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祝宴の影

last update Last Updated: 2025-10-16 16:17:16

 学院の祝宴。

 舞踏会は無事に終わって、私達は食堂へ。

 テーブルには豪華な料理が並び、王子や貴族達が談笑していた。

 アプリルなどの侍女達は、料理を運んだり皿を片付けたりして、動いている。

 その中で、私は自分の皿に盛られたサラダを見つめて固まっていた。

(うう……食べないといけないのかな……)

 真っ赤に熟したトマトが、宝石のように光っていたから。

 何とか他の野菜は食べていたけれども、トマトだけが残ってしまう。

 私はトマトが嫌い。あの酸味とかがどうしても口に合わない。

 そんなトマトがどうしてよりによって、ここに……

 フォークを伸ばそうとするけれども、指先が震える。

「どうした、サフィー? 食欲がないのか?」

 そんな様子を斜め向かいの席に座っていた王子に見られてしまう。

「い、いえ……その……」

 トマトが嫌いなんて言えない。

 言えないはずなんだけれども……

 必死に取り繕おうと言葉を考えていくけれども、口から出てきたのはーー

「……わ、私……トマト、苦手で……」

 ほぼ直球の言葉だった。

 一瞬だけ、場が静まり返る。

 でもその瞬間、モニカとその取り巻き達がクスクスと笑う。

 しかも水を得た魚のように……

「まあ、サフィー様ったら可愛らしいですわ」

「子供のようで微笑ましいですわ」

 気がつくと私は頬を赤くして、はにかみ笑いで誤魔化しちゃった。

 王子は笑っていたけれども、その笑みにもどこか『甘やかすような』響きがあった。

 私の胸はチクリと痛む。

「次の料理が来ますので、こちらお済みでしたらお下げしますわ」

 するとアプリルがトマトのサラダを下げた。

 またはにかんだけれども、少し嬉しかったと同時に恥ずかしい気持ちもあった。

(ピンチを救うなんて……アプリルがヒロインに見えるじゃない……)

 宴が終わり、灯りの消えた回廊に出る。

 月光が白く床を照らし、夜気がひやりと肌を撫でた。

 そのとき、不意に背筋をなぞるような視線を感じた。

 振り返っても誰もいない。

 けれど、祭壇に飾られた白い花が一輪、風もないのにかすかに揺れていた。

(……今、誰かが……?)

 胸の奥に小さなざわめきが広がる。

 それは、まだ名前のない不安の種だった。
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  • 聖女を信じて悪役令嬢を陥れ続けたら、断罪されたのは私でした   月下の囁き

     舞踏会が終わった後も、胸の高鳴りは収まらなかった。 王子と踊ったあの時間が、まだ身体に残っている。手のひらには彼の温もりが、耳の奥には褒めてくださった言葉が響いていた。(……夢みたい。本当に私、ヒロインなんだわ……!) そんな陶酔に包まれながら寮へ戻ろうとした時、背後から静かな声がした。「サフィー、少しこちらへ」 振り向けば、月明かりに照らされた白銀の髪。グルナ様が穏やかに立っていた。 その姿を見た瞬間、私の心臓は再び早鐘を打つ。「グルナ様……!」「大広間では落ち着いて話せなかったでしょう。あちらで話しましょうか」 断れるはずがない。私は迷いなく頷き、その後を追った。 案内されたのは、王宮のバルコニー。 月明かりが照らしているけれども、人気が無く誰かに聞かれる心配も無い。「舞踏会、見事でしたわ。殿下が貴女をずっと選び続けたでしょう?」「は、はい……! 本当に、夢のようでした」 私の声は興奮で震えていた。グルナ様は柔らかく笑みを浮かべ、そっと私の手を取った。「それは、貴女の努力と……わたしの導きの賜物でしたわ」「……グルナ様のおかげです!」 嬉しさと感謝で胸がいっぱいになる。 けれど、その微笑の奥に、どこか影のようなものが覗いた気がした。 うん、気のせい。「ですけれど……サフィー。せっかく得た輝きを曇らせる影があることも、忘れてはいけません」「影……?」 グルナ様はわざと間を置き、真っ直ぐに私の瞳を見た。「……アプリル・ブラチスラバ」 その名を聞いた瞬間、胸がひやりと冷える。 確かに、舞踏会の端でこちらを見ていた赤い瞳を思い出してしまう。「彼女は断罪され、地位を失ったはず。それでも今なお殿下に近づこうとしている……」「そ、そんな……」 私の声は震えていた。 けれど藤色の瞳に見つめられると、抗うよりも信じたくなる。「貴女は純粋で優しい。だからこそ、彼女の芝居に惑わされてはなりません。サフィー……わたしと一緒に、学院を、そして殿下を守りましょう」「わ、私に……出来ますか……?」「出来ますとも。あなたはわたしに協力してくれますか?」 グルナ様の表情は真剣で、断れそうな雰囲気じゃ無い。「も、勿論です……!」「大丈夫ですよ。そんなに緊張しなくても、今すぐではありませんので」 微笑みながら優しく頭を撫でて

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