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6.頼もしい夫

last update Dernière mise à jour: 2025-06-14 18:27:13

 アメリアの元には今までなかった招待状が届くようになっていた。彼女は今まで高位貴族との付き合いをしたことはなかった。舞踏会などの場においても、自分と身分の近い令嬢たちとお喋りをして過ごしていた。

 アメリアがマーティン公爵夫人になってから届いた招待状の中に、社交界の華と呼ばれるフローレンス・ハリス侯爵令嬢のお茶会のものを見つけた。アメリアはマーティン公爵夫人になったからには社交も頑張るべきだと思い彼女の招待に応じた。

♢♢♢

 ハリス侯爵邸は王国一の富豪の家というだけあって、豪華絢爛としてした。庭園も非常に手入れされていて、品種改良された色とりどりの色をした薔薇が咲き誇る薔薇園にガーデンテーブルが設置されていた。

 アメリア以外のメンバーは出揃っていて、彼女が開始時間を遅めに知らされていたのは明白だった。

 5人の取り巻きを要したフローレンスはアメリアが来るなり、戦闘開始とばかりに挑戦的な視線を彼女に向けた。

「あら、貴方は確かアメリア・マーティン公爵夫人でしたかしら?」

 フローレンスがアメリアを見ながら意地悪そうな笑いを浮かべる。

「私の事をご存知ないのに、招待状を送って来たのですか? それならば、私はここで帰らせて頂きます」

 アメリアはフローレンスが自分を嫌がらせで誘って来た事を察知した。アメリアの優しそうな風貌から誤解されそうだが、彼女はとても気が強い女だ。

 彼女は前世でも気の弱い女では潰れてしまうような橋を何度も渡って来ている。ぬるま湯に浸かった貴族令嬢たちの嫌がらせなど、彼女の心に擦り傷さえつけられない。

 フローレンスの周りの令嬢は高位貴族ばかりで今までアメリアと接点のない令嬢たちばかりだ。皆、明らかにフローレンスの言葉に同調するようにアメリアを蔑むような目つきで見つめてくる。

「あらあら、本当に不躾な方ですのね。ガルシア王国の貴族女性の最高位にいるマーティン公爵夫人が、そのような公爵夫人には相応しくない格好で来られた事でフローレンス嬢は混乱なさっているのですわ。まず、遅れた事と場違いな装いを謝罪されてはいかがですか?」

 藍色の髪を指でもて遊びながら、アメリアを軽蔑するような視

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