LOGIN律は車椅子の上で、石像のように固まっていた。ただ、涙だけが音もなく頬を伝い落ちている。彼はついに悟ったのだ。彼が「運命の巡り合わせ」だと信じて疑わなかったものは、すべて私が長い時間をかけて仕組んだ「筋書き」に過ぎなかったのだ。「その後、男の子の『高嶺の花』が帰国して、すべてが変わったわ。女の子はそれでも彼を愛していた。惨めなほど卑屈に、哀れなほど一途にね。ある日、彼が病に倒れるまでは。腎臓移植が必要なほどの重病だった。女の子は彼を怖がらせたくない一心で、病状の深刻さを隠し、ちょっとした問題だと嘘をついた。でも裏では、実家の海外コネクションを総動員して、手段を選ばず、破格の値段を支払い、最短で完璧に適合するドナーを見つけ出したの。その腎臓があれば、彼の命は助かるはずだった。けれど、男の子は病院から連絡を受けた時、どうしたと思う?彼は迷うことなく、自分の命を救うはずだったその腎臓を、右から左へと、自分の『高嶺の花』に譲り渡してしまったのよ。女の子が泣きながら問い詰めた時、彼は事もなげにこう言い放ったわ。『たかが腎臓一つだろ?何をそんなに焦ってるんだ。お前が今すぐ死ぬわけでもあるまいし』」律の胸が激しく上下する。彼は口をパクパクと開け、酸素を求める魚のように大きく喘いでいた。彼はようやく理解したのだ。自分がどれほど滑稽で、どれほど愚かで、そしてどれほど許しがたい罪を犯したのかを。彼が自らの手で握り潰したのは、単なるドナーの腎臓ではない。自分のことで頭がいっぱいで、彼のためならすべてを捧げようとした女の子の、最後の希望と愛だったのだ。彼が永遠に失ったのは、彼女の情熱に満ちた人生そのものだった。「俺は……」彼は何かを言おうとしたが、言葉にならなかった。私は静かに彼を見つめていた。私の心に残っていた過去へのわずかな執着も、彼の慟哭と共に、完全に煙のように消え失せてしまった。私は立ち上がり、バッグを手に取る。「お話は、これでおしまい」もう彼を見ることはなかった。ただ平坦な声で告げる。「行って」彼からは瞬時に血の気が引き、瞳の奥に残っていた最後の光さえも消え去った。すべてが終わったことを、彼は悟ったのだ。もう二度と、取り返しがつかないのだと。彼は全身の力を振り絞って車椅子のリムを回し、枯れ木のように脆く、砕
私の心を動かそうと、彼は必死になって過去を紐解き始めた。かつて私が宝物のように大切にしていた、甘い思い出の数々を一つずつ数え上げていく。細部に至るまで、彼は鮮明に覚えていた。この追憶こそが、私の中に残るわずかな愛を呼び覚まし、心を軟化させると信じて疑わないのだろう。彼は私を見つめる。その瞳は期待に満ち溢れていた。けれど、私はただ静かに耳を傾けるだけ。表情には何のさざ波も立たせない。彼が語り終えると、カフェの中は再び沈黙に包まれた。長い静寂の後、私はすっかり冷めきったコーヒーを、一口だけ含む。そして瞼を上げ、彼の縋るような視線を真っ向から受け止めると、ゆっくりと口を開いた。「律、あなたに一つ、話をしてあげる」彼は呆気にとられた顔をした。なぜ突然そんなことを言い出すのか理解できないようだ。私は彼の驚愕を無視し、独り言のように語り始めた。「昔々、あるところにとても小さな女の子がいた。ある年の冬、雪がひどく降りしきる中、彼女は両親に連れられて縁日へ出かけ、酷い人混みの中ではぐれてしまったの。彼女は喧騒の街角に一人取り残された。凍えるような寒さの中、雪が頬に落ちてくる。家への帰り道もわからず、恐怖でただ泣くことしかできなかった。世界中から見捨てられたような気分だったわ。そんな最も無力で絶望していた時、数歳年上の男の子が歩み寄ってきて、飴玉を一つ差し出した。そして、寒さで赤くなった小さな手で彼女の手を引いて、こう言ったの。『泣かないで。お巡りさんのところへ連れて行ってあげるから』」ここまで話すと、律の身体がビクリと震えた。その濁った瞳に、信じられないといった光が走る。私は構わず続けた。「その後、女の子は無事に家に送り届けられた。けれど、その男の子の面影と掌の温もりは、種のように彼女の心に深く植え付けられたわ。あの日から、男の子は彼女の世界で唯一の光になった。女の子は大人になっても、あの男の子のことを片時も忘れなかった。そしてついに、あるパーティーで彼と再会したの。彼はすらりと背の高い、誰もが振り返るような美青年に成長し、多くの人に囲まれる輪の中心にいたわ。それに引き換え彼女は、帰国したばかりの、まだ何者でもない地味な女の子。彼女は彼に夢中になった。あらゆる手段を使って近づこうとしたわ。彼の好みを調べ上げ
あの日の午後、私は研究室を出て、キャンパス内のカフェへホットラテを買いに向かった。カフェの窓際、そこには一台の車椅子が止まっており、一人の男が深く沈み込むように座っていた。厚手のウールのコートを羽織っているものの、その下にある肉体のあまりの薄さと衰えは、隠しようもなかった。頬はげっそりと削げ落ち、肌は長患いの病人特有の土気色をしている。眼窩は窪み、唇はひび割れ、全身が濃密な死の影に覆われていた。だが、私には一目でわかった。それが、律であることを。ただ平静に数秒間彼と視線を交わし、何事もなかったかのようにふいと目を逸らした。コーヒーを受け取るとすぐにきびすを返し、別の出口から立ち去ろうとする。彼とはこれ以上、関わり合いになりたくなかった。「澪……行かないでくれ……頼む……」彼の声には、壊れ物のような哀願が滲んでいた。車椅子のタイヤが木の床を転がる微かな音が、背後から追いかけてくる。私は足を止めた。だが、振り返りはしない。「少し……話せないか?」彼は乞うように言った。「五分だけでいいんだ」しばらくの沈黙の後、私は観念して振り返り、彼の方を向いた。至近距離で見ると、その憔悴ぶりは先ほどよりも際立っていた。首筋には何やら医療用のチューブが挿入されているらしく、タートルネックの襟で辛うじて隠されている。かつては常に不遜な光と苛立ちを宿していたその瞳には、今や濁りきった、卑屈な懇願の色しか残っていない。私は小さく頷き、隅にある人気のないボックス席を指差した。彼はあえぐように車椅子を操作し、その動きはひどく緩慢で、見るからに骨が折れそうだった。私は向かいの椅子を引いて腰を下ろし、コーヒーカップをテーブルに置く。両手を組み、ただ静かに彼を見つめ、彼が口を開くのを待った。「君は……」彼は口を開き、喉仏を一度上下させて、ようやく声を絞り出した。「元気……そうだな」それは問いかけではなく、事実を述べる口調だった。私を見る彼の瞳には、自嘲めいた苦渋が浮かんでいる。「おかげさまで」私は淡々と答えた。その声色からは、いかなる感情も読み取れないようにして。その言葉は鋭い針となって、彼の心臓を深く抉ったようだ。彼の顔色は瞬時にさらに青ざめ、身体の震えが止まらなくなる。「すまない……」彼はうなだれ、溜息の
「彼の病状、かなり深刻なようです」弁護士は誰かに聞かれるのを恐れるかのように、声をひそめた。「もう末期だそうで、週に何度も透析を受けているとか。人相が変わるほど痩せこけ、今ではほとんどベッドから離れられない状態らしいですよ。何より致命的なのは、彼の血液型が極めて特殊だという点です。いわゆるレアな血液型で、国内のドナーバンクを探しても適合する腎臓が一つも見つからない。ここ半年、桐島家はあらゆるコネを使い、懸賞金を九桁まで吊り上げましたが、それでも適合者は見つかっていません」それを聞いても、私の心は凪いだままだった。因果応報、ただそれだけのこと。彼は自らを救い得た唯一のドナーを自らの手で突き放したのだ。今さら求めても得られないのは、誰のせいでもない。「ですが、ここからが本題です」弁護士の声色が、急に熱を帯びた。「傑作なのは、あの優奈という女ですよ!律が病に倒れてからというもの、彼女は最初こそ病院で甲斐甲斐しく世話を焼き、毎日泣き暮らして深情けを演じていました。ところが裏では早々に弁護士を雇い、律名義の財産をこっそり移し始めていたんです。病気で意識が混濁していると高を括っていたんでしょう。ですが律もさるもの、とっくに彼女を疑って手を打っていました。先日、彼が買い与えた不動産を彼女が売却しようとした現場を、律の部下が押さえたことで全てが露見したんです。律はその場で激昂して発作を起こしましたが、最後の力を振り絞って、優奈のここ半年の動向を徹底的に洗わせました」そこで言葉を切り、弁護士は堪えきれないといった様子で吹き出した。その声には、明らかな嘲笑が滲んでいる。「夏目様、何が出てきたと思います?あの優奈、そもそも病気などではなかったのです!病院の検査報告書はすべて金で偽造させたもの。彼女は最初から、腎臓移植など必要としていなかったんですよ!」コーヒーカップを持つ指先が、わずかに止まる。眼底に、納得の色が過った。やはり、そうか。「では……私へのドナーはどうなったの?」私は白々しく尋ねた。「そこが一番の傑作なんですよ」弁護士は笑いを噛み殺した。「調査によれば、彼女は裏ルートを通じて、そのドナーを数千万という高値で、急を要する富豪に売り払っていたんです。その金でブランドバッグを買い漁り、都心に高級マンショ
指先で画面をスワイプし、迷いなく通話を切る。世界が瞬く間に、静寂を取り戻した。私は座席の背もたれに深く身を預け、アイマスクを引き下ろして、自らを完全なる闇へと沈めていく。飛行機の轟音は、私を苛立たせるどころか、過去三年の間に降り積もった疲労も、不条理な扱いで受けた傷も、行き場のない悔しさも、すべてを粉砕し、地上から連れ去ってくれるようだった。十数時間のフライト。かつてないほど安らかな眠りだった。悪夢を見ることもなければ、飛び起きることもない。律のことすら、一度も脳裏をよぎらなかった。飛行機が滑らかに着陸し、ハッチが開く。潮の香りが混じった、まったく見知らぬ土地の空気が鼻腔に流れ込んでくる。私は大きく息を吸い込んだ。肺の中まで洗い流され、生まれ変わったような気がした。携帯の電源を入れる。予想通り、無数の未読メッセージと不在着信の通知で端末がパンクしそうになり、画面は三十秒以上もフリーズしたままだった。一件たりとも見る気になれない。私はSIMカードを抜き取ると、指先で力を込めた。小さなチップはパキッという小気味よい音を立てて折れる。それを、傍らのゴミ箱へと無造作に放り込んだ。まるで、腐臭を放つ過去を捨て去るように。空港の外には、父が手配してくれた車がすでに待機していた。運転手が恭しくドアを開け、私の荷物を受け取る。心は凪いだ湖のように静かだ。こここそが、私の本当の家なのだから。車は最終的に、世界トップレベルの大学が所有する、独立型レジデンスの下に停まった。翌日から、私は緊張感に満ちた、けれど充実した研究生活へと没頭した。私が参加するプロジェクトは、業界最先端の研究課題であり、三年間棚上げにしていた私の夢そのものだ。久しぶりの現場に多少のブランクは感じるものの、骨の髄まで染み込んだ情熱と才能は錆びついていない。毎日図書館とラボに籠もり、世界最高峰の頭脳たちと議論を交わす。その一日一日が、無上の充足感で満たされていた。その間、国内の弁護士から一度だけ連絡があった。律が、離婚届へのサインを拒否したという。「先方はかなり興奮されておりまして……離婚には同意しない、と。それに……あなたが戻ってくるのを待つ、などと申しております」弁護士の声には、困惑の色が滲んでいた。「じゃあ、裁判を
彼女は身体をくねらせて笑い転げている。私の顔が絶望と崩壊で歪む様を、今か今かと待ち構えているようだ。だが、私はただ静かに彼女を見つめ返し、小さく頷いただけだった。「うん、わかった」優奈の笑い声が、ピタリと止む。まるで幽霊でも見たかのように、信じられないという目で私を凝視した。「反応は……それだけ?」「それ以外に何があるの?」私は淡々と問い返した。「泣きついて、律を返してくれとでも懇願してほしいわけ?」「なっ……」彼女は言葉を詰まらせ、顔を真っ赤に染める。私は立ち上がり、冷然と彼女を見下ろした。「あなたが欲しいもの、全部あげるわ。せいぜい、落とさないように気をつけることね」言い捨てると、私はもう彼女に一瞥もくれず、踵を返して病室を出た。背後から、ヒステリックな金切り声と、何かが砕け散る音が響いてくる。それ以来、律が家に帰ってくる頻度は目に見えて減った。弱き「高嶺の花」の世話と、会社の激務の板挟み。彼は見る見るうちにやつれていった。単なる過労だと思い込んでいる彼は、自分の身体が蝕まれていることになど微塵も気づいていない。そして私に、それを教えてやるつもりは毛頭なかった。ある日、彼は私の手首を掴み、どこか縋るような、脆さを孕んだ瞳で訴えてきた。「澪、苦しいんだ……」私は冷ややかに手を振りほどき、水の入ったコップを差し出す。「水でも飲みなさいよ。そのうち治るわ」かつて彼が私をあしらった時の言葉を、そのまま彼に突き返してやったのだ。律の顔色が、瞬時に土気色に変わる。だが彼は何も言わず、ただ黙って水を飲み干した。その日から、私を見る彼の眼差しには、探るような色と不安が混じるようになった。私の変化を感じ取ってはいるものの、確信が持てないのだろう。だが彼は知らない。これがほんの序章に過ぎないことを。優奈が退院する日、律はわざわざ休暇を取って迎えに行った。彼女が一番好きなシャンパンローズの花束を買うのだと言って、早朝から浮き足立って出かけていった。楽しげに去っていくその後ろ姿を見送ると、私は用意していたスーツケースを取り出した。そして書斎へ向かい、引き出しから三つの物を取り出す。私の署名が済んだ離婚届。律の末期尿毒症の診断書。そしてもう一つ、私の中絶手術