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第23話

Auteur: 心閲
伊織に断られたあの日から、彰紀はそれまでの短気で怒りっぽい性格をすっかり捨て去り、厚かましくも彼女の側にまとわりつくようになった。

仕事もそっちのけで、毎日彼女の後をつけ回す。伊織がどこで公演しようと、必ずそこに現れる。

ついには、隣家の老婦人から家を買い取るという、あきれるほどの所業にまで及んだ。彼女の隣人になろうというのだ。

伊織は心底驚くと同時に、心底うんざりした。

ある夜、伊織は後ろにずっとついてくる男の姿を見て、とうとう我慢の限界に達した。

「一体、何がしたいの?」

「もう言ったでしょ、あなたのことは好きじゃないって!わからないの!?」

以前の伊織がこんな風に彰紀に言えば、彼はすぐに袖を引いて去っていったものだ。

しかし今の彼は、自尊心などまるで気にしていない。それを踏みにじられるのも厭わなかった。

整った顔は微かに笑みを浮かべて、言う。

「お前の安否が心配なんだ。側にいないと、どうしても気が済まなくて……」

……まったく、頭がおかしくなったのか。

伊織は話にならないと悟り、もうどうでもいいと思った。

まっすぐに玄関のドアを開け、パンッと彰紀を閉め出した。

しばらくして、またインターホンが鳴った。

伊織は怒りを爆発させた。

「彰紀、いい加減にして!もう言ったでしょ、あなたとは……」

言葉を続ける間もなく、彼女は突然言葉を詰まらせた。

訪ねてきたのは彰紀ではない。出張で半月も留守にしていた佑樹だったのだ。

佑樹の笑みが口元で固まり、次第に顔色が険しくなっていく。

「川井が来てたのか?」

あの男め、いつまでたってもしつこい!出張から戻ったら伊織に想いを伝えようと、ずっと心に決めていたのに!

ようやく伊織がネットで声明を出したと知り、佑樹は彼女が完全に諦めたのだと確信した。やっとチャンスが巡ってきたと思ったのに……

なんと、あの男がまた戻ってきていたとは!

佑樹は真っ赤なバラの大きな花束を抱えたまま、その場に立ちすくみ、進むべきか退くべきかわからなかった。

伊織は呆然として尋ねた。

「先輩……これは……?」

佑樹は一瞬呆けたが、伊織の玄関先に一輪また一輪と置かれたバラの花束を見て、すべてを悟った。彰紀はすでに行動を開始していたのだ。

じっと手をこまねいているわけにはいかない。

佑樹は思い切って花束を伊織の
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