純化の塔は、想像以上に巨大だった。白い大理石で築かれた塔身は雲まで届き、表面には完璧な幾何学模様が刻まれている。美しいが、どこか息苦しさを感じさせる建築物だった。「警備が厳重ね」セリアが塔の周囲を観察する。詩団の兵士たちが整然と配置され、侵入者を警戒している。しかし、五人と自由詩の翼のメンバーたちは、多様な戦術で突破口を開いていく。「《風よ、道を示せ》」「《影よ、我らを隠せ》」「《大地よ、足音を消せ》」様々な詩が組み合わさり、巧妙に警備網をかいくぐっていく。統一された守備に対して、多様性の攻撃は予測困難だった。ついに塔の内部に侵入すると、そこは一面の白で統一されていた。壁も床も天井も、すべてが純白。装飾は一切なく、ただ機能的な美しさだけがある。「息が詰まりそう……」トアが苦しそうに言う。『生命感がありません』ティオの心の声も沈んでいる。『完璧すぎて、人間らしさがない』塔の内部では、詩団の研究者たちが『言語純化』の実験を行っていた。捕らえられた人々から、方言や感情表現を機械的に取り除いている。「ひどい……」エスティアが涙を流す。「人から個性を奪うなんて」「止めましょう」ユウリが前に出る。五人は研究施設を次々と破壊し、捕らわれた人々を解放していく。自由詩の翼のメンバーたちも、それぞれの得意な詩で支援する。「ありがとう……」解放された老人が方言で感謝を表す。「やっと、故郷の言葉で話せる……」「お疲れ様でした」幼い少女が敬語で挨拶した後、急に笑顔になって言い直す。「ありがとう、お兄ちゃんたち!」人々が本来の言葉を取り戻していく光景は、五人の心を温かくした。だが、塔の最上階からは依然として威圧的な魔力が放たれている。純血の詩聖が待っているのだ。「行きましょう」ユウリが階段を見上げる。「最後の戦いよ」螺旋階段を登りながら、サクラが詩聖について説明した。「詩聖の本名はユリウス・パーフェクト」彼女の声は重い。「元々は地方出身の花紋者でした」「地方出身?」「彼の故郷は、独特の方言で有名な村でした」サクラが続ける。「でも、都市部で方言を馬鹿にされ、深く傷ついた」「それで……」「方言を恥じるようになり、やがて完璧な標準語しか認めなくなった」「自分の出身を隠し、『完全な詩』の追求に人生を
地下アジトに響く戦闘の音。純血詩団の兵士たちが、統一された動きで侵入してくる。彼らの詩は機械的で正確だが、どこか冷たく感じられた。「《標準攻撃詩・第三形式》」兵士たちが一斉に詠唱する。同じ詩文、同じ韻律、同じ感情——完全に統一された魔法だった。しかし、自由詩の翼のメンバーたちは違っていた。それぞれが異なる言葉で、異なる感情を込めて戦っている。「《故郷の風よ、我が心に宿れ!》」「《燃えろ情熱、砕けろ鎖!》」「《静寂の中に、雷鳴を響かせん》」多様な詩が空間に交錯し、美しくも混沌とした戦場を作り出す。「すごい……」トアが感嘆する。「みんな違う詩を使ってるのに、ちゃんと連携してる」「これが本来の詩の姿よ」サクラが戦いながら説明する。「統一された美しさじゃなく、多様性の中にある調和」五人も戦闘に参加する。彼らの詩もまた、それぞれの個性を活かしたものだった。ユウリの雷は力強く、セリアの光は優しく、トアの花は美しく、エスティアの咎読は複雑で、ティオの沈黙は深い。しかし、純血詩団の兵士たちは数が多い。統一された戦術で、じわじわと押し込まれていく。「このままでは……」サクラが苦戦する。その時、アジトの最奥から新たな敵が現れた。白い詩聖服をまとった人物——純血詩団の幹部だった。「『多様性』だと?」幹部が冷笑する。「雑音の間違いだろう」彼が魔導書を開くと、アジト全体に『統一の詩』が響いた。すべての音を同じ周波数に合わせようとする、恐ろしい魔法。自由詩の翼のメンバーたちが、一人ずつ同じ詩を唱え始める。個性を失い、機械的な詩人になってしまう。「やめて!」エスティアが叫ぶ。「個性を奪わないで!」彼女の咎読が幹部の統一詩を読み取り、その構造を解析する。すると、意外な事実が判明した。「この詩……無理やり作られてる」エスティアが震える。「本当は、もっと美しい詩だったのに、人工的に歪められてる」「何だと?」「あなたたちの『完全な詩』は、実は不完全よ」セリアが続ける。「感情を排除した詩に、本当の美しさはない」幹部の表情が歪む。「黙れ!我々の詩こそが完璧なのだ!」だが、その時——アジトの一角で、小さな声が響いた。「ママ、怖いよ……」統一の詩に呑まれながらも、幼い子供が本能的に感情を表現したのだ。その純
七日間の航海を経て、五人はついに東の大陸に到着した。港町の風景は、これまで見てきたものとは大きく異なっていた。建物は独特の曲線を描き、屋根は鮮やかな青と金で彩られている。人々の服装も色とりどりで、街全体が活気に満ちているはずなのに——「静か過ぎるわね」セリアが不安そうに呟く。確かに、港には人影がまばらだった。いるのは一様に灰色の服を着た人々ばかり。誰も笑顔を見せず、小声で話している。「おかしいな」レオンが眉をひそめる。「僕が出発した時は、もっと賑やかだったのに」港の入国管理所で、五人は厳重な検査を受けた。係官が無表情で書類をチェックし、一言ずつ話すたびに記録を取っている。「目的は?」「観光です」「滞在期間は?」「未定です」「使用言語は?」最後の質問で、ユウリが困惑する。「使用言語?」「この大陸では、『標準詩語』以外の使用が制限されています」係官が機械的に説明する。「方言、外来語、感情的表現は禁止です」エスティアが小声で呟く。「これが言葉狩りね……」ようやく入国手続きを終えた一行は、街の宿屋に向かった。しかし、街の様子はさらに異常だった。店の看板はすべて同じ書体で書かれ、人々の会話は単調で感情がない。子供たちでさえ、決められた言葉しか使っていない。「いらっしゃいませ」宿屋の主人が棒読みで挨拶する。「標準的な宿泊をご提供いたします」部屋に案内された五人は、小声で作戦会議を開いた。「想像以上にひどい状況ね」セリアが窓の外を見る。「言葉の多様性が完全に失われてる」『人々の表情が死んでいます』ティオの心の声も暗い。『感情を表現できないから、心も閉ざされてしまっている』「純血詩団の本拠地はどこなの?」トアがレオンに問う。「街の中央にある『言語純化センター』です」レオンが地図を広げる。「そこで、『不純な言葉』の検査と矯正が行われています」エスティアが立ち上がる。「じゃあ、まずはそこを調べましょう」「咎読で、センターの中の情報を読み取れるかもしれない」翌朝、五人は街を散策しながら情報収集を始めた。しかし、すぐに監視されていることに気づく。灰色の制服を着た『言語監視官』が、街のあちこちで人々の会話を監視していた。不適切な言葉を使った者は、即座に連行されている。「ママ、お腹すいた」
言葉の救済団が設立されてから三年の月日が流れた。世界各地の実験施設はすべて解放され、被害者たちも新しい人生を歩み始めている。五人は今、魔法図書館本館の新館長室にいた。エルドラドが引退し、ユウリが新しい館長に就任していたのだ。「館長さん、次の救済任務の報告書です」ラクリマが書類を持ってくる。彼女は今や救済団の副団長として、なくてはならない存在となっていた。「ありがとう、ラクリマ」ユウリが書類に目を通す。「また新しい実験施設が見つかったのか」「いえ、今回は違います」ラクリマが微笑む。「元実験体の子供たちが、自分たちで学校を作ったという報告です」「学校を?」「『言葉の学校』と名付けて、正しい魔法の使い方を教えているそうです」ラクリマが嬉しそうに続ける。「『愛の魔法しか教えない』って決めて」ユウリの顔に笑みが浮かぶ。かつて救った子供たちが、今度は他の人を救う側に回っている。これこそが、本当の救済の意味だった。セリアが紅茶を淹れながら言う。「素晴らしいニュースね。私たちの努力が、ちゃんと実を結んでる」彼女は今、救済団の医療部門長として活躍していた。実験で傷ついた心と体を癒す専門家として、多くの人から信頼されている。「私も、新しい咎読技術の研究が成功したわ」エスティアが報告書を見せる。「今度は、人の『隠された才能』を読み取る技術よ」彼女の咎読は、今では多くの人の可能性を引き出す力として使われていた。自分に自信を持てない人たちに、隠れた才能を見つけてあげるのだ。『僕の沈黙詩も、新しい応用方法を見つけました』ティオの心の声が響く。『心に傷を負った人の、『言葉にならない痛み』を癒すことができるんです』彼は今、救済団のカウンセリング部門で活躍していた。言葉にできない苦しみを抱えた人たちの、心の支えとなっている。「私は、記憶回復の新技術を開発してるの」トアが嬉しそうに報告する。「失われた『幸せな記憶』だけを、選択的に回復させる方法よ」彼女は記憶治療の専門家となり、多くの患者を救っていた。辛い記憶はそのままに、美しい記憶だけを蘇らせる技術は画期的だった。五人それぞれが、自分の特技を活かして世界をより良くしている。かつての痛みや苦しみも、今では人を救う力に変わっていた。「そういえば」ユウリが思い出したように
原初の詩が復活してから一週間後、世界は大きく変わり始めていた。黙詩派の呪いが解けたことで、封印されていた言葉の力が人々に戻ってきた。五人は魔法図書館本館で、司書長のエルドラドと今後について話し合っていた。「君たちのおかげで、世界は救われた」エルドラドが深々と頭を下げる。「しかし、まだやるべきことが残っている」「やるべきこと?」ユウリが問う。「黙詩派の実験で苦しんでいる人たちが、世界中にいる」エルドラドが地図を広げる。「彼らを救い、本当の言葉を取り戻させる必要がある」地図には、実験施設の場所が赤い点で示されている。その数は、想像以上に多かった。「こんなにたくさん……」トアが息を呑む。「私たちと同じような子供たちが、まだ苦しんでるのね」エスティアが拳を握る。『放っておけません』ティオの心の声も決意に満ちていた。「なら、決まりだな」ユウリが立ち上がる。「俺たちの新しい使命は、すべての実験体を救うことだ」セリアも頷く。「私たちにしかできないことよ」五人は新たな旅の準備を始めた。今度は、世界中の実験施設を回り、苦しんでいる人々を救う旅。「でも、君たちだけでは大変すぎる」エルドラドが提案する。「『言葉の救済団』を結成してはどうか」「救済団?」「志を同じくする花紋者たちを集めて、組織的に活動するのだ」エルドラドが説明する。「君たちがリーダーとなって」その提案に、五人は興味を示した。確かに、大規模な救済活動には仲間が必要だった。まず最初の活動として、五人は近くの実験施設へ向かった。そこには、十人ほどの子供たちが囚われていた。「みんな、もう大丈夫だよ」トアが優しく声をかける。子供たちは最初怯えていたが、五人の温かい言葉に徐々に心を開いていく。実験で歪められた花紋も、愛の力で少しずつ元に戻っていった。「ありがとう……お姉ちゃんたち」幼い少女が涙を流しながら言う。「やっと、安心して話せる」救出作戦は成功だった。しかし、これはほんの始まりに過ぎなかった。本館に戻ると、意外な訪問者が待っていた。かつての敵——《無詩》のラクリマだった。「驚いた顔をしないで」ラクリマが苦笑する。「私も、救済団に参加したいの」「えっ?」五人が驚く。「沈黙の王が改心したのを見て、私も考え直した」ラクリマが頭
原初の詩の間は、言葉では表現できないほど美しかった。空間全体が虹色の光で満たされ、無数の文字が宙に舞っている。それらは世界で最初に紡がれた言葉——愛と希望の結晶だった。「これが……原初の詩」セリアが息を呑む。中央に浮かぶ古い巻物が、それだった。しかし、その表面の多くが黒く染まっている。「汚染されてる」エスティアが顔を青くする。「黙詩派の仕業ね」『急がないと、完全に破壊されてしまいます』ティオの心の声が警告する。ユウリが手を伸ばそうとした時、空間が歪んだ。現れたのは、黒いローブに身を包んだ人物だった。その顔は深いフードに隠され、見ることができない。「ついに来たな、継承者たちよ」低く、重い声が響く。「お前は……」ユウリが身構える。「我は黙詩派の真の指導者」人物がゆっくりとフードを取る。「『沈黙の王』と呼ばれている」現れた顔は、予想外のものだった。それは若い男性で、どこか悲しげな表情をしている。黒く染まった花紋が、額に刻まれていた。「君も……花紋者だったのか」トアが驚く。「そうだ。かつては、君たちと同じ道を歩んでいた」沈黙の王が語り始める。「愛する人のために、言葉の力で世界を救おうとしていた」「なら、なぜ……」「失ったからだ」王の瞳に深い悲しみが宿る。「言葉の力で、最愛の人を失った」空間に映像が浮かぶ。若き日の沈黙の王が、恋人と共に魔法の研究をしている光景。しかし、実験の失敗により、恋人が命を落とす。「言葉が人を殺した」王が拳を握る。「美しい詩も、愛の言葉も、結局は人を傷つける刃でしかない」「でも、それは……」ユウリが反論しようとするが、王がそれを遮る。「だから決めたのだ。この世界から、すべての言葉を消し去ると」王が漆黒の魔導書を開く。「争いも、悲しみも、すべてを沈黙に変えてやる」「それじゃあ、喜びも愛も消えてしまう」セリアが叫ぶ。「構わない」王の声は冷たい。「何も感じなければ、傷つくこともない」戦闘が始まった。沈黙の王の魔法は圧倒的だった。言葉そのものを消去する力で、五人の詩を次々と無効化していく。「くっ……魔法が使えない」エスティアが苦戦する。しかし、五人は諦めなかった。魔法が使えなくても、心は繋がっている。「みんな、声に出して話そう」ユウリが提案する