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虚飾の檻 ~余命僅かな私は、私を憎む夫が隠した真実を追う~
虚飾の檻 ~余命僅かな私は、私を憎む夫が隠した真実を追う~
Penulis: 久遠遼

第一話

Penulis: 久遠遼
last update Tanggal publikasi: 2026-06-02 13:40:48

「申し上げにくいのですが……久我さんに残された時間は、このままだともうあまり多くありません」

「え……?」

真っ白な診察室で、私は医師の言葉を聞き返すことしかできなかった。

久我千景(くが ちかげ)。

それが、私の名前だ。

数年前の事故で負った怪我の経過を見るため、いつものように病院へ来ただけだった。

今日も、形式ばかりの説明を受けて終わる。

そう思っていた。

けれど、医師の口から告げられたのは、あまりにも予想外の言葉だった。

「先日の血液検査と追加検査の結果、久我さんは血液を作る骨髄そのものが壊れていく病気だと分かりました」

「血液を作る骨髄が壊れる病気……?」

自分の口からこぼれた声が、ひどく遠くに聞こえた。

「はい、簡単に言えば白血病に進行する危険のある血液の病気です」

頭の中が、真っ白になった。

医師はその後も何かを話していた。

治療方針。入院。今後の生活。痛みを和らげるための処置。

けれど、そのどれもが水の中で聞く声のようにぼやけて、意味を持たなかった。

なぜ、私が。

何か悪いことをしたのだろうか。

少なくとも、こんな目に遭わなければならないほどのことをした覚えはない。

悲しみも、恐怖も、怒りも、全部が一度に押し寄せてくる。

息の仕方さえ分からなくなった。

「久我さん。聞こえていますか?」

肩を軽く叩かれ、はっと顔を上げる。

医師が心配そうにこちらを覗き込んでいた。

「あ……はい」

「入院して、今後の治療方針を相談していくことをお勧めします。ご家族の方には、こちらからも説明を……」

ご家族。

その言葉に、私は自嘲気味に笑うことしかできなかった。

「……相談してみます」

それだけ告げて、私は病院を後にした。

外の空気は、いつもと変わらなかった。

行き交う人の声も、車の音も、空の色さえも。

世界は何ひとつ変わっていない。

変わったのは、私の人生だけだった。

震える手でスマートフォンを取り出す。

夫の久我玲司(くがれいじ)に連絡しようとした、その時だった。

通知音が鳴った。

画面に表示されていたのは、インスタグラムの通知。

普段、SNSなどほとんど投稿しないはずの玲司が、写真を更新していた。

嫌な予感がした。

見てはいけない。

開いてはいけない。

頭ではそう分かっていたのに、憔悴しきった私の指先は、勝手に画面をなぞっていた。

表示されたのは、一枚の写真。

大人の男女の手が、小さな子どもの手を包み込んでいる。

幸せを切り取ったような、温かい写真だった。

コメント欄には、私の親友である鷹宮香澄(たかみやかすみ)の名前があった。

『いつもありがとう。これからもよろしくね』

心臓が嫌な音を立てた。

私は震える指で、香澄の投稿へ飛ぶ。

そこにあったのは、まるで幸せな一家三人を写したような家族写真だった。

『1st Birthday。健やかに、幸せに育ってね。』

「……なんで」

声が震えた。

「なんで、よりによって……こんな日に……」

スマホを持つ手が震える。

落とさないように両手で握りしめても、指先の震えは止まらなかった。

私はスマホを額に押し当てる。

その瞬間、脳裏に二年前の光景が蘇った。

台風が通り過ぎた翌日のことだった。

あの日の空は、不気味なほど晴れていた。

私のお腹の中には、玲司との子どもがいた。

安定期に入ったとはいえ、まだ油断できない時期。できることなら、家で安静に過ごしていたかった。

けれど、その日は香澄の誕生日だった。

『せっかくだし、三人でお祝いでもしよう』

そう言ったのは、玲司だった。

親友の誕生日を嫌がるなんて、心の狭い女みたいだったから。

それに、玲司に嫌な顔をされたくなかったから。

だから私は、無理をしてでも外へ出た。

正直に言えば、最悪だった。

妊娠中の私には避けたい食材も多く、食べられないものを告げるたび、玲司は露骨に不機嫌な顔をした。

そのせいで私は終始、彼の顔色ばかり窺うことになり、料理の味なんてほとんど覚えていなかった。

「今日は本当にありがとう」

「だから、もう何回目だよ」

運転席の玲司が苦笑する。

「そんなに言わなくても、ちゃんと伝わってるって」

「だって嬉しかったんだもん」

助手席の香澄は、甘えるように笑いながら玲司の腕に触れた。

その距離の近さに、胸の奥から吐き気が込み上げる。

香澄は昔から距離感が近い。

玲司も、それを嫌がる素振りを見せたことは一度もなかった。

まるで、それが当たり前みたいに。

後部座席には、妻である私がいる。

それなのに二人が並ぶ姿は、傍から見れば恋人同士のようだった。

以前、それとなく指摘したことがあった。

その時、玲司は露骨に顔をしかめた。

『お前の親友だから、無下にできないだけだろ』

そして、苛立ったように吐き捨てた。

『なんだよ。自分の夫と親友が、そんなに信用ならないのか?』

その言葉に、私は何も言い返せなかった。

私がおかしいのだろうか。

嫉妬深いだけなのだろうか。

そう思うようにして、ずっと飲み込んできた。

だから今日も、私は黙って後部座席に座っている。

フロントガラスの向こうには、昨日の台風の爪痕が残っていた。

川の水は濁り、道路脇には折れた枝や土砂が流れ込んでいる。

「昨日の台風、すごかったもんねぇ」

香澄が呑気にそう言った。

「ニュースでも、山道の通行止めとか結構やってたし」

「ああ。この辺も危ない場所あるらしいからな。早めに帰るぞ」

玲司がそう答えた、その時だった。

――ゴゴゴゴゴッ!!

地鳴りのような轟音が響いた。

「え……?」

車体が激しく揺れる。

次の瞬間、視界の端で茶色い何かが崩れ落ちるのが見えた。

「玲司っ――!」

叫ぶより早く、凄まじい衝撃が車を襲った。

何かに横から叩きつけられ、車体が大きく回転する。

ガラスの割れる音。

潰れる鉄の音。

香澄の悲鳴。

世界がぐしゃぐしゃに混ざっていく。

お腹を庇おうとして、身体を丸めた瞬間、激痛が走った。

何か重たいものが、下腹部へ食い込む。

「あっ……ぁ……!」

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