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私を捨てた家族など、二度と振り返らない

私を捨てた家族など、二度と振り返らない

By:  シシリンCompleted
Language: Japanese
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大学の合格通知書が届いたその日。 家族のグループチャットに、お母さんから二枚のチケットの画像が送られてきた。 同じリビングにいるというのに、わざわざチャットで送りつけてきたのだ。 一枚は、帝都へと向かう飛行機のチケット。 搭乗者の名前は、私、白石結月(しらいし ゆづき)。 もう一枚は、西の港湾都市へ向かう新幹線の普通席チケット。 こちらの名前は、藤堂杏奈(とうどう あんな)。 「今回は特別に、あなたにはわざわざ飛行機を取ってあげたのよ」 お母さんはわざとらしく大きなため息をつくと、これみよがしに言った。 「杏奈ちゃんなんて、窮屈な新幹線に乗っていくっていうのに。これで私たちがひいきしてるなんて文句、もう絶対に言わせないからね」 リビングの隅では、お兄ちゃん、蒼大(そうた)が杏奈の荷造りを手伝っている。 彼女の大好きな地元の高級なお菓子や特産品が、大きなトランク三つにこれでもかと詰め込まれていた。 蒼大は私を忌々しそうに睨みつけ、鼻で笑う。 「全くだ。飛行機代がどれだけ高いと思ってんだよ。お前は昔から嫉妬深くてがめついからな。杏奈のチケットにまで難癖つけるんじゃないぞ」 私はただ静かに俯き、何も言い返さなかった。 だって、私は昨夜見てしまったから。 お父さんの書斎の机に置かれていた、あのファイルを。 そこには、新築の家具付き高級マンションの売買契約書と、本当の家族旅行のスケジュール表が挟まっていたのだ。 そう、彼らは家族総出で、杏奈を大学まで見送りに行く。 さらには、彼女の通う大学の目の前にある高級マンションを買い与えていた。 契約書の名義は、しっかりと杏奈のものになっていたのだ。 杏奈は、両親の親友の忘れ形見だ。 彼女が我が家に引き取られてからの8年間。 私はずっと、この家でまるで透明人間のように扱われてきた。 昔の私は、両親からのほんのわずかな愛情を拾い集めたくて必死だった。 どうして杏奈ちゃんにはあって私にはないのと、泣いて叫んで訴え続けた。 でも、今はもう痛いほどわかっている。 誰からも愛されない子供は、いくら駄々をこねて泣き喚いても、甘いお菓子をもらうことなんてできないのだ。 私は静かにスマホの画面をタップした。 そして、国際的な特殊研究機関が支援する、特別エリート留学生プログラムの同意書に迷うことなく電子署名をする。 学士から博士課程まで一貫した8年間のプログラム。 その間は一切の帰国が許されないという、厳しい条件付きだ。 ……ええ、あなたたちの望み通りにしてあげる。 私はこれから、二度と手の届かない遠い空の彼方へ飛び立つのだから。

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Chapter 1

第1話

「結月、聞いてんのか」

3つ目の大きなトランクのファスナーを乱暴に引き上げながら、蒼大が苛立ったように声を荒らげた。

「母さんがわざわざ飛行機のチケットを取ってくれたんだぞ。ありがとうの一言も言えないのかよ」

私はゆっくりと顔を上げ、蒼大を見た。

彼の額には汗がびっしりと滲み、着ているシャツの背中には大きな汗の染みができている。

それもそのはずだ。

今朝の朝食の席で、杏奈がぽつりとこぼした一言。

「向こうの大学に行ったら、もうこの町のお菓子も食べられなくなっちゃうな……」

たったそれだけの何気ない呟きを聞いて、蒼大は朝早くから動き出したのだ。

30度を超える茹だるような暑さの中、古い街並みの残る区画まで自転車を走らせ、あちこちの老舗を回って山のように銘菓を買い集めてきた。

帰宅してからも、中身が崩れないように丁寧に小分けにして箱に詰め直し、丸一日がかりで彼女のために精を出していた。

対して、昨日の私への扱いはどうだったか。

重い生理痛でベッドから起き上がれず、出かけるついでに鎮痛剤を買ってきてほしいと頼んだ私に対し、彼は心底面倒くさそうに吐き捨てたのだ。

「自分で動けるだろ。それくらいでいちいち俺をパシリにすんな」

――あの冷ややかな声と蔑むような目が、今でも胸の奥をチクチクと刺す。

私は伏し目がちに視線を落とすと、静かにスマホの画面をロックした。

「……ありがとう、お母さん」

感情を押し殺してそう告げると、お母さんがキッチンから綺麗にカットされたフルーツの乗ったお皿を運んできた。

お母さんは当然のように私の目の前を素通りし、一番美味しそうなメロンが乗った皿を杏奈の前にそっと置く。

「これからは少しは聞き分けのいい子になりなさいね。なんでもかんでも杏奈ちゃんと張り合おうとするんじゃないわよ」

その言葉を聞いた杏奈は、弾かれたように顔を上げた。

そして、戸惑ったような、ひどく申し訳なさそうな表情を作る。

「おばさん、結月お姉ちゃんにそんなこと言わないでください。

お姉ちゃん、帝都の大学に合格するためにあんなに頑張ってたじゃないですか。

だから、飛行機に乗るのは当然のことですよ」

……私は、杏奈が嫌いだ。

こういう風に、いつも物分かりのいい優しい子を演じて、私をかばうところが虫唾が走るほど大嫌いだった。

家族全員からの特別な愛情も、この家のお金も、すべての恩恵を涼しい顔で独占しておきながら。

まるで自分は何も欲しがっていないような、無垢で純粋な被害者のふりをするのだ。

この8年間、私は数え切れないほど泣いて、わめいて、不公平だと訴え続けてきた。

けれど、杏奈が大人しく従順に振る舞えば振る舞うほど、彼らの目には私がただの我がままで意地悪な姉にしか映らなくなる。

私の必死の訴えは、いつも彼女の涙や気丈な笑顔の前にかき消されてきた。

本当は、ただ少しでよかった。

彼らから、ほんの少しだけでも、愛してほしかっただけなのに。

……もう、いいや。

すっかり冷え切った心で、私は杏奈の芝居がかった気遣いをただ静かに見つめていた。

外はいつの間にか、バケツをひっくり返したような土砂降りの雨になっていた。

ガチャリと玄関のドアが開き、お父さんが入ってくる。

彼は全身ずぶ濡れだったが、腕の中に抱えた紙箱だけは、まるで宝物のように濡らさないよう大事に庇っていた。

「杏奈ちゃん、見てごらん!ずっと欲しがってたものを買ってきたよ」

リビングにいた杏奈が、目を輝かせて駆け寄る。

「これ、SNSで話題になってる期間限定のケーキじゃないですか!でも、あのお店っていつも二時間待ちじゃ……」

お父さんは顔についた雨水を無造作に拭いながら、たまらなく愛おしそうに微笑んだ。

「なんのこれくらい。杏奈ちゃんが食べたいって言うなら、何時間並んででも買ってきてあげるよ」

ふと、部屋の隅に座っている私に視線が向いたのか、お父さんの表情が一瞬だけ不自然に引きつった。

「あー……結月、ごめんな。俺の番でちょうど最後の一個になっちゃってさ。次こそはお前の分も買ってくるからな」

その言い訳を聞いたお母さんが、ギロリと彼を睨みつけ、苛立ったように小声で責め立てる。

「あなたって人は本当に気が利かないのね!

近くのコンビニで適当な安いケーキでも買って、とりあえず人数分揃えればよかったのに。

また結月がヒステリーを起こして暴れたらどうするのよ!」

声を潜めているつもりなのだろうが、その冷酷な言葉は一字一句違わず、私の耳の奥までしっかりと突き刺さっていた。

私はただ静かに、平坦な声で答える。

「別に。いらないから」

私が喚き散らさなかったことがよほど意外だったのか、リビングに一瞬、不気味なほどの静寂が落ちた。

無理もない。

以前の私なら、彼らからのほんの少しの愛情を巡って、目を真っ赤にしながら食ってかかっていただろうから。

どうして杏奈ちゃんにはあって、私にはないの。

そう叫んで、泣いて、暴れるのがいつものパターンだった。

お母さんが杏奈に可愛らしい新作のワンピースを買ってくれば、私も同じものが欲しいと駄々をこねて床を転げ回った。

私にはまったく似合わないデザインで、滑稽なピエロみたいに見えるとわかっていても、意地になってその服を着ていたのだ。

でも、もう奪い合うのにはすっかり疲れてしまった。

昨日の夜。

喉が渇いて水を飲みに起きた私は、お父さんの書斎の前を通りかかった。

ドアがほんの少しだけ開いていて、そこからお母さんの声が漏れ聞こえてきたのだ。

「例の、あの子の進学先にあるマンション、手続きは終わったわよね?

杏奈ちゃんを女の子一人で遠方の学生寮に入れるなんて、心配でたまらないわ。

もしルームメイトにいじめられでもしたらどうするの」

お父さんがそれに優しく答える。

「ああ、全部済ませたよ。名義もしっかり杏奈ちゃんのものにしてある」

「よし、それじゃあ家族みんなで新幹線に乗って見送りに行って、あの子の新居の飾り付けをしてあげよう」

お母さんはふと、深いため息をついた。

「このことは絶対に結月には内緒よ。あの子が知ったら、またキーキー騒ぎ立てるに決まってるんだから」

ドアの外でそれを聞いていた私は、全身の血が凍りつくような寒気を感じていた。

……そうか。

誰からも愛されない子供は、いくら泣いて喚いたところで、甘いお菓子をもらうことなんて絶対にできない。

ただ、うるさいと煙たがられ、疎まれるだけなのだと、ようやく悟ったのだ。

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松坂 美枝
松坂 美枝
毒家族からの脱出オメ話 両親のいない子を引き取ったからと何故実の娘に冷たく出来るのかはわからないが、養女もそこまで悪い子じゃないのがちょっとイラッとするんだよね(笑) 思うにあの3人も引っ越すなりして生活環境を変えなきゃいつまでもそのままなのではないだろうか
2026-10-07 10:44:27
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第1話
「結月、聞いてんのか」3つ目の大きなトランクのファスナーを乱暴に引き上げながら、蒼大が苛立ったように声を荒らげた。「母さんがわざわざ飛行機のチケットを取ってくれたんだぞ。ありがとうの一言も言えないのかよ」私はゆっくりと顔を上げ、蒼大を見た。彼の額には汗がびっしりと滲み、着ているシャツの背中には大きな汗の染みができている。それもそのはずだ。今朝の朝食の席で、杏奈がぽつりとこぼした一言。「向こうの大学に行ったら、もうこの町のお菓子も食べられなくなっちゃうな……」たったそれだけの何気ない呟きを聞いて、蒼大は朝早くから動き出したのだ。30度を超える茹だるような暑さの中、古い街並みの残る区画まで自転車を走らせ、あちこちの老舗を回って山のように銘菓を買い集めてきた。帰宅してからも、中身が崩れないように丁寧に小分けにして箱に詰め直し、丸一日がかりで彼女のために精を出していた。対して、昨日の私への扱いはどうだったか。重い生理痛でベッドから起き上がれず、出かけるついでに鎮痛剤を買ってきてほしいと頼んだ私に対し、彼は心底面倒くさそうに吐き捨てたのだ。「自分で動けるだろ。それくらいでいちいち俺をパシリにすんな」――あの冷ややかな声と蔑むような目が、今でも胸の奥をチクチクと刺す。私は伏し目がちに視線を落とすと、静かにスマホの画面をロックした。「……ありがとう、お母さん」感情を押し殺してそう告げると、お母さんがキッチンから綺麗にカットされたフルーツの乗ったお皿を運んできた。お母さんは当然のように私の目の前を素通りし、一番美味しそうなメロンが乗った皿を杏奈の前にそっと置く。「これからは少しは聞き分けのいい子になりなさいね。なんでもかんでも杏奈ちゃんと張り合おうとするんじゃないわよ」その言葉を聞いた杏奈は、弾かれたように顔を上げた。そして、戸惑ったような、ひどく申し訳なさそうな表情を作る。「おばさん、結月お姉ちゃんにそんなこと言わないでください。お姉ちゃん、帝都の大学に合格するためにあんなに頑張ってたじゃないですか。だから、飛行機に乗るのは当然のことですよ」……私は、杏奈が嫌いだ。こういう風に、いつも物分かりのいい優しい子を演じて、私をかばうところが虫唾が走るほど大嫌いだった。家族全員から
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第2話
「結月お姉ちゃん、このケーキ、半分こにして一緒に食べましょう?」杏奈が綺麗に切り分けたケーキの皿を差し出してきたが、私は見向きもせずに背を向け、自分の部屋へと歩き出した。「いらない」背後から、すかさず蒼大の嫌悪感もあらわな声が聞こえてくる。「放っておけよ、杏奈。あいつのあの捻くれた性格は今に始まったことじゃないだろ」自室に戻るなり、私はガチャリとしっかりとドアの鍵をかけた。ドア一枚を隔てた向こう側から聞こえてくる、あの和気あいあいとした団欒の笑い声を完全に遮断するように。部屋の隅にある勉強机に向かい、一番下の引き出しを引く。そこには、この8年間で彼らから「もらった」プレゼントがすべて収められている。たとえば、お父さんが出張のついでに適当に買ってきた、観光地によくある安っぽいキーホルダー。あれをポンと渡された日、私は飛び上がるほど嬉しくて、握りしめたまま一晩中眠れなかったっけ。でも後になって知ったのだ。同じ日、お父さんが杏奈に渡したのは、キラキラと輝く有名ブランドのブレスレットだったことを。お母さんが「流行遅れだから」と押し付けてきた、毛玉だらけのマフラー。蒼大が機種変更したときにお下がりで渡された、バッテリーのいかれたスマホ。彼らはいつもそうだった。杏奈に高価なプレゼントを買ってあげるたび、罪滅ぼしのように、こうやってゴミ同然のものを私にあてがって誤魔化してきたのだ。引き出しの一番奥には、古いアルバムがしまってある。ページをめくると、そこに写る家族写真の主役は、いつも可愛いドレスを着た杏奈だった。両親と蒼大に真ん中で囲まれ、まるでお姫様のように幸せそうに笑っている。対する私は、いつも一番端っこに追いやられていた。何枚かは蒼大の背中の影に隠れて顔の半分しか写っていなかったり、ピントすら合っていないものもある。以前の私なら、それでも捨てられなかっただろう。彼らからの愛情の欠片だと信じて、宝物のように大事にしていたから。けれど今は違う。私はそれらを乱暴に掴み取ると、ゴミ袋の中に容赦なくすべて放り込んだ。翌朝。せっかちにドアをノックする音とともに、お母さんの声が響いた。「結月、開けなさい。もうすぐ新生活が始まるんだから、ショッピングモールに足りないものを買い出しに
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第3話
一人でタクシーに乗り、近くの救急病院へ向かった。当直の医師は、私の傷だらけの手のひらを見るなり険しい顔をした。「傷口が深いですね。これは縫合処置が必要です」彼は私の背後をちらりと見て、気遣うように言った。「局所麻酔もしますし、破傷風のワクチンも打つので少し痛みますよ。……付き添いの方はいないんですか?」私は込み上げてくる涙を必死に堪え、平坦な声を作って短く答えた。「みんな、忙しいので」家に着いたのは、夜の8時を回った頃だった。玄関の前には、なぜか人だかりができていた。校長先生、担任の先生、それにカメラを持った広報担当らしき人たちの姿まである。私の姿を見つけるなり、お母さんがものすごい剣幕で近づいてきて、私の腕をガシッと掴んだ。「ちょっと、今までどこをほっつき歩いてたのよ!電話には出ないし、メッセージも無視して。こんなに大勢の人をお待たせして……!」周囲に聞こえないよう、歯を食いしばって声を押し殺しながら咎め、彼女は私の手首を強く握りしめた。そこはまさに、さっき縫ったばかりの手のひらのすぐ近く。「痛っ……」私が思わず顔をしかめて息を呑むと、お母さんはようやく私の手に巻かれた分厚い包帯に気がついた。担任の先生が心配そうに歩み寄ってくる。「結月さん、その手、どうしたんだい?」私が口を開くより先に、お母さんが慌てて私の肩を抱き寄せた。「あはは……ちょっと親子喧嘩しちゃいまして。うちの結月は昔から意地っ張りで困るんですけど、本当はとっても素直でいい子なんですよぉ」肩に回された腕から、お母さんの愛用している高級香水の匂いがふわりと漂ってきた。昔は、この匂いが大好きだった。お母さんが杏奈を抱きしめるたび、私はすぐそばに立って、この匂いをこっそり胸いっぱいに吸い込んでいたのだ。まるで自分も一緒にお母さんに抱きしめられているんだと、惨めな錯覚をするために。でも今は、鼻腔を突くその香りに、吐き気すらを覚える。私は無言のまま、お母さんの腕をそっと振り払った。お母さんの見事な愛想笑いが、その瞬間にピキッと固まった。気まずい空気を誤魔化すように、校長先生が咳払いをして、立派な目録の入った桐箱を差し出してきた。「結月さん。本日は、学校および特別教育財団からの吉報をお持ちしました。
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第4話
一瞬にして、リビングの空気が凍りついた。お母さんの目に浮かんだ明らかな動揺は、ほんの一秒で激しい怒りへと変わった。「結月!あんた、お父さんの書斎の書類を盗み見たわね!?いつからそんな卑しい子になったの!」杏奈の顔から、さぁっと血の気が引いていく。彼女は大きな瞳に涙をいっぱいに溜めて、慌てて立ち上がった。「お姉ちゃん、ごめんなさい……っ!私、おじさんとおばさんがマンションを買ってくれたことも、私の名義になっていたことも、本当に知らなくて……もしお姉ちゃんが嫌なら、私、あんなマンションいらない……っ!」「杏奈ちゃん、謝る必要はない」お父さんが低く威圧的な声で遮った。「あのマンションは、俺たちが自発的に君の将来のために用意したものだ。君が気にする必要は一切ない」お母さんも、杏奈を庇うように私の前に立ち塞がった。「結月、たかだかマンション一つでガタガタ言わないの!あなたは私たちと血の繋がった実の娘なんだから、将来はこの家の財産をきちんと残してあげるわよ。でも、杏奈ちゃんは違うでしょ?この子には両親がいないの。私はこの子のお母さんが息を引き取る時、ベッドの横で『杏奈ちゃんのことは一生私が守る』って誓ったのよ。だから特別な配慮をして当たり前じゃない!」私は、熱を失った冷たい目で、興奮して捲し立てるお母さんを見つめ返した。そして、かすれた声で静かに問いかける。「……じゃあ、私は?」お母さんは一瞬、ポカンと口を開けた。「は?あなたは何よ」「私には、両親がいるの?」その言葉に、蒼大が顔を真っ赤にして激昂した。「結月、お前ふざけるのも大概にしろよ!親不孝にも程があるぞ!毎日この家で飯を食って、快適な部屋に住まわせてもらって、今度の移動だってわざわざ飛行機のチケットを取ってもらったくせに!『私には両親がいるの?』だと?どの口がそんなこと言ってんだ!」私はグッと唇を噛み締めたが、心の奥底に澱のように溜まっていた感情は、もう抑えきれなかった。「……私がこの家に食べさせてもらってる?快適な部屋?」私は自嘲気味に笑い、彼らを一人一人見据えた。「高校三年間、私が住んでいたのは学校の安いボロ寮よ。その寮費だって、全部自分で勝ち取った奨学金で払ってきた。特別進学クラスの合宿費だっ
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第5話
「え……?」お母さんは蒼大からスマホをひったくると、ニュースに記載された便名を食い入るように見つめた。その瞬間、彼女の顔からスーッとすべての血の気が引いていく。「嘘よ、そんなはずないわ」震える指でメールボックスを開き、結月のために手配した帝都行きの電子チケットの控えを引っ張り出す。そこに記載されている便名と、ニュースの便名を、何度も、何度も、何度も見比べた。【スターライン航空 4922便】一文字の狂いもなく、完全に一致していた。見比べるたびに、お母さんの両手はガチガチと音を立てるほど激しく震え出した。隣に座っていた杏奈も青ざめた顔で身を乗り出す。「お、おばさん……大丈夫ですよ、お姉ちゃんが乗ってた飛行機じゃないかもしれませんし……」お父さんは無言のまま、顔面を蒼白にして私のスマホに何度も電話をかけていた。しかし、耳に押し当てたスマホから繰り返されるのは、無機質な機械音声だけ。「――おかけになった電話は、電波の届かない場所にいるか、電源が入っていないため、かかりません」彼らは急遽、新幹線を次の停車駅で飛び降り、反対方向の列車に乗り換えて、出発地点である南州空港へととんぼ返りした。引き返す道中。お母さんは窓の外を虚ろな目で見つめながら、数分おきにニュース画面を更新し続けた。墜落現場の黒煙を上げる無惨な映像がアップロードされるたび、彼女の目から大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。数時間後、彼らが空港のロビーに駆け込んだ時、そこはすでに異様なほどの悲痛な空気に包まれていた。あちこちで響き渡るすすり泣きと、怒号。連絡を受けた乗客の家族たちは特別会議室に集められ、航空会社のスタッフが必死に事態の説明と鎮静化に努めていた。「現在、スターライン航空4922便の墜落が確認されております。救助活動は全力で進行中ですが、搭乗者名簿の最終確認と安否の特定にはまだ時間がかかります。ご家族の皆様は、どうかご自宅に戻って連絡をお待ちください。弊社から必ず、必ずご報告いたしますので……っ」その言葉を聞いた瞬間、お母さんは狂ったようにスタッフに掴みかかった。「待ってられるわけないでしょ!!私の娘が乗ってるのよ!!あの子はまだ十八歳なのよ!!」スタッフが困惑し、慌てて同僚が宥めに入ろうとする。「奥
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第6話
航空会社の相談窓口から電話がかかってきたのは、翌日の夕暮れ時だった。その時すでに、お母さんは丸二日間一睡もせず、生ける屍のように虚ろな目でスマホを握りしめていた。着信音が鳴り響いた瞬間、彼女は文字通り電話機に飛びついた。「はいっ!!見つかったんですか!? 娘の結月は無事なんですか!?」「――奥様。搭乗者名簿を改めて確認いたしましたところ、白石結月様は確かにスターライン航空4922便のチケットを購入されておりました」その言葉を聞いた瞬間、お母さんの目の前が真っ暗になった。「ですが――」スタッフの次の一言で、彼女の思考は完全に停止した。「結月様は、当該便への搭乗手続きを行っておりません」リビングに、水を打ったような静寂が落ちた。お母さんは、流していた涙すら忘れてポカンと口を開けた。「……え? 今、なんと?」「結月様は、墜落した便には搭乗されておりません。空港のセキュリティ記録を確認したところ、彼女は同日午前、国内線ではなく国際線の出発ゲートを通過したことが判明しました。申し訳ありませんが、それ以降の渡航先についての情報は、弊社のシステムでは追跡できかねます」お母さんはまるで、深い海の底から急に引きずり上げられたかのように、ヒュッと息を吸い込んだ。しかし次の瞬間、さらに深いパニックの底へと突き落とされる。「国際線……? 外国に行った……?」彼女はスマホを握りしめたまま、うわ言のように繰り返した。「どうして外国に? あの子は帝都大学に入学するはずなのに……なんで……?」翌日。お父さんは自分の会社のツテやありとあらゆる人脈を駆使し、私が通っていた高校に何度も面会を求め、ようやく確かな情報を引き出すことに成功した。応接室で彼らを出迎えたのは、先日家に支援金を持ってきたあの校長先生だった。校長先生は二杯の熱いお茶を淹れて彼らの前にコトリと置くと、ひどく複雑な、そしてどこか哀れむような目を向けた。「……ご両親。いくらなんでも、親として結月さんのことに無関心すぎませんか」「え……?」「結月さんはね、世界的な特殊研究財団が主催する『国際エリート留学生プログラム』の同意書にサインしたんですよ。全国でたった二枠しかない超難関を、彼女は独学のコンクール実績と面接だけで勝ち取ったんです。
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第7話
それから、8年の歳月が流れた。私が祖国の地へ降り立った日、季節はすでに秋の深まりを告げていた。空港から手配されたハイヤーに乗り込む際、同じ研究チームの先輩がドアを開けてくれながら、からかうように笑った。「結月博士、八年ぶりの帰国だけど、少しは緊張してる?」私は静かに微笑むだけで、何も答えなかった。スケジュールは分刻みで埋まっていた。上層部が社運を懸けて推進する、海外からの最先端技術導入プロジェクト。その中核メンバーとして、私は翌日には新しい研究所での勤務をスタートさせた。お昼休みのことだった。オフィスの下にあるカフェでコーヒーのテイクアウトを待っていると、背後からひどく戸惑ったような声が聞こえた。「……お姉、ちゃん?」振り返ると、そこには杏奈の姿があった。昔のような、庇護欲をそそる純真でか弱い少女の面影は、もうどこにもない。仕立てのいいグレーのパンツスーツを身に纏い、控えめなメイクを施した彼女の顔つきには、社会の荒波に揉まれて培われた逞しさと、ほんの少しの疲労感が滲み出ていた。あれから長い月日が経って。よもや自分が、彼女とこうして向かい合って穏やかにコーヒーを飲める日が来るなんて、想像もしていなかった。「上の階のIT企業で働いてるの?」私は彼女の胸元で揺れる社員証に目をやった。「うん。数年間ずっと営業でドサ回りをやってて、この前やっとサブリーダーに昇格したんだ」杏奈はアイスコーヒーのグラスの中の氷を、ストローでカラカラと掻き回した。「……おばさん、ここ数年ですっかり体を壊しちゃって。最近は記憶もだんだん曖昧になってきてるんだ。私、月に一度はあの家へ様子を見に行ってるんだけど……玄関を開けるたびに、私のことを『お姉ちゃんが帰ってきた』って勘違いして抱きついてくるの」そこまで言うと、彼女の目尻がうっすらと赤く染まり、声が震え始めた。「結月お姉ちゃん。結局のところ、家族を壊したのは私のせい。お姉ちゃんが私のことを一生許せなくて、憎んでいたとしても、当然だと思う」彼女は小さく深呼吸をして、すがるような目で私を見た。「でも、もし時間があるなら……一度だけでいいから、おばさんに会ってあげてくれないかな。毎晩毎晩、ベランダのあの薄暗い仕切り部屋に座り込んで、誰が止めても出てこようとしな
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第8話
昔は私の顔を見るたびに眉間にシワを寄せて「鬱陶しい」と言い放っていたあの蒼大が。今は青ざめた顔で、まるで幽霊でも見たかのようにその場に立ち尽くし、ブルブルと震えている。ただならぬ物音に気づき、お父さんも慌てて駆け寄ってきた。そして、私の顔をはっきりと視界に収めた瞬間、彼の全身も石のように強張った。「結月……?」それは、とてもか細い、すがるような声だった。ほんの少しでも声を荒らげれば、私が幻のように消えてしまうか、すぐに背を向けて逃げ出してしまうとでも思っているかのように。突然、お母さんがドアの隙間から腕を伸ばし、私の袖口をガシッと掴んだ。「結月……っ、寒くない!?お腹は空いてない?お母さん、うどんを作ってあげる!あなたが小さい頃に大好きだった、卵とじうどんをすぐに作ってあげるからっ……!」私は、袖を掴むその手を静かに見下ろした。骨と皮ばかりになったその手は、痛いほど私の服を握りしめ、小刻みに震えていた。……ああ。子供の頃の私は、お母さんがこうやって私の手を引いてくれる日を、どれほど待ち望んでいただろう。「寒くない?お腹空いてない?」そのたった一言の温かい言葉をかけてもらうだけで、私はきっと、一週間は有頂天になって喜んでいたはずだ。でも、彼女のその言葉は。私に届くまでに、あまりにも長い、長すぎる年月がかかってしまった。今になってその言葉を聞いても、私の胸の奥に広がるのは、ひどく薄味で淡い哀愁だけだった。私はお母さんの手を振り払うことはせず、静かに答えた。「寒くないわ」その瞬間、お母さんの目から堰を切ったように涙が溢れ出した。目の前にいるのが幻覚ではなく、本物の娘なのだとようやく確信したように。彼女は両手で顔を覆い、その場に崩れ落ちるように泣き崩れた。「結月……っ!ごめんなさい、お母さんが悪かったの……っ!お母さんが、本当に……本当に、馬鹿だった……っ!」リビングは、あの頃から大きく様変わりしていた。けれど同時に、何一つ変わっていないようにも感じられた。古びていたソファは新しいものに買い替えられている。そして壁の一番目立つ場所には、私が高校三年生の時に表彰された、あの立派な「最優秀特待生」の賞状が額縁に入れられて飾られていた。その周囲には、私の写真がこれで
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第9話
そのたった一言に。お母さんは雷に打たれたように固まった。まるでその場に見えない釘で縫い付けられたかのように動けなくなり、唇をわななかせ、しばらく声も出せずにいた。やがて、彼女の口から堰を切ったような激しい嗚咽が漏れ出した。「結月……っ、お母さん、どうしたらいいの……っ?あなたに償いたいのに、何からどう償えばいいのか、もうわからないのよ……っ。あなたが小さい頃にどんな惨めな思いをしていたか、今になって思い出すと……もう、自分が恨めしくて、死んでしまいたいくらい……っ!」彼女はそれ以上言葉を続けられず、着ていたエプロンの裾をちぎれんばかりに握りしめて泣き崩れた。私は彼女の白髪交じりのつむじを見下ろしながら、自分の心の中を探ってみた。不思議なことに、あれほど望んでいたはずの「復讐を果たしたような爽快感」は、微塵も湧いてこなかった。昔は、こんな日が来ることを数え切れないほど夢見ていた。彼らが後悔に苛まれ、泣き喚いて、私に許しを乞う姿を。でも、実際にその光景を目の当たりにして、ようやくわかった。どれだけ深い悔恨の涙を見せられたところで、壊れた過去が元通りになるわけじゃない。彼らの涙は、私に「お前はあの時、確かにゴミのように見捨てられたのだ」という残酷な事実を、ただ再認識させるだけだった。「……お母さん」私がその呼び名を口にしたのは、8年ぶりのことだった。お母さんが弾かれたように顔を上げた。その涙に濡れた瞳に、すがるような小さな希望の光が灯る。私は静かに、凪いだ海のように穏やかな声で告げた。「昔のことは、もう全部終わったことよ。私には今、私の新しい生活があるの」その瞬間、彼女の瞳の光はスッと音を立てて消え失せた。お父さんがたまらず身を乗り出してきた。「結月、すぐに許してくれとは言わない!ただ、ほんのたまにでいいから、こうして顔を見せに帰ってきてくれないか……一緒にご飯を食べるだけでもいいんだ……っ」蒼大も、目を真っ赤に充血させて絞り出すように言った。「俺を殴っても、罵ってくれてもいい。俺が最低だった。お前にやるべきだったものを全部他人に貢いで、お前のことを我慢が足りないなんて責めて……一番馬鹿で、わからず屋だったのは……俺の方だったんだ」私は彼らの悲痛な懺悔を聞き
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