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第8話

Author: ちょうどよい
電話を受けた瞬間、彰良はすでに車を走らせて病院へ向かっている。

ハンドルを握る指先には力が入り、関節は白く強張っている。全身が制御不能なほど震えている。

彼は無理やり自分を落ち着かせ、猛スピードで病院へ駆けつけた。

そして、人混みの中で震えている私の姿を、一目で見つけ出した。

彰良は大股で歩み寄り、走るかのような速さで私の前まで来た。

私の足もまた、自分の意志とは無関係に動いている。気がつくと、彼の胸に飛び込んだ。

男の手のひらは大きく、片手で私の腰を抱き寄せ、そのまま自分の方へ引き寄せた。

圧倒的な安心感が私を包み込んだ。

彼の胸板があまりに熱いからか、それとも、鼻をくすぐる香りが懐かしすぎるからか。

あるいは、腰に添えられた手の力が、震える私の体を支えてくれるほど力強いからか。

「美羽が……美羽がいなくなっちゃったの。今、先生に防犯カメラを確認してもらってる」

私は顔を上げた。涙で視界がぼやけ、止めどなく溢れ落ちた。

「怖がるな。美羽は絶対に大丈夫だ。俺が一緒に探してやる」

彼の腕が私をさらに強く抱きしめた。私の頭を撫でながらなだめるその声があまりに揺るぎ
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  • 腐れ縁の終着点   第8話

    電話を受けた瞬間、彰良はすでに車を走らせて病院へ向かっている。ハンドルを握る指先には力が入り、関節は白く強張っている。全身が制御不能なほど震えている。彼は無理やり自分を落ち着かせ、猛スピードで病院へ駆けつけた。そして、人混みの中で震えている私の姿を、一目で見つけ出した。彰良は大股で歩み寄り、走るかのような速さで私の前まで来た。私の足もまた、自分の意志とは無関係に動いている。気がつくと、彼の胸に飛び込んだ。男の手のひらは大きく、片手で私の腰を抱き寄せ、そのまま自分の方へ引き寄せた。圧倒的な安心感が私を包み込んだ。彼の胸板があまりに熱いからか、それとも、鼻をくすぐる香りが懐かしすぎるからか。あるいは、腰に添えられた手の力が、震える私の体を支えてくれるほど力強いからか。「美羽が……美羽がいなくなっちゃったの。今、先生に防犯カメラを確認してもらってる」私は顔を上げた。涙で視界がぼやけ、止めどなく溢れ落ちた。「怖がるな。美羽は絶対に大丈夫だ。俺が一緒に探してやる」彼の腕が私をさらに強く抱きしめた。私の頭を撫でながらなだめるその声があまりに揺るぎないからか、不思議と冷静さを取り戻すことができた。私たちは防犯カメラの映像を隅々まで丹念に調べた。そしてついに、美羽の行方を突き止めた。彼女は見知らぬ女性に手を引かれ、連れ去られていた。「車のナンバーは、はっきり映ってる?」取り繕っていた冷静さが崩れ去り、私は思わず彰良の手を握りしめた。「安心しろ。すぐに調べさせる」彰良の顔色も優れないが、彼は私の手を握り返し、無言で寄り添ってくれた。時間が果てしなく引き延ばされたかのように感じられ、一秒一秒が不安の棘となって私を刺した。どうしても悪いことばかり考えてしまう。美羽は手術を終えたばかりなのに。もし何かあったら、私はもう生きていけない。「大丈夫だ。俺がついてる」彰良は私を抱き寄せた。「通報はすでに済ませた。警察署で知らせを待とう」彼が車の情報を突き止め、警察は全力で捜査を進めた。そして、美羽が失踪してから五時間が経過した頃、ついに彼女は無事に保護された。連れ去ったのは精神障害を持つ女性だった。美羽は亡くなった自分の娘に似ていたため、眠らせて連れて行ったのだという。私の腕の中に戻ってきた美羽は、

  • 腐れ縁の終着点   第7話

    静まり返った長い廊下。分割された窓ガラス越しに日差しが降り注ぎ、大理石の床に舞う微細な埃がダイヤの欠片のようにきらめいている。彰良は足早に近づくと、無言で私の手首を掴んだ。その力は強く、思わず痛みを感じるほどだ。彼の吐息は重く、何度か唇を震わせながらも、言葉を絞り出せなかった。「……それで、どうするつもりなの?」私は頭を上げ、抑揚のない声で聞いた。「私がどうなろうと、もうあなたには関係のないことよ」あの頃、恥も外聞も顧みず、彼を「雲の上」から無理やり引きずり下ろしたのは私だった。彰良が私を愛しているなんて、一度も思ったことはない。彼はただ、金と権力に抗えず、私のようなブスに屈しただけなのだ。もし私なら、この忌まわしい過去を深く埋め戻してしまいたいと願うだろう。あるいは、もしあの頃の私の体が、中絶さえできないほど弱くなければ、美羽を産むことも、私たちの腐れ縁を長引かせることもなかったはずなのに。「ごめんね。あの頃のことは、すべて私が悪かったの。あなたの人生に汚点を残すべきじゃなかったの。あなたに、私のような人間と……」私は自嘲気味に笑い、その先を飲み込んだ。「私や美羽のために、時間を無駄にする必要はない――」「俺が、自ら望んだことだとしたら?」遮るもののない彼の声が、私の耳に直接流れ込んできた。呆然とする私に、彼はもう一度繰り返した。「俺が望んでやったんだ、絵里。俺はわざとやった。君が思ってるほど正直で潔白な人間じゃない。君から金を受け取るのを心底楽しんでたし、屈辱なんて感じたことは一度もなかった。このカードに四千万円入ってる。あの時君に借りた分と利息を合わせた全額だ。これを返せば、俺たちは金で繋がってる関係じゃなくなる」彼は強引にカードを私の手に押し付けた。胸の奥がツンと痛み、私は微笑んでそれを受け取った。「……わかったわ。これで完済ね。私たち、もう貸し借りなしよ」背を向けて立ち去ろうとした瞬間、彼は再び私を強く引き止めた。彰良は何度も荒い呼吸を繰り返し、その声には嗚咽が混じっている。「金銭関係は片付いた。……じゃあ、感情の方はどうなんだ?」心臓が不意に掴まれたような衝撃に、目の前がくらんだ。私はその場に立ち尽くし、一歩も動けなくなった。数えきれないほどの記憶が脳裏を

  • 腐れ縁の終着点   第6話

    「私はもう結婚しています。あなたももうそういうお年でしょう。安心してください。今日のことはなかったことにします。美羽には母親の私しかいません。今後、二度とあなたの前には現れませんから」彰良の呼吸が詰まった。胸のあたりに、冷たい風が吹き抜けるような感覚がした。彼は呼吸を乱しながら、震える声を必死に抑え込んだ。「……俺をもてあそぶのはそんなに楽しいのか?そんなに付きまとわれるのが怖いのか?」私の腕を掴む彼の指先に、じわじわと力が込められている。「本当のことです。戸籍謄本は家にあります。必要なら写真を撮って送りましょうか」――嘘ではない。あの年、海外にいたシングルマザーの私は、周囲から少なからぬ蔑みの目で見られていた。隣人は私と同じ出身地の男性だった。彼は重い病で先が長くないことを悟り、老いた母親を安心させるためにと、私にお金を払って籍を入れたのだ。死に際、彼は財産の半分を私に遺し、母親の面倒を見てほしいと私に託した。一年前、彼の母親も亡くなった。それを機に、私はようやく帰国した。その時、美羽が目を覚まし、病室の中から私を呼ぶ声がした。果物を食べたいと言う彼女のために、私は買い出しに出ようとした。彰良は私より先に店へ向かった。果物屋の店主が、入荷したばかりの大きくて甘いマンゴーを勧めてきた。私はそれを断った。「マンゴーはやめておきます。子どもがアレルギーなんです」彰良の手がピタリと止まった。アレルギー体質――それは、美羽が彼から受け継いだものだ。帰り道、彼は無言で私の後ろをついてきた。そして突然、掠れた声で問いかけた。「……美羽は、知ってるのか?」「いいえ。知らせるつもりもありません」彼は口をつぐみ、それ以上は何も言わなかった。病室に戻ると、私は入り口を塞ぐようにして立った。「小寺山社長、お忙しい身でしょう。こんなところで時間を無駄にしないでください」露骨な退散の要求だ。彼は何も言い返さず、驚くほど素直にその場を立ち去った。正直なところ、再会がこれほど静かなものになるとは思わなかった。二人が交わした言葉は、十句にも満たない。問い詰められ、争い、罵倒されるものだとばかり思っていた。けれど、彼は何も言わなかった。――これで望み通りでしょう、舞華。私は心の中で自嘲した

  • 腐れ縁の終着点   第5話

    午後の日差しはあまりに強く、滝のように我先にと室内へ流れ込んできた。その日差しに照らされた男の顔は、非常に眩しく、ぼんやりと見えた。私は彰良の表情を読み取ることができず、ただ自分の鼓動が爆発音のように耳元で大きく鳴り響くのを感じている。彼は足早に私の前まで来ると、逃げ道を塞ぐように立ちはだかった。彼が持っている親子鑑定結果報告書に思わず目を向けると、心の中はパニックに陥った。――彰良は何を調べていたのか。これほどまでに早く動いていたというのか。私が「桑島絵里ではない」としらばっくれさえすれば、彼にはどうすることもできないと思い込んでいた。まさか、美羽の正体までもが、すでに彼の手に落ちていたなんて。「……絵里」聞き慣れた声が、私の意識を現実へと引き戻した。彰良との距離は50センチにも満たない。漆黒の瞳が、獲物を仕留めるかのように私を射抜いている。そこには猛烈な嵐が吹き荒れようとしている。「説明してくれるんだろうな?」彼の声は掠れている。注意深く聞けば、わずかに震えているのがわかる。かつての冷静さは、どこにもない。思わず身をかわそうとしたが、彼の長い腕に囲い込まれ、私はその場で硬直した。そのもつれた空気を断ち切るかのように、手術室の重い扉が勢いよく開いた。「稲崎美羽さんのご家族は?」医師が呼んでいる。「私です!先生、美羽はどうなりましたか?」私は慌てて駆け寄った。瞳に涙があふれた。「手術は非常にスムーズに進みました。まもなく目が覚めますので、中に入って様子を見てあげてください。ただし、しばらくの間は入院して経過を観察する必要があります。入院期間中に問題がなければ、基本的には一安心してよいでしょう」その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた心がようやく解き放たれ、安堵の涙が頬を伝い落ちた。ふらつく足取りで病室に入ると、美羽はすでに目を開けていた。彼女は大人しく、小さな手を差し出して私の手を握り、微笑みを浮かべた。「ママ……美羽、もう治ったの?」私は涙を浮かべながら頷いた。視界の端に、後を追って入ってきた彰良の姿が映った。美羽は彼に気づき、「おじさん、こんにちは」と行儀よく挨拶をした。彰良は微笑んだが、その笑みはどこか苦しげだ。彼は私たちの時間を邪魔することなく、私が美羽を

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    その一言を聞いて、私は全身の血の気が引くのを感じた。体が硬直し、動けなくなった。彰良が立ち上がると、彼が纏う冷たさを帯びたメンズ香水の香りが漂ってきた。それは翼のように私を包み込みながらも、息が詰まるような圧迫感を与えた。彼は居丈高に私を値踏みし、その視線はまるで実体を持っているかのように熱く私を焼きつけた。まるで、あの日――私が彼に札束を叩きつけ、「犬になれ」と言い放ったあの瞬間が再現されたかのようだ。ただ、今回無様に打ちのめされているのは私の方だ。彼が私に向けて叩きつけているのは、言葉にできない無念の訴えが入り混じった眼差しだ。「……失礼します、小寺山社長」私は喉がこわばり、声が震えないよう必死に抑えた。「人違いです」私は彼の手を振りほどき、飛ぶような速さで退職願をデスクに投げつけた。今はもう他のことなど構っていられない。逃げるようにしてオフィスを飛び出した。あの日以来、私は非常に慎重に日々を過ごしている。彰良が再び現れるのを恐れ、美羽を連れて引っ越す準備まで始めていた。けれど、思い直した。すべては過去のことだ。私が彼の生活を乱すことはないし、彼もまた、かつて骨の髄まで憎んだ女に執着し続ける必要などないはずだ。そう考えると、胸を締め付ける不安が、ようやく少しだけ晴れていった。ただ、夜に美羽の世話をしている時、彰良と瓜二つの顔を見つめると、どうしても苦い思いがこみ上げてくる。意識が遠のき、ふと彰良と初めて会った時のことを思い出した。私と彼の腐れ縁は、ある夏の夜、一枚のティッシュから始まった。あの時の私は、継母からの電話を受けた直後だった。彼女は、家に入り込んだばかりの隠し子が、亡き母が私のために遺してくれた基金を奪い取ったことを自慢げに話していた。私は怒りに任せて罵声を浴びせたが、涙は制御を失ったかのようにこぼれ落ちた。ひどく蒸し暑い夜だった。数えきれないほどの羽虫が耳元で不快な音を立て、肌を伝う粘りつく汗に吐き気を催した。呼吸をするたびに窒息しそうな、そんな夜。彰良は、その時に現れた。背筋を真っ直ぐに伸ばし、安っぽく無骨なスーツを着ていたが、彼はそれを大人のような颯爽とした力強さで着こなしていた。冷たく清らかな香りを漂わせ、一本の青竹のように立つ彼の姿は、夏の焦燥を一

  • 腐れ縁の終着点   第3話

    全身の血が一瞬にして凍りついた。緊張のあまり、強く握りしめた私の手のひらは、べっとりと汗ばんでいる。「小寺山社長、それは話をそらしているのですか? 私の言ったことが図星すぎて、言い返せなくなったと?」私は顔を上げ、あえて食ってかかるような言い方で、彰良の荒唐無稽な疑念を断ち切ろうとした。彼は明らかに二秒間、黙り込んだ。その二秒が、私の心臓を果てしなく引き絞った。「……君の言う通りだ。俺が間違ってた」彼はふんと鼻で笑った。自嘲するような、どこか物憂げな響きだ。そう言い残すと、彼は背を向けて立ち去った。翌日、私たちはいつも通りに仕事をしている。彰良が姿を現しても、私に一切視線を向けることはなく、まるで昨日の出来事など存在しなかったかのようだ。終業間際、秘書の渡部快人(わたべ かいと)がオフィスから出てきたが、その顔色は芳しくない。彼は小声でぼやいた。「社長、今度は一体どうされたんだ。急に大学の同級生を調べろだなんて……」「大学の同級生」という言葉が私の耳に飛び込み、心に津波のような衝撃が押し寄せた。「渡部さん、社長が探しているのはどなたですか?もしかすると、私も知っている方かもしれません……」私は声を絞り出すようにして尋ねた。「ああ、そうだ。君たち二人ともM大出身だったな。桑島絵里(くわしま えり)という女性だ」彼はさらに好意でプリントアウトした写真を裏返して、私に見せてくれた。写真の中の少女は、ファンデーションを厚く塗りたくっている。けれど、その下にある青黒いアザは、まるで悪魔の爪のように顔にへばりつき、今にも浮き出てきそうだ。――彰良が、私を探している!その事実は棘のように心に突き刺さり、不安はますます募るばかりだ。そのため、昼時にいつものように彰良にオフィスへ呼び出された時も、私はまだ意識がもうろうとしている。彼のためにコーヒーを淹れている間、彼の冷ややかな視線に強烈な探究心が混じっているのを感じた。「稲崎、君もM大だったな。何学部だ?……君には、どこか見覚えがある」全身がこわばり、私は必死にコーヒーカップを握りしめた。呼吸さえ震えている。「……メディア学部です。学生時代に何度かボランティア活動に参加していたので、もしかするとその時に社長とお会いしていたのかもしれません

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