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若様、お引き取りください
若様、お引き取りください
Author: もぎたて桃

第1話

Author: もぎたて桃
「おばあさん、決めました。清吉との婚約を解消します。お誕生日を見届けたら、北城市を去ります」

森青葉(もり あおば)がそう告げると、東原清吉(ひがしはら せいきち)のお祖母さん・東原友子(ひがしはら ともこ)は深いため息をついた。

「清吉がこの頃ひどくふらふらしていて、あなたには辛い思いをさせたわね。ここ何年ものあなたの努力、おばあさんは全部見てきたよ。

でもね、清吉の心にもあなたがいないわけじゃないと思うんだ。あの子はただ迷っているだけ。もう少し待ってみたら、きっと戻ってくるでしょう。

本当に婚約を解消するつもりなのかい?おばあさんの誕生日まであと十日あるけど、もう一度考えて?」

青葉は首を横に振り、きっぱりとした口調で言った。

「おばあさんと私の五年の約束が、もうすぐ終わります」

青葉の母が、彼女を連れて京極家という億万長者の家に嫁いだのは、七歳の時だった。​

「厄介者」と呼ばれた青葉は、京極家の人々から冷たく扱われ、虐げられた。

母はただ「お利口にしなさい」「私の立場を理解しなさい」と繰り返すばかり。

七歳の誕生日、無理やり大量の海鮮を食べさせられ、ひどいアレルギー反応を起こした。

あのとき、友子が病院に連れて行ってくれなければ、青葉の命はなかったかもしれない。

それ以来、友子が人前で堂々と口にしてくれたおかげで、京極家での彼女の暮らしは少しだけましになった。

青葉はその恩を、ずっと忘れたことはなかった。

だからこそ、友子が孫の清吉との婚約を提案し、婚約者として彼を支え、泥沼から救ってほしいと頼まれたとき、彼女は迷わず了承した。

それは、彼女がずっと願ってきたことだった。

彼女は、清吉を愛していた。

けれども、今になってようやく気づいた。

「愛だけでは、どうにもならないこともある」と。

青葉はもう疲れ果てていた。だから、諦めることにしたのだ。

清吉が大学二年の時、初恋の三崎真琴(みさき まこと)が突然、何の前触れもなく姿を消した。

戸籍も抹消され、まるでこの世からいなくなったように。

清吉は受け入れられず、あらゆる手段を使って真琴を捜し続けた。

だが、真琴は煙のように消え、どこにもいなかった。

ついには心が壊れかけ、精神も不安定になった。

独り息子が狂っていくのを見ていられなかった東原家は、友子が青葉にこう頼んだ。

「お願い、清吉を助けてやって。婚約して、彼を泥沼から引き上げてあげて。一生を犠牲にしろとは言わん。たった五年でいい。

五年経ったら、清吉の状態がどうであれ、婚約解消したいなら、おばあさんは必ず応援する。

これまでのばあさんの世話への恩返しだと思って、頼めないか?」

青葉は一切の迷いなく、承諾した。

それほどまでに、清吉という人を深く、愛していたのだ。

京極家に入ったばかりの頃、継兄の京極久人(きょうぎょく ひさと)に犬と餌を奪い合えと命じられたとき、止めてくれたのは彼だった。彼がかばってくれた。

学校で「捨て子」と嘲られたとき、真っ先に立ち上がってくれたのも彼だった。「森青葉はこの俺が守る」と、皆の前で言ってくれた。

母でさえ忘れていた彼女の誕生日を覚えていて、ケーキとプレゼントを用意してくれた。

彼に恋をしたのは、呼吸をするのと同じくらい自然なことだった。

犬小屋から救い出してくれたその日から、彼は彼女の世界でただ一つの光になった。

婚約してからは、彼を宝物のように扱い、心を尽くして支えた。言葉ひとつ、態度ひとつにも気を配り、まるで壊れ物のように大事にした。

彼がやりたいことがあれば、いつだって無条件で背中を押した。

本来ならパソコンに向かいコードを書くのが得意なはずなのに、彼のため、東原家の意向に従い、ビジネスを学び、会社を管理した。

世間では「金目当てのしたたかな女」「ただの厄介者」と罵られていたが、そんな評価もどうでもよかった。

婚約二年目、彼は徐々に回復し、真琴に似たインフルエンサーと付き合い始めた。どこへ行くにも一緒だった。

その子に夢中になった彼は、父に資金支援を頼んで断られると、青葉のもとに来た。

青葉は何の疑いもなく支援した。

「森青葉は彼氏に浮気されても平気」――そんな嘲笑が街中を駆け巡った。

それでも、青葉は信じていた。「いつか彼は自分の真心に気づいてくれる」と。

清吉は結局、そのインフルエンサーとも別れ、「ようやく自分の本心が分かった。これからは、目の前の君を大事にする」と青葉に誓った。

青葉は心から喜んだ。ようやく努力が報われたと思った。自分こそが世界一幸せな人間だと信じた。

……あの日、真琴が突然、姿を現すまでは。

それ以来、清吉は変わった。

彼は真琴とともに、北城の町を朝から晩まで歩き回った。

彼女と旅行にも行き、青葉には一言の断りもなかった。

青葉が連絡しなければ、十日も半月も何の音沙汰もなかった。

電話をかければ、返ってくるのは苛立ちと叱責ばかり。

青葉はようやく理解した。

これまでの自分の想いは、ただの笑い話だったのだと。

いくら長く寄り添っても、初恋が一度微笑むだけで、すべては無意味になる。

だから彼女は、身を引くことを選んだ。

彼らの幸せを、願うことにしたのだ。

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