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聞こえぬ想い、骨まで届く
聞こえぬ想い、骨まで届く
Auteur: 舒白

第1話

Auteur: 舒白
鹿井初寧(しかい はつね)の奔放な性格を抑えるため、父は最も信頼する部下――三条千臣(さんじょう ちおみ)を呼び寄せ、彼女を躾けさせた。

だが初寧が、たかが子会社の社長の言葉に耳を傾けるはずもない。

彼女はあの手この手を使い、彼を諦めさせようとした。

初出勤の日、彼女はいきなり彼のポルシェを叩き壊した。

しかし千臣は冷ややかに一瞥をくれただけだった。

「修理に出せ。費用は鹿井さんの給料から差し引け」

二日目、彼女は千臣の会議資料とPPTを卑猥な映像にすり替えた。

だが千臣は動じず、その場で計画書を丸暗記で一字一句淡々と語り上げ、大型案件を見事に落札して場を驚かせた。

それでも初寧は諦めず、接待の席で彼の酒に強い薬を仕込んだ。

彼を人前で醜態を晒させるつもりだったのだ。

だが結果は逆で、彼女が彼にホテルのスイートに担ぎ込まれ、さんざん弄ばれることになった……

世間の人々は、彼を清廉で温厚、まさに君子のようだと評する。

だが初寧だけは知っていた。

夜の帳の下、彼が彼女をベッドに押し伏せ、狂おしいほど翻弄する姿を……

ロールスロイスの後部座席。会議室のデスク。オフィスの大窓の前でさえ……

燃えるような赤いドレスを纏った初寧は、禁欲を装った男に細腰を掴まれ、様々な姿勢で「躾け」られ続けた。

ひとしきり終えたあと、男は浴室へ入っていった。

その間に初寧の携帯には、親友からのメッセージが届いた。

【信じられない、鹿井お嬢さん。まさか本当に恋愛脳になったの?】

【三条千臣なんて、所詮鹿井家の子会社の社長にすぎないのに。彼のために、南市一の大富豪である東三条家の御曹司との婚約を捨てるなんて!?】

初寧は返信しなかった。

彼らは知らなかった。千臣の本名が、東三条千臣であることを。

そう、東三条家の御曹司が千臣だった。

彼女が骨の髄まで愛し、夜ごとに抱きしめたいと渇望する男――もともと婚約していた相手なのだ。

本来なら、この上なく幸福であるはずだった。

だが初寧の顔に、笑みはひとつも浮かばなかった。

しばしの沈黙ののち、彼女は父に電話をかけた。

「東三条家の御曹司との婚約、鹿井麗(しかい うらら)に譲ってもいい。でも条件がある」

受話器の向こうで、両親の歓喜の声が弾けた。

「条件って?いくらでも言いなさい!婚約を譲ってくれるなら、私たちは全部承知する!」

「四千億円欲しいの」初寧は瞼を伏せ、冷ややかに告げた。

「四千億!?」相手の声は裏返った。

「気でも狂ったのか!うちを破産させるつもりか!」

初寧は冷たく笑った。

「とぼけないで。東三条家からの結納金は六千億円。そのうち二千億はあなたたちの手に入る。鹿井麗も一流の豪門に嫁げる。これ以上に得な取引がある?」

相手は黙り込んだ。二秒後、焦った声が返ってきた。

「……それで決まりよ!」

「待って、どう保証するの?」

初寧の母としての鹿井彰恵(しかい あきえ)警戒心を剥き出しの声音は、鋭い刃のように初寧の心を突き刺した。

長年の偏愛に、彼女はもう麻痺しているはずだった。けど胸の奥は、どうしようもなく痛んだ。

「もう手続きは済ませた。半月後には海外に出る。二度と戻らない」

初寧は震える声でそう言った。

二十年前。彼女は鹿井家で最も愛される姫様だった。

だが両親が連れ帰ったひとりの少女――幼い頃に誘拐されていた実の姉、麗が現れた日から、すべては変わった。

麗の悲惨な過去に罪悪感を抱いた両親は、すべての愛情を彼女に注いだ。

その日から初寧は、不公平な仕打ちを受け続けた。

大切にしていたお姫様の部屋は、麗へ。

三か月徹夜で仕上げたコンテスト作品も、麗へ。

命を懸けて人を救ったことでもらった功績の勲章すら、麗へ……

初寧が反発すれば、返ってくるのは叱責だけだった。

「姉はこれまで苦労してきた。お前はずっと恵まれてたのだから、譲ってやっても当然だろう!」

まるで綿を少しずつ掻き出される人形のように、彼女はすべてを奪われていった。

今や、彼らは祖母が生前決めた東三条家との婚約までも、麗に奪わせようとする。

それがきっかけで、初寧は両親と激しく争い、屋敷を滅茶苦茶に壊した。

最終的に初寧の父としての鹿井厚俊(しかい あつとし)は、子会社の社長の千臣が部下をよく管理していると耳にして、彼女を子会社に送り込んだのだった。

長い吐息をつき、初寧は千臣の携帯を手に取った。

パスワードは麗の誕生日。

指先に力を込め、彼女はlineを開いた。

千臣は麗とのチャットをピン留めしていた。

その内容には――

彼女を幼稚だと叱るくせに、麗の可愛いスタンプは大切に保存。

彼女には冷たい顔ばかりなのに、麗には毎日欠かさず食事や休憩の声掛け。

彼女のメッセージは既読すらしないのに、麗には些細なことまで逐一報告。

そして、初寧の名前の横には「通知オフ」の印。

唇に冷笑が浮かんだ。

脳裏に蘇ったのは、彼に初めて心を動かされた時のこと。

初寧は酒宴をめちゃくちゃにし、彼の契約を潰した直後、洗面所で押し倒され、ドレスを引き裂かれたあの瞬間。

彼を噛んで抵抗したが、後ろから洗面台に押し付けられ、耳朶に口づけられた。

低く甘い声が囁いた。

「初寧、いい子に」

その一言が、彼女の心を完全に砕いた。

祖母が亡くなって以来、誰もそう呼んでくれなかったのだ。

――きっと、あまりにも孤独だったから。あるいは、彼があまりにも誠実に尽くしてくれたから。

変質者に絡まれた時は守ってくれた。

宴席では酒を代わりに飲んでくれた。

山崩れに巻き込まれ、生き埋めになった時は、素手で掘り出し、彼女を背負って五キロ歩き病院へ運んでくれた。

その時、霞む視界の中で見た彼の横顔は、どこまでも凛々しかった。

その積み重ねの記憶により、初寧は本気で彼を愛してしまったのだ。

だからこそ、彼に贈り物を用意し、告白しようとした。

だが――書斎に足を踏み入れた瞬間、耳に入ったのは電話の声だった。

「東三条家の御曹司、いつまで子会社の社長ごっこを続けるつもりだ?お前なら何でも手に入るだろうに。

どうしてわざわざ鹿井家なんかに入社して、年収四千万の仕事を?まさか鹿井麗のそばにいるためか。昔、誘拐された時に支え合った恩義を返すために?」

千臣の声は冷たかった。

「麗がいなければ、俺は生きていなかった。だから必ず報いる」

「でもお前、鹿井家の次女とも婚約してるだろう?彼女のことが好きで、東三条家の嫁にしたいんじゃないのか?」

わずかに笑う声。

「ただのわがままな子供だ。我が家の妻には不釣り合いだ」

その一言一句が、鋭い刃となって初寧の心を切り裂いた!

千臣の心にいるのは、最初から麗だけだ。

初寧は――「躾ける」必要な愛人にすぎなかったのだ。

その瞬間、彼女は贈り物を窓の外へ投げ捨てた。

千臣という男を、もう好きでいるつもりはなかった。

婚約さえも、要らなかった。

目に涙をためながら、初寧は必死にこらえる。

その時、浴室のドアが開き、千臣が姿を現した。

彼女の赤い瞳を見て、一瞬動きを止めた。

「……少し強くしすぎて、泣いてたのか?」

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