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第5話

作者: ひと粒の麦
ある日、ゴミ出しのためにマンションの下へ降りた時だった。突然、背後から腕を掴まれる。

険しい顔をした清也が、そこにはいた。「答えろ。莉子をどこに隠した?」

病院の近くで莉子が失踪し、清也は雪乃が莉子を拉致したと決めつけた。

「莉子を恨んでいるのは君だけだ。君以外に誰がいる?」

雪乃はその言葉を荒唐無稽だと思った。

「忘れたの?篠原さんを一番恨んでいるのは私じゃなくて、あなたでしょ?」

清也の目は一瞬にして殺気立ち、今まで見たこともないほど残虐な本性を露わにした。

「どうやら、君を甘やかし過ぎたようだ」

清也は背後のボディーガードに手で合図を送った。

数人のボディーガードが雪乃の体を取り押さえ、海辺へと強制的に連れ出した。

雪乃の頭は、容赦なく冷たく刺すような海水へと押し付けられた。

窒息感が全身を包み込んだ。

意識が遠のきかけたその時、乱暴に頭が水面から引き上げられた。

「げほ……っ、ごほっ!」

「どこだ?」清也の声は氷のように冷え切っていた。

雪乃は必死に息を吸い込んだが、肺に逆流した海水が焼けつくように痛んだ。

「もう一度聞く。莉子はどこにいる?」

激しい咳き込みで声も出せず、雪乃はただ赤く充血した瞳で清也を睨みつけた。

次の瞬間、またもや雪乃の頭は海中に押し付けられた。

何度も、何度も。

清也は雪乃を水に沈め、浮かべ、また沈めることを繰り返した。

息が詰まるたびに意識は遠のき、せっかく癒えかけた心の傷口がまた大きく裂けるようだった。

雪乃がもう終わりだと死を覚悟したその時、清也のスマホが鳴った。

「社長、病院付近で篠原さんを連れ去ったのは、かつてのライバル会社の……」

電話を切ると、清也は急いで車に乗り込んだ。ビーチの上で濡れそぼり、咳き込んでいる雪乃を一瞥だけした。

「妻を病院へ送らせろ。いい医者に診てもらうんだ」

そう、ボディーガードに冷たく投げつけると、車は猛スピードで去っていった。

ボディーガードが歩み寄ってきた。「奥様、社長の命令ですので、病院へ送ります」

雪乃は地面に手を突き、よろよろと立ち上がった。

「必要ない」

ふらつく足取りでその場を去った雪乃は、すぐに警察に電話をした。

「もしもし、事件です……」

清也が莉子を捜すのに躍起になっているなら……

好きにさせるつもりはなかった。

……

警察署に着くと、すぐ後ろに付いてきた清也の姿があった。

清也は雪乃を冷たい目で見て、怒りを押し殺したように言った。

「雪乃、誤解は解いたんだから、もういい加減にしろ!

莉子がまだ見つかってない。君にかまっている暇はないんだ!」

「いい加減?」雪乃は顔を上げ、掠れた声で言った。「あなたの時間は貴重で、篠原さんの命は重要で、私はゴミだとでも?」

清也は不機嫌に黙り込んだ。やがて弁護士が駆けつけた。

全てを弁護士に任せると、帰ろうとする清也は見下すように雪乃を鼻で笑った。

「ここから動きたくないなら、そのまま一生反省していればいい」

弁護士は警察にこう告げた。「こちらの方は藤堂社長の奥様です。ご夫婦の間で少し行き違いがあっただけで、事件性はありません」

結局、雪乃は「偽計業務妨害」の罪で、3日間の拘留処分となった。

弁護士が要求したからだった。「藤堂社長のご意向ですので、『妻であっても例外は認めず、法的に処理してほしい』とのことです」

しかし、雪乃は留置所に入ってわずか30分も経たぬうちに、清也の手によって釈放されることになった。

留置所を出ると、車に寄りかかって待っていた清也の姿があった。

「大事な人を救わなくていいの?わざわざ私なんかの面倒を見に来るなんて暇ね」

清也は答えず、無言で雪乃の手首を掴むと、力ずくで車に押し込んだ。

車は一路、人里離れた廃工場へと向かった。

雪乃が車から引きずり下ろされると、清也は叫んだ。「妻を連れてきたぞ!莉子を放せ!」

雪乃の体が一瞬で凍りついた。すべてを悟ったからだ。

自分を釈放したのは、犯人と引き換えにするためだったのだ。

清也の横顔を見つめると、雪乃の心の中に残っていた僅かな愛情さえ完全に消え失せた。

一人の男が意識のない莉子を車椅子に乗せ、物陰から現れた。莉子の首元に刃物が突きつけられている。

「藤堂、新しい女も結局は古い女には勝てないんだな」

清也は振り返り、雪乃に済まなさそうな顔をした。

「ごめんよ雪乃、あとで必ず埋め合わせをする」

雪乃は冷ややかに笑った。「清也、本当に虫唾が走るわ」

清也は顔を背け、暗がりに隠れた。

そしてまた、目の前の犯人に向き直った。

「妻は連れて行っていい。だがもし莉子に一つでも傷をつけたら、お前の家族全員、後悔することになるぞ」

「家族全員だと?ははは……」

犯人は狂ったように笑い出した。

「藤堂、地獄を見るのはお前だ!以前、俺の土地を奪って破産に追い込んだな。妻とも離れ離れにされたんだ!だから、お前も最愛の女も、ここで最期だ!」

犯人が叫び、手元のスイッチを押した。

ドーン!

爆発音が響き、火柱が上がる。廃工場は大きく揺れ、石材や鉄筋が崩れ落ちた。

犯人が怯んだ隙に、清也は走り出し、蹴り飛ばした犯人に落ちていた鉄パイプを容赦なく叩きつけた。

犯人はその場に倒れ込んだ。

一方で、雪乃は崩れ落ちた巨大なコンクリートの下敷きとなり、身動きが取れなくなっていた。

莉子を抱き抱え、脱出しかけていた清也は、雪乃の横を通りかかってふと歩を止めた。

腕の中の莉子、そして下敷きになった雪乃を一瞬だけ見比べた。

火の勢いは強まり、濃い煙が喉を締め上げ、天井からは破片が降り注ぐ。

迷いはなかった。

「雪乃、すぐ戻る。絶対に助けに戻るから、信じてくれ」

清也はそう言って、莉子を抱きしめたまま迷うことなく外へと駆け出した。

煙の中に消えていく背中を見ながら、雪乃は痛々しい笑みを浮かべた。

信じろって?

そんなこと、とっくにできなくなっていた。

廃工場から逃げ延び、安全地帯に莉子を置いた清也は、戻ろうとしていた。

しかし、背後から凄まじい轟音が響き、目の前の廃工場が完全に崩落した。

噴き上がる業火が、愕然と立ち尽くす清也の顔を真っ赤に照らし出していた。

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