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3.永遠に続くカードゲーム

last update Last Updated: 2025-06-11 18:24:14

 カレブが部屋でいつも1人で食事をしていると聞き、アメリアは彼を連れ出した。

 ダイニングルームに行くと、既に着席しているルーベンがアメリアと手を繋いで入って来るカレブを睨みつける。

 その冷ややかな視線からカレブを守ように、アメリアは自分の隣にカレブの席を用意した。

「おはようございます。ルーベン。今日は日差しが強そうですね」

 少し眩しそうにしたアメリアを見て、ルーベンはメイドにカーテンを閉めるように伝えた。

 彼女が微笑みで彼に礼を言うと、彼は気まずそうに目を逸らす。

 前菜としてパテとサラダの付け合わせが運ばれてくると、ナイフとフォークを使いカレブは上手にパテを切り分けて口に運んだ。

「カレブ様は、テーブルマナーが完璧ですね」

「アメリア、カレブのことは呼び捨てにしろ。カレブの母親になりたいんじゃないのか? 自分の子供に対して敬語も不自然だ」

 アメリアはルーベンの言葉に笑顔で返すと、彼は思わず頬を染めた。

「癖のあるグリーンオリーブや、酸っぱいパプリカのピクルスも食べられるの? 私がカレブくらいの歳の頃は苦手だったわ。あなたはとても良い子ね。カレブは好き嫌いはないのかしら?」

 アメリアはカレブの前に2枚のカードを出す。カードには、『はい』『いいえ』と書いてある。

 カレブは和かに微笑みながら『はい』のカードをアメリアに渡した。

「カレブ、それは素晴らしい事だわ。このお皿が私たちの手元に届くまでは、沢山の人の手が加わっているの。その人たちの思いをカレブは感じ取ることができるのね」

「ふん、ふん」

 アメリアはカレブの未発達な体と言葉が発せないことの不自然さを彼を見る度に感じていた。

 障がいのある子は、食材の食感や味に敏感で好き嫌いの多い子が多い。そして、手先も不器用な場合が多いのに、カレブのカトラリー使いは見惚れる程に優雅だ。

 そして、彼は意味のある言葉を発せないのに、多くの事を理解しているように見える。

 カレブの言葉の発し方は喃語のように聞こえた。通常発達だとカリブの現在の言語能力は生後8ヶ月相当。喃語は舌や声帯、横隔膜の発達が影響してくる。その考え方でいけば外見は6歳相当だが、口周りの筋肉がもっと退行してしまっている可能性が高い。そして、知能に関しては未知数だが、カレブの赤いルビーのような瞳からは全てを理解している聡明さを感じた。

 スープ、メインと運ばれてきて、口触りの良いマスカットのシャーベットが運ばれてきた。

 スプーンで口に運んだ瞬間、カレブが堪らないといった表情で両目を瞑る。

「ふふ、冷たい? 美味しい? おかわりしたい? 今、カレブはどのような気分なのかしら?」

 アメリアはカレブに『冷たい』、『美味しい』、『おかわり』の3枚のカードを差し出した。単語の下にはそれぞれ、冷たそうにするカレブ、美味しそうに食べるカレブ、おかわりを要求するカレブの絵が描いてある。カレブはそれを見て笑いながら、『おかわり』のカードを出す。

 その様子を静かに見守っていたルーベンは、マスカットのシャーベットをもう1つ用意するようにメイドに伝えた。

「ありがとうございます。ルーベン」

「礼を言われる程の事はしてないぞ」

 ルーベンは照れるのを必死に隠した。

 そして、アメリアがカレブの事ばかりにかかりっきりなのに寂しさを感じていた。

「カレブはシャーベットとアイスクリームどちらが好き? シャーベットとアイスクリームの違いは分かる? 乳脂肪分の割合が高くて濃厚なものがアイスクリームよ。ちなみに、果物は何が好き?」

 シャーベットとアイスクリームが描かれたカードと、10種類以上の果物が描かれたカードを出してきたアメリアにルーベンはギョッとした。

「そのカードゲームはいつまで続くんだ?」

「これはゲームではありませんわ。私は、カレブと対話をしているのです。親子の対話に終わりなどありますか?」

 想像を超えるアメリアの生真面目さと熱量にルーベンは圧倒されるも、彼女とカレブがデザートを食べ終わるまで彼は黙ってそこにいた。

「アメリア、今日の午後には外商が来る。ドレスを何着か作って、ジュエリーを購入しておくと良い」

「お気遣い頂いたようですが、結構ですわ。実家から嫁入り道具としてドレスと宝飾品は何点か持って来ていますから」

 ルーベンはまたアメリアに拒絶されたような気分になり、それ以上は全く何も言えなかった。アメリアが実家から持ってきたドレスやジュエリーは公爵夫人としては粗末過ぎるものだった。彼は彼女が外で恥をかかないように、どこかで買い物をさせなければと思っていた。

「カレブ、天気も良いので、外にお散歩に行きませんか?」

 食事が終わるとアメリアがカレブを外に連れ出そうとする。

 ルーベンは1人取り残されたような酷く寂しい気持ちになった。

 彼は結婚後3日間はアメリアと過ごそうと休暇をとっていた。

 しかし、彼は昨晩冷たくあしらわれたことで、彼女に自分から擦り寄るような事はプライドが許さなかった。

 ルーベンは2階の執務室の窓から、庭を散歩するアメリアとカレブを見つめた。彼女ほど彼に興味を持たない女は初めてだった。そして、彼はそのような女を衝動的に妻に迎え、結婚翌日には虚しい思いを抱えている自分を滑稽だと思った。

 淡い桃色の日傘を差し寄り添いながら歩くアメリアとカレブは楽しそうだ。これ以上、惨めになりたくないとカーテンを閉めようとした時、アメリアが倒れるのが見えた。

 ルーベンは慌てて部屋を飛び出した。

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