊馬から外し、炎真の方を見る。すでに電話は終わっているようだった。ちょうどいい。炎真に直接、柊馬と話をつけてもらおう。それでこの一件はすべて片付く。だがその時、柊馬の携帯が激しく鳴り響いた。柊馬は画面も見ずに一度切ったが、すぐさましつこく着信が繰り返される。結局、柊馬は苛立たしげに電話に出た。「なんだよ?」「柊馬くん!赤ちゃんの下痢と嘔吐がひどくて、熱も41度まで上がっちゃったの!柊馬くん、どうして病院にいないの?早く戻ってきてよ!」電話の向こうからは、今にも泣きそうな莉奈の必死な声が聞こえてくる。「すぐに行く!」柊馬は電話を切ると、無意識に柚希の手を掴もうとした。「とりあえず俺と一緒に病院へ行くぞ!」「これ以上、私に触らないで」柚希は氷のような目で睨んだ。「次私に触れたら、あなたのその手を二度と使えないようにしてあげるから」柊馬の手は空中でピタリと止まる。ギプスをはめた箇所から走る鋭い痛みが、彼女の言葉が本気であることを冷酷に告げていた。失望と苦しみが入り混じった顔のまま、彼は唇を噛みしめた。「柚希、本当にお前はワガママだな!」そう捨て台詞を吐いて、彼は決然と身を翻し、足早に去っていった。柚希は柊馬が何の迷いもなく急いで背を向け去っていく様を眺め、冷ややかに鼻で笑った。さっきまで「自分が炎真に八つ当たりされるのでは」と心配するふりをしていたのに、莉奈の子供の事と