LOGIN高橋悠斗(たかはし ゆうと)と別れてから10年目の同窓会。みんな立派になって、思い出話で盛り上がっている。 クラスのマドンナだった後藤夏美(ごとう なつみ)が、いきなり私に謝ってきた。「梓、ごめんね。実はあの時、悠斗のお母さんの恥ずかしい写真を流したのは、私だったの。 ただ、悠斗があなたをどれだけ信じてるか試したかっただけ。別れさせるつもりはなかった。でもまさか、彼があなたを振って、私を当てつけに使うなんてね。 もう10年も前のことだし、気にしてないよね?」 スーツ姿で今や大企業の社長になった悠斗が、みんなの輪の中で、ふいに手に持ったお酒をこぼした。 私は穏やかな笑みを浮かべたまま、末期がんの診断書をそっと隠した。 「もちろん気にしてないよ」 だって、もうすぐ死ぬんだから。 今さら気にしたって、意味ないでしょ?
View More悠斗の後ろで、大泣きしながらも必死に唇をかみしめている楓を見て、複雑な気持ちになった。なんだか、昔のあの悲劇が繰り返されているみたい。でも、私は夏美じゃない。だから、私ははっきり言った。「悠斗、人って、いつまでも過去にとらわれてたら成長できないよ。あなたのこと、憎まないし、許しもしない。だって、あなたにはその価値すらないから。口では私のそばにいるためだなんて言ってるけど、結局は自分の欲望を満たしてるだけじゃない。昔も今も同じこと。今私のために柴田さんを捨てることは、昔、夏美のために私を捨てたことと比べて、別に立派なことでもなんでもないわ。それに、もうあなたにチャンスをあげるつもりはないの」「どうして!」いつもは落ち着き払っている悠斗が、私の目の前でなりふり構わず怒鳴りつけている。「梓、君のために俺はやったんだ。役員みんなの反対を押し切って、無理やり後藤家の株価を暴落させた。今や夏美の家は完全に破産して、彼女は一夜にして全てを失った。それどころか、莫大な借金まで抱えているんだ。もう君の仇は討ったんだ。なのに、どうして俺に少しの望みさえくれないんだ?」でも私は、愛と憎しみが入り混じった彼の顔をじっと見つめて、ふと笑ってしまった。「いい加減にして、悠斗。本当に私のために復讐をしたいなら、真相を知ったあの瞬間に、夏美と後藤家に手を出してたはずよ」悠斗は、はっと息を飲んだ。でも私は止まらない。言葉で彼をじわじわと追い詰めていく。「でも、あなたはそうしなかった。もしかしたら前から計画はしてたのかもしれない。でもあなたは、私の気持ちを晴らすために、その場で動くようなことは絶対にしない人なのよ。私が欲しかったのは、その場でスッキリすることだったのに。だからわかる?あなたのその、ふらふらしてて、何かを天秤にかけるような愛なんて、これっぽっちも私が欲しかったものじゃないの。だから、これからひとつだけ約束して。もう二度と、私に会いに来ないで。だって私は、一生、もうあなたの顔なんて見たくないから!」悠斗は、魂が抜けたみたいに去っていった。ずっと彼の後ろで、大粒の涙を流し、しまいには声を殺してむせび泣いていた楓のことにも、気づかずに。楓も悠斗について行くと思ったけど、突然私のベッドに近
私の話は、そこでいったん区切りを迎えた。でも、だれも反論なんてできなかった。「実はあの時、悠斗のお母さんの恥ずかしい写真を流したのは、私だったの」と、夏美が酔ってこぼした言葉。私のスマホが、その音声をずっと流し続けていたから。しかも私が配信している間、夏美からのメッセージもひっきりなしに届いていた。最初は脅すような内容だったのに、最後には必死に許しを乞うものに変わっていった。そのやり取りのすべてを、私は配信の最後に、ひとつ残らずみんなの前にさらけ出した。その瞬間、ネットの空気はがらりと変わった。【うわっ、後藤って女、マジでやばいな。10年前のことでまだ懲りずに、また人をいじめるとか、最低すぎる!】【柴田さんってあいつの親友じゃん。柴田さんが高橋さんって人を好きになったのを逆恨みして、誰かを使って拉致させたって噂だよ。柴田さんが心を病んだのは、ひどい目に遭わされたからで、岩崎さんのせいじゃなかったんだ!】【てか高橋って男もロクなやつじゃないな。ちょっと吹き込まれただけで、長年の幼なじみを悪者だって決めつけるなんて、バカなんじゃないの?】【バカなんじゃなくて、もう手に入れたからどうでもよくなったんだろ。たぶん、とっくの昔に後藤とデキたかったんだよ。写真の件はただのキッカケじゃん】【岩崎さん、かわいそうすぎる。こいつらのせいで、人生を台無しにされたんだね……】カメラに向かいながら、私は夏美をののしるコメントをひとつひとつ目で追った。10年も胸につかえていた恨みが、やっと少しだけ晴れた気がした。でも、忘れるわけがない。私の人生を壊したのは、あの女だけじゃない。もうひとり、悠斗がいるんだから。肺の痛みがどんどんひどくなる。とうとうこらえきれず、私はカメラの前で、いきなり血を噴き出してしまった。この突然の出来事に、配信を見ていた人たちは度肝を抜かれた。【うわっ、大丈夫?すぐに病院に行ったほうがいいって!】【私、この人と同じマンションかも。今から様子を見に行ってくる!】【あれ、これは、末期がんって診断された患者さんとそっくりな症状……】【うわ、マジだ!私末期がんの症状、見たことある!】コメント欄は、私の病状を心配する言葉であふれかえった。でも、私にはもう返事をする力なんて残っていなかった。
手持ちの金目のものをぜんぶ売って、なんとかお金をかき集めた。それで、評判のいい私立探偵にお願いしたの。お願いして2日も経たないうちに、証拠が見つかった。やっぱり、私を貶める書き込みをしていたのは夏美だったんだ。後藤家と悠斗はビジネスで付き合いがあった。夏美は、とあるパーティーでこっそり彼のスマホを盗み見て、あのメッセージを見つけたんだ。それに彼女は「楓の親友」を自称してる。だから楓のために、どうしても力になりたかったみたい。それでわざと話を大げさにして、私が楓を病気にした犯人だってみんなを誘導したんだ。だけど、証拠を手に入れただけじゃ不十分だった。私は冷静にライブ配信を始めた。私の名前ってだけで配信を見にきて、わけもなく悪口を書き込むコメントを眺めながら、調査でわかった事実を淡々と話し始めた。案の定、はじめは私の味方をしてくれる人もいた。でもすぐに、【本当に何もしてないなら、どうして相手はあなたをそこまで陥れようとするの?】って疑う声がでてきた。【あなただって、高橋さんとヨリを戻したいって気持ちが、少しはあるんじゃないの?】あっという間に流れていくそのコメントを目で追って、私はふっと笑ってしまった。「そう、どうして彼女は、私にそこまで執着するんでしょう?高橋さんみたいに、ハイスペックで一途で、おまけに私に未練がありそうな素敵な独身男性を前にして、どうして平気でいられるんですか?これから話すことを聞いてもらえれば、たぶん、みなさんにもわかると思います」私と悠斗は、確かに、色んないみで幼なじみだった。彼の父親・高橋充(たかはし みつる)も私の父も消防士で、命を預けあうほどの親友だったんだ。でもある火事で、充は父をかばった。それで、落ちてきた梁が直撃して、そのまま帰ってこられなかったんだ。このことは、父にとって一生の心の傷になった。彼はすごく責任を感じて、それからは悠斗のことも自分の本当の息子みたいに育てた。そして私と悠斗も、毎日一緒に過ごすうちに気持ちが深まっていって、いつも二人でいた。でも、そんな毎日は長く続かなかった。2年後、父が大きな火事に巻き込まれて、そのまま帰ってこなかった。父に頼りきりだった母は、ショックで心を病んでしまった。そして、マンションから飛び降りたの。それを学校帰り
「これ……どういうこと?」一瞬、悠斗は息をのみ、足を止めた。そして、信じられないって顔で私を見ていた。私が黙っていると、悠斗はとっさに私の肩をつかんだ。そして、その大きな文字をすごい剣幕で指さして、どなりつけた。「聞いてるんだ、これ、どういう意味だって!なんともないのに、どうして自分のお墓なんて買うんだ。梓、教えてくれ。何かあったのか?」今にも壊れてしまいそうな悠斗の瞳を見ていると、胸に苦いものがこみあげてきて、複雑な気持ちになった。でも、私はぐっと涙をこらえて、冷静に言った。「別に、深い意味はないよ。私みたいに親も親戚もいない、一人ぼっちの人間が、自分の死んだあとのことを準備するのは当たり前でしょ。もし急に死んじゃったら、だれが後始末してくれるっていうの?」ちょっと自分を笑うような私の言葉に、悠斗はほっとしたみたいだった。でも、やっぱり私を責めるように言った。「ばかなこと言うなよ。たとえ俺たちが一緒になれなくても、俺にとってはずっと、家族みたいな大切な人なんだ。もし何か困ったことがあったら、俺が絶対に助けるから」彼の言葉は、胸を打つくらい本気だった。でも私は、無理やり鎮静剤を打たれて目じりに涙を浮かべている楓に目をやった。そして冷静に言った。「悠斗、もし本当に、私に対して少しでも悪いと思ってるなら……もう、他の人を私みたいにしないで」必死でもがいていた楓は、私の言葉を聞いて、ぴたりと動きを止めた。悠斗はその場で固まっていた。そして、何の未練もなく去っていく私の後ろ姿を、いつまでもぼうぜんと見つめていた。家に帰ってから、翔太に最新の検査結果をもらった。残された時間は、もう2ヶ月もなかった。私はその事実を静かに受け止めた。そして、いつも通りに制服に着替えてバイトに行った。それから2週間ほどは、不気味なくらいに、穏やかな日が続いた。楓がまた来ることはなかった。悠斗からのメッセージも、以前ほどは来なくなった。たまに、様子をうかがうように【一緒にご飯でもどうかな】って聞いてくるだけ。【君は以前、ステーキが大好きだったよね。おいしい店があるんだ。どうかな?】【前にスキーをやってみたいって言ってなかった?町の北のほうに新しいスキー場ができたんだ。一緒に行かないか?】彼が送ってくるお誘いの
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